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ウィザーズ・ルーン~雪風の翼~3 - (2007/09/30 (日) 10:47:27) のソース
うわごとのように「幽霊……」と呟く顔面蒼白なタバサに、「これは艦の管制人格でメイジ風に言えばオレの使い魔だ」ということを分からせるのに小一時間。 ようやく落ち着いたタバサに、「そういえばオレはどこで寝ればいいんだ?」と聞くと、「同じベッドでかまわない」、と抜け切っていない顔の強張りを隠しながらとんでもないことを言った。 しかしそこはファンメイにも個室をで与えていたヘイズである。艦の自室で寝るから用があったらまた来てくれと言い残して部屋を出た。 今までのやり取りから一人で眠るのが怖いのだろうと思い込んでいたゆえの行動だったが、それゆえに気づくことができなかった。 「母様……! それを飲んじゃ駄目……!」 悪夢にうなされるタバサの声を。 タバサから笑顔を奪った闇――ヘイズがこの世界に呼び出された本当の役割を。 サイトは目覚めてまず真っ先に、なぜか下着が目に入った。 あーそういえば洗濯しなくちゃならないんだっけ、といまだはっきりとしない頭をかきながらベッドへと近づく。 「起きろよ。お嬢様」 「な! 何よ何事!?」 ルイズの声を聞いて、ああやっぱりこれは夢じゃあなかったんだなあと、サイトは切なくなった。 「誰よアンタ!?」 「平賀才人」 「使い魔……? ああ、そうか昨日召喚したんだっけ」 ルイズはけだるそうに起き上がり、指をさしながら命令する。 「服」 椅子にかかった制服を放り投げる。 ネグリジェを脱ぎ始めたのをみて、サイトはそっぽを向いた。 「下着」 「じ、自分で取れよ!」 「そこのー、クローゼットのー、一番下ー」 どうやらとことん雑用として使い倒すつもりらしい。 下着を適当に引っつかんで後ろを向いたまま投げ込む。 「服」 「お前に今投げただろ!」 「平民のあんたはしらないでしょうけど、貴族は下僕がいるときは自分で服を着ないのよ」 えいっと胸を反らし精一杯ご主人様であることを主張するルイズ。 サイトはこれからの生活を案じ、(人間、ここまで貶められるものなのかよ)と心の中で泣いた。 部屋から出ると、向かいの扉が開き、燃えるような赤い髪の女の子が姿を現した。 「おはよう。ルイズ」 ルイズはそれに顔をしかめながら挨拶を返した。 「おはよう。キュルケ」 「貴女の使い魔ってそれ? 本当に人間なのね! すごいじゃない!」 サイトはまたもや切なくなった。何が悲しくてここまで貶されなくちゃならないのか。 そういうお前は何なんだ。お前だってただの、おおお、おっぱい星人じゃないか。 食い入るような目つきのサイトを知ってか知らずか、キュルケはさらに続ける。 「サモン・サーヴァントで平民呼んじゃうなんて、さすがは『ゼロのルイズ』ね」 ルイズの顔が瞬く間に髪と同じ色に染まった。 一瞬の思案ののちに、事実に頼るように言葉を吐き出す。 「ううう、うるさい! それを言うならタバサだって平民を呼んでたじゃないの!」 「あら。でもヘイズは元軍属のお偉いで、しかもあの船は個人所有らしいわよ? 相当に腕の立つメイジに違いないわ」 ルイズの逃げ口上は一瞬で斬って捨てられた。 「元軍属がどうして個人所有して勝手に飛び回ってるのよ! どうせ空族か傭兵でもしていたにちがいないわ!」 「あらあら、話したこともないのに憶測で人を悪人扱い? 足りないのは胸だけじゃなくて、思慮もかしら?」 余裕綽々という態度でにっこりと笑うキュルケ。 傲慢なルイズがやり込められるのを見て、ざまあみろという思いがサイトの心に浮かび上がる。 「貴女お名前は?」 急に話しかけられて、どきりとした。 「平賀才人」 「ヒラガサイト? 変な名前」 「うるせえ」 ――今度は名前まで貶されるのかよ。 サイトはいい加減にうんざりした思いになった。 「じゃあお先に失礼」 そう言うと、炎のような髪をかきあげながら颯爽とキュルケは去っていった。 「くやしー! なんなのよあの女!」 地団駄を踏むルイズを横目で眺めながら、サイトは(怒りたいのは俺のほうだっつの)と冷めた感情を転がしていた。 朝になったということで、ヘイズがタバサを迎えに行くと、そこには着替えを済ませた彼女の姿があった。 「ファンメイ様の着替えを覗いてしまった時のヘイズは、それはそれは悲惨なありさまでしたよ」などというハリーの姿なき発言に、またもやびっくう! と目を見開いたタバサの醜態があったりしたのは、また別の話。 朝食ということでタバサに連れられて、食堂にたどり着いたヘイズであったが。 いそいそと席に着くタバサに、ふと気がついたことを告げる。 「なあ。こういうところって大抵身分の高い者、っつか貴族だけしか入れねえんじゃねえのか?」 「通常平民は入ることはできない。でもメイジということなら言い訳はきく」 ぴっと指をたてながら、タバサが説明する。 ハルケギニアでは貴族はすべからくメイジであり、貴族でないメイジも元をたどれば貴族だったということを、ヘイズは昨日の話から思い出した。 「なるほどな……。でもオレはどうもややこしい立場にあるみたいだしなあ。ここは大事をとってオレは別の所で食事をとることにしたほうがいいと思うぜ? 一応オレも知り合いに身分の高いヤツがいるから、その辺の機微は知ってるつもりだ」 「……そう」 恐らくは肯定であろうその返答を聞いて、ヘイズは食堂を後にする。 入り口にさしかかったところで、肩を怒らせながら歩く桃色の髪をした少女と、タバサとは別の意味で覇気のない表情の少年とすれ違った。 これがヘイズとサイトの最初の接触だった。 ――さてと、ああは言ったもののどこでメシを確保したものか。 ヘイズが言った「機微は知ってる」は概ね嘘ではないが、それは政府高官に対するものであり、貴族に対するものではなかったりする。 ついでに言えば、ただタバサの立場的によくないだろうと配慮してつい言ってしまったため、朝食をどこで取るかについては、完全に思考の外側であった。 とはいえ早く目処をつけなければ空きっ腹で昼までを過ごす羽目になる。 どうしたものかとなやんでいるヘイズに、突如メイド服姿の少女が話しかけてきた。 「あのー、メイジ様? 何か不具合でもあったのでしょうか」 食事に対する文句があったのかと、怯えをみせながらたずねる少女。 「あー待て。俺は立場上メイジだが、貴族ってわけでもねえただの使い魔だからそんなにかしこまる必要はねえ」 タバサの立場も考え、すぐにボロが出そうな貴族は否定し、メイジであるということは肯定しておく。 メイジは平民にあまり好かれていないという話だが、自分ひとりが嫌われることでタバサの立場が守れるなら安いものだ。 「あのー。もしかしてタバサ嬢が召喚したっていう方ですか?」 「お? 知ってるのか?」 「だって有名ですよ。タバサ嬢が船に乗ったメイジを召喚したっていう噂」 有名になるのはなんとなくやばい気がしたが、なるほど通常なら動物かおとぎ話の幻獣が呼び出されるところで船が現れたのだ。 しかも中からメイジが出てくるおまけ付き。 これでは有名になるなと言うほうが無茶であろう。 「じゃあ、その有名人のよしみっていうことでお願いしたいんだが、朝食をなんかもらえねえかな。平民は食堂でメシを食うわけにはいかないらしいから。あ、なんなら調理の仕込みとかの手伝いもやるからそれでどうかな?」 「あ、はいわかりました。ふふっ。でも不思議です。なぜかあなたからは悪い雰囲気がしません」 「ま、嫌われるよりはいいことだな。オレはヘイズと呼んでくれ」 「私はシエスタです。じゃあ案内しますね」 元便利屋としてなんとも情けないことだが、まずはこの空きっ腹をなんとかするのが先決だ。 それにこの程度は慣れたものだし。 ヘイズは学校というものに行ったことはないが、知識として頭の中にある。 それに照らし合わせると、床が石でできているものの、ここは講義室として一般的なものに近い。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔を見るのが楽しみですよ」 あの女性が講師か、と横目で見ながら周囲を見渡す。 その中に自分と同じく、人間の使い魔の姿を発見する。 ――あのガキは今朝すれちがった…… 「おやおや。随分とめずらしい使い魔を召喚したものですね、ミス・ヴァリエール。それにミス・タバサも」 その発言と共に教室中がどっと笑いに包まれた。 「いくら召喚できないからってそこらの平民を連れてくるなよ『ゼロのルイズ』!」 馬鹿にしたセリフに、ルイズと呼ばれた少女は椅子を倒しながら立ち上がった。 そしてルイズを馬鹿にした少年と言い合いになる。 ふと隣のタバサを見る。無表情な横顔からは何もつかめないが、あの落第生的な少女と同列にされるのに何を感じているのだろうか。 ゼロという二つ名に疑問が湧いたが、いつこちらにとばっちりが来るか分からない。ここは少年に助け舟を出して場を収めるとしよう。 「まあ待て」 一声に周囲の視線がヘイズへと集中する。 「メイジに種類があるように使い魔にも種類があってしかるべきだ。オレなんかは船を使い魔にしてるしな」 「昨日もそうですが勝手に人を使い魔扱いですか。せめて私に了承を取ってからにしてくださいよ、ヘイズ」 どこからともなく聞こえた声に、生徒が騒然となる。またタバサが怯えた目をしているのだが、この少女はいつになれば慣れるのだろうか。 襟元の通信機を見せて、このマジックアイテムでどこからでも連絡が取れるんだよ、と説明し、 「まあそんなわけでだ。その少年も平民平民と言われてるが、とんでもねえ力を隠し持ってるかも知れねえ。誰にも隠し玉の一つや二つ持ってるだろうしな」 そこまでで一旦言葉を切り、少年を見る視線にそれまでと異なるものが混じり始めたのを確認し、 「それにだ、お前らも貴族って言うならそれなりの品性を身につけねえとな。オレの知り合いに身分の高い奴がいるんだが、そいつは偉ぶりもしねえどころか、妹思いのとんでもなく礼儀正しいやつだぜ? ……まあ若干腹黒いんだけどな」 最後にオチもつけて場を収めることに成功。口先が上手いのも便利屋をやってきた成果だ。 場も納まったところで授業が始まる。 コルベールとタバサに聞いた知識とあわせて、この世界に関する技術力はほぼ把握できた。 どうやら魔法が発達しすぎたせいで、工学技術は著しく劣っているようだ。 銃はゲルマニアで製造しているということだが、ヘイズが納得できるレベルのものがはたしてあるかどうか。 さきほどの通信機をマジックアイテムと言って誤魔化せたことといい、ヘイズの船の中にある道具はこの世界には似つかわしくないものばかりだろう。 「錬金の実技をしてもらいましょう。それではミス・ヴァリエール、あなたにしてもらおうかしら」 その言葉と共に教室の空気が一変する。おおむねマイナス方向に。 「あのー、ミス・シュヴルーズ? それはやめたほうが……」 おずおずと手をあげながら、告げるキュルケ。 「おや、どうしてですか?」 何故? という風に訪ねるシュヴルーズ。 「ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。しかしミス・ヴァリエールが努力家だということは聞いています。失敗を恐れていてはなにもできません。さあやってごらんなさい」 「やめて……」 蒼白になりながら呟くキュルケ。 「やります!」 しかしルイズは立ち上がる。と同時にタバサは教室を出て行く。 ヘイズは懐から取り出した本を開き始めたタバサの後をついてゆき、 「なあ、なんで外に出る必要があるんだ?」 と当然の疑問を口にする。 「すぐに分かる……」 と言い残し、また本のページへと没頭したタバサに、それはどういうことだとシュヴルーズと同じ質問をしようとした瞬間だった。 教室が爆発した。 中をのぞくと窓が割れ、天井は吹き飛び、使い魔が暴れまわるという暗澹たる惨状を晒していた。 錬金っていうのは炎使いがやる原子配列変換みたいなもののはずだ。しかし爆発物を合成するという授業ではなかったはず。 そこで生徒の一人が発した言葉によって、二つ名の由来と爆発の謎が氷解する。 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 ――なるほど、名は体を表すというが、まさしくそのまんまなんだな。