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「艦隊ど真ん中の、一番でっかい戦艦ですねぇ!?あれが旗艦に間違いないですぅ!!」
「そうね!でも、やはり竜騎兵が守ってるわね!?」
真紅と翠星石もルイズと共に、アルビオン艦隊の旗艦の位置を見定める。
「来るぞ!ジュン、竜騎士20…ありゃ、全部、風竜だ!どうやらこりゃ、読まれてたら
しいぜ!」
「上等ぉっ!」
デルフリンガーの言葉を聞いてもジュンは、ゼロ戦の速度を落とすことなく急降下を続
ける――『レキシントン』号へ向けて、一直線に。
トリステイン艦隊に向かわず、滞空し続けていた竜騎士達が、太陽を背にして飛来する
鉄の鳥を見定めた。騎士達は『ファイアボール』『エア・スピアー』等のルーンを唱えだ
す。騎乗する風竜を急上昇させ、ゼロ戦を迎撃すべく4騎編成で5部隊に分かれ、網を広
げるように広く展開していった。ゼロ戦を、ボールの内側ど真ん中に誘い込むように各騎
が横に広がる。
アルビオンの火竜騎士達も、甲板上でガタガタ震えながらも杖を構えていたマリコヌル
も、大急ぎで散弾を大砲に詰めようとしてた砲手達も、操船していた平民の海尉達も、乗
り手の異変に気付いた火竜達までもが、上空を見上げていた。
十字形に展開した風竜騎士隊5部隊のど真ん中へ、迷わず突っ込もうとする鉄の鳥を。
ジュンの視界にも竜騎士隊は見えている。恐るべき速さで距離が縮まっていく。
――風竜並みに早いゼロ戦相手だから、風竜を揃えてきたのか
上方を取られた不利も、数で包囲し魔法の一斉集中砲火で補う気だな
真紅の薔薇や翠星石の水に対応するため、炎や風の魔法を使ってくるか――
「でも、これは知らなかったろ…まだ使った事ないんだから!」
ジュンの左手は、スロットルレバーの発射把柄を握りこんだ。
魔法の射程の遙か遙か前で、翼内の九九式20mm機銃が火を噴く。
ゼロ戦の進路一杯に広がりつつある風竜騎士達へ、初速750m/sの巨大な機銃弾がばら
まかれた。
アルビオンもトリステインも、両艦隊の全ての人々が見た。
鉄の翼から噴きだす火を。
翼や胴体に大穴を開けて墜落する風竜を。
杖にまとわせた魔法を放つ機会すら与えられず、虚しく肉塊と血しぶきをまき散らす騎
士達の最期を。
展開する途中だった風竜騎士の編隊が描くボールの、内側に開いた穴を。その穴が、ど
んどん大きくなって行く光景を。
ほんの一瞬で、風竜騎士隊が壊滅する姿を。
落下する騎士と風竜の死体の間をすり抜けたゼロ戦が、宙に舞った血と肉片を弾きなが
ら空を貫く―――
撃ち漏らされた数騎の竜騎士が我に返り、慌てて魔法を放つが、もう遅かった。ゼロ戦
を追って急降下しようともしたが、急降下してきたゼロ戦の速度に、今から降下を始めて
も間に合わない。
「20mm機銃終了ぉ!7.7mmぃっ!!」
ジュンが覗いている98式射爆照準器、その両横には操縦席内に突き出た機首7.7mm
機銃が2挺ある。威力は小銃の弾とほとんど変わらないものの、携行弾数が各700発も
ある。
その7.7mm機銃が『レキシントン』号へ向けて火を噴いた。甲板上にいた船員が、杖
を構えていたメイジ達が、風を受けてふくらむ大きな帆が、容赦のない銃弾の雨に晒され
た。ある者は脳髄をまき散らして絶命し、またある者は撃ち抜かれた足を引きずって逃げ
まどう。
ゼロ戦はついに、『エクスプロージョン』射程範囲に『レキシントン』号を捕らえて
いた。
「開けてぇっ!」「行きなさいっ!!」「ぶぅっとばすですぅっ!!」
ルイズのかけ声に、真紅と翠星石がキャノピーを開け放つ。荒れ狂う強風が機体内に飛
び込んでくる。
それでもルイズは、『レキシントン』号へ杖を向ける!
「いけやあーっ!!」
デルフリンガーの叫びと共に、『虚無』が放たれた。
「『エクスプロージョン』ッ!!!」
光の玉が現れた。
まるで小型の太陽のような光を放つ、その球は膨れあがる。
そして、『レキシントン』号を包んだ。その前後に並んでいた計6隻の戦列艦も、膨れ
あがる光に音もなく飲み込まれていく。
光が晴れた後、艦隊は炎上していた。巨艦『レキシントン』号を筆頭に、全ての艦の帆
が、甲板が燃えていた。加えて艦内の風石が消滅してしまった。
がくりと艦首を落とし、地面に向かって墜落していく。
「『レキシントン』号、が・・・沈む・・・」
『メルカトール』号では、フェヴィスが光に魅入られていた。
「まさか・・・『ゼロ』の噂は本当だったのか!?」
ラ・ラメーの口は、顎が外れそうなほどあんぐりと開きっぱなしだ。
「はは・・・ははははっ!『ロイヤル・ソヴリン』号が、艦列ごと墜ちていく!
さすがだよ!『ゼロ』は、ミス・ヴァリエール達は!!僕をニューカッスルで助け出し
た君達だったが…これほどとは!!」
『イーグル』号でもウェールズが、炎上するトリスタニアの煙を切り裂くゼロ戦を見つ
めている。
「竜騎士が・・・離れていく・・・スティックス、助かったみたいだ、よぉ」
頭から血を流して甲板に尻餅をついていたマリコヌルが、それでも離していない杖の先
をぼんやりと眺めている。
「か、勝った?勝った・・・のか!?」
マリコヌルの隣で膝をつく、スティックスと呼ばれた額に火傷痕のある若者が『母竜』
号へ戻っていく火竜達を見て叫んだ。
トリステイン艦隊から、嵐のような雄叫びが湧き起こった。
急降下をしていたゼロ戦は機首を上げ、街の上ギリギリで機体を水平に戻す。あまりに
速度が出ていたため、舵面が受ける風の抵抗が凄まじい。昇降舵につながる操縦索が限界
近くまで伸び、きしみを上げる。
急降下によって得た速度を使って上昇に転じたゼロ戦は、ようやく艦隊と同一の高度ま
で戻った。巡航速度(約時速250km)を維持しながら旋回するゼロ戦のキャノピーか
ら、ルイズ達は『エクスプロージョン』の光と、その後炎上し墜落する7隻の戦艦を見つ
めていた。
だがルイズとジュンは、同時に言葉を発した。
「弱い・・・」「・・・小さい」
「どうしたですかぁ?ルイズさん」
「え?えとね、スイ。あのね、『プチ・トロワ』を吹き飛ばした時のヤツ…あれより、今
のは、なんだか弱いなって」
ルイズの言葉に、ジュンも頷く。
「多分、あれだよ。精神力の溜まり具合だ。この前のはかなり手加減したそうだけど、そ
れでもかなり減ってたんだよ」
ジュンの予想に真紅も頷いた。
「恐らくそうでしょうね。でも、旗艦含めて戦艦7隻を撃沈したわ。これで指揮は混乱し
て、士気も挫かれるでしょうね」
「・・・?えっと・・・あれ??」
眉をひそめながら炎上墜落する艦隊を見つめるジュンに、デルフリンガーが怪訝そうに
声をかけた。
「なんだよ、ジュンよ。何か気にくわない事でもあんのかぁ?」
「うん・・・あの『レキシントン』号以外の戦艦、妙に小さくない?それに、向こうの船
が、なんか・・・」
ジュンの疑問に、皆もキャノピーから炎上落下する艦隊を改めて見つめる。
それは、確かに小さかった。戦艦である事は間違いないが、どちらかというと小型で、
少々古ぼけてるようにも見える。
「確かに…小さい、ですぅ?」
「あら、どうもその通りみたいね。あれは、多分、戦列艦の中でも小さくて古い船を、集
め、て・・・」
真紅のとぎれる言葉を聞き、ジュンの背に冷たい汗が幾筋も走る。その視線は彼方の艦
列を見つめる。
今まで、全く動いていないアルビオン右翼艦列を。
「・・・ま、さか・・・そんな、しまった!やられたぁーっ!!!」
ジュンの絶叫がキャノピーに響いた。真紅も驚愕を隠せない。
「そんなっ!?あんな巨大戦艦を囮にしたって言うの!?」
「な!?なんなの!??ジュンもシンクも、どういう事よ!」
ルイズに問われたジュンも真紅も、唇を噛んだまま言葉を繋ぐ事が出来ない。代わりに
答えたのは、わなわなと震える翠星石だった。
「あ、あれは、狙った船は・・・エサですぅ。まさか、あたし達のためだけに、ここまで
するですかぁ・・・」
「本当の旗艦は・・・『レキシントン』号じゃ、ない!旗艦は、あの船だっ!!」
ジュンが睨み付けるその先には、アルビオン右翼戦艦列の後ろにいる、武装のない巨大
な船があった―――『竜の巣』号だ。
「うあああ、お、おでれーたぁああ!騙されたあーっ!」
デルフリンガーの言葉は、虚しくエンジン音にかき消された。
「敵魔法・・・次弾、来ません!鉄の鳥は、トリステイン艦隊と同一高度を保ったまま旋
回を続けています!」
「やったぞっ!成功だ!やつら、精神力が尽きたのだ!!」
士官からの報告を受けたサー・ジョンストンは、拳を振り上げて興奮していた。隣にい
るボーウッドも小さくガッツポーズを取っている。
「よし、もはや偽装の必要はない。信号旗をあげよ、伝令を飛ばせ。二番艦隊に至急連絡
を取り、被害状況を確認するんだ」
『竜の巣』号のマストには、数々のはためく信号旗があげられた。
甲板からも他の艦艇に向け手旗信号が送られる。
信号が届かないほど遠くにいる左翼艦列の残存艦――戦列艦4隻と『母竜』号、武装の
ない中型船2隻と小型船3隻――へは、伝令用カラス型ガーゴイルが何羽も放たれる。
今や『竜の巣』号は、アルビオン艦隊旗艦として司令塔機能を堂々と現した。
「シェフィールド、戻りました」
「うむ、伝令役ご苦労」
『竜の巣』号の艦橋で、ボーウッドが声の方を振り向くと、誰もいなかった。
「・・・いい加減、マントをとりたまえ」
「あら、失礼しました」
ボーウッドの目の前の、何もない空間から、いきなり黒ローブをまとった女性の上半身
が現れた。『不可視のマント』を外したシェフィールドだ。
サー・ジョンストンがいきなりシェフィールドに駆け寄り、その手を握りしめてブンブ
ン振りまわす。
「いやー!見事だ、全てが作戦通りだよ!!閣下の知謀には本当に感服しましたぞ!この
サー・ジョンストン、閣下の部下として、鼻が高い!!」
「賭には勝ちましたな。ですが、まだ作戦途中です。『レキシントン』号と二番艦隊の状
況を確認しませんと」
「う、うむ、そうだった。そうだったな・・・で、どうだったね?」
ボーウッドに制されたサー・ジョンストンが尋ねると同時に、ガーゴイルの伝書カラス
を手に持った士官が飛んできた。士官はカラスの首をパカッと開け、中の紙片を読み上げ
る。
「ホーキンス将軍より、被害報告です!
『レキシントン』号以下、二番艦隊に人的損害…死者無し!不時着時の軽傷者数名のみ
です!風石が消失し、帆と甲板が炎上したものの、不時着と艦からの待避に成功!全陸戦
隊、進軍命令を待つ!
以上でありますっ!!」
「・・・ぃやったあーー!!降下作戦成功だあーーー!!
サー・ジョンストンは、拳を握りしめて両腕を振り上げた。
「同じだっ!城まで吹き飛ばされながら、全く死人を出さなかったヴェルサルテイル宮殿
と同じだよっ!!
やつらの致命的弱点、『殺しを嫌う、経験不足の子供』・・・風竜騎士隊が壊滅した時
は誤情報かとヒヤヒヤしたが、まさか、本当に、大当たりだ!!しかも今回は、武具まで
無傷ときたもんだっっ!!」
「し、信じられませんな・・・ここまで上手く行くとは・・・恐るべきは、レコン・キス
タの情報網です。ガリア王宮から、たった数日で、ここまで正確で有益な情報をもたらす
とは・・・」
「いいやいやいやいやいやっ!真に素晴らしいのは閣下の頭脳だよっ!
ミス・シェフィールド!今回の作戦、このサー・ジョンストンが見事やり遂げた事、是
非閣下に伝えてくれたまえよっ!」
「承知致しました」
シェフィールドは、ただ旗艦の椅子に座って震えていただけの男に、ニッコリと微笑み
かけた。
「えー、オホン」
ボーウッドが、我を忘れてはしゃぎまわる艦隊司令長官兼トリステイン侵攻軍総指揮官
の横で、わざとらしく咳払いをした。
「ともかく、まだ上陸が成功しただけです。すぐに残存艦隊と竜騎士の再編成、さらに浮
遊砲台への偽装解除と陸戦隊援護指示を」
「おお、そうだったそうだった。ありがとう・・・えー、コホン!
トリステイン侵攻作戦、これより第2段階に入る。
全戦艦に通達!これより、一番艦隊は三番艦隊と合流し再編成を行う!しかる後にトリ
ステイン艦隊を討ち滅ぼせっ!!
浮遊砲台1番から9番まで全て偽装解除!『竜の巣』号と共に陸戦隊上空へ降下し、陸
戦隊を援護せよ!
竜騎士隊は、再編成終了まで艦隊周辺にて敵艦隊を牽制するんだ!」
鼻高々で胸を反らす上司を見て、ボーウッドは呆れつつも高揚感を隠せない。つい興奮
して独り言を口にしてしまう。
「まったく・・・『あの巨艦を気前よくエサにしてしまうとは、なにを勘違いしたのか』
と思っていたが・・・。まぁ、砲艦外交や大艦巨砲主義の時代も終わるようだし、その象
徴としてはいいかもな」
そんなボーウッドの視界には、トリステイン艦隊から離れてきた左翼艦隊の『母竜』号
が映っていた。
トリステイン艦隊の人々は、愕然としていた。
右翼戦艦列後方にいた、巨大輸送艦と思われていた船が次々と信号旗をあげる。甲板で
は手旗手が旗を振り回し、他の艦に指令を送る。幾つもの鳥のようなものが、左翼艦隊へ
向けて放たれる。
撃墜したはずの艦が、無事に不時着。まだ焼けてない通りや広場の中に、次々と槍や剣
を手にした完全武装の兵士達が降りてくる。その数、3000以上。しかも更に降りてく
る。
右翼艦隊後方の、焼き討ち船だと思われていたボロ船の舷側にポコポコと穴が開く。蓋
を外して出来た穴に、にゅっと大砲がつきだした。小型の民間船を改造したらしい9隻の
船は、片側に5~10の大砲を備えた浮遊砲台として、真の旗艦に続く。
そして右翼艦隊後方にいる中型船2隻からは、多くのメイジを乗せた頑丈そうなボート
が発進していく。囮である戦艦列から離れていた、陸戦隊所属のメイジ達が乗った強襲降
下艇だ。
左翼艦列の残った戦艦4隻含め9隻と、右翼艦列の戦艦6隻、そして中央艦列の最後尾
にいたため『エクスプロージョン』に巻き込まれなかった補給船2隻が集結していく。そ
の周囲を70騎以上の火竜騎士が旋回し、艦隊の再編成を守っている。
『メルカトール』号でも、フェヴィスがアルビオン艦隊の動きを凝視していた。
「まさか、やつら・・・まだ、やる気なのか?戦艦の1/3以上を、一瞬で失ったという
のにっ!?」
隣のラ・ラメーが指示を飛ばし、航海士官達が様々な報告をかき集める。うち一人の士
官が二人の前に進み出る。
「艦隊の被害状況、報告します!
大破ゼロ、中破2、小破5!いくつかの艦に、火竜のブレスなどによる小規模の火災が
発生していましたが、既に鎮火しています!艦隊の戦死者、いまだゼロです!
で、・・・ですが、その、竜騎士隊、グリフォン隊…あの・・・」
ラ・ラメーは、青ざめてはいるものの、落ち着いた瞳を士官に向ける。
「はっきり、全滅と言え」
「は・・・はい、申し訳ありません」
「構わん。再編成を急がせろ」
そしてその隣では、フェヴィスも敵艦隊に関する報告を受けていた。
「そうか・・・あの艦列は、上陸部隊が詰め込まれていたのか。旧式の小型艦6隻と最新
鋭の巨艦を使ってか・・・あの使い魔達を相手にするためだけに、よくやるよ。
陸戦隊を援護するのは、民間船を改造した浮遊砲台9隻だな。
そして我らの目の前には、未だ無傷の戦艦10隻に、竜騎士75騎、というわけだ」
そう呟くフェヴィスが火竜騎士の群れを見つめていると、その一部、10騎以上が地上
へ降下していった。
「地上の援護に割いたか。全く、我らもなめられきったものだ」
『イーグル』号でも、ウェールズが同じ報告を受けていた。
「パリー、やはり奇跡とは、そうそう起こる物ではないな」
「さようでございますな。とはいえ、ニューカッスル城で5万の敵に囲まれるのに比べる
と、少々物足りなく感じますぞ」
「はは!全くだな。これからが本番、というだけの話だっ!」
『イーグル』号は再び、艦列を整えたトリステイン艦隊の最後尾に並んだ。
ルイズ達はゼロ戦を旋回させながら、ゼロ戦から艦隊と地上を見続けていた。
ジュンはルーンの力で読み取った機体の状態を、皆に告げる。
「機体は、大丈夫。全くの無傷だよ。機銃は、20mmはゼロだけど、機首の7.7mmなら
両方合わせて1000以上残ってる。燃料も、十分ある」
ジュンはそれ以上、何も言わない。真紅と翠星石がルイズを見つめる。
「ルイズさん・・・どう、するですかぁ?」
「ど、どうするって・・・スイ・・・」
翠星石に問われて、ルイズは困惑する。デルフリンガーが言葉を続けた。
「娘ッコよぉ、お前さんにゃあ、3つの選択肢があるのさ。
一つは、艦隊と戦う。つっても、相手は竜騎士60騎以上と戦艦の砲弾だろうよ。
一つは、地上に向かった小型船と竜騎士を潰す。ああ、この場合トリステイン艦隊は全
滅だなぁ。
そして、最後の一つは・・・こいつは、剣の俺としちゃ、言いたくねえや」
「帰る、という選択ね」
デルフリンガーが言わなかった言葉を、真紅が代わりに語る。
「あたし達は、もう十分な戦果を上げたわ。戦艦7隻に竜騎士20騎。敵に読まれていた
とはいえ、それでも大損害を与えた事に間違いないの。そして私達がやるべきは、戦場に
出るあなたを守る事。
あなたの魔力が尽きたなら、もう戦えないなら、私達はあなたを安全な場所へ送るわ」
「・・・あの、でも、あれは、軍隊が沢山降りてきて・・・」
「『エクスプロージョン』って、狙えるのは物体だけ?人体には影響がでない魔法なのか
しら?」
「・・・ち、違うの!その、あたし、殺すことはないかと・・・船だけ・・・」
「それこそ、彼等の思う壺だったわけだわね。・・・ガリア王に『エクスプロージョン』
を見られたのが失敗だったわ」
「だ!だって!」
「ねぇ、ルイズ。ジュンは立ちふさがった竜騎士を、みんな殺したわ。あなたのために、
ね。あなたには、その覚悟は無かったの?」
「もう…よせよ、真紅」
真紅の容赦のない言葉に、ジュンが眉をしかめて後ろを振り返る。
だが真紅の言葉は止まらない。
「いいえ、ジュン、言わせて。
ルイズ。魔法に目覚めたあなたを、『ゼロ』とバカにする人は、もはやいなくなるわ。
ヴァリエールの名に恥じない貴族になったと、褒め称えられるでしょう。もう十分ではな
いかしら?
あたし達も、これ以上の危険を冒してまで、トリステインに義理立てする必要は無くっ
てよ」
「あ、あたし、あたしは・・・」
ゼロ戦の座席後部、狭い空間の中でルイズは迷っている。唇を噛み締め、拳を握りしめ
て。
うわごとのように、とりとめなく言葉を口にする。
「このままじゃ、トリステインは、負けて・・・でも、あたし、魔力使い切って、いくら
なんでも、あんな沢山の竜騎士なんか、相手には、だって、あたしだって、みんなも、死
んで欲しくなんか、名誉は、そりゃ、貴族だけど、みんなは、戦う理由が無いし・・・」
「あるさ。少なくとも、僕が戦う理由は、ある」
その言葉に、真紅も翠星石も操縦席のジュンを凝視した。
ルイズが、恐る恐るジュンに尋ねる。
「ジュン・・・戦って、くれるの?・・・どうして!?」
「それはね・・・えと、う~んっと・・・ああ、あれだよ」
操縦桿が倒され、ゼロ戦は進路を変えた。
トリステイン艦隊へ向けて。
「中途半端は、イヤだから」
ゼロ戦は、再編成を終えて再びアルビオン艦隊へと向かおうとしていたトリステイン艦
隊の上を旋回し始める。
その姿は、トリステインの人々を勇気づけるに十分な物だった。
「見ろよマリコヌル!あいつら、俺たちを守ってくれるらしいぞっ!」
スティックスがバンバンとマリコヌルの肩を叩き、ゼロ戦を指さす。
「すげぇ、や。あいつら、まだやるんだ、まだ、やれるんだ…俺たち、勝てる!?生き残
れるんだぁっ!」
トリステイン全艦から、再び歓喜の叫びが湧き起こった。
ジュンは、すまなそうに後ろを振り返る。
「ごめんな。真紅、翠星石・・・こっからは僕一人でいいよ。お前等はルイズさんを連れ
て」
「バカを言わないで、ジュン」「そーですそーです!おまえ一人で、戦えるわけがねーで
すよぉっ!」
真紅も翠星石も、怒るどころか微笑んでいた。
「いいのか?二人とも、これはアリスゲームと無関係な戦いだぞ」
「その通りよ。でも、もはや、あたし達自身と無関係じゃないの。何より、ジュンが戦う
時は、私達も戦う時よ」
「何度も言わせるなですぅっ!ルイズさんだって、学院のメイドさん達だって、みんな大
事な友達ですぅ!戦いはイヤですけどぉ・・・でも、もう、ここまできたら、引き下がれ
んですぅっ!」
紅と緑の光に包まれた二人はキャノピーを再び開け放つ。真紅は右の翼に、翠星石は左
の翼に、強風をものともせず片膝をついて取り付いた。
荒れ狂う風の中、大声で言葉を交わし合うジュン達に、ルイズは言葉もなく涙を流して
いた。
「お前さん、いい友達を持ったなぁ」
デルフリンガーの言葉に、ルイズはただただ何度も頷く。
真紅の手から湧きだした薔薇が、竜巻の如く火竜騎士の群れへ襲いかかる。
火竜がブレスを一斉放射、紅の竜巻を焼き尽くしていく。
灰となる花びらが舞う空。たった一機のゼロ戦が、60騎以上の火竜騎士の群れに、迷
わず突っ込んでいく。
これを合図に、アルビオン・トリステイン両艦隊の砲撃戦が始まった。
―――トリステイン魔法学院、学長室
『・・・ザザ・・・右から3騎だっ!ひねりこ・・・やばっ、弾が・・・ザザザ・・
『イーグル』号が襲われ・・・あれ?・・・あの時の、海賊船じゃ・・・
・・・ブレスが・・・ザザ・・・ザ・・翠星・・・!ふぅ・・ザザザ・・・
・・上だっ!・・・ホーリ・・・薔薇でけんせ・・・ッザザザ・・・』
学院長の机の上に置かれた、トランシーバー。
雑音混じりで、ゼロ戦の通信機から届く音声が流れ続けている。
その部屋には、いや、廊下にまで人が詰めかけている。
オスマンが、コルベールが、アニエスが、タバサが、キュルケが、モンモランシーが、
ケティが、ローラが、シエスタが・・・。学院に残るほとんどの人が、トランシーバーか
ら流れるゼロ戦の様子に耳を澄ませ、ひざまずいて祈り、声援を送っていた。
じっと黙って聞いていたタバサが、すぅっと部屋から出て行く姿など、誰も気にとめな
い。皆、固唾を呑んで戦況に聞き入っている。
学院長室を出ようとするタバサの肩を、キュルケが掴んだ。
「ダメよ、タバサ。あなたが行けば、ガリア王家が」
「彼等は、あたしの希望」
タバサは振り向きもせず、ただ前へ進もうとする。
「それでもダメ、ダメよ。彼等のために、行ってはいけないわ」
「行かせて」
タバサは、キュルケに杖を向ける。その目に、なんの迷いも恐れも無い。
キュルケは、もはや何も言わない。黙って杖を抜いた。
その時、トランシーバーから、悲鳴が響いた。
『ザザ・・翼からっ!散弾が・・・ダメ、間に合わな、ザザザ・・・墜ちるぅ!・・・』
トランシーバーからは、雑音が流れた。
オスマンが震える手でトランシーバーを持ち上げ、軽く叩いてみる。
コルベールが、恐る恐るダイヤルをいじってみる。
それでも、トランシーバーからは雑音しか流れなかった。
キュルケも、タバサも、アニエスも、誰も彼もが動けなかった。
ただ沈黙だけが、部屋を覆っていた。
第3話 墜落 END
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&setpagename(第五部 第二話 『その炎は罪深く』)
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アルビオン~トリステイン戦争 二日目
―――ラ・ロシェール 朝
アルビオンへ行くフネのための港町であり、世界樹の枯れ木をくり抜いた立体型の桟橋
や、メイジが岩から切り出して作った建物群が峡谷にある。
そんな賑やかだったはずの街も、今は人影もない。桟橋に係留される船もない。かつて
は貴族達が泊まった高級宿屋『女神の杵』亭は、フーケに破壊されたままの状態で放置さ
れていた。
その上空を、数騎の風竜騎士が飛び回っている。
竜騎士が一騎降下し、『女神の杵』亭を窓から覗く。かつては高級貴族だけが使用した
一番高級な部屋も、テーブルや鏡台にホコリが積もりはじめている。他の竜騎士も降下し
て、いくつかの建物を見て回る。ほとんどの荷物は持ち去られ、あるいは盗まれ、あとに
は脱ぎ捨てられた服、小さな鞄、ガラクタ、子供の人形、ボロボロに錆びた剣やらが床に
散乱するばかり。
しばらく旋回した後、全くの無人である事を確認して、上空へ急上昇。竜騎士が向かう
雲の間には、アルビオン艦隊が滞空していた。
「本当に無人なのか。やつら、まさかラ・ロシェールまで放棄するとはな」
偵察隊からの報告を聞いて呆れているのは、艦隊司令長官兼トリステイン侵攻軍総指揮
官、といっても本職は貴族議会議員という政治家のサー・ジョンストンだ。
「兵力集中は基本ではあります・・・が、ここまで徹底するとは、驚きです」
そういって隣の上官に同意したのは侵攻艦隊旗艦の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッド。
二人が前を見ると、遮るもののない青空と雲海が広がっている。
サー・ジョンストンの声は神経質そうで、心配げだ。
「大丈夫かね、艦長。やつら、何かとんでもない秘策をもって待ち受けているのではない
かな?」
「もちろん。やつらも少ない戦力を少しでも集中させ我らに奇襲をかけるべく、あれこれ
と努力している事でしょう」
「い、いや、私が言ってるのはそういう事ではなくて、だな」
「ガリアからの情報、謎の使い魔…ですか?」
「そ、そ、そうだ。信じたくはないが・・・」
「そうですな。無論、それも含めての艦隊編成をしております。今は、作戦を実行すると
しましょう」
ボーウッドは内心、この臆病な長官を『クロムウェルの腰巾着』と軽蔑していた。もと
もとレコン・キスタに共感もしていない。軍人は政治に関与すべきでない、との信念の下
で、レコン・キスタに就いた上官の命令のままに戦っていたら、ずるずると昇進して旗艦
の艦長にまでなってしまったのだから。
そんな、任務に私情を挟まぬ優秀な軍人ボーウッドでも、隣で恐怖に震える上司の気持
ちには共感していた。
「あの異常な警備態勢、そしてこの奇妙な艦隊を見れば、私とて不安にはなります。です
が、兵達の前で指揮官が動揺を見せてはなりませんぞ」
「う、うむ、わかっている、わかっている」
ボーウッドが『奇妙な艦隊』と評したアルビオン艦隊はラ・ロシェール上空を通り、雲
の中を一路トリステインへと向かった。
竜騎士が艦隊に戻ると、床に散乱していたガラクタの中で、うつぶせの人形の指ががピ
クリと動く。
白銀の髪に黒いドレスを着た人形はゆっくりと顔を上げ、竜騎士が飛び去った事を確認
すると、窓からアルビオン艦隊を見上げた。
『ふぅん・・・あれがアルビオン艦隊ね』
ボロボロに錆びた剣が答えた。
「ああ。まちがいねぇな。それにしてもおでれーた、すっげぇ大艦隊だ」
水銀燈は床に放り出していた鞄の中から、巨大な望遠レンズ付きデジカメを取り出し、
最大望遠でカメラを覗く。
『本当に変な艦隊ねぇ、ほとんどが普通の船…というか、ボロくて小さいわねぇ』
デルフリンガーはサビを取り、自身を輝く刀身に戻した。
「ああ、ボロいのは焼き討ち船だ。敵艦隊に突っ込ませて自爆させるんだぜ。でも、そん
なに多いのかよ?」
『ええ、半分以上がそうよぉ。他に、大砲はないけどやたら大きな船とかもいるわねぇ。
それが三列に並んでるわ。全部で・・・53,かしらぁ?左に17,真ん中が18,右が
18…やたらと間を空けて並んでるのねぇ?』
「大きいのは補給船だろうけど、半分以上が焼き討ち船ってのはヘンだなぁ。もともと戦
艦の数で勝ってるのに」
『なんだかわかんないけどぉ、とにかくあたしの役目はこれで終わりよぉ。帰るわねぇ』
カシャカシャとシャッター音を響かせた後、水銀燈はデルフリンガーを抱えて鏡台の中
に入っていった。
「へぇ~。あいつら、ラ・ロシェールを素通りしたのねぇ」
キュルケがデジカメのモニターを食い入るように覗き込んでいる。
「桟橋破壊は、後の艦隊運用、交易に支障がでる。トリステイン艦隊を、倒さないで占領
しても、維持が手間」
タバサもメガネをクイクイと直しながら、艦隊の映像を見つめている。
「それにしても、この三列の艦隊…やっぱりだ。ルイズさんの『エクスプロージョン』を
警戒してるんだ。これだけ各列が離れると、真ん中の一番でっかい戦艦、旗艦からの指揮
に問題が出る。なのに、あえてそれをするってことは・・・」
ジュンは手にするカメラの映像を次々と映し、奇妙なほど各列の間が空いた艦隊を見続
けた。
「各列のどれに『エクスプロージョン』が来ても、残った二列は無事・・・というわけだ
わね」
真紅がベッドに座って顎に手をあて、推理している。
「気になるのは、その戦艦達の後ろにいる、焼き討ち船の多さですねぇ。トリステイン艦
隊と戦うだけなら、そんなにいらないかもですぅ」
翠星石も真紅の横に座り、頭をひねっている。
厚くカーテンが引かれたルイズの部屋では、水銀燈が撮影してきた映像からアルビオン
艦隊の情報が分析されていた。
『その辺の事はあんた達で考えなさぁい。それじゃ、頑張りなさいよぉ』
「おう!お疲れさーん」
デルフリンガーに送られて、水銀燈はnのフィールドへ帰っていった。
コココン…ココン…コン
扉が奇妙なリズムでノックされた。
「あ、ルイズさん。おかえりなさーい」
ルイズは扉を開けて入ると同時に、はあぁ~っと大きな溜め息をついた。
「その様子ですとぉ、どうやら待機命令のままのようですねぇ」
「そのとーりよ、スイ。
まったく父さまったら『我が娘は大砲や火矢ではありませぬ』て軍議でタンカきったん
ですって!
・・・んな事言ったって、『虚無』無しじゃ勝てないわ!あたし、歩いてでもトリスタ
ニア行くわよ!」
「まぁまぁルイズさん、ちゃんとゼロ戦で運ぶからさ」
「ええ!運んでくれるだけで良いわ。お願いするわね」
「ああ、でも今はギリギリまで待とうか。でさ、ルイズさん。これ見てよ、この艦隊。全
部で53隻だけど、これはどうみても・・・」
カーテンの引かれた薄暗い部屋では、デジカメを囲んで小さな軍議が続いていた。
トリスタニアに近づくアルビオン艦隊の姿は、カラスやフクロウなどの使い魔を有する
メイジ達にも捕らえられていた。
トリステイン艦隊旗艦『メルカトール』号に乗り込んだマリコヌルその他のメイジが、
艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵へ報告する。
「本当に、そんな編成で向かってきているのか?」
「は!はひぃ!間違い、あっありません!」
「そうか、ご苦労だった。各員持ち場に戻ってくれ」
マリコヌルは太った体を揺らしながら甲板へ戻っていった。
ラ・ラメー伯爵はトリステイン艦隊をぐるりと見渡す。
トリステイン艦隊は旗艦『メルカトール』号を中心とした輪陣形をとっていた。といっ
ても戦列艦は10隻しかいないので、円というよりはいびつな八角形。その周囲に、やは
り焼き討ち船としての古めかしい船が10隻浮いている。
輪陣形とは、旗艦を中心に円を描くような陣形だ。旗艦周囲を守る多数の補助艦と、小
型高機動な大量の空戦力によって成り立つ。現在トリステイン艦隊は、トリスタニア上空
に滞空している。このため首都警護竜騎士連隊はじめ、トリステイン全土から集結した竜
騎士・グリフォン等の空兵力が艦隊周辺を飛び回っている。
「どう読む?艦長」
ラ・ラメー伯爵は隣に立つ『メルカトール』号艦長フェビスに尋ねる。フェヴィスは口
ひげをいじりながら、しばし思案した。
「・・・ガリアの、ヴェルサルテイル宮殿の噂を信じたということでしょう」
「やはりそうだろうなぁ。まさか、ここまで信じてくれると、驚いてしまうな」
「意外と真実だったのかもしれません」
「ふふ、さあな。いずれにせよ、これは我らにとってチャンスだということだよ!」
「各個撃破の絶好の機会、千載一遇の好機ですな」
ラ・ラメー伯爵が飛ばした指示は、手旗信号や信号旗によって艦隊各艦と周囲を飛ぶの
騎士達へ伝えられた。艦隊はゆっくりと形を変え、まだ見えないアルビオン艦隊へ艦首を
向けて横一列に並んでいく。
艦隊一番右に並ぶ先導鑑に対し、最後尾となる鑑として『イーグル』号が一番左にあっ
た。
「ふむ、単横陣か…敵艦隊の射程直前で面舵にて一斉回頭、敵横陣列の右鑑列へ向かい、
すれ違いざまに撃ちのめす…というわけだ。敵戦列艦は18隻だが、3つに分かれれば6
隻前後。数で勝る事が出来る」
『イーグル』号ではウェールズが、艦隊の陣形から作戦の意図を読み取っていた。
「さようでございますな、おう」「おっと!私はもう皇太子でもなんでもないと、何度も
言ったろう?パリーよ」
「そ、そうでござったな、こほんっ。改めて、う、ウェールズ艦長」
パリーと呼ばれた労メイジは、言いにくそうにウェールズの名を呼んだ。
もう一度こほんっと咳払いをして、誤魔化すように話を続けた。
「それに、『ロイヤル・ソヴリン』号に積める竜騎士の数は20。例え他の艦にも無理矢
理積んだとしても、トリステインが数で上回る事が出来ますぞ!」
そういうと、パリーは拳を握りしめて涙を流し始めた。
「くぅ~!ニューカッスル城では、平民達を無事に投降させるため、共に城を出ざるをえ
んかった!もはやこの老骨も、路傍の石の如く屍を晒すか…と世をはかなんでおったが、
よもや再戦の機会を得るとは!
自害せなんで、ほんによかったぁ!これで、これで陛下に胸を張って会いに行く事が出
来ますぞ!!」
「よさないか、パリー、縁起でもない。これは死ぬための戦いじゃない、生きるための戦
いだ」
「お、おっと、失礼致しました」
ウェールズは伝令管を全て開け放ち、艦内全体に声を響かせる。
「諸君!よく聞いて欲しい、これより本艦はレコン・キスタ艦隊と砲火を交える。
だが、これは決してアルビオン王家の復讐でも捲土重来のためでもない。我らは皆、ト
リステインに亡命したのだ。だから、私も諸君等も、等しくトリステインの一国民に過ぎ
ない。
蛮勇は許さん、特攻も自害も認めん!生きろ。戦って戦って、戦いの最後の瞬間まで生
きるんだ!我らの新しい故郷、トリステインのために、這い蹲ってでも生き、杖が折れて
も戦うんだっ!!」
艦内各所から雄叫びや歓声が帰ってくる。ブリッジも皆が拳を振り上げ、口々に始祖へ
の祈りと必勝の誓いを叫ぶ。
「さぁパリーよ、この戦は速力が勝負だ。焼き討ち船をかわして、他の2艦列が駆けつけ
る前に、どれだけ敵の数を減らせるかが鍵となる。遅れを取るなよ!」
「ははっ!」
―――アンリエッタ、必ず私は帰る。待っててくれ―――
横一列に並ぶ全艦艇が船首を向けるその先に、アルビオン艦隊がポツンと見えたのは、
それからすぐの事だった。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
*注 艦隊簡易展開図
戦 戦艦
・ 小型船
○ 中型船
◎ 大型船
←トリステイン艦隊進行方向 メ:『メルカトール』号 イ:『イーグル』号
戦戦戦戦メ戦戦戦戦イ・・・・・・・・・・
戦 戦
戦 戦 戦
戦 戦 戦
戦 レ 戦
戦 戦 戦
戦 戦 戦
戦
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
○ ○ ○
○ ○ ○
◎ ◎
アルビオン艦隊 レ:『レキシントン』号
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
「見えました。・・・敵艦隊、単横陣です」
報告を聞いたボーウッドは、満足げに頷いた。
「うむ、予想通りだ。やつらは左右いずれかの艦隊に速攻をかける気ですな」
「だだ、大丈夫かね?特に左翼は戦艦が5隻しかいないんだよ!?やつらは10隻で、こ
れでは」
サー・ジョンストンの震える声に、ヤレヤレという感じでボーウッドは答えた。
「狙わせるために5隻にしたのですよ、作戦通りです。これでヤツらの動きは読めるし、
問題ありません」
「しっ!しかしだねっ!」
「大丈夫です。様々な事態に対応した作戦が練られてあるそうですから、今はこれで大丈
夫ですよ」
「そ、そう信じているが・・・そもそも、あの者の言うままに動いていていいのか?」
「閣下の作戦案は全て、あの女性が記憶しているそうですから。少なくとも、現在の所は
問題は生じていません。
ともかく、予定通りに始めましょう」
そういってボーウッドは、様々な指示を飛ばしながら、中央艦列最前列の艦首を見た。
そこには黒いコートをまとった痩身の女性が立っていた。
アルビオン艦隊中央艦列の先頭艦船首で、足下に大きな鞄を置いたシェフィールドが、
猛禽類のような笑みを浮かべている。
「・・・まったく、あたしがいない間に、ジョゼフさまの所で勝手してくれたようじゃな
い!」
そう吐き捨てると、シェフィールドは右腕を高々と掲げた。
「おかげでジョゼフさまと来たら、寝ても覚めてもあいつらの事ばっかり・・・ホント、
嫉妬しちゃうわねぇ」
高く掲げた右手を、一気に振り下ろす。と同時に、凄まじい熱気が中央戦列艦の後方で
わき起こる。
「さぁ、次はこちらのターンよ・・・楽しく遊びましょう!!」
戦列艦の後方から、シェフィールドの左右を通り抜け、燃えさかる船が次々と疾走して
いった。紅蓮の炎に彼女の黒いローブまでが赤く照らされ、激しくひるがえる。
「や!焼き討ち船、来ます!」
アルビオン艦隊の列の間を、真っ赤に燃える船が向かってくるのは『メルカトール』号
からでも見えていた。
だが・・・
「や、焼き討ちせ・・・ん・・・来ません!」
「な…んじゃっそりゃあー!!」
目の前で見えてる事実に、フェヴィス艦長は思わずおかしな叫びをあげてしまった。焼
き討ち船はトリステイン艦隊に向かうかと思いきや、途中で失速し、落ちていってしまっ
たのだ。
トリステイン艦隊にいるほとんどの人間が、あっけにとられて呆然と、落ちていく船の
列を見ていた。
間の抜けた沈黙が広がる中、甲板からマリコヌルの悲鳴が艦内にまで響いてきた。
「うわああーーー!!ま、街があーーーー!!!」
真っ赤に燃え上がった船が、次々とトリスタニアに落下していく。
ブルドンネ街大通りに、貴族達が住まう屋敷に、橋に、街のあらゆる場所に…いや、街
の風上全体に、中央艦列後方にいた11隻中9隻が、燃えさかりながら落ちていった。
「ばっバカな!?城下を全て焼き払う気か!?」「占領が目的じゃ・・・」「第一、この
艦隊を無視してまで街を焼いてどうすんだよぉ!?」「ち、地上が、陸軍が!」「俺の、
家があ、店があああ」
「落ち着け!とにかく我らは艦隊に集中するんだ!」
艦長の叫びに、熟練した乗員達が我を取り戻し、次の指示を待つ。それを見て急遽乗り
込んだ学生の士官候補生なども、ようやく落ち着いた。
ラ・ラメー伯爵が咳払いと共に、声を張り上げる。
「心配するな!城下の避難は既に済んでいる。街は再建出来る!今は、この一戦に集中す
るのだ!!」
そして伯爵は右手を振る。と同時に、艦隊は一斉に右へ回頭し、最大戦速で疾走し始め
た。周囲の竜騎士始め全ての幻獣も、その動きに併せて右へ駆ける。
フェヴィスが力の限りに声を張り上げ、艦内に檄を飛ばし続ける。
「大丈夫だ!右の艦列は僅か5隻、そして騎士の数はこちらが上だ!あの艦列を速攻で潰
し・・・他の、艦を・・・」
だが、彼の指示は途中で止まってしまった。
彼は、いやトリステイン艦隊の全ての人々が、目を奪われた。
アルビオン艦隊後方の、補給艦と思われていた大きな2隻の艦から飛び立つ竜騎士の群
れに。
「て・・・敵艦隊より、竜騎士が続々と離艦、来ます!その数、42…57!?か!数え
切れませんっ!!!」
士官からの報告は、悲鳴となった。
「戦列艦は5隻でも、動きの速い竜騎兵が圧倒していますからなぁ」
アルビオン艦隊旗艦では、ボーウッドは相変わらず冷静に戦況を分析している。
「大型商船を急遽改造しての竜騎士専用艦、『竜の巣』号と『母竜』号か…閣下の発想に
は驚かされるよ」
サー・ジョンストンも、相変わらずビクビクしながら戦況を眺めている。
天下無双と名高いアルビオン竜騎兵100騎が、竜騎兵以外も入れて半数にも満たない
トリステインの騎兵と、艦隊へ襲いかからんとしていた。
その下では、トリスタニアが炎に包まれていた。
第2話 その炎は罪深く END
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