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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
「…はあ? あんた、ここまで話させておいて、いまさら一体何を言い出すのよ!
しばらくしたら使い魔を辞めるなんて、そんなの通るわけないでしょ!」
「その、ええと……、ゴメンなの。使い魔の関係が大事なものだってことは、ディーキンもわかってるの…」
こちらのメイジは違うかも分からないが、フェイルーンではメイジにとって使い魔とは、失えば一年と一日の間は代わりを迎えることも叶わない大切なパートナーだ。
使い魔は単なるペットやドルイドが持つ動物の相棒とは根本的に違う。
メイジは使い魔とする動物に己の力を注ぎ込んで魔獣とし、単なる動物を超える力や知能、多くの特殊な能力を与え、テレパシーによる意思疎通を作りだし、まさに自分の分身としている。
たとえ己の使い魔にさえ一片の好意も抱かないような心底冷酷なメイジであっても、使い魔を意味もなく酷使し無駄に危険に晒すような者はまずいない。
もしも使い魔が死ねば、メイジはその使い魔に注ぎ込んだ己が力の幾許かを失ってしまうためだ。
失った力は経験を積めばまた取り戻すこともできるが、決して軽んじられるほどに小さな損害ではない。
それは使い魔を解雇した場合でも同じこと。
解雇すれば主従の結び付きによる特殊能力は失われるが、それでも、その使い魔はもはや動物ではなく魔獣であり、それは解雇しようが変わりはしない。
ゆえにその使い魔に注ぎ込んだ力はメイジの元へ戻って来ることはなく、使い魔が死んだ場合と同じく失われてしまうのである。
そのリスクゆえにあえて使い魔を持たないメイジもいるし、使い魔との契約は一生ものの重要な決断となる。
つまり、仮にこちらのメイジもフェイルーンのメイジと同じだとしたなら…、
しばらくしたら使い魔をやめさせてくれということは、短期間の契約と引き換えにお前の力の一部を永遠に自分によこせと要求しているのに等しい。
こちらは使い魔にされるとは知らなかったとはいえ、あちらが使い魔を持つという大切な決断をして行ったであろう召喚に応じたのだ。
同意して召喚に応じてきたはずの相手が突然そんな無法な要求をしたなら、腹を立てるのは当然であろうということは、ディーキンにだって分かる。
「だったら、ちゃんと一生私に仕えなさいよ!
あんたは私の召喚に応じたし、さっき説明した仕事の内容に文句も無いんでしょ?
なら、なんでしばらくしたら辞めるなんて言うのよ!?」
「ああ…、その、本当にゴメンなの!
本当はディーキンもルイズに迷惑はかけたくないの!
使い魔になるんならずっと主人と一緒にいるべきだってことは、ディーキンもその通りだと思うんだけど…」
ディーキンは本当に申し訳なさそうな態度で謝罪し、一度頭を下げてからじっとルイズの顔を上目遣いに見つめる。
怒鳴られて反射的に少々怯えたような態度になってしまったが、別に媚びているわけではない。
申し訳ないというのは正真正銘、本心からである。
ディーキンはしばしば他人に対してぶしつけな質問もするが、それは単にコボルドゆえに異文化の常識に疎いためだったり、もしくは純粋な好奇心から来るものであって、悪意があっての事ではない。
単に気分を損ねる以上の実害が相手にあるであろうことを、それとわかっていながら要求したりは、普通ならばしないのだが…、
今の場合はこちらとしてもどうしても譲れない事情あってのことで、あえてルイズの怒りを買ってでも話しておかなくてはならないのだ。
「………」
その態度を見ていくらか落ち着いたルイズはそれ以上怒鳴りつけるのは止め、不承不承、ディーキンを睨みつけながらも話を聞いてやろうとする。
「…けど、何よ。 一応聞いてあげるから、言ってみなさい」
「ありがとうなの、その、ディーキンはここに来る時、使い魔をしなきゃならないことは知らなかったのは話したよね?
ええと、ディーキンは、ここに来る前の場所に友だちもいたし、ちょっと離れていたけど自分の部族の仲間もいるし…、いつかきっとやり遂げたい目標もあったの」
「……………」
「ディーキンはしばらくはここにいたいけど、そのうちには帰って、みんなに会ったり、夢を叶えるために頑張りたいんだよ。
もしここがどこかわかってて、ディーキンの故郷に近いところだったら、使い魔の仕事も一緒に続けても構わない。
でも、さっきから話してた感じだと…、お互いに知らないことが多いみたいだし、きっと随分離れてると思う。
だからその時になったら、本当にゴメンとは思うけど…、ディーキンをクビにして、誰か別の使い魔を呼んでほしいの。
もし駄目だったら、その…、きっと迷惑だけど、ディーキンはルイズの使い魔になるわけにはいかないの」
それを聞いたルイズは、困惑したような表情を浮かべて黙り込んでしまう。
召喚に応じておきながら勝手なことを、と腹を立てたが、この使い魔は契約が一生のものだと知らずに応じたのだという。
それでも動物や大した知能を持たない幻獣の類であれば、寝食の面倒を見て、適齢期には番いの世話もしてやって、野生に生きるより恵まれた生活を保障してやれば不満を訴えてくることもないだろう。
だが、この使い魔は亜人とはいえ高い知能を持っていて、先ほどから話す限り人間と精神面でも大した差はなさそうだ。
人間なら、家族もあれば友人も、それまでの生活もある。
衣食住の世話をして面倒を見てやるから一生仕えてもらってもいいだろうといわれても、それで満足であるはずがない。
それでも仮に亜人ではなく人間の平民であれば、貴族に仕えられるのだし、時には家族に会いに行っても構わないから、というような対応もできたのだろうが…。
この使い魔は、本人も言うように一体どこからやってきたのかもよくわからない亜人なのだ。
しかもまだ子どもと来ている。
小さな子が少し旅に出るくらいのつもりで好意から召喚に応じたら、一生家族や友人から引き離されてしまい、将来の夢も捨てて使い魔をしなくてはならない…。
そんなことを言われたら、しばらくしたら帰らせてくれ、というのも当たり前だろう。
いや、もしも自分が同じ立場なら、きっとこの亜人のように大人しくしてなどいられないだろう…おそらく大騒ぎをして、すぐ帰せと暴れていたはずだ。
そして、使い魔が召喚直後にがなり立てて暴れたら…、主人のほうは、どうしようもなく反抗的な使い魔だと結論して、ろくに話も聞かず強引にさっさと契約をしてしまっていたかもしれない。
少なくとも自分だったら、そうしていなかったとは言い切れない。
そうなれば当然主従の仲は壊滅的に悪化し、ようやく呼び出せた使い魔にまで憎悪と軽蔑の眼差しで見られ、最悪夜逃げでもされて完全にメイジ失格ということも……。
そんな“最悪の展開”について考えると、ルイズはぞっとしてきた。
確かにこの使い魔…いや、亜人の子の要求はもっともだし、この子どもが冷静に対応してくれたおかげでそんな悲惨な展開を避けられたようなものだともいえる。
最初は一方的に腹を立ててしまったが、そう考えてみると亜人とはいえ小さな子どもが、このような状況で落ち着いた対応をしていられることにむしろ感心してしまう。
…が、しかし。
(…そういわれても、こっちにも引けない事情が…)
ルイズはどうしたものかと、後ろで見守っている教師の方を振り返った。
見れば、コルベールもいささか困った様子で渋い顔をしている。
「あの、ミスタ・コルベール。私の使…いえ、この亜人はこういってるんですけど…。
その、時間も無いとは思いますけど、もう一度やり直させてもらうわけには…」
そう聞いてみるが、案の定コルベールは少し迷った様子を見せたものの、申し訳なさそうに首を振る。
「……残念だが、春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。
一度呼び出した使い魔を変更するなどという例外は、私の権限では認められない。
彼の言い分は分かるし、気の毒だとは思うが…」
「……やっぱりそうですよね……。で、でも、使い魔はメイジにとって一生のパートナーです。
彼が納得していないうちに無理に契約を進めるわけにはいかないと思うのですが…」
「……うむ、確かにそれはそうだが…」
コルベールとしても、これは少し予想外なことになったなと悩んでいた。
召喚された使い魔がこのような要求をしてきたという例は、知る限り過去になかった。
通常使い魔は契約を拒否などしないし、ましてや殆どすべての使い魔は召喚された時点で人間と会話できないのだから要求などを突きつけてくるわけもない。
要求をのめば伝統に反することになり、それはこの神聖な儀式の監督者としての立場上、認めるわけにはいかない。
かといって、使い魔の意志を無視して契約を強行してしまえば済むという話ではない。
先程からの遣り取りや使った魔法を見る限り、まだ未知の部分は多いとはいえ特に危険な相手というほどの事はなさそうだが…、
抑え込んで契約を強行するようなことは使い魔に対するモラルに反しているし、お互いにとって悔いが残る結果になる。
何よりも使い魔のルーンには獰猛な生物でも大人しく従順にさせる効果があるといわれてはいるが、このように高い知能を持ち、明確に契約を拒む意志を示した相手の心をがらりと変えられるほどの効き目があるとは思われない。
普通は現れた生物が契約を拒むということはないので、そのようなケースでどうなるのかはっきりとは断言できないが…。
強引に契約しようものならこちらに失望して隙を見て逃げてしまうか、最悪、主人やその周囲の人間に牙を剥くようなことだってないとは言い切れない。
となると、どうしたものか。
ディーキンの方はそんな遣り取りをじっと聞いていたが、2人が悩んで黙り込んでしまうと口を開いた。
「ウーン、ちょっといい?
伝統とかはよくわからないけど、ディーキンは使い魔をやらないとはいってないの。
引き受けても構わないしむしろ喜んでやるの、ただしばらくしたらお暇をもらいたいってだけだよ?
ええと、契約を取り消したりするのが大変で、迷惑なお願いなのはわかってるけど……、何をそこまで悩んでるの?」
脇から質問されたルイズは、呆れたように溜息をつくとディーキンを軽く睨む。
「…あんた、自分の要求したことの大きさが全然わかってないのね。
迷惑も何も、使い魔は一度契約したら解雇なんてできないのよ。
あんたが死なない限り次の使い魔は呼べないし、どっちかが死ぬまで契約を取り消したりもできないの」
「…そうなの? アー、じゃあ、ディーキンは勘違いしてたみたいだね…」
契約が自分の意志で解除できないと聞いて首をひねる。
死ぬまで解除できないということは…、逆にいえばどちらかが死ぬと、契約が解除されるということだろうか。
フェイルーンの使い魔は、死んでも《死者蘇生(レイズ・デッド)》などの魔法で蘇生させれば、使い魔のままで甦る。
逆も然りで、主人が死んでも使い魔は依然として魔獣のままであり、単なる動物に戻ったりはしない。
主人と使い魔の契約は、死によっても終わらない魂と魂の繋がりなのだ。
実際、アンドレンタイドの遺跡で出会ったネズミの元使い魔は、主人が死んだ後も非常に長い間、魔獣として地下に埋もれた都市に閉じ込められたまま生き続けていた。
そういえばえらく愚痴っぽくて、『ファミリアが死ぬと主人がどうなるってのはよく言われるのに、その逆は誰も気にかけてくれやしない!』などとぼやいていたが…。
あの時は聞き流していたけれど、まさか自分も同じ使い魔の立場になるとは思わなかったなあ…、とディーキンは感慨にふける。
(…にしても、死んだら契約が終わりってヘンな仕組みだね。不便じゃないかな?)
どちらかが死ぬ度にいちいち契約が切れていたら、日常的に厳しい戦いを続ける冒険者のメイジにとっては困ったことにならないだろうか?
これは死からの蘇生がほぼ有り得ないハルケギニアと、それが珍しいものではないフェイルーンの事情の違いによるものなのだが……、そのようなことを知らないディーキンには随分奇妙に思えた。
まあ、それはさておきそのような仕組みであれば最悪どっちかが死ぬ(そして蘇生する)という方法もありそうだが、何度も経験のあるディーキンにとっても死ぬのは気分のいいものではない。
自分もわざと死にたいとは思わないし、他人にそんな要求をするほど非常識でもない。
となるとどうしたものか、とディーキンはしばらく考え込んだが……、じきに何かに気が付いたように明るい顔になって頷く。
「…アア! それなら簡単に解決できると思うの。
つまり、ディーキンはルイズと契約をしなきゃいいってことなの」
「はあ? …あんた、意外と賢いのかと思ったけど状況が分かってないみたいね。
使い魔を持たなくて済むならこんなに悩んでないわよ…、伝統のこともあるし、使い魔を持たないと私は進級できないのよ!」
「…ええと、進級とかのことは知らなかったけど、ルイズは勘違いしてると思うの。
ディーキンはちゃんと使い魔をやるよ、ただ、契約をしないってだけなの。
どんなことをやるのかは知らないけど、契約を済ませなきゃ新しい使い魔が呼べないことにはならないんでしょ?」
「…な、…あ、あんたねえ…、そんなことが本当に認められると思ってんの?」
ルイズは呆れたようにそういうが、ディーキンは不思議そうに首を傾げる。
「ンー…、ディーキンはあんたたちの伝統とかのことはよくわからないけど、何かマズいの?
契約はしないで使い魔はするってことにすれば、その…、使い魔を持たなきゃいけないっていう伝統にも反しないし、もう使い魔が呼べなくなるっていうこともないと思うの。
それが一番いいとディーキンは思うんだけど……」
「そ、そりゃまあ理屈の上ではそうかもしれないけど…。
これは…、つまり貴族の伝統の上の問題で、そんな簡単なことじゃないのよ!」
「…ええと、ルイズの言うことはディーキンにはよくわからないの。
なんでそんなに、契約とかをすることにこだわるの?
理屈の上で問題がないならそれでいいと思うし、他にいい方法がないならなおさらのことだと思うの」
そういってから、ディーキンは少し考え込んで何かさらさらとメモを取るとまばたきしてルイズの顔を見つめる。
バードは放浪者であって、法と伝統ではなく自由と直観を重んじるのだ。
「…それとも、ルイズはちゃんと契約しないとディーキンが仕事をサボると思ってる?
ディーキンはいい冒険者なの、いい冒険者は契約違反なんかしないんだよ。
アー、それに、ディーキンは伝統の事もこっちの事もよく知らないけど、使い魔ってのはきっと主人と信頼し合うのが一番大事だと思うの。
もし、ルイズがちゃんと契約しないとディーキンの事を信頼できないっていうんだったら、やっぱり別の使い魔を呼んでもらったほうがいいと思うけど…」
「い、いや、…なんていうか。
私個人はあんたを信じないわけじゃないのよ。私は、まあ…それでもいいんだけど」
ルイズはちらりとコルベールの方を伺った。
コルベールは咳払いをすると、ルイズの代わりに進み出てディーキンと向き合った。
「あー、…使い魔君、君のいうことはなるほどその通りだとは思うのだが…。
君の主人のミス・ヴァリエールは、二年へ進学するにあたって、君とちゃんと“契約”をして使い魔としなくてはならない。
それが、当学園におけるこの春の使い魔召喚の儀式での伝統で…」
「ウーン…、じゃあ、あんたには他に何かいい方法があるの?」
「いや、方法は思いつかないし、君の意志を無視する気もないが、しかしだね。
…なんとか納得してもらって契約をするわけにはいかないのかね?
ミス・ヴァリエールも君に十分な暮らしを提供できるはずだし、新しいいい人生の目標も与えてくれるだろう。
それにメイジとして君の家族や友人がそうしてくれたのと同じように、パートナーの君のことを大切に…」
コルベールは何とか穏便に説得しようと、しゃがみ込んでディーキンと顔の高さを合わせながらそう説明した。
この亜人はなかなか賢く落ち着いているが、ミス・ヴァリエールに怒鳴られた際に見せたやや怯えたような気配や子どもっぽい話し方からは、幼さと控えめな性格も伺える。
ゆえに、脅すようなことをせずともこちらの理を説いてじっくり説得すれば、最終的には納得し譲歩して契約を受け入れてくれるだろうと考えたのだ。
だがディーキンは、まっすぐにコルベールを見つめ返すとはっきりした意志を込めて首を振った。
「それは、ダメなの。ディーキンは、ルイズがボスとか、おばあちゃんとか、ヴァレンやディランとか、みんなの代わりになるっていう意見には反対だよ。
新しいご主人が前のご主人の代わりになるとか、一人の友だちが別の友だちや家族とかの代わりになるっていうのは、どっちにも失礼な話だと思うの。
それにディーキンの目標っていうのは、前のご主人様とか、ボスとか、誰かからもらったものじゃないからね。
みんなはディーキンにいろいろ教えて、ディーキンを変えてくれたけど…、最後にそれを決めたのはディーキンだけでだよ。
ルイズはきっといい人だとは思うけど、誰もディーキンに他の人生は与えられないの」
コルベールはわずかに困惑してたじろぐ。
今の視線と返答には、この亜人のこれまでの言動からは予想できないほどに、堅い意志が感じられたのだ。
ディーキンはそんなコルベールの表情をじっと見つめながら、さらに言葉を続ける。
「…ディーキンの方は、ルイズと契約しても本当に帰りたくなった時には勝手に出ていくことだってできると思うし、そんなに困らないの。
だけど、そうしたらルイズはもう新しい使い魔が呼べなくなるってことだよね。
そしたらきっとルイズは困るよ。ディーキンはせっかく呼んでもらったのに、ルイズを困らせたくないの。
でもディーキンも自分の人生はあきらめたくないし、ずっと帰れないのは困るの。
それで新しい使い魔を呼ぶのもダメなんだったら、もう契約をしないで、使い魔を変えていい時になるまでディーキンがやるしかどっちも困らない方法はないと思うの」
「それは…、しかし…」
「ンー…、ルイズもさっき、自分はそれでもいい、っていってたよ?
ディーキンはちっぽけなコボルドだし、あんたとは会ったばかりなの。
だから、別にあんたにディーキンの気持ちを大事にしてくれとか、そんなにずうずうしいことは頼まないよ。
でもあんたはたぶんルイズの魔法の師匠だよね?…だったら、弟子の事は大事にしないとダメだと思うの。
あんたにはちっぽけなディーキンのためじゃなくて、ルイズのために考えてほしいの。
ディーキンにはよくわからないけど、その決まりはルイズ自身の意見とか幸せとか、将来とかより大事なの?
きっとディーキンのボスなら、それはいい考えだとは思わない、っていうと思う」
「…、う、うー…む……」
コルベールは唸った。
この亜人の言うことは、確かに理屈の上ではいちいち筋が通っている。
契約を拒んでいる点はともかく、その理由が自分のためではなく主のためだというあたりは使い魔としても立派な態度であると言わざるを得ない。
こちらを言いくるめるためにそんな建前を持ち出してきたのだとすれば見た目に似合わぬ機転だが…、表情や態度を見る限り、すべてこの亜人の本心なのだろう。
これでは伝統と慣例のために契約しなくてはならないと押し通して納得させることなど、到底できそうもない。
また正直に言って、こうも純粋な態度で接してくる相手に対して、そんな不誠実な対応はしたくもない。
そこへ、横合いから今度はルイズが発言する。
「ミスタ・コルベール、私もこの亜人…、いえ、ディーキンの意見を支持します」
「ミス・ヴァリエール、君まで…」
「私も彼と同じように、よく考えた上でそれ以外ありえないと結論したつもりです。
貴族にとって、メイジにとって、伝統は重んじるべきものです。
ヴァリエール家の三女として、由緒あるトリステイン魔法学院で長年続いた伝統に逆らわなくてはならないことは残念です。
ですがメイジの中には一生使い魔を持たないというものもいるのですし、これはあくまで当学院の中における伝統であるはず。
それに対して使い魔をパートナーとして尊重することはすべてのメイジにとっての伝統であり、義務です。
どちらをより重んじなくてはならないかは、明白だと考えます」
「………む…」
今度はルイズの表情にも、迷いのないはっきりとした意志が見て取れた。
元々感情的になりやすくプライドも高く、ちょうど多感な年頃でもあるルイズにとって、先ほどのディーキンの発言は心を動されるに十分だったのだ。
彼女が感じたのは、呼び出したばかりでまだ契約もしていない…今後も永遠にしないかもしれない使い魔が、こちらの事を第一に考えて教師の説得までしてくれていたということに対する感動と、そしてある種の屈辱感。
ディーキンにとっては些細な事かもしれないが、落ちこぼれと蔑まれ続けてこれといった友人もなく過ごしてきたルイズにとって、彼の言葉は大きな喜びだったのだ。
対して自分は…、伝統を重んじなくてはならないからといいつつも、頭の片隅ではせっかくなかなかよさそうな使い魔を引いたのに、契約ができなかったらどうなるのか、
そうすれば他の生徒らにまたどんなに嗤われるかと心配していて、自分の代わりに教師がこの使い魔を説き伏せてくれることを期待していはしなかったか?
そんな気持ちが少しも無かったとは言い切れない、だからこそ自分は途中で助けを求めるように教師の方へ話を振ったのでは…。
そういった自分の心の動きに気が付いたことが、強い屈辱感を呼び起こした。
使い魔が…それも亜人とはいえ異郷の地に呼び出されたばかりという子がこうもしっかりしているのに、主人の自分がただ教師と使い魔のやりとりを眺めるだけで他力本願で事態が片付くことを願ってしまっていたとすれば…、
それは彼女にとっては大きな恥だ。使い魔が頑張っているというのに主人の側はなりゆきで事態が解決することを望んで何もせずただ傍観しているなど、断じて彼女の信じる貴族の態度ではない。
「…もしどうあっても当学院内では認められない行為ということでしたら、私は――」
「い、いや、待ちたまえミス・ヴァリエール。
君たちの言うことは実にもっともだ、だから早まったことは言わないでくれないか」
慌ててコルベールがルイズの言葉を遮る。
認められなければ退学するとでも口に出しかねない様子だが、そんなことになれば事態がますます厄介になってしまう。
コルベールとしてもこの2人の素直な気持ちには感じるところがあるし、認めてやりたいのは山々だ。
だが今年度の監督役とはいえ自分はあくまで召喚の場に立ち会っているだけの一教師で、立場上そのような例外を独断で許可するわけにはいかないのだ。
それに、伝統であるからという建前の問題以外にも、いろいろ考えなくてはならない事がある。
(…ミス・ヴァリエールやこの亜人の子にとっては、今の私は頑迷極まる教師としか見えないだろうな。
だがたとえ双方納得の上と言ってもミス・ヴァリエールにとっては辛いことになるだろうし、2人の間だけの問題で済むという話でもない。
私としては、場の雰囲気に流されて軽率に許可を出すわけにはいかん…)
彼女は落ちこぼれとして常日頃から心無い生徒らに貶められている。
先程も召喚したのは平民の子のように役立たずのコボルドだなどと言って囃し立てられていた。
仮にも珍しい亜人を召喚したというのにあんな偏見に満ちた罵詈雑言を浴びせられたのは、彼女に対する蔑視が決して軽いものではないという証左だ。
なのにこの上正規の契約をできなかったなどと知れようものなら、どんな辛い思いをすることになるか。
この亜人は皮鎧などを身に纏っているから、ルーンは鎧に隠れているのだとでも説明しておけば、当面は誤魔化せるだろう。
しかし亜人だって水浴びなどで鎧を脱ぐ機会もあるだろうし、いつまでも露見しないなどとはとても考えられない。
気の強い彼女は、契約していないのは事実だしそんな批判は平気だ、とでも言って強がるだろうが、彼女が嘲笑されるというだけでは済まない。
いくらこの亜人に危険はないと自信を持って断言できるとしても、それは所詮コルベールや、最終的にその決定を承認する学院長の独断でしかないのだ。
契約も結ばせていない亜人を学園内に置いているなどとなれば、安全管理の不備や伝統の軽視を生徒らの親族などが責めるだろう。
最悪王宮などにも連絡がいき問題視されて、責任者である自分や学院長は罰を受け、亜人の方は処分されてしまう…、などということも有り得る。
賢いとはいえまだ子どもの2人は、お互いの尊重はしてもそこまでは考えていないだろうが…、これらの事柄について説明し、考え直すように勧めるべきだろうか?
(…いや、2人が既に合意している以上ここで二対一で話し続けていればそのうち私まで彼女らの意見に流されて迂闊な決定をしてしまいかねん。
できれば私一人で解決したかったが…、こうなった以上学院長に事情を伝えて裁定を仰ぐべきだろうな。
問題がうまく解決して、2人の望みに沿う形の結論が出ればいいのだが…)
そう考えをまとめると、コルベールは咳払いをして顔を上げ、2人と向き合う。
「…あー、君たちの考えはわかったし、言い分は実にもっともだと私も思う。
しかし、私は儀式の監督を任されているとはいえあくまで一教師にしか過ぎないのだから、学院の伝統を覆すような決定を下す権利はない。
君達は学院長に直接会って話を通すのがいいだろうと思うが、どうかね?」
「え…、オ、オールド・オスマンにですか?
その、でも。流石に、契約もしていない亜人を学院長のお部屋には……」
「ンー、…学院長? それって、あんたたちのボスの事?」
「まあ、そんなようなものだよ。
心配しなくても学院長は相手の身分にこだわられる方ではないし、ちゃんと私の方からも君達が面会して事情を伝えられるように話そう。
……今の時間なら部屋に居られるはずだから、すぐ会えるだろう。
授業の方はもう始まってしまっていることだし、それも学院長に伝えて公欠扱いとしよう。ついてきなさい」
コルベールはそういうと自分の杖を持ち上げたが…、すぐにルイズが飛べない事を思い出してフライの詠唱を止め、2人を先導して歩き始める。
ルイズは学院長と直接話さねばならないことにやや緊張しながらも、あわててコルベールの後に続いた。
ディーキンは、ルイズらが先程の生徒たちのように飛んで行かないことについては、特に疑問は持たなかった。
フェイルーンの常識では、空を飛ぶ魔法が使えるメイジだからと言って日常的に飛んだりしないのは当たり前である。
もし魔法を使わなくてもある仕事を実行することが可能であるのなら、フェイルーンの大部分の場所と状況においては、魔法でない手法が取られる。
簡単に空を飛んだり瞬間移動したりできるくらい強力なウィザードでも、隣町に行くのに特に急ぐ理由がないなら、普通は2本の脚で歩くものだ。
本当に必要な時のための魔法を温存しておかず、日常的に便利な魔法ばかり用意して気軽に消費してしまうのは愚かなウィザードである。
ほんの一発《電撃(ライトニング・ボルト)》を撃てば、たった一回《魔法解呪(ディスペル・マジック)》を使えば、それで自分の命を救えるという状況にいざ直面した時に、それを持っていないなどという事になったら目も当てられないではないか。
授業が始まってしまうとかいっていたし、先ほどのメイジたちは急いでいたからやむなく飛行の呪文を使用したのだろう、とディーキンは考えていた。
今の場合、もう急いでいないのだから飛ぶ必要はないのだ。
それはさておき、ディーキンも自前の翼があるとはいえそれほど速く飛べるわけではないし、歩くより飛ぶ方が楽だというわけでもない。
自分もまた羊皮紙にこれまでのメモを取りつつ、のんびりと2人の後に続いた…。
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