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ゼロの花嫁-16 B - (2009/02/17 (火) 00:46:25) のソース
#navi(ゼロの花嫁) 真剣勝負、人生を賭ける程に必死な人間と相対してきた経験が、妥協許さぬ濃密な時間を過ごした事が、ルイズの視点を大きく変化させていた。 決して引けぬ立場にある人間を力づくで捻じ伏せる、それが杖を、剣を合わせるという事だ。 ならばこれもまた、剣を合わせず終われるはずもない。 「父さま、私にそこまでしてくださるお心遣いには感謝の言葉もありません。ですが私もまた王家に仕えるヴァリエール家の人間です。女王陛下が望まれるのなら、否と答える事は出来ません」 「ええい黙って……」 「例え! 女王陛下が虚無を利用するつもりであろうともです!」 ここが勝負所と、ルイズは声に力を込める。 「私は既に王家の秘事を託されております。今更引くなど許されようはずもありません」 公は怪訝そうな顔でルイズを覗き込む。 「秘事とは何だ?」 「それを明かしては秘とは言いません。これ以上はどうかご容赦を。又今の私の言葉は、無かった事として頂きたく」 「馬鹿を言うな!」 怒り狂う公の怒声にも、ルイズは一歩も譲らず。 決して秘事を明かそうとはしない。 嘘はついていない。まあルイズが抱えているのは王家は王家でもガリア王家の秘事ではあるが。 いずれにせよ、ここで幽閉を受け入れられるような状況でないのは一緒である。 公が力づくでと強引に事を進めようとすると、ルイズは静かに宣言する。 「ならばサン。立ち塞がる全てを打ち倒し、学院に戻るわよ」 「……わかった」 その一言で、公はもう言葉も無い程に沸騰し、本気で今この屋敷に居る兵を全て集めようとするが、それを夫人が制する。 「ルイズ。如何に強い使い魔とて、貴女には魔法の力が無いのでしょう。自身すら守れぬようでは、出来る事などたかがしれてますわよ」 「ご心配無く。モット伯を腕づくで黙らせたのは、サンではなくこの私ですから」 夫人はそれに気づいていたのだろう。 ルイズの挙動が何も知らぬ乙女のものではなく、訓練を重ねた戦士のものである事に。 「いたずらに屋敷を騒がせるのは本意ではありません。今すぐ着替えて外に出なさい。ヴァリエール領を力づくで突破しようというのなら、この私を倒してからにしてもらいます」 夫人は夫を省みる。 「いかがでしょうか」 ルイズの反抗っぷりに沸騰していた公の頭が、夫人の参戦というありえない事態により急速に冷え下がる。 しかし公もまた貴族。場の流れを見て取る能力は高い。 「……よかろう。良いかルイズ、負けたならば素直に言う事を聞くのだぞ」 「では私が勝利しましたら、笑ってお見送り下さいますよう」 「そんな事がありえるかっ!」 まず夫人が、そして続くようにルイズが退室する。 燦もまたルイズに続いて退室したので、残されたのは公とエレオノール、カトレアの三人である。 カトレアは不安そうに懇願する。 「どうか、そのような乱暴な事は……ルイズが怪我でもしたらどうするのですか」 「うるさいっ! こうなった以上引くに引けぬわ! 心配するな、アレならば無傷で黙らせてくれるであろう」 エレオノールもまた、不安を隠し切れ無い。 「し、しかし母さまがもし、使う魔法を選び損ねたら、怪我では済まないかもしれませんし……」 「アレがそのようなミスをするものか! ふん、お前達は知らぬだろうが、現役当時はトリステイン最強の名を欲しいままにしておったのだ。瞬く間も与えず綺麗に終わらせるであろうよ」 長らくそんな口出しをしてこなかった夫人の行動に公も戸惑いを隠せない。 しかし、どれほど娘が跳ねっ返ろうと、ガンダールブと目される使い魔を擁していようと、絶対に勝てぬ相手でもあるのだ。 ならばこの場は任せるのが一番。 今にも泣き出しそうな顔をしている二人の娘を見ないようにしながら、公は心の中だけで漏らす。 『泣きたいのは私の方だ。何故ルイズに虚無の疑いなぞ……しかもあのように反抗的な態度まで取って……一体何故このような事になってしまったのだ』 時刻は深夜、家人にも知らせずヴァルエール家一同が屋敷を少し離れた草原に集まる。 視界を確保する為、公とエレオノールが松明を手にしている。 夫人はルイズが見た事も無い厚手の軍服に身を包んでおり、杖の他に細身の剣を差している。 ルイズは何時もと変わらず。学院の制服に燦からデルフリンガーを預かり、剥き身のまま地面を引きずらせている。 「使い魔も一緒で良いのですよ?」 「それでは私の力がわかりませんでしょう」 二人が交わした会話はそれだけだった。 後は何も言わず、自然と数メイルの距離を空けて対峙する。 魔法を使う者同士の決闘は、こうして距離を空けて行うのが常識だ。 ルイズは魔法を使えないが、その作法に倣った上で打ち破ってこそのメイジ殺しだと理解しているのだ。 「父さま! 開始の合図をお願いします!」 いきり立つ闘牛のように闘志をむき出しにするルイズを、夫人は冷徹な視線で迎え撃つ。 「始め!」 公の合図と同時に、ルイズが正面から一足飛びに踏み込んで行く。 メイジ同士であるのならまずは詠唱ないし回避、そう決まっている決闘でまっすぐに相手へと突っ込む動きは想定外だ。 しかし夫人は表情一つ変えず、開始と同時に唱え始めた術を唱え終え、静かに杖をかざして放つ。 不可視であるはずの大気の槌、これをルイズは詠唱のみで見切り、横に動きながら体を半回転させるだけで紙一重にてかわしきる。 このかわし方ならば、突進の勢いを失う事もない。 次の詠唱が始る前に、ルイズは夫人に肉薄する事が出来よう。 夫人はルイズの動きを見るなり詠唱を止め、腰に差した剣に手をかける。 ルイズ得意の、真後ろまで振りかぶったデルフリンガーによる、全力打ち込み。 最近は燦ですら受けるのに苦労する程、鋭く、強い斬激に対し、夫人は剣を抜きながら上へと斬り上げる。 『なっ!?』 例え固定化がかかっていようとへし折れるだろう勢いであったにも関わらず、まるで魔法にでもかかったかのごとく、ルイズの剣は上へと逸らされてしまう。 剣ならばと自信を持って放ったルイズの心中如何ばかりか。 勢いの付きすぎたルイズの剣と、受け流し次へと繋ぐ事を考えていた夫人の剣。 どちらが早く次の動きを行えるかは自明の理だ。 夫人は振り上げた剣を、まっすぐルイズの肩口へと振り下ろす。 その閃光のごとき素早さはどうだ。高齢でありブランクがあるだなどと、この動きを見た誰が信じよう。 必死に身をよじってこれをかわすルイズ。 しかし夫人は更なる連撃を用意していた。 最大六連撃、これを受けきった者は夫人の記憶にも数える程しかいない。 だがルイズは夫人史に残るよりも、攻撃を行う事を選んだ。 身をよじってかわすと同時に体勢を低く持っていき、左足を振り上げ、必殺の後ろ回し蹴りを放つ。 初見でこれをかわせた人間を、ルイズは見た事が無い。 夫人の脇腹へと吸い込まれていくルイズの足が、勢い良く空を切る。 ルイズと同じく身をよじりながら、真横に大きく夫人は跳んでいた。 連撃を途中で止められた夫人は、表情には出さぬが驚愕の思いでルイズを見つめる。 又ルイズも、この後ろ回し蹴りがかわされた事に驚きを隠せない。 『……なるほど、これならルイズが調子に乗るのもわかりますね』 『母さまがこんなに動けたなんて……』 例え近接での戦闘力が高くても、距離を空けられてはまた不利になる。 ルイズは更に追撃をと足を前に出しかけ、そこで急遽真後ろに飛び下がる。 夫人は一度ステップバックした後、魔法ではなく剣による攻撃を始めたのだ。 目で追う事すら至難な剣の軌道は、しかし確実に急所に狙いを定めている。 元々細い剣であるせいか、剣速が圧倒的に早い。 ルイズはこれを受けきるのみで手一杯である。 機会あれば受け方一つでこんな細身の剣はひん曲げる事も出来ようが、そんな余裕のある打ちこみを夫人は決してしなかった。 遂にバランスを崩したルイズに、夫人の突きが襲い掛かる。 『かかった!』 崩れ、弱い体勢であったはずのルイズの足元は、しかし万力のような力で簡単に体位を蘇らせ、不用意な大振りにこちらから踏み込んで行く。 頬をかすらせただけで突きをしのいだルイズは、通りすがりの抜き胴とばかりに夫人の胴へと剣を真横に走らせる。 その夫人の姿がルイズの視界から消えてなくなる。 一瞬、完全に夫人を見失った事で動揺し、場所も構わず全力で自身の周囲を囲むように剣を振る。 当然そんな所に夫人は居ない。 気付いた時には遅かった。 夫人は、ルイズに突きこんだ後、更に大きく奥へと踏み込む事でルイズの視界から消え、そのままルイズの後方に走り抜けていたのだ。 そして今のこの位置関係。 決闘開始時の距離に戻っただけ、そう見る事も出来るだろうが、実際戦っているルイズはそんな悠長な気分にはなれない。 魔法を掻い潜って近接する。 これがどれ程の集中力を要するか、どれ程のリスクを負わねばならぬ行為か、ルイズは良く知っているのだから。 夫人の視線が言っている。 最早手加減無用、と。 次からは、容易くは踏み込ませてくれまい。 それでも。 ルイズはそれのみが己の生きる道とばかりに夫人へと向かって行く。 夫人は、今度はメイジとしての技量をルイズに見せ付けるべく杖を振るった。 決闘を見守る公、エレオノール、カトレアの三人は、目の前で起こっている事が現実なのか、信じられぬ思いで見つめていた。 母の強大さを知らぬエレオノールとカトレアは、両者の余りに次元の高すぎる戦闘に目を白黒させる。 妻の強大さを知っている公は、それ故娘がまともに打ち合えている事が不可思議でならない。 しかし、形勢ははっきりとしてきた。 一度近づく事に成功するも、それ以後は夫人の魔法の前にルイズは近寄る事すら出来ずに居る。 見ていて心臓が止まりそうになる程際どく魔法を回避してはいるが、それも時間の問題だろう、そう思えた。 遂にエアハンマーの直撃をルイズが受けると、エレオノールとカトレアは居ても立っても居られなくなる。 「母さま! もう充分ですわ!」 「ルイズ! もういいからお願い下がって!」 駆け寄ろうとする二人の前に、燦が立ちはだかる。 「まだじゃ! ルイズちゃんはまだ勝負を捨ててない!」 使い魔ごときにこんな事を言われる筋合いなど無い。 エレオノールは力づくでどけようとするが、燦はぴくりとも動かない。 「あの程度ルイズちゃんなら十発や二十発もらおうと耐え切る! 見てみ! 最初の頃から全然動き落ちてないじゃろ!」 知った事かと燦をどけにかかるエレオノールを止めたのは公だ。 「止めろエレオノール。ルイズがまだ勝負を捨てていないのはあの目を見ればわかる。邪魔立てするな」 何時もならば真っ先にルイズを心配するはずの公は、腕を組んだまま決闘を見据えている。 公の言葉に渋々引き下がるエレオノール。 燦も決闘に目を遣り、自分も今すぐにでも飛び出して行きたいのを懸命に堪える。 離れて見ている燦には、二人の思惑が手に取るようにわかった。 夫人はルイズの接近を完全に封じる事で、戦意の喪失を狙う。 実際、あの魔法の間隙を縫うのはルイズには無理だと思えた。 燦ですら絶好調時でもなければ踏み込みきれない、そう思える程に隙の無い組み立てだったのだ。 詠唱の早さ、ルイズの状況に合わせて術を変える判断の素早さ、そしてタバサの風の魔法すら凌駕するだろう威力。 口ではああ言ったが、さしものルイズも十発も二十発も喰らっては、動きが鈍るかもしれないと思う。 しかし、ルイズ唯一の勝算があの一点である以上、ここは堪えるしかない。 年齢的にも夫人は長時間の戦闘には向いていないはず。 ならば耐えに耐えぬいてスタミナ切れを待つしかない。 毎日アホみたいに走ってきたルイズは無尽蔵と言っていい程の体力を誇る。 きっと、チャンスは来る。 同時に燦はそれが厳しい条件である事も理解している。 夫人がその場から動く事はほとんど無いが、ルイズは戦闘中一度たりとも足を止めていないのだ。 更に夫人の苛烈な攻撃は、ルイズの体力を容赦なく削り取っていっている。 倒れないだけでは駄目なのだ。ならば喰らっていい魔法の数も種類も限られてくる。 動きを鈍らせるような、それ程の痛撃をもらわずに凌ぎきるしか、ルイズに勝利への道は残されていないのだ。 夫人も程なくルイズの思惑に気付く。 ならばと攻撃の種類にバリエーションを増やす。 隙を見つけたとして、それでも踏み込まぬではルイズの思惑は果たされまい。 夫人の側に見透かされてはルイズの勝率も著しく低下してしまうのだから。 だから罠を張る。 意図的に作った隙に、ルイズは恐れる気もなく踏み込んでくる。 その勇気と決断力は素晴らしいが、次の仕掛けを潜り抜けられなければ意味は無い。 攻撃魔法と見せかけて放つ魔法はエアシールド。 ルイズの前進を阻害する風の壁を作り出す。 即座に効果範囲を見切って迂回出来る魔法への理解と、魔法戦闘への慣れは見事であるが、それで出来た間隙と、恐らく見た事もないであろう次の魔法には対処出来まい。 夫人は、当たれば即死の高位魔法、ライトニング・クラウドを躊躇無く撃ち放った。 自らの周囲から雷撃を放つこの魔法は、稲妻の速度を持つ為、ロクな回避も出来ない。 威力は抑えてある為、死に至る事はあるまいが、それでも三日三晩はまともに動く事も出来ぬであろう。 夫人の技量ならば決して外れぬはずの魔法がルイズを僅かにそれ、片腕をかすめて後ろへと突き抜けて行った。 かすめた勢いだけでルイズの突進を止め、大きく後ろに転倒させるだけの威力はあったのだが。 しかしルイズは身を起こし、再度突入の隙を伺っている。 夫人は魔法を放つ直前、自らの杖に向けて放たれた何かの正体に気付き舌打ちする。 ルイズはマントを止める金具、学院の生徒である証を飛び道具にしたのだ。 今はマントもはらりと地に落ち、所々擦り切れた白いブラウスが顕になっている。 つくづく、戦士になってくれたものだわね。と心中穏やかではない夫人。 意図的に作った隙であるが、ルイズは疲労を待つだけではなく、隙が出来た時の為の打つ手をも用意してあったのだ。 この調子では下手に誘いなぞしようものなら、次にどんな手で付け込んで来るかわかったものではない。 ならば、我慢比べに付き合おうではないか。 何処まで鍛えてきたのか、私のこの目で確かめてあげましょう。 夫人とルイズにとってはどちらが有利ともつかぬ持久戦。 しかしそれは見ている者にとっては、圧倒的に夫人が有利なワンサイドゲームにしか見えない。 最早憎しみに近い視線を夫人に送るエレオノール。 カトレアは正視に耐えないのか、目を覆ってしまっている。 燦とて軋む音が聞こえる程に歯を食いしばり、一方的な攻撃に晒されているルイズを見守り続けている。 ルイズは、既に致命的ではない魔法を十数発その身に受けていた。 常人ならば気を失ってしまってもおかしくない程の激痛に、しかしルイズは不敵な表情を崩さない。 実際手を合わせているルイズにしかわからぬ微かな気配ではあったが、遂に夫人に疲れの兆候が見え初めていたからだ。 夫人が考えていた以上に、並の戦士では足元にも及ばぬレベルで、ルイズは打たれ強くなっていた。 計算を外された夫人は、心の中で大きくため息をつく。 まさか、これを出すハメになろうとは。 唐突に夫人の放つ魔法が途切れた。 もう少し粘ると思っていたルイズだが、これが限界だというのなら容赦するつもりもない。 もしくは、限界を前に勝負に出たか。 ならば勝敗は一瞬だ。 確実にルイズを仕留められる、そんな手で夫人はルイズに攻撃をしてくるだろう。 それさえかわせれば、ルイズの勝ちだ。 突進するルイズの目が信じられぬ物を映し出した。 『母さまが三人!?』 これぞスクウェアメイジにのみ許された風の魔法最終奥義「遍在」である。 その存在は知っていたが、それこそこんな大魔法を使えるのは国に一人居るか居ないかのレベルだ。 それを、この場所で、よりにもよって自分の母が行おうとは。 勝負は一瞬、それは変わらない。 ならば迷いは捨てろ、三人が三十人だろうと、母はたった一人なのだから。 怯む事無く、まっすぐに突き進むルイズの前に、二人の母が立ちはだかる。 ルイズは止まらない。いや、ここまで勢いを付けては止まれないと言った方が正しい。 それは咄嗟の行動であった。 構える二人の母が一瞬だが、呆気に取られる。 ルイズは手に持った剣を走りながら前方に放り投げたのだ。 優しく、丁寧に投げられた剣は剣先を地面に付き、柄の部分が上に、そんな形で着地する。 ルイズの足が跳ねた。 大地を蹴って宙に舞ったルイズは、地面と直角になっていた剣の柄、それも上部の僅かな範囲を足場に更に上空へと飛びあがったのだ。 何というバランス感覚か。 さしもの二人の母も対応が数瞬遅れてしまう。 ルイズの狙いはただ一つ、二人の母を飛び越え、僅かな硬直から立ち直った遍在ではない母。 懐から自分の杖を抜き、その先端を突き出し、落下しながら母に突き立てんと飛びかかる。 二人の母もルイズの思惑に気付いて振り返るなり剣を振るう。 本物の母は剣も使わず、いや用いる暇が無いと判断し、身を翻してかわす事に全力を注ぎこむ。 母の首元1サント手前に突きつけられた杖の先端。 それをなしたルイズの首元には二本の剣が当てられている。 彫像の様に身じろぎもせず互いを見つめる。 最初に力を抜いたのは、やはり人生において一日の長がある母であった。 「これまでです」 「はい、母さま」 ルイズが杖を引くと、二人の遍在も消えてしまう。 激戦の後でありながら凛とした態度を崩さぬ夫人は、夫の側に戻るとルイズの方を見もせずに告げる。 「貴女も疲れたでしょう、今夜はもう休みなさい」 夫と共にさっさと屋敷に戻っていく夫人。 ルイズは、怪我と疲労からその場にへたり込んでいた。 やっと動けるとばかりにルイズに駆け寄るエレオノールとカトレア。 物凄い勢いで喚き怒鳴るエレオノールの側で、カトレアは涙ながらにルイズを抱き抱えている。 山ほど言いたい事のあるエレオノールをカトレアはルイズの怪我を理由に嗜める。 エレオノールもルイズの怪我が気になって仕方が無かったので、すぐに同意した。 「え? いや目立った外傷も無いし、このぐらいだったら寝てれば治る……」 『ルイズ!!』 二人の姉の血相に押され、ルイズは素直に治療を受ける事にした。 「最後の最後で手を抜きおって。お前の遍在が二体だけなはずあるまい」 公は屋敷に戻る途中、そう言って夫人を責めるが夫人は悪びれる様子もない。 「そもそも遍在使うのも予定外でしたわ」 「ふん……で、あれは見た目通り引き分けだったのか?」 「ですわね。剣は使い魔に習ったのでしょうが、あのしぶとさは習って覚えられるようなものではありませんわ」 「ああその通りだ。まったく、嫌な物を思い出させてくれる」 「嫌なものですか?」 公は夫人を指差した。 「お前の若い頃だ。やたら強情で例え相手が大貴族だろうと、こうと決めたら一歩も引きやしない」 「失礼な、私はあんな無軌道ではありませんでしたわ」 「法と規律に従ってさえいれば、神すら恐れぬお前が無軌道なぞと良く言えたものだ」 夫人はまあ、と言って口元に手をやる。 屋敷に入るなり公は、夫人の着替えとタオルと水差しを大至急部屋に持ってくるよう使用人に伝える。 夫人は、夫の前でしか見せぬ柔らかな微笑を見せる。 「ふふっ、いつもこうして手間をおかけしてましたわね」 「お前は意思の力で汗や疲労を堪える事が出来るからな。全く、お前以外でそんな真似が出来る奴にはついぞお目にかかれ無かったぞ」 「皆の修行が足りていない証拠です」 強靭な意思の力で落ちていた体力を支えていた夫人は、しかしもう限界が近いのを公は知っている。 自分の有様を確認した夫人はぼやく。 「年は取りたく無いですわねぇ」 「年甲斐の無い事をするからだ」 階段を昇る足に乱れは見られないが、そこから僅かに力が失われている事に公は気付いていた。 「あら、でも貴方もこれからあちらこちらと飛びまわるのでしょう?」 仏頂面ここに極まれりといった風情の公。 「……お前がそうだったように、ルイズはこれからも好き放題暴れまわるであろうしな。止めた所で無駄どころかこちらの損害が増すだけなのは、お前で存分に思い知ったわ」 上品さを失わぬ、それでいて何処かいたずらっ子のように笑う夫人。 「いいではありませんか。そうやって動き回っている方が、公らしくて私は好きですわよ」 「ああ、ああ、本当にお前は変わっておらぬ。面倒を押し付ける時だけ殊勝になる所もそのまんまだ。いずれルイズもそうなるか……絶望的な気分だ」 ずっと心は繋がっている確信はあった。 だが、たまにはこうして、互いにしか見せ得ぬ表情で直接確認するのも悪くは無い。 睦事を交わすように囁き合いながら、長年連れ添った夫婦はそんな事を考えていた。 翌朝、朝食の席で公から、お前が思うようにせよ、しかし報告だけは欠かすでない、とお許しが出る。 そして小声でエレオノールにぼそっと。 「……ルイズへの調査は続けよ。きっと、それが役に立つ時が来る」 「わ、わかりましたわ」 公は最後に、これはエレオノールにも聞こえぬような小声で、 「同じ王都に居る事だし、きっとお前も苦労して苦労して苦労して苦労して苦労するハメになるだろうからな……」 と自重気味に漏らした。 ルイズは姉カトレアを中庭に呼び出していた。 体の弱いカトレアは余り外に出る事もないが、屋敷の近辺であるのならと快く了承し、ルイズに付き合っている。 晴々とした陽気に、ルイズもカトレアも、そして付き添いの燦も上機嫌だ。 「ルイズ、体は本当にいいの?」 むしろ昨晩の修羅場で傷ついたルイズの方がカトレアから心配されているが、流石は母、手加減の仕方も良く知っているようで、後に残るような怪我はしていなかった。 「もちろんっ、絶好調よ」 口だけではなく実際軽快に動きまわるルイズの様子からは激闘の後など見られず、カトレアはようやく安心してくれた。 呼び出しには理由があるものだ。 カトレアはピクニックでもやる気分であったのだが、ルイズにはしっかりとした目的があった。 「実は、ちいねえさまに秘密の道具を持って来たのよ」 燦が先程から抱えている布に包まれた細長い棒はカトレアも気になっていた。 ルイズが合図すると燦は布をほどく。 「これは学院に古くから伝わる伝説の槍よ! ……えっと、名前なんて言うんだっけ?」 「迷槍涅府血遊云(めいそうネプチューン)じゃルイズちゃん」 「そうそれ! どんな病気でもたちどころに治してくれる魔法の槍なの!」 今回はルイズが何かをする度、驚いているカトレア。 「まあ、でも学院の大切な物なのではなくて?」 「大丈夫! 学長にはきちっと許可を取ってきてるから!」 これでカトレアの病気を治してやると息巻いているルイズ。 カトレア自身は、そういった試みを何度も行って全て失敗している為、大きな期待を寄せる事も無かった。 しかしルイズがこうしてカトレアの病気を気にかけてくれている事は、やはり嬉しいと思えるのだ。 「まあまあ、私の為にありがとうルイズ」 学院の秘宝を持ち出している事を余り他人に知られるのはよろしくないので、わざわざ人気の少ないだろう場所まで来たのだ。 早速試してみようとするルイズ。 「えっと、コレ投げればいいんだっけ?」 「うん、タバサちゃんはそれでうまくいったで」 しかし、とルイズは思う。 槍は結構な重量である。これをカトレアに向かって投げろと言われても、そんな危なっかしい真似など出来るはずもない。 とりあえず物は試しとばかりにカトレアとは違う方向に向かって構えるルイズ。 気合を入れて肩に担ぐと、心なしか槍が重くなった気がする。 それでも片手でどうにかなる程度だったので、ルイズはえいやっとばかりに槍を放り投げた。 槍はタバサの時と違い、まっすぐルイズが狙った一本の木へと飛んでいく。 前回と全く同じ事が起こった。 突如槍が光輝き、空中でぴたっと制止する。 これは期待出来るかもしれない、そんなきらきらとした眼差しで槍を見つめるルイズ。 槍は空中で半回転し、投げたルイズの方に向き直る。 「へ?」 するともんの凄い勢いでルイズに向かってかっ飛んで来たではないか。 ルイズの反射能力を持ってしても何をする間も無い。 幸い槍はルイズの顔の真横を通り過ぎてくれたので、ルイズに被害は無かった。 しかし、その後ろには…… 恐る恐る後ろを振り返るルイズ。 そこに居たカトレアは、何が起こったのかわからぬといった顔で、ルイズと、胸元に突き刺さった槍を交互に見やった後、 「あら~」 と言って倒れてしまった。 「ちいねえさまああああああああああああああ!!」 大慌てで駆け寄るルイズだったが、同じぐらい慌てている燦が先にぶすっと槍を引っこ抜いてしまう。 「ば、ばかああああ!! 血が噴出したらどうすんのよおおおお!!」 「槍がああああ!! 槍が刺さってしもたああああ!! 医者あああああ! 医者は何処じゃああああ!!」 「お、お、落ち着きなさいサン! 貴族は何時でも冷静によ! メディックメディーーック! 早く来て! ちいねえさまがあああ!!」 同レベルである。 「う……ん……」 側で大騒ぎをしたせいか、はたまたそれ以外の理由からか、カトレアはすぐに目を覚ました。 ルイズも燦も両腕にしがみつきながら怪我の有無を確認するが、特にそんな様子も無い。 盛大に安堵のため息を漏らす二人組。 しかる後、揃って平謝りである。 土下座も笑い飛ばす程の平身低頭っぷり。 愛する姉に槍をぶっ刺すハメになるなど、豪胆を持ってなるルイズすら涙目になるような出来事だ。 むしろ被害者であるカトレアが、わんわん泣き出す二人を宥める始末。 昨晩のアレは一体何だったんだと思える程取り乱している二人を何とか落ち着かせると、今度はルイズが槍に当り散らし始めた。 「こんのバカ槍! 何なのよ一体! よりにもよってちいねえさまに襲いかかるなんて!」 がんがんに踏みつけている。お前学院の宝に何してくれてんだと。 ようやく怒りも収まる頃には、槍はぐしゃぐしゃにひしゃげてしまっていた。 「捨てましょうこんなもの! あーもう何て事なの! ちいねえさまのお役に立つと思って無理言ってまでわざわざ持ってきたっていうのに!」 そこでようやく、無理を言った相手の顔を思い浮かべられた。 それはつまり、この槍の所有者の顔を思い浮かべたという事であり、これはどんなに役に立たないヘボ槍だろうと学院の宝だという話も思い出したわけで。 怒りで真っ赤になってたルイズの顔が、今度は真っ青に青ざめていく。 見ていて大層愉快である。 カトレアは静かに嘆息する。 「ルイズは昔から後先考えない所あったから……」 「どどどどどうしよう!? サン! 何かこううまい言い訳無い!? オールドオスマンがはっはっはって笑って済ませてくれるようなかっこいい言い訳!」 「いやー、オスマンさん、絶対に壊すな言うてたしー」 「ぎゃー! 言わないでー! と、ととととにかく直すわよ! ひん曲がっただけですもの! もう一回逆側から蹴っ飛ばせば!」 槍を引っくり返して踏みつけるルイズ。 ぽきん、と軽い音がして、槍は半ばから二つに分かれてしまった。 「ぎゃあああああああああ!! 折れたああああああああ!!」 学院に戻ったルイズに、罰として学院中の廊下全てを拭き掃除せよとの命令が下る。 生徒達が何事かと顔を出す中「何見てんのよ、殴られたいの?」的な視線をそこらに振りまきながら、たったの一拭きで塗装すら剥げそうになるほどの力を込め、丸々一日かけ拭き掃除を終えた。 日が昇ってから沈むまでの間延々休み無く拭き続けていたルイズは、最後の廊下を拭き終わると同時にダウン。 燦にずるずると両手を引っ張られながら、部屋へと戻っていった。 勇気ある証人達は後に語る。具体的には白であったと。 曽祖父の遺産が置かれた場所で、シエスタは驚きと興奮に包まれていた。 石碑に刻まれた文字、それは燦が紙に記した文字とそっくりなのである。 「もしかしたら、サンならこれが読めるかもしれない」 そしてそんなサンならば、曽祖父の遺産、竜の羽衣という不思議な道具の事も知っているかもしれない。 シエスタは石碑の文字を丁寧に書き写し、大事そうに懐に収めるのだった。 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