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トルネコの大冒険・不思議な使い魔-01 - (2008/08/08 (金) 14:29:25) の1つ前との変更点
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#navi(トルネコの大冒険・不思議な使い魔)
召喚時に吹きあがった大量の煙が、キュルケの視界を悪くしていた。あのルイズが、ついに何者かを召喚したのだ。キュルケは、からかいがいのある友人の成功に内心喝采を送りたい気分だった。
ルイズの努力も、憤りも、全てがキュルケの好みだった。さんざんからかっておきながら、キュルケは本心ではけしてルイズのことが嫌いではなかった。
ルイズの成功を本心から喜んでいるのは、彼女を除けば担任のコルベールくらいのものだろう。しかし、そこはキュルケだった。喝采のかわりに、何かしらいってルイズをいじってやろうと笑みを浮かべる。
だが、煙の中から現れた影を見て、キュルケはからかいの言葉を呑み込んだ。
キュルケ以外の生徒の反応はもっと露骨なものだった。
固唾を呑んでいた中で、誰かが我慢できないように噴出したのが引き金になった。
どっと巻き上がる笑い声。
「ぜ、ゼロのルイズが平民を喚(よ)びやがった!」
「いい加減にしてくれよな、俺たちを笑い殺す気かよ!」
ぎゅっと両手を握ってうつむくルイズ。その姿を見て、キュルケは思わず駆け寄って抱きしめてやりたい衝動に駆られていた。
***
巻き上がる笑い声を、ルイズは手のひらにつめを立て、唇を噛むことで耐え抜いた。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。屈辱に耐えろ。慣れるのではない、耐えるのだ。
今までの失敗よりはましなはずだ。何もないよりは、ゼロよりはましなのだ。
何しろ、彼女の召喚にこたえて、何かが来たのは事実なのだから。
ルイズは自らが呼び出した相手を観察した。
彼女の召喚に応じたのは、たっぷりと突き出した腹ときちんと手入れをされた口ひげを持つ、穏やかな顔つきの中年の男だった。
縦縞のシャツにベストを羽織り、足元はたっぷりと余裕のあるズボンに靴。頭には平たいパンケーキのような帽子を被り、体の倍はありそうな、はちきれそうに膨らんだ大きなかばんを背負っていた。
と、驚いたように周囲を見回していた男がルイズの視線に気がついた。男はにっこりと笑うと、確かな足取りでルイズのほうへと歩いてきた。
思わず後ずさるルイズに気をつかったのか、絶妙な距離で立ち止まると言葉を発した。
「こんにちは、お嬢さん! 見たところ、あちらで楽しげに笑っている方々も、お嬢さんもどうやら人品卑しからぬ身分のご様子。私はこのあたりは初めてなのですが、今日はお祭りか何かなのでしょうか?」
「――あんた、誰」
「これは申し遅れました」
愛想よく男が言った。
「私の名はトルネコ――旅の武器商人をしております」
ぶっちぎりで平民だった。
***
ルイズは猛烈な勢いで抗議をした。コルベールに食って掛かり、召喚のやり直しを訴え、その全てを拒否されてうなだれた。笑い転げる生徒たち。
ルイズはやるしかない、と覚悟を決めた。
その間、トルネコは一切口を挟まなかった。興味深そうに黙り込み、時々考えるような表情を浮かべるほかは何もせずにいた。
いや、一度だけ奇妙な行動をとっていた。後ろ手にかばんを探ると、美しい羽根で作られた装身具のようなものを取り出し、エジンベア、とつぶやいて空に投げた。
なにもおこらずに落ちてくる羽根を片手で受け止め、なるほど、とだけ口にする。
覚悟を決めたルイズがトルネコの前に立つ。
「かがみなさい」
「何故ですか?」
「いいから!」
かんしゃくを起こしかけたルイズに笑みを浮かべて、トルネコは片ひざをついてルイズと同じ高さまで視線を下げた。
「"我が名はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール"」
ルイズの呪文が響き渡る。
「"五つの力を司るペンタゴン。かの者に祝福を与え、我が使い魔となせ"」
ルイズは両手を伸ばして、トルネコの顔をとらえようとし――
がっちりとトルネコの手で押さえられた。
「な、何をするのよ! 平民の癖に!」
「今、口づけをしようとしたでしょう」
トルネコがすまなそうにルイズにいう。
「私は妻帯者でして。たとえお嬢さんのような歳の方であっても、妻以外の女性と口づけをするのには抵抗が」
「なにそれ!?」
トルネコの言葉が聞こえたのか、周囲の生徒たちがさらに大きな声で笑う。
「いいから放しなさい! 命令よ!」
「そうは言っても」
そのとき、後ろから来ていたキュルケがトルネコの腕をつかんだ。
「今よ、ルイズ!」
笑いながらキュルケが言う。
「ちょ、ちょっとお嬢さん!?」
「ルイズ! 男の人はね、なんだかんだ言って既成事実を作ってしまえばこっちのものよ!」
「妙に生々しくないですか! もしもし!?」
「ありがとうキュルケ! 今日だけはお礼を言うわ!」
ルイズは飛んだ。己の全人生がかかっているこの瞬間のために飛んでいた。
キュルケに押さえられているトルネコに向かって飛んだ。その唇を奪うために飛んでいた。
***
結局、一度学園に戻ってコルベールが説明をすることになった。
なぜか和やかな雰囲気になってしまった召喚の儀式に、コルベールも苦笑を隠しきれない。
他の生徒たちが空を飛んで学園へと戻る中で、ルイズ、トルネコ、コルベールの三人が並んで歩いていく。
「ほう! つまり私はある種の魔物のように召喚され、こちらのルイズさんと使い魔の契約をしたということですか!」
「ええ」
適切なタイミングで入る質問と感嘆の声に、コルベールは気持ちよく説明を続けていた。
「私もこの仕事について長いですが、人間が召喚された例は初めてです。色々と困ることもあるでしょうが、学園も、そして私個人も協力を惜しみません」
「ありがたいことです」
なるほど、なるほどとつぶやきながら、トルネコはあごに手を当てて考えるような表情を浮かべていた。
ルイズは中年男たちの会話を上の空で聞いていた。冷静になって、少しずつ状況に対する理解が芽生えてくる。色々と問題はあったが、ついに彼女は使い魔を手に入れたのだ。
つまり、私は平民を使い魔にしたわけね、とルイズは思う。他の生徒に比べれば見劣りするが、それでも使い魔を手に入れたのは事実。これで、誰にもゼロとは言わせない。
と、そこでルイズは本来の頭の回転を取り戻し、問題がそれだけではないことに気がついて青ざめた。
「もういくつか質問をしてもよろしいでしょうか」
というトルネコの声が遠く聞こえる。
コルベールがルイズの様子に気づかずに気安くトルネコに
「どうぞ」
と言った。
トルネコが穏やかに言った。
「今回の犯罪に関する責任は、結局どなたが負うことになるのでしょうか」
***
トルネコの説明を聞くにつれ、コルベールの顔も青ざめていった。
「ええ、確かに平民は貴族の方々には逆らえないでしょう。ですが、『私が平民である以上、どこかの領民である』という当たり前の事実を無視なされたのは問題ではないですかな?」
トルネコは穏やかに続けた。
「私がこの国の人間であるならばまだ問題は簡単でしょう。ですが、私はそうではない。あなた方は、他国の人間に内容を知らせないままに契約を強要し、それが当然と言う態度をとった」
トルネコは背負っているかばんをゆすって見せた。
「私は武器商人です。武器を商う以上、最大の顧客が誰かはおわかりですね? ――そう、軍隊であり、軍隊をもつだけの領主さまがたです。わたしも幾人か懇意にさせていただいている方々がいます」
いまやコルベールの顔は蒼白だった。反対に、トルネコはにこやかな表情を崩さない。
ルイズは、自分が呼び出したのがどういう男なのかを理解していなかった。
トルネコは商人だった。武器を商う人間だった。
戦争間際にある二国家間で、人殺しのために使われると知りつつ武器を売りさばき、利益を上げられる男だった。
武器という極めて市場の限られる商品を、ほぼ囲い込みが完成している商品を、旅先で商い利益を上げられる男だった。
血のにじむような努力の果てに得た資金を、トンネル採掘や町の発展といった公共の利益のために投資できる男だった。
魔物に命を狙われ、各地を転々としながら、それでも生き延びられる男だった。
そして。
美しい妻。可愛い息子。あの、故郷を失った少女。勇者と言われた少女。
トルネコは夫であり、父であり、勇者の、英雄の仲間だった。
「では、話し合いましょうか」
トルネコは穏やかにコルベールに言った。
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#navi(トルネコの大冒険・不思議な使い魔)
召喚時に吹きあがった大量の煙が、キュルケの視界を悪くしていた。あのルイズが、ついに何者かを召喚したのだ。キュルケは、からかいがいのある友人の成功に内心喝采を送りたい気分だった。
ルイズの努力も、憤りも、全てがキュルケの好みだった。さんざんからかっておきながら、キュルケは本心ではけしてルイズのことが嫌いではなかった。
ルイズの成功を本心から喜んでいるのは、彼女を除けば担任のコルベールくらいのものだろう。しかし、そこはキュルケだった。喝采のかわりに、何かしらいってルイズをいじってやろうと笑みを浮かべる。
だが、煙の中から現れた影を見て、キュルケはからかいの言葉を呑み込んだ。
キュルケ以外の生徒の反応はもっと露骨なものだった。
固唾を呑んでいた中で、誰かが我慢できないように噴出したのが引き金になった。
どっと巻き上がる笑い声。
「ぜ、ゼロのルイズが平民を喚(よ)びやがった!」
「いい加減にしてくれよな、俺たちを笑い殺す気かよ!」
ぎゅっと両手を握ってうつむくルイズ。その姿を見て、キュルケは思わず駆け寄って抱きしめてやりたい衝動に駆られていた。
***
巻き上がる笑い声を、ルイズは手のひらにつめを立て、唇を噛むことで耐え抜いた。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。屈辱に耐えろ。慣れるのではない、耐えるのだ。
今までの失敗よりはましなはずだ。何もないよりは、ゼロよりはましなのだ。
何しろ、彼女の召喚にこたえて、何かが来たのは事実なのだから。
ルイズは自らが呼び出した相手を観察した。
彼女の召喚に応じたのは、たっぷりと突き出した腹ときちんと手入れをされた口ひげを持つ、穏やかな顔つきの中年の男だった。
縦縞のシャツにベストを羽織り、足元はたっぷりと余裕のあるズボンに靴。頭には平たいパンケーキのような帽子を被り、体の倍はありそうな、はちきれそうに膨らんだ大きなかばんを背負っていた。
と、驚いたように周囲を見回していた男がルイズの視線に気がついた。男はにっこりと笑うと、確かな足取りでルイズのほうへと歩いてきた。
思わず後ずさるルイズに気をつかったのか、絶妙な距離で立ち止まると言葉を発した。
「こんにちは、お嬢さん! 見たところ、あちらで楽しげに笑っている方々も、お嬢さんもどうやら人品卑しからぬ身分のご様子。私はこのあたりは初めてなのですが、今日はお祭りか何かなのでしょうか?」
「――あんた、誰」
「これは申し遅れました」
愛想よく男が言った。
「私の名はトルネコ――旅の武器商人をしております」
ぶっちぎりで平民だった。
***
ルイズは猛烈な勢いで抗議をした。コルベールに食って掛かり、召喚のやり直しを訴え、その全てを拒否されてうなだれた。笑い転げる生徒たち。
ルイズはやるしかない、と覚悟を決めた。
その間、トルネコは一切口を挟まなかった。興味深そうに黙り込み、時々考えるような表情を浮かべるほかは何もせずにいた。
いや、一度だけ奇妙な行動をとっていた。後ろ手にかばんを探ると、美しい羽根で作られた装身具のようなものを取り出し、エジンベア、とつぶやいて空に投げた。
なにもおこらずに落ちてくる羽根を片手で受け止め、なるほど、とだけ口にする。
覚悟を決めたルイズがトルネコの前に立つ。
「かがみなさい」
「何故ですか?」
「いいから!」
かんしゃくを起こしかけたルイズに笑みを浮かべて、トルネコは片ひざをついてルイズと同じ高さまで視線を下げた。
「"我が名はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール"」
ルイズの呪文が響き渡る。
「"五つの力を司るペンタゴン。かの者に祝福を与え、我が使い魔となせ"」
ルイズは両手を伸ばして、トルネコの顔をとらえようとし――
がっちりとトルネコの手で押さえられた。
「な、何をするのよ! 平民の癖に!」
「今、口づけをしようとしたでしょう」
トルネコがすまなそうにルイズにいう。
「私は妻帯者でして。たとえお嬢さんのような歳の方であっても、妻以外の女性と口づけをするのには抵抗が」
「なにそれ!?」
トルネコの言葉が聞こえたのか、周囲の生徒たちがさらに大きな声で笑う。
「いいから放しなさい! 命令よ!」
「そうは言っても」
そのとき、後ろから来ていたキュルケがトルネコの腕をつかんだ。
「今よ、ルイズ!」
笑いながらキュルケが言う。
「ちょ、ちょっとお嬢さん!?」
「ルイズ! 男の人はね、なんだかんだ言って既成事実を作ってしまえばこっちのものよ!」
「妙に生々しくないですか! もしもし!?」
「ありがとうキュルケ! 今日だけはお礼を言うわ!」
ルイズは飛んだ。己の全人生がかかっているこの瞬間のために飛んでいた。
キュルケに押さえられているトルネコに向かって飛んだ。その唇を奪うために飛んでいた。
***
結局、一度学園に戻ってコルベールが説明をすることになった。
なぜか和やかな雰囲気になってしまった召喚の儀式に、コルベールも苦笑を隠しきれない。
他の生徒たちが空を飛んで学園へと戻る中で、ルイズ、トルネコ、コルベールの三人が並んで歩いていく。
「ほう! つまり私はある種の魔物のように召喚され、こちらのルイズさんと使い魔の契約をしたということですか!」
「ええ」
適切なタイミングで入る質問と感嘆の声に、コルベールは気持ちよく説明を続けていた。
「私もこの仕事について長いですが、人間が召喚された例は初めてです。色々と困ることもあるでしょうが、学園も、そして私個人も協力を惜しみません」
「ありがたいことです」
なるほど、なるほどとつぶやきながら、トルネコはあごに手を当てて考えるような表情を浮かべていた。
ルイズは中年男たちの会話を上の空で聞いていた。冷静になって、少しずつ状況に対する理解が芽生えてくる。色々と問題はあったが、ついに彼女は使い魔を手に入れたのだ。
つまり、私は平民を使い魔にしたわけね、とルイズは思う。他の生徒に比べれば見劣りするが、それでも使い魔を手に入れたのは事実。これで、誰にもゼロとは言わせない。
と、そこでルイズは本来の頭の回転を取り戻し、問題がそれだけではないことに気がついて青ざめた。
「もういくつか質問をしてもよろしいでしょうか」
というトルネコの声が遠く聞こえる。
コルベールがルイズの様子に気づかずに気安くトルネコに
「どうぞ」
と言った。
トルネコが穏やかに言った。
「今回の犯罪に関する責任は、結局どなたが負うことになるのでしょうか」
***
トルネコの説明を聞くにつれ、コルベールの顔も青ざめていった。
「ええ、確かに平民は貴族の方々には逆らえないでしょう。ですが、『私が平民である以上、どこかの領民である』という当たり前の事実を無視なされたのは問題ではないですかな?」
トルネコは穏やかに続けた。
「私がこの国の人間であるならばまだ問題は簡単でしょう。ですが、私はそうではない。あなた方は、他国の人間に内容を知らせないままに契約を強要し、それが当然と言う態度をとった」
トルネコは背負っているかばんをゆすって見せた。
「私は武器商人です。武器を商う以上、最大の顧客が誰かはおわかりですね? ――そう、軍隊であり、軍隊をもつだけの領主さまがたです。わたしも幾人か懇意にさせていただいている方々がいます」
いまやコルベールの顔は蒼白だった。反対に、トルネコはにこやかな表情を崩さない。
ルイズは、自分が呼び出したのがどういう男なのかを理解していなかった。
トルネコは商人だった。武器を商う人間だった。
戦争間際にある二国家間で、人殺しのために使われると知りつつ武器を売りさばき、利益を上げられる男だった。
武器という極めて市場の限られる商品を、ほぼ囲い込みが完成している商品を、旅先で商い利益を上げられる男だった。
血のにじむような努力の果てに得た資金を、トンネル採掘や町の発展といった公共の利益のために投資できる男だった。
魔物に命を狙われ、各地を転々としながら、それでも生き延びられる男だった。
そして。
美しい妻。可愛い息子。あの、故郷を失った少女。勇者と言われた少女。
トルネコは夫であり、父であり、勇者の、英雄の仲間だった。
「では、話し合いましょうか」
トルネコは穏やかにコルベールに言った。
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