家に上がると、みんな食卓の席について朝食が出るのを待っているところだった。
蒼:「今日はみんな朝食摂るの遅いんだね。」
僕は食卓の空いてる席に腰掛けた。
翠:「はぁ、のりが炊飯器のスイッチを押し忘れてたですよ・・。」
翠星石がやれやれといった感じで言った。
蒼:「はは、僕もたまに忘れちゃう時があるよ。」
真:「笑い事じゃないのだわ。規則正しいリズムで食事を摂るのが大切だというのに。のり、ご飯はまだなの?」
雛:「ヒナ、おなかすいたの~!」
の:「ごめんねぇ~、ご飯今から炊いたらだいぶ掛かっちゃうから・・。」
そう言ってのりさんが食卓に持ってきたのは・・・トーストだった。
ジ:「焼き魚にトーストかよ。」
食卓にはすでに、ご飯用のおかずに用意されてた焼き魚が配膳されていた。
真:「あまり見ない食事の組み合わせね。」
どう手を付けたらいいのか、真紅達がトーストと焼き魚を前に固まってる。
あ、そうだ。
蒼:「丁度良かったかな。僕、今日はお裾分けに苺ジャムを作って持ってきたんだよ。」
僕は鞄からジャムを取り出した。
の:「あらあ、助かるわぁ。丁度切らしてたところだったから。」
翠:「さっすが蒼星石ですぅっ、グッドタイミングですぅ。」
雛:「うわぁー、いっちごジャムー♪」
僕が鞄からジャムの瓶を取り出すのを、雛苺が目を輝かせながら見つめる。
ふふ、作ってきてよかった。
蒼:「はい、これです。」
僕は苺ジャムが入った瓶をのりさんに手渡した。
の:「じゃあさっそくトーストに塗りましょうね~・・・・・・・あら・・?」
のりさんが瓶の蓋を捻ろうとして、眉根を寄せてる。どうしたんだろ?
の:「うーん・・! うーん・・!」
ジ:「なにやってんだ?」
の:「ちょっと・・これ、きつくて・・・うーん・・うーん!」
どうやら瓶の蓋がきついみたいだ。
の:「だめ、開かないわ~。」
一旦瓶を食卓に置き、のりさんはフゥ~と息を吐いた。
雛:「うゆ~~!」
雛苺が不満そうな声を上げる。
真:「まったく・・非力なことね・・、ジュン開けてあげなさい。」
ジ:「しょうがないなぁ。」
雛:「ジュンッ、あいとー!あいとなのよー!」
ジュン君は瓶を取ると、先程ののりさんと同じように蓋に力を込めた。
ジ:「・・・・ん?」
予想以上にきつかったのか、ジュン君は一旦力を抜いて一呼吸置き、
再び力を入れ直した。
雛:「あいとー!あいとー!ジューン!」
ジ:「くっ! くぬぬぬぬぅううう!」
ジュン君の本気だ・・・!
蒼:「・・・・。」
真:「・・・・。」
翠:「・・・・。」
雛:「・・・・。」
の:「・・・・。」
僕をはじめ、真紅達も固唾を呑んで見守る。
ジ:「ぬぬぬぬぬ・・・・・・・・~~~、はぁはぁっ、駄目だ。開かないぞ、これ。」
ジュン君は諦めて瓶を食卓に置いた。
翠:「まったく、だらしないですねぇ~。」
翠星石がバカにしたようにジュン君を鼻で笑った。もう、そんなことだから・・・。
ジ:「じゃあ、お前が開けてみろよ。」
翠:「翠星石には蓋が大きくて掴めないですよ。ああー、残念ですぅ。
もうちょっと小さければ開けてみせたですのに。」
ジ:「たく・・・。」
確かに、この苺ジャムの蓋は大きすぎて、僕達ローゼンメイデンには開けるのは難しそうだ。
真:「蒼星石、あなたがこの瓶閉めたの?」
蒼:「あ・・と、マスターが・・・閉めたんだ・・。」
その時、僕は舌をヤケドしてて、
マスターの瓶にジャムを詰めて蓋を閉める作業を舌を冷やしながら見ていた。
翠:「
アホ人間の仕業ですかっ。」
雛:「うゆ~~~! イチゴジャム~~~!」
雛苺が癇癪声を上げてる・・・。
の:「困ったわねぇ・・・。」
蒼:「ちょっと貸して下さい。」
僕は瓶を取ると、手の平をめいっぱいひらいてなんとか蓋を掴み、力を込めた。
蒼:「~~~~~。・・・駄目だ。開かないや。」
ちゃんとに蓋を掴めれば、開けれると思うんだけど・・・。この小さい手じゃ力が存分に込めれない。
翠:「まったく、あんのアホ人間は加減を知らんですねぇ。きっと力任せに蓋を閉めたにちげえねぇです。」
蒼:「・・・・。」
雛:「イチゴジャムぅ~~!!」
の:「ちょっと待っててね~。」
のりさんはそう言うと奥のほうに引っ込んでいった。
そしてすぐに戻ってくる。
の:「これならきっとすぐ開くわよ。滑らないから。」
のりさんはゴム手袋をしてきた。なるほど、あれならがっちり蓋を掴めて手が滑らない。
の:「雛ちゃん、もうちょっと待っててね。」
雛:「うゆ。」
ジ:「なんでもいいから、はやくしてくれよな。」
のりさんは瓶の蓋を掴み、力を込めた。
の:「・・うぅ~~~~~!」
蒼:「・・・・。」
真:「・・・・。」
翠:「・・・・。」
雛:「・・・・。」
ジ:「・・・・。」
の:「だめ、開かないわぁ~。」
のりさんは泣きそうな声を出して蓋を開けるのを諦めた。
の:「瓶が開かない時は、いつもこのゴム手袋で開くのに・・・。」
信じられないといった風に、のりさんは瓶を見つめる。
僕らも苺ジャムの瓶を見つめた。
雛:「苺ジャム~~!! はやく食べたいの~~~!!」
雛苺が両手を振り回してイヤイヤした。
翠:「チビ苺、うるさいです。静かにするですぅ。
蒼星石の作ったジャムを食べれなくて悔しいのはわかるですが・・・・
そう、悪いのは蒼星石のマスターのアホ人間ですよ! アホ人間に怒りをぶつけるですぅ!」
雛:「うにゅう~~~~!!」
なんか翠星石が雛苺を焚き付けてる・・・。
ジ:「はぁ、しょうがないな・・・。」
ジュン君がイスから立ち上がった。
真:「ジュン、どこへ行くの?」
ジ:「きつく閉まった瓶の開け方だろ。上行ってパソコンで調べてくるよ。」
蒼:「そんな・・わざわざそこまでしなくても・・・。」
ジ:「でも何とかしないと雛苺、大人しくならないだろ。苺ジャム大好物だからな。
すぐ調べられるからちょっと待ってろ。」
そう言ってジュン君は一人パソコンがある二階に上がっていった。
蒼:「・・・・。」
なんだか、僕の持ってきた苺ジャムのせいで・・・ジュン君やのりさんの手を煩わせちゃって申し訳なくなってきた。
の:「ああ~、ジュン君はこういうとき頼りになるわねぇ~。・・じゃああたしは紅茶淹れてくるわね。」
のりさんがキッチンの方へ消えていくと、翠星石がジャムの瓶を手に取り、
中身を残念そうに見つめながらひとり喋り始めた。
翠:「ああ~、こんなに美味しそうなジャムが目の前にあるのに、どこかの力加減ができないアホ人間のせいで
食べられずじまいかもですねぇ~。」
雛:「うゆ~~~!」
雛苺が「そんなのいやだっ」と言いたげに不満の声をあげた。
蒼:「・・・・。」
翠:「あのアホ人間も、もうちょっと開ける人のことを考えて閉めれば、こんなことにならなかったですのにね~。」
雛:「うゆゆ~~~!」
蒼:「・・・・。」
マスターが蓋閉めたこと、言わなければよかったな・・・。
翠星石は瓶を雛苺の眼前に持っていって中身を指差しながら、
翠:「ああ、蒼星石の作った美味しい美味しいジャム、『はやく出して~、はやく食べて~、
アホ人間に閉じ込められて苦しい~!』って呻いてるですよぉ。」
雛:「うゆゆゆ~~~!!」
蒼:「・・・・。」
翠:「まったく、あのアホに・・・。」
真:「翠星石、いい加減にするのだわ。
この場にいない人間の悪口を重ねるなんて、とても誉められたことじゃないわよ。」
真紅が咎めてくれた。
翠:「悪口って・・翠星石は、ただ事実を述べてただけですぅ・・。」
翠星石は口を尖らせて俯いてしまった。
雛:「うゆ~、ヒナ早くイチゴジャム食べたいの~、おなかペコペコなの~。」
開かないジャムの蓋が恨めしい・・・。こんなことなら・・・。
ジュン君まだかな・・。
僕は気遣わしげに天井を見上げた。
の:「おまたせ~。」
のりさんが茶器と紅茶のポットを載せたおぼんを持ってきた。
蒼:「僕が淹れます。」
僕はイスから腰を浮かして茶器に手を伸ばした。
の:「あ、そんないいのよ。」
のりさんはやんわりと断ったけど僕は構わず茶器を手に取って紅茶を淹れ始めた。
の:「・・・蒼星石ちゃん・・・?」
なんか落ち着いていられない。
やがて、ジュン君が戻ってきた。
ジ:「きつい瓶を開ける方法、いろいろ載ってたからメモしてきてやったぞ。」
翠:「ふ~ん、パソコンってやつは物知りですねぇ~。」
と、ジュン君が席に着きつつ食卓に置いたメモ紙を、翠星石は手にとって眺めながら言った。
雛:「それにふたのあけ方かいてあるの?」
真:「そうよ、ジュンさっそく試してみなさい。」
ジ:「人使い荒いなぁ。」
蒼:「あ、僕がやるよ。翠星石、メモ貸して。」
丁度僕はみんなの分の紅茶を淹れ終わったところだった。
翠:「なにか、蒼星石さっきからせわしないですねぇ。なにをソワソワしてるですか。」
蒼:「そ、そうかな?」
真:「蒼星石、もしかしてあなた、責任感じてるの? この開かない瓶に。」
蒼:「え、責任って・・、べ、別にそんなことないけど・・・。」
僕がまごまごしてると、
ジ:「しょうがないな。僕がやればいいんだろ。」
ジュン君は渋々といった表情で瓶を手に取った。
蒼:「あ・・。」
ジ:「えーっと、蓋を温めると開け易くなるなんだっけな。のり、お湯。」
の:「はいはーい。」
のりさんがポットからお湯を器に汲んでジュン君に渡した。
ジ:「こうして・・・。」
瓶を逆さまにして、蓋の部分をお湯に浸すジュン君。
ジ:「そろそろいいかな。」
そのまま数十秒ほど温め、瓶をお湯から引き揚げる。
蒼:「蓋、熱くなってるから気をつけて。」
朝、舌をヤケドしたときのことが思い起こされる。
ジ:「言われなくてもわかってるよ。」
ジュン君は布巾を瓶の蓋に被せると再び蓋開けに挑戦した。
ジ:「ふぬぬぬぬぬ・・・。」
雛:「あいとー!あいとー!」
ジ:「ぬぬぬぬ・・・・駄目だ、ビクともしない。」