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#navi(虚無を担う女、文珠を使う男)
第9珠 ~霊剣デルフリンガー~
そして、虚無の曜日を迎える。
ルイズと横島は、トリステインの城下町である、ブルドンネ街へ向かう馬上の人となっていた。
馬の足並みこそ揃っていたが、二人の表情はそれはもう対照的だ。
むっつりとしているルイズと、この世の春が来たかというような雰囲気の横島。
こんな事になった原因は、昨日の夕方に届いた手紙にある。
その手紙には、エレオノールの学院到着予定日が「虚無の曜日」(つまり今日の事だ)の夜である事と、「今回の訪問は私的なものである」という事が記されていた。
また、ヴァリエール公爵家の花押が描かれている書類も同封されていた。
学院へ届け出る欠席届けに添える為の書類だ。
アカデミーを長く空けておくわけにもいかないので、授業を休んで付き合うように、との事だった。
アカデミーの研究員として来訪するのでないならば、とりあえずではあるが、横島が強制連行されたり、解剖調査されたりするような事態にはならない。
ようするに、ここ2・3日のルイズの悩みは杞憂であったという事であり、これだけならば、ルイズもこれほど不機嫌になったりはしなかっただろう。
使い魔が人であった事を黙っていた事やら、その使い魔がもうどうしようもない無礼者であるという事やら、問題が全く無いわけではないが…
その使い魔の力で自分の妹が良くなるというのであれば、いくらエレオノールであっても多少の事は多目に見てもらえるはず、と思えるからだ。
ただ、その使い魔とは横島のことだ。彼が起こす問題が、多少どころでは無いであろう事は、ルイズには容易に想像できた。
自らの使い魔が起こすであろう問題を思い浮かべ、さらに沈んでいくルイズに横島は声をかける。
「なー ルイズちゃんのお姉さんってくらいだから凄い美人さんなんだろ?
でもまだ独身なんだよな? しかも二人とも。
昨日からずっと考えてたんだけど、やっぱり、病気が治らないと結婚できないとか、結婚するのは妹の病気を治してからとか、そんな理由なんか?」
「姉さまは知らないけど、ちい姉さまの方はそうね…」
「そっかー じゃあ… 俺がその病気を治してやれば…
『おお、よくぞ娘の身体を治してくれた。褒美を取らす。何か望みのものはあるかな?』
『お父様! そういう事でしたら、是非私を横島様の妻にしてください』
『おお、そうか。横島とやら、君に娘の事を任せたいと思う。やってくれるかね?』
なんて展開も!? うわ、俺どうしよう?」
ほら、この通り。
昨晩、今回の件の説明をされた横島は、もうほとんどこんな調子だ。
「それはないから安心して頂戴。というか身の程知らずも大概にしなさい。
もう何度も言ってるけど、ヴァリエール家は由緒正しき公爵家なのよ。
いくら何でも、貴族でもないあんたなんかせいぜい掛かりつけの医者が良いところよ」
病気の人はヴァリエール家の娘で、横島を調査に来るのもヴァリエール家の娘。
今回の話の概要を聞いた横島は、病気の治療にいつになく乗り気になっていた。
あんなに消極的だった自らの使い魔が、手のひらを返した事を不思議に思ったルイズが、話を聞いてみると…
「美人の人が困ってるなら、それを助けねーのは男としておわっとる」と真面目な顔で答えられたのだ。
この1週間の行動を見ている限り、それだけの理由でも納得出来るのだったが…
「それにしても、あんたってば節操ないわよね。
ミス・ロングビルのところにも入り浸ってるって聞いたわよ。
というか、あの人もよくあんたなんかと仲良くやれるわよね。
本当、不思議だわ」
「そりゃーもう、分かる人は分かるとか? こう、黙っていても溢れ出す俺のオーラってやつ?」
「あんたの場合、むしろ黙っといた方がマシなんじゃない?」
あんまりにもあんまりなルイズの言いようだったが、全くもって真実だったので、横島は苦笑でごまかす事しか出来なかった。
そんなこんなで3時間。途中で立派な馬車にすれ違った以外は、特に変わった事も無くブルドンネ街へとたどり着いた二人。
馬を預け、ルイズの先導に従って武器屋へ向かう。道中、綺麗な女性を見かける度に声をかける横島を適度にしばいている内に、ルイズの憂鬱な気分も少しは晴れていった。
そして、剣の形をした銅の看板が下がっている店を見つけると、その店へと入っていった。
「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」
店に入ってきた二人を見た、五十がらみの親父が声をかけてきた。おそらく店主だろう。
(大体そんな事を言う奴に限って、何かやってんだよなー)
そんな事を思いながら店内を見回してみる横島。
ルイズが「客よ」と言ったり、親父がそれにふざけた調子で返していたりするが、横島は何かに感づいたらしい。
店の一角で乱雑に積み上げられている剣の山へ向かって歩いていった。
「あ、お客様? そっちにあるのはあんまりお勧めできるような代物じゃ…」
親父がそう言うのも構わずに、剣の山の前で立ち止まる横島。
「や、やっぱりかー なーんか霊感に引っかかると思ったが、こりゃ何か憑いてやがんぞ。
親父、ここにある剣のうち何か曰くつきの物とかねーか?
人を何十人も斬っただとか、持った奴が殺人鬼になっちまうだとか」
親父の方へ振り返り、そう問う横島。
「はぁ? あんた一体何言ってるの?」
「そんな曰くつきの物があったら、むしろ目玉にしますぜ」
「おでれーた。坊主、俺の事が分かんのか」
返って来た返事は3つ。
ルイズのバカにしたような声、親父の心外そうな声、そして横島の後ろ、つまり剣の山から聞こえてきた、驚いたかのような声。
「え? 今の声は誰?」
「はぁ… これでこの商談もパーか」
「一般人の目はごまかせても、このGS横島忠夫の目はごまかせん!!」
今度はルイズが驚く番。親父は諦めきったような声を出し、横島は何故か得意そうだ。
「剣なんかについてる霊は、人を斬りたくてしょうがねーっていう危険極まりない奴に決まってんだ。
いわゆる悪霊って奴だな」
「あんた何言ってるのよ。剣がしゃべるくらい、そんなに珍しくはないでしょ?
ただのインテリジェンスソードじゃない」
「いやー お客さん中々分かってるね。そいつは確かに呪われてるよ。何せそいつを置くようになってから、ウチの店の売り上げががくんと落ちたからなー」
「俺を悪霊なんかと一緒にするなっつーの。つうかなんだ、てめー良くみれば『使い手』か? 使い手に悪霊呼ばわりされるなんて、六千年生きてきて初めてだね」
しゃべる剣なんか珍しくない、という二人の話に、横島も少し考え直してみたようだ。
悪霊候補である剣のたわごとには耳を貸す気はないようだが。
「へ? 俺の方だとしゃべる剣なんて大概は危険物なんすけど、こっちだとそんな事は全然無いんすか?」
この疑問に、インテリジェンスソードについて説明するルイズ。
売り上げが落ちたーとか笑ってる店主も、ただこの剣の口癖が悪くて商談がパーになったり客足が遠のいたりしているだけだという。別に呪いでも何でもない。
「はぁ。じゃあこの剣って別に魔剣でも妖刀でもなく、ただのしゃべる面白いボロ剣だって事っすか」
「おいこら、坊主! このデルフリンガー様を捕まえて、ただのボロ剣扱いはねーだろ。使い手だからって、言っていい事と悪い事があるんだかんな」
「ほほー てめー剣の癖に生意気な事言ってやがんな。あんま態度悪いと、溶かしちまうぞ?」
剣ごときに楯突かれた横島は、コメカミをぴくつかせるとその手に文珠を作り出し、【溶】の字を込めている。
「使い手の癖に、俺を溶かすっちゅうのか?
そんな変な珠っころなんかで溶けるわけねーんだ、やれるもんならやってみろ!」
「い、言ったなこのヤロー! 後悔したってもうおせーかんな」
そう言って歩き出した横島を止めたのは、ルイズだった。
「ちょっとヨコシマ、何勝手な事言ってるのよ。
まだ文珠はそれ1個しか作れてないんでしょ?
万が一には治療に使うんだから、そんな下らない事に使っちゃダメ」
そう言われてしまうと、横島としても諦めるしかない。
生意気な剣に制裁を加える事なんかより、未だ見ぬ美女と仲良くなるほうがずっと大事なわけで。
「けっ。命拾い… 剣だから剣拾いちゅうのか?」
「んな事知らねーよ。まぁいい。おめ、俺を買え。損はさせねー」
じーっとデルフリンガーと名乗ったボロ剣を手に取って観察する横島。
ややあって…
「よく見りゃ、錆びてはいるが頑丈そうだし、なかなかいい剣じゃねーか」
「よく分かってるじゃねーか。いや、使い手っちゃそう言うもんだったか?」
「使い手ってのが何を指してんのか知らねーけど、武器の状態が手に取るように分かるってのは確かだな」
「おめ、手に取るようにっちゅうか、手に取ってるじゃねーか」
「こ、言葉の綾だ! んな事に突っ込むんじゃねー」
「はいはい、剣と漫才なんかしてもしょうがないでしょ。みっともないからやめなさい。
それで、あんたはその剣がいいの?
私の従者として使う剣なんだから、もっとしゃべらなくて綺麗なのがいいんだけど」
「ちょっとしゃべって見た目がボロっちいくらい、別にいいじゃないっすか。
そんな事より、こいつがしっかりした魂を持っていて、十分な霊気を感じられるって事の方がずっと大きいっすよ。
これなら十分使えそうっすからねー」
今度はルイズが諦める番だった。
何せ、本来の目的は横島のハンズ・オブ・グローリー等の使用を節約する為である。
いくら見栄えが良く、頑丈で切れ味も良い物があったとしても、横島がダメだと思うのであれば意味がない。
仕方なくルイズが親父に代金を支払うと、「うるさい時は鞘に収めれば黙りますんで」と鞘も一緒に渡された。
武器屋を後にした二人と一本は、昼食を済ませた後に衣料品店へ寄った。
従者としての格好を横島にさせるためだ。
(ちなみに、昼食はルイズが高級料理店、横島はルイズを送り届けた後に、平民相手の大衆食堂にてとった。
ケチで有名な美神でさえ、仕事先での食事は横島も同じ店であった事を思い出し、今さらながらに平民の扱いの悪さに涙を流していたのは、ほんのささいな事だ)
「今晩には姉さまがやって来るわ。
昨晩も言ったけど、とっても厳しい人なの。
いくら使い魔でも、いいえ、使い魔だからこそ、礼儀がなってなかったら凄く怒るわ」
そう言いながら、店員に横島のサイズを測らせるルイズ。
それと同時に、服が仕上がるまでの間に着せておけるような物が無いかどうかも尋ねている。
多少古くても、今横島が着ている珍妙な格好よりはよっぽどましだろう。
結論から言うと、運良く劇団関係者に知り合いがいるとの事で、当分使う予定の無い衣装を貸してもらえる事になった。
サイズが多少合わないかもしれないが、この際仕方がない。
ルイズ達は、劇場へ立ち寄ってから学院へ帰ったのだった。
学院へ戻ったルイズ達は、自室にて最後の打ち合わせをしていた。
横島はすでに、借りてきた衣装に着替えている。
(ちなみに着替える際は、事情を話した上で衛兵の詰め所を借りている。
自室で横島が着替えるのを、ルイズが嫌がった為だ。
というか横島だってそれは遠慮願いたいと思っている)
そうして夕食の時間が迫った頃、エレオノールが到着する、とルイズに知らせが入った。
緊張を隠せないルイズと、美人なお姉さんを期待して顔を輝かせている横島。
出迎えをするのが礼儀であり、二人は寮の玄関へと向かう。
たどり着いた二人に見えたのは、こちらへ向かってゆっくりと進んでくる、二頭立ての立派なブルームスタイルの馬車である。
「金ってあるところにはあるんだなぁ…」
「だからいつも言ってるじゃない。ヴァリエール家は超一流の名門なのよ。
馬車だって、いつでも最高級の物を準備させるわ。
あんたもそれに恥じないように、しゃきっとしなさい。お願いだから」
そんな事を言っても… と横島は思った。何せ、彼がこういう上流階級と付き合う場面は、必ず美神の付き添いであったのだ。
彼一人でボロを出さずに済むかというと… それはとても自信が無い。
だが、自信が無くても、やらなきゃならない。
何せ、もう馬車はすぐそこまで来ているからだ。
馬車がとまり、先に到着していた従者の一人が扉をあけて頭を下げる。
それをぼーっと見ていた横島だったが、横から突っつかれた為、慌ててその従者を見習って頭を下げる。
「姉さま、長旅お疲れ様でした」
「ありがとう、ルイズ。さあ、あなたの部屋へ案内して頂戴」
その間中、横島は顔を下げっぱなしでいた。
わずかな会話や従者達の緊張の度合いから、ルイズの言う以上に厳しい人であると思った事も一因だが…
やはり、ロングビルにあって彼女に無いものを見つけてしまったのが最大の原因だろう。
地面に落ちたエレオノールの影を見ただけで、彼女の胸がどちらかと言えば控えめでありそうだと思った横島は…
危険をおかして飛び掛るつもりにはならなかったのだ。
「ヨコシマ。今日は姉さまと一緒に部屋で夕食を食べるわ。
厨房に行って、食事を持って来るように伝えなさい。
あんたも適当に食事を済ませてから戻ってきなさい」
そうルイズから声をかけられて、ようやく顔をあげる横島。
ルイズの隣に立っている、ブロンドの女性も視界に入る。
ルイズにどことなく似た顔立ちで、文句なしに美人判定だ。
ただ、胸は控えめな上に、少々キツめな印象も受ける。
何故か、こちらを睨みつけているような様子でもあり…
横島の中では、即座に「危険度ランク:美神隊長」との分析がなされた。
「返事は?」
「は、はいっ」
慌てて返事をする横島だったが、ルイズの方も心なし慌てているように感じるのは気のせいではないだろう。
何故なら隣でエレオノールが「いかにも不機嫌です」と言わんばかりに顔をしかめつつあったのだ。
「俺、まだ何にも悪い事しちゃいねーよな?」と首をかしげながらも、即座にその場を退散するしかない横島だった。
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