special episode 2
◆『砂漠の虹』◆
「どうだ、まだやるか?」
片方の目に赤い光を宿した青年が、余裕の笑みを浮かべ、こともなげに言う。
三十はいたであろう仲間たちが、青年により、ほんの数分足らずで半数近く戦えぬ体にされた――
圧倒的な力の差に、ゴブリンファイター達が後ずさる。
「行けよ。無駄に死ぬこともないだろ」
青年は、戦斧を構えたまま告げる。
リーダーらしき者が何やら、引くな、戦え! とばかりに残った仲間たちに解らぬ声を上げているが、
後方の数体が緊張に耐えられず、奇声をあげて逃げ出したことをきっかけに、集団はバラバラと崩れていく。
「あ~らら、引くときに引けない指揮官ってのは嫌われるぞ? じゃあな」
そう言って敵に背を向ける青年。
しかし、それをみたリーダー格は、いたく誇りを傷つけられたのか、
癇癪を起こしたようにすぐ横で逃げようとするゴブリンアーチャーを殴り飛ばし、その弓を奪う。
そして、青年に狙いをつけ、やけくそに次々と矢を放つ。
ほとんどの矢は明後日の方向へと飛んで行ったが、その中の数本が青年へと吸い込まれるように飛んでいく。
青年は気付いていないのか、矢がその首元へ届こうとしたその時――
ビュオウと金糸雀色の風が吹き上がり、全ての矢を宙高く舞い上げた。
うち一本が弧を描くようにリーダー格の元へと翻り、その角にガツンと音を立てて突き刺さる。
驚いて尻餅をついたゴブリンファイターは、怖気づき、奇声を上げて逃げていった。
その様子を見ていた青年は、宙に向かって微笑んだ。
「アエロ、いい風だ」
すると、青年の声に答えるように金糸雀色の風が舞った。
「んもう、バルドは甘いなー」
風と共に、金糸雀色の羽を優雅に羽ばたかせた少女が姿を現し、青年に笑いかける。
「――いい風、か…」
しかし、その笑顔とは裏腹に、少女の目には、どこか憂いを秘めた光が湛えられていた。
――今日、打ち明けよう。
そう、少女は心に決めていた。
――言うなら、戦いが終わった今だ。
またいつ敵に会うかわからないし、それに――これ以上待つと揺らいでしまいそうだ――。
昨日も、その前の日も言えなかった。今日こそは――
しかし、いざ口にしようとすると、言葉が詰まってうまく出てこない。
そう、少女が逡巡していると、青年が言った。
「――すまん、嘘をついた」
「…?」
「最近のオマエの風、少しおかしいぞ。なんかこう――綺麗な色じゃない」
そうだった、こいつは風が“見える”んだった――油断してた。ずっと一緒にいるのに――
そんなことにも気が回らない程に動揺していた自分に驚いた。
少女はすいっと滑空し、青年の横を飛び越して正面に回り込む。
「なんだよ、失礼だなぁ」
心とは裏腹に、いつものように明るく口をとがらせる少女。
その様子を見て、青年は目を閉じ、ふぅ、とひとつ息を吐くと少女に言った。
「――行きたいんだろ?」
青年はまっすぐに少女の目を見る。
「――え?」
思いがけない青年の言葉に、少女は羽ばたきを忘れ、地上へ降りる。
「――妹の手がかり、見つかったんだろ?」
「……わかってたんだ。アンタ、風、見えるもんね」
「それよか、お喋りなお前にしては口数が少なかったからな“らしく”ないんだよ」
少女は見透かされていたような気恥ずかしさと同時に、
ほんの少しの安堵感を覚えて、気が抜けたように笑った。
「アハハ、付き合いが長くなると隠しごとはできないもんだねぇ」
そう言うと、少女は軽やかに再び飛び上がり、くるりと輪を描いて宙に止まる。
「――そう、“あの子”の居場所が分かったの。それに、どうやらあまり状況は良くないみたい…
だから、助けに行かなきゃならないんだ」
少女はひと呼吸置くと、青年の目を真っ直ぐに見つめ、ずっとここ数日考え続けていた言葉を告げた。
「――だから、ここでさよならね」
その言葉を予想していなかったのか、青年は驚いたように目を見開いた。
「1人で…大丈夫なのか? なんならオレも――」
――ほら、やっぱり。
「何言ってんの! アンタにはレムギアを解放するって大事な使命があるんでんしょ?
アタシは初めっからそうするつもりだったし、目指す先が全く違うんだもの、仕方ない仕方ない!」
少女は少し早口に、いつもの明るい調子でそう言うと、くるりと回って飛び上がり、青年に背中をむける。
「アタシは、アンタの邪魔になりたくはないよ」
「アエロ…オレは――」
青年は、何かを告げようと手を伸ばして口を開くが、
どのような言葉をかけるべきか迷っているのか、その口はただ言葉無く動くのみ――
その空気を察したのか、少女は大きくひとつ羽ばたいて、背中越しに振り向き、
「今まで、ありがとね」
そう、最後の言葉を贈った。
少女の言葉に思考を遮られ、立ちすくむ青年。そして少女が飛び去ろうとした、その時――
「きゃっ!」
強い“西風”が吹き、少女を押し戻した。
その様子を見て、ハッとしたように我にかえった青年は、下を向き、
「――ダメだなオレは… またそうやって、誰かに背中を押してもらってやっと…か」
と、つぶやいた。
少女が気を取り直し、今度こそと飛びさろうとする――
「ああーーー!!」
突然、青年がガシガシ頭をかきながら、大声を出した。
さすがに何事かと思ったのか、少女は空中でとまり振り返る。すると青年は、さらに大声で叫んだ。
「虹いいいい!!!」
「……へ?」
「まだ、“虹”を見せてもらってないぞ!!」
少女は、何のことかと目をぱちくりさせ、そして――青年と出会った時のことを思いだした。
――あぁ、そんな約束したっけ。
「あれ? 見せなかったっけ?」
「見てない!」
「そっか――アンタ、意外としつこいもんね」
「物覚えがいいんだよ」
「でもさ…」
「気にするな――あいつらだって、わかってくれる」
青年は、決して気持ちは曲げないとばかりに、強い意志を秘めた視線を少女に向ける。
こうなっちゃうとねぇ――と、少女はハァーと長い溜息をついて言った。
「前にも言ったけど、大姉ちゃん気まぐれだから、見れるかわかんないよ?」
「あの虹は、“暗闇を抜けた魂へのご褒美”なんだろ? なら、今度こそ見れるんじゃないか?」
少女は「どうかなぁ… どうなのかなぁ?」と、うんうん悩むように、宙をしばらくくるりくるりと回り、
「――うん、バルドにしては上出来かな!」
と、金糸雀色に輝く笑顔を浮かべた。
少女の言葉を聞いた青年は、何を言われたのか分からなかったのか、
少しの間唖然として少女を見つめていたが、突然ぷりぷりとした様子で、
「じゃあ行くぞ! どこに行けばいいんだ!」と叫びながら、耳を赤くして、どこへ行くでもなく歩き出す。
その後ろ姿を見ながら、金糸雀色の風をまとった少女は、
くるりと宙を回り、鈴のような声でコロコロと笑った。
――fin
最終更新:2017年03月15日 22:01