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special past episode 2

◆『風魔血風録・異門傷』◆


鋭く吐かれる気合の息と共に、白刃が閃く。

無人の隊舎ホールに高く響く、金属がぶつかり合う残響音――。

生半可な者ならば、攻撃をされたと知覚することすらできないほど疾く研ぎ澄まされた一撃――
しかし、軍服の男はそれを、手に持つ鎖分銅を僅かに傾けるだけで斬道をずらして躱して見せる。

「なるほどね、確かに速い。“風の如く、魔の如く”――伝説の名に恥じない技だ。
そうだな… お前は俺が見てきた風魔の中じゃあ、一番速くて――」

男は、細い目をさらに細め、

「――一番いびつだよ」

そう言って笑った。

青年は男の言葉に耳を貸すことなく、瞬時に次の一撃を繰り出す。
だがそれも、男は軽く身をよじるだけで躱してしまう。

「……高坂…!」

青年は、かつて自身が所属していた特務機関を取り仕切るその男の名を呼んだ。
しかし、青年のむき出しの敵意など、まるで相手にしていないかのように、男はせせら笑う。

「はは、お前は非常に優秀だが、それゆえに読みやすい。
自分より強い相手と戦った経験が薄いのだろうね――どの動きをとっても正直すぎる。それに――」

男は勿体ぶるように言葉を切ると、さも残念そうに息をついた。

「お前には“根っこ”が無い。主を変え、里を捨て、何も成さず、何も守らず――
そんな者の手が、俺の首に届くはずがない」

男の挑発を黙して聞き流し、次々と斬撃を繰り出す青年。
しかし男はその全てを受け、躱し、防いでいた。その間も男は饒舌に口を動かし続ける。

「その点、お前の弟――お前が十三代目となると、十二代目小太郎殿になるのかな? 
あれはなかなかだったね。技の冴えも速さもお前には遠く及ばないが、
この俺の“責め苦”を受けて、最後まで『村雨』のありかを吐かなかった」

「………くっ…」

挑発だとはわかっている。
しかし、青年のもっとも深い傷をえぐるその言葉は、青年の動きを僅かに鈍らせた。
男はその瞬間を見逃さなかった。

青年の刃を屈み避けた男が、その腹に二対の掌底を叩きこむ。
青年の腹部に二段、いや、それ以上の衝撃が走り、周囲の体組織ごと爆ぜ、霧散する。しかし――

「ふん、見た目の派手さは囮で、その実皮一枚――
隙を突かれ、そこからでも逃げるか、逃げ業は逸品の風魔だけある」
「『重ね雪華』か――当たれば恐ろしいな……」

男の背後に立つ影――

「…風魔――『黒千鳥』」

男の背後から強烈な衝撃が突き抜け、室内にも関わらず激しい嵐が巻き上がる。

「…高坂、お前の甲州流の技は軍部でずいぶんと見させてもらった。お前の刃も、俺には届かない」

巻き上がる粉塵が収まると。その中央に、大鎌と鎖分銅を上下に構えた男が無傷で立つ。

「………!」
「甲州流がだめなら、こんなものもあるんだよ。これは、『五方の構』そして――」

突然男の姿が消えたと思うと、鋭い一刀の突きの如き竜巻が空気の壁を貫きながら、青年の胸をえぐる。
竜巻より降り立った男は、背後に崩れ落ちる青年を見下ろす。

「…これが『捻貫の型』、二天一流の技――これは見たことなかったろう?」
「ぐぅぅ…っ!」

青年の胸からボトボトと流れ落ちる赤――。

「おっと、申し訳ないところに傷をつけてしまったか? 
…いや、十三代目と名乗ってはいたが、その“紋”は、もうお前にはいらなかったはずだろう?」

えぐられた青年の左胸には、風魔一族の証である『紋』があった。
しかし、彼はかつて、それを一度捨てていた。
その結果、里を弟に託すこととなり、それ故に弟は――しかし、そこにあった『紋』こそが、
今、彼がここにいる理由であり、彼が目の前の男を倒さねばならない理由でもあった。
『紋』が無くとも、その心に刻んだ風魔の火は消えてはいない。

このくらいの傷――素早く止血をし、全身に力を込め立ち上がろうとしたその時、
胸の傷にさらなる激痛が走り、青年は胸を押さえうずくまる。

「…高坂、何をした…」

見ると、胸の傷の周囲に、鈍く光る、不可思議な紋様が浮かび上がっている。
男は、ほくそ笑んで青年に近づく。

「それは、“扉”だ。お前にはこっちの方が似合っているよ」

男は、そう言って、青年の四肢にクナイを打ち込み、その体を床に固定する。

「っぅ――!」

そして、しゃがみ込み、青年の胸の紋様の出来を確認するように眺める。

「なぁ、風間、お前は俺が『妖刀』を追っているのを知っているだろう? 
お前の弟は確かに話さなかったが、その“頭の中”が教えてくれたんだよ。
あの二刀は“異界に流された”、とね」
「……貴様は……!」
「俺は、その二刀を見たくてね。
その一心である組織の『技術』を盗み、この“死なない体”を手に入れた。
そいつらにとっては、これは『使徒』というものを作る技術らしいよ。
それは、魂をこの『紋様』を通して、こことは別の世界に移す技術なんだそうだ。
それを俺なりに、研究し、改良したものが“コレ”だ。
俺は、この『紋様』に耐えうる体と心を持った検体をずっと探していたんだよ… 
わかるか? 風間、つまりな――」

男は、青年の胸の紋に一度触れ、その感触を確かめると、立ち上がり――

「この『紋様』の作用を利用して、俺は“異界”へと渡ろうというわけだよ。
その先がどうなるか――ある程度の調べがついているが、運が悪ければ死ぬだろうな。
だが、それも一興、俺の執念は、きっと俺を妖刀へ導くだろうよ」

――仰向けに倒れた青年の胸の紋様に、足を差し込んでいく。

「………っああああ!」

苦鳴を上げる青年――だが見よ、男の足首までが、青年の体と融合しているかのように蒼く光る粒子と化し、
紋様の向こう側へと消えているではないか。

「ほう、上手くいっているようだ」
「…高坂……逃がしは…しないぞ……」

青年が、口元に赤泡を浮かべ、男を睨みつける。

「んん? いいとも、追って来るなら追ってこい。
…あぁ、言い忘れてたが、この紋様を刻まれたものは、一定の期間で死に至るようだ。
まぁ、俺の手製だからな、実際のところ、どうなるかわからないがね」
「……風魔は…お前を……」

青年が、クナイの刺さった手に力を込め、そのまま持ち上げようとする。
しかし、それを男は慈悲なく踏みつけ、無為にする。

「風魔か――お前ら兄弟も良く役に立ってくれた… 本当に、可愛いよ。お前らは」

そう言うと、男は一気に青年の胸に開いた“門”に体をねじ込ませ、消え失せた。


戦いの喧騒が消え、静寂がもどった隊舎に、荒い青年の呼吸のみが響く。

しかし、天井をじっと見る青年の目はいまだ死んではいなかった。
その頭に去来するものは果たして――。

「――晩刃… こんなでも、兄ちゃんは、まだ、かっこいいか……? ぐぅ――!」

青年が、クナイを地面から抜くことなく、片方の腕を強引に持ち上げる。
そして、腕がクナイから外れざま、それを自身の胸の紋章に突き入れた。

「…っあああああああああああ!!!」

なんという精神力か――青年は、自分の体に開いた『紋様』に、自分の体をねじこんでいく。
次第に青年の体に刻まれた『紋様』が煌々と輝きを増していき、
ホールを覆い尽くすほどに光が広がっていく――。

――そして光が収まると、そこにあったはずの青年の姿は掻き消え、
後にはただ、小さなつむじ風が、所在なさげに吹き去るのみであった。


――fin
最終更新:2017年03月13日 01:08