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5-078:【燈火】ミネルバ

<タイプ> <舞神> タイプ コンセンテス
種族 神族 ジョブ アタッカー
HP 450 ATK 50
DEF 90 コスト 40
アビリティ
召喚 なし
覚醒 なし
超覚醒 ファイヤーダンス
――from ver3.5“アルファレネゲイド”


「これは…私の手には負えません……彼は――もう、まもなく死ぬ」

 僧兵の口から告げられた言葉に、聖騎士――ニールは愕然と膝をついた。

 「兄ちゃん」――確かにアルフォスは光を湛えていたあの頃の目でそうニールを呼んだ。
漆黒の魔騎士アルファレネゲイドと化し深く闇に沈んだ弟の心を、
やっとのことで掬い上げることができた、そう思ったのに――。

「……はは、ボルボザのおっさんよ、らしくねぇぞ。おっさんなら何とかできんだろ?」

 しかし、ニールの言葉に、ボルボザは悔しそうに口を真一文字に結んだまま首を振った。

「ニール殿、もうこの体に彼の魂はほとんど残っていない。
おそらく、あの魔剣に喰われてしまったのでしょう……
私の神聖魔法では体の傷を治すことはできても、流れ出た命を戻すことはできないのです……」

「そんな……ここまで来てよ、なんでだ……なぁ、リータ!
こいつを助ける方法を伝えに来てくれたんだろ!? 何か方法は――」

 辺りを見回しリータ・パティスに問いかけるも、答えはなかった。
戦いで傷を負い近くで体を休めていたはずの彼女は、いつの間にか姿を消していた。

「リータ……どこへ……」

「わかりません……“これ”を見るだに、きっと故有ってのことだとは思いますが……」

 ボルボザが指し示す、彼女が横たわっていたであろう石畳には、
短い言葉が刻み残されていた――
『闇を知るおまえなら、きっと見つけられる』、と。

「闇を知る、か……くそっ! ああ、そうだよ! オレは“闇”を知ってる。
光を目指して走ってるつもりで、けど気付くといつも真っ黒な何かに足元をすくわれちまうんだ。
そうやっていつも……肝心な時に大事な何かを見落としちまう……!」

 弟を救いたかった。救おうと思った。だからここまで来た。他のことは何も考えず――
そう、何も考えていなかった。ただ真っ直ぐがむしゃらに進めば、
頼りげなくひらひらと漂う弟の運命に手が届くかもしれない――
何もしないで失われるよりはましだ、そう思っていた。

 しかし、違ったのではないか――足を止め、もっと考えるべきだったのではないか――
結局また大事な何かを見落とし、誤った選択をして――
しっかりと考え、選び抜けば、今度こそ弟を助けられたのではないか――。

 思えば、彼のこれまではそういった失敗の繰り返しだった。

 憧れた聖騎士となり、
やっとのことで中央に認められて授かった極秘調査任務でグランド・ゼロ――
アケローン大陸の歴史が始まった『大崩壊』の中心部に赴いたあの時もそうだった。

 そこは『ふるいの地』だった。待っていたのは、神判の名の元に行われる教団の『選別』――
教団を信じ、魂を捧げることのできる者だけが選ばれ、生き残ることを許される地獄だった。
彼はそこで、信じていた光がすべてがまやかしであったことを知り、
そして、自身の魂を守るために教団の鎧を捨て闇を受け入れた。

 だが、思い出せ――良く考えろ――目を凝らせばその予兆は幾らでもあった。

 そもそも教団に光などない事は“見えて”いたのだ。
ただ目にした小さな悪を、どこにでもあるものと捨て置き、
自分の力を過信して“その程度ならばいずれ自分が”と目を逸らしていたに過ぎなかった。
信じる光を間違えなければ、そのような結末は訪れなかったのだ――
弟が彼の後を追い、聖騎士への道を歩もうとすることも……。

 そうして教団への復讐を誓い、闇の力を手に再びグランド・ゼロへと訪れた時、
そこで教団に洗脳されつつある弟と対峙した。
彼は弟の目を覚まさせようと、自らの左腕に宿る魔人の力を使い、その意識に飲み込まれ――
その結果、弟は魔人と化した兄を追い、
兄をその手にかけることで彼もまた闇へと飲み込まれてしまった。

「そうだよ……ずっと前から……全部、オレの所為なんだよ……!」

 所詮闇と共にあり続けた自分には、弟を闇に引きずり込むことはできても、
そこから救い出すことなどできはしない――ニールが残された右腕で何度も地面を殴りつける。
拳の皮がはがれ、赤い飛沫が飛び散った。

「やめよ、ニール殿! 今自分を責めたところで――ぬぅ!?」

 制止するボルボザの頬を汗が伝った。

 目の前でうずくまるニールの体を、青黒い炎が覆っていた。
それは、魔騎士と化したアルフォスが纏い、先程掻き消えたはずの魔焔――。

 何故に、いったいどこから――ボルボザは祈りの構えを取り、
精神を研ぎ澄ませて邪気の根源を探る。それは、すぐ傍にあった。

「これ……なのか。早く浄化せねば……」

 うずくまるニールと横たわるアルフォスの間に落ちる砕けた魔剣――
その破片に紛れ、小さな黒く輝く球体が転がっていた。
魔焔は間違いなくそこから発せられ、ニールの体を取り込もうとしている。

 ボルボザがそれをつまみ上げようとしたその時――

「お~いおいおい、ダメだダ~メ! “お触り厳禁”ってやつだぜぇ」

 場違いに気の抜けた声が響いた。
振り向くと、いつの間にか頭巾をかぶった奇妙な男が立っていた。

「おーおー、“種ちゃん”だーいぶ元気に育ったようじゃねぇかよ――
んん? 弟の方はくたばりそうだなぁ。てこたぁ、お兄ちゃんの方が頑張っちゃったかぁ……
くぅ、オレぁ涙腺弱いからよ、こういうのぁ泣けちまうんだよなぁ……」

 ボルボザが腰の戦棍を手に取り、頭巾の男をねめつける。

「お初にお目にかかるかと……これはあなたの仕業、そのように聞こえましたが?」

「あ、そう? んー、まいったなー、内緒だかんなー、言えねぇんだけどなー……
でも、今機嫌いいからよぉ、まぁいいか!」

 頭巾の男は芝居がかった様子でふらふらと体を揺らしながらそう言うと、
くるりと体を回転させてピタリとボルボザを指さした。

「――その通り!」

 ボルボザの棍を持つ手に力が入る。しかし、頭巾の男はさして気にした風もなく続ける。

「そいつらはよぉ、ウチの奴らが結構昔から“仕込んどいた”んだわ。
だーいぶ時間かかっちまったけどな。
しっかしよ、兄弟のどっちも素養があるとか、まったく優秀だと思わねぇか?
どっちがどっちの“スペア”にもなれるってんだからよ。
正直、弟の方はだいぶ不安定だったからどうしたもんかと思ってたら、
最後はやっぱお兄ちゃんが決めてくれて助かったぜぇ。
こんだけ闇出してりゃ、あとはその『忌み種』をぶち込みゃ即完成――
『鍵』の“新”13席……『オメガ・レネゲイド』の誕生ってわけだ」

 薄ら笑いを浮かべ足を踏み出す。
しかし、目深にかぶった頭巾から覗くその目に、笑みは無い。

「……『鍵』? 何の事かはわかりませんが、ろくな企みではないようですな――
だが、この鉄血司祭ボルボザを舐めないで頂きたい!
ホォォォォォリィィィィィライライトオオオオオ!!」

 僧兵の雄叫びと共に、ニールたちを輝く光の壁が取り囲む。

「なーんだこれ? 『聖壁』ってやつかぁ?
ダッセェぜ……テメェみてぇなやさぐれ坊主の念仏ごときなぁ、
オレみてぇに純真無垢かつ真面目に悪人やってる奴にゃとーんと効きゃしねぇ――
――痛ってえええええ!!」

 頭巾の男が光の壁にずいと足を踏み入れた途端、バチィと大きく火花が散り、
足を抱えてもんどりうつ。

「馬っ鹿かテメェ!? マジもんじゃねぇか! 早く言えよ! 火傷しちまったよ!」

「この聖光の壁は、私の中におわす神への信心が授けたもう障壁。
あなたごとき悪漢には神罰です!」

 男はつま先にふぅふぅと息を吹きかけつつ、両手を上げ、

「あーそうかよ、じゃあいいわ。テメェは遠距離爆撃の刑な。
お兄ちゃんが『鍵』になるのが先か、テメェの神臭ぇ法力が尽きるのが先かって奴だ――
“来たれ、混沌”」

 と取り出した『グリモア』を掲げる。
『グリモア』はガチャガチャとした機械音を鳴らしながら複数の魔法陣を展開すると、
そこから眩い無数の魔弾を発射した。
魔弾は僧兵の障壁に次々と着弾し、目も眩む爆炎を上げる。

「ぬっふうううう!!」

 絶え間なく降り注ぐ魔弾と爆炎の中、ボルボザは鬼の形相で聖壁の祈りを唱え続けるも、
爆発の重圧に押され膝をついてしまう。

「おー、どうしたー? 踏ん張れよーおかっぱ坊主。
あーでもお兄ちゃんの方がもう限界かもなー」

 せせら笑う頭巾の男の言葉に振り返ると、聖騎士の体を覆う魔焔は、
先程より色濃くその全身を覆いつつあった。

「ニール殿! しっかりなされい! 何のためにここまで来たのですか!
あなたは言った……一人教団と戦い続けていた私が誤った道を辿らぬよう共に戦おうと、
そのあなたが、この私の目の前で一人また道を外れようというのですか!?」

 しかし、僧兵の言葉は届いていないのか、聖騎士に反応はない。
その昏くうつろな目には何が映り、その耳は何を聞いているのか――。


 * * * *


 か細い、弱々しくすすり泣く声が聞こえる。

――まいったな……泣くなよ、アル。

 弟の声は背中から聞こえてきた。
震える小さな手が、痛いくらいにぎゅっと彼の肩を掴んでいる。
彼はおぶさる小さな弟が背中からずり落ちないよう、片手を腰に回してしっかりと支え直す。

――重いな……。

 視線を落とすと、彼の体もまた、少年のように小さくなっていた。
そしてもう片方の手を見ると、大きな影がその手を力強く握り、引いていた。

――ああ、これはあの時だ……このおっさんが助けてくれたんだよな……。

 彼の手を引く傷だらけの影が纏う鎧には、ザフー聖騎士団の紋章があった。

 彼の住む村は魔種の襲撃に遭い、その時、両親を失った。
そしてこの見知らぬ聖騎士に助けられ、弟と二人命を長らえたのだった。
彼はあの時の、背中で震える弟の重さと、彼の手を引くこの逞しい腕を良く覚えていた。

 騎士は彼を気遣い、弟を背負おうと手を差し伸べてくれたが、
弟は彼の背にしがみついたままどうしても離れようとしなかった。
彼は、弱ったなと思いながら、騎士の大きな手を見つめていた。

――あん時、目の前真っ暗だったなぁ……
あちこち痛ぇし腕は痺れるしでよ、アルは重てぇし……。

 そして、強くならなければと思った。自分もまた、この大きな手を持てるように。

 気付くと彼は、自分の視線と共に別の視線を重ね見ていることに気付いた。
不思議な感覚だった。
騎士の手を見つめる自身の視線に重なる、一心にただ兄の背を見つめる弟の視線――。


 不意に周囲が暗くなり、舞台装置の場面転換のように景色が入れ替わった。


 晴れた空、目の前には錆びれた門があり、その前にたくさんの子供たちが集まっている。

――ここは……懐かしいな……。

 そこは、かつて彼が育ったスペルヴィア聖都の郊外にある神聖孤児院だった。
多くの見知った顔――
あの頃、少し気になっていた幼馴染の女の子が目に涙をためて誰かを見送っている。

「もう帰ってくんな!」

 自分の意志とは関係なく、口から言葉が出た。

 歩き去ろうとする、皆が見送っている当人であろう背中がピタリと止まり、
振り返ることなく背中越しに片手を振った。

――あれは……オレ……か?

 ならば、この視線の主は――心に、飛び出た言葉とは裏腹な熱い思いが流れ込んでくる。

――そうか……アル、これはお前の……。

 彼の心に満ちていく、立ち去る背中に対する強烈な憧れ――。

――お前、あの時そんなことをな……でもよ、駄目なんだアル……

 その後も、次々と場面が入れ替わり、彼の心に弟の心が重なっていく。
その度に彼は弟の想いを知り、その度に彼は――。

――オレはさ、お前に憧れてもらえるような、立派な兄貴じゃねぇんだよ……。

 辺りの景色が色を失い、心が、膝を抱えて闇に沈んでいく――。


 ふと、目の前に、ぽぅっと小さな光が浮かび、

――いや、違う……のか……。

 おもむろに手を伸ばした。


 重なり知った弟の心は、いつも言い知れない不安や恐怖に包まれていた。
しかしその度に、兄の言葉が、背中が、彼の心に光を繋ぎ止めていたのではなかったか――。


――アルフォス……オレは、お前の光になれていたってのか……。

――その通りだよ。

 手の中の光が強く瞬いた。

――僕はね、兄ちゃんがいたから進んでこられたんだ。
兄ちゃんは、世界が怖くてたまらない僕の道標だった。必死だったよ。
兄ちゃんの背中を見失わないように、ちゃんとしなきゃってさ……
でも、もうそのままの僕じゃ駄目なんだろうね。
兄ちゃんの背中から降りてさ、軽くしてあげなくちゃ。

――なんだよ……オレだってそうだぜ。
お前がいたから、見ててくれたから、どん底でも前に進もうと思えたんだ。
何もかも全部真っ暗だったけどよ、投げ出さずにここまで来れたんだ。
何度も闇に飲まれてさ……腹ん中がドロドロでさ……それでも、戻ってこれたんだよ――
お前の、おかげだよ……。

 頬に涙を感じた。

 その涙は彼のものなのか、弟のものなのか――彼は、そっと両手で光を抱きしめた。

――ありがとね、兄ちゃん。

 それはとても暖かく、幼い頃に二人で嗅いだ日の当たる干し草の香りがした。


 * * * *


「なんとぉ……!?」

 突然、ニールの体から新たな炎が噴き出した。

 その赤々とした炎は、ニールを包む青黒い魔焔を飲み込み、焼き尽くしていく。
そして次第に大きく吹き上がり、人の形を形取っていった。

「おいおい、冗談じゃねぇぞ……!」

 突然のことに思わず魔弾を撃つ手を止めた頭巾の男は、漂う爆煙の隙間に目を凝らす。

 そこに立っていたのは、赤い炎が燈る金の職棒を持った美しき女神――。

「あなたは……“フクロウの女神”……!」

 ボルボザが目を見開き、障壁を解く。
次いでドシャリと音がし、息荒くつっぷした聖騎士が顔をもたげてニヤリと笑みを浮かべた。

「ああ~不思議体験したわ……あんたかよ、また色々と世話になっちまったみてぇだなぁ」

 女神は後ろに首を傾けてにこりとボロボロな聖騎士に笑いかけると、

「よく自らの闇を払いました、ニール――ありがとう……
闇を照らしたあなたとアルフォスの心の光が、私の炎をここへと導いたのです。
そして、この時を待っていたわ――」

 そう言って職棒をくるりと回し、頭巾の男にピタリと合わせた。

「――“混沌の使者”あなたが、『鍵の主』ね?」

「……ちっ、その炎……“叡智の炎の女神”だなぁ、『ミネルバ』つったかぁ?」

 頭巾の男が忌々しげに地面に唾を吐き身構える。

「そうです……“あなたたち”は用心深い。
『鍵』の候補者たる者たちの前に姿を現しても、
敵対者たる私たちの前には決して姿を現すことはない。
だから、罠を仕掛けさせてもらったの――ニール、ボルボザ、ごめんなさい。
結果的にあなたたちを利用させてもらう格好になってしまったわ」

「そうなのか? けどオレらがここまで来れたのはあんたのおかげだ。
リータのことといい、あんたには感謝しかねぇよ」

 ニールが右腕で体を支えつつゆっくりと立ち上がり、僧兵がかけ寄ってそれに肩を貸す。
その様子を、頭巾の男は目を細め冷ややかに見やった。

「やれやれ、まいったね。テメェの魂の欠片をお兄ちゃんに仕込んで、
『忌み種』に吸い込ませてから直接働きかけたってのかよ。
おっそろしいことすんな、最近の女神ってなぁよ……下手すりゃテメェ諸共じゃねぇか」

「二人を、信じていましたから」

 ミネルバがにこりと首を傾ける。

「かあああ、痒いぜぇ! よくそんな台詞吐けんなテメェは!
かわいこちゃんなら何でも許されると思ってる勘違い糞乙女ちゃんかよ!
『二人を~信じていましたから~』だぁ? なんだそりゃ!?
つぅか、片方くたばってんじゃねぇか!」

 確かに、静かに横たわったままのアルフォスに変化はない――
しかし、ニールは静かに目をつむり、女神ははっきりと笑みを浮かべた。

「どうかしら? すでに希望の燈火は掲げられたわ。
一度闇を知った者は、わずかな光であっても感じられるはず……燈火を探すの――生きなさい!」

 女神の声と共に、アルフォスを炎が包み込んだ。
そして、その炎が、体が、次第に眩い光を発していく。

 アルフォスの体がドンと跳ね、「ガハッ」と大きく息を吐き出す。

「うーわ、これだから“正義”ってなぁよぉ……
『忌み種』が吸った魂吸い戻すとか、もうこれインチキだろ」

「――アル!」

 ニールとボルボザが駆け寄り、その身を助け起こそうとする――
が、アルフォスは弱々しくその手をはねのけ、震える足で立ち上がる。

「……大丈夫……一人で立てるさ」

 頭巾の男は、うんざりしたように大きく口をへの字に曲げて言った。

「お~い、マジかよアルフォスぅ~~、オレぁ悲しいぜ……
オレたち、友だちじゃなかったのかよぉ~? オメェが『鍵』やんねぇってんなら、
せめて責任とって兄ちゃんに代わりやるよう言ってくれよぉ~」

「……やぁ、バン・ドレイル。すまないけど、それはできないよ。
どうやら私は……いや、“僕”は、この世界でやることができたようなんだ――」

 アルフォスはそう言ってちらりとニールを見やり、

「苦労性の家族を、そろそろ休ませてやらないといけなくてね」

 と、その傍らに立ち、左の拳を構えた。

「ハッ、言うようになったじゃねぇか。兄ちゃん安心だ! その調子で老後の面倒も頼むぜ」

 ニールもまた、「それは重いよ……」と苦笑いを浮かべるアルフォスに並び、右の拳を構える。

「どれ、ならば私も最後のひと暴れとまいりましょうか」

 ボルボザが、まだまだやれるとばかりにぐぃっと後ろ手に戦棍を引き絞り二人の前に進み出た。

 そんな二人を見て、アルフォスは何かに感じ入るように目を閉じ、頭巾の男に言った。

「正直――僕はまだ世界そのものを愛せるとは思えない。
この世界はいつだって悲しみで満ちていて、
それは変えることはできないことだと本気で思うよ……
でもね、今の僕は少なくとも目の前の誰かに幸せになって欲しいと、ちゃんと思えてるんだ。
僕の戦いは、それを積み重ねていくこと――
それでいいんじゃないかと思えたんだよ、やっとね」

 頭巾の男は苦み走ったへの字口に加え、さらに眉まで大きくへの字に釣り上げて首を振り、

「あーーー無理! まーーーったく興味ねぇし、オレそういうの無理だから!
はぁ~、もう気分悪ぃわ! 帰る!」

 と魔導書を掲げ、宙に紋様を描き始めた。ミネルバが職棒の炎を強く輝かせて男に告げる。

「その前に話してもらおうかしら?
あなたたちの狙いと、『鍵』を集め、何をしようとしているのかをね」

「言うわけねぇだろが、浪漫乙女神! 怯えて鼻水垂らしてろ!!」

 紋様を描きながら喚く男の目が、すっと鋭い光を宿したように見えた。
それに、何か言い知れない危険なものを感じ取った女神は職棒を収めた。

「……いいでしょう。けれど、私の炎はあらゆる暗闇を灯し、希望へと導く燈火――
その私に“存在を知られた”ということは、
世界のどこにいたとしてもその居場所が知れるということ――もう、逃げ場はないわよ?」

「へっ! 上等だぜ――――ってマジ?? あ、これ怒られちまうやつかなぁ……
ま、そうなっちまったもんはしゃーねぇか……んじゃ、追ってこいよ。
待ってねぇけどな――と、その前に」

 そう言って『グリモア』を開くとその“中”に手を突っ込み、何かを拾い上げる。

「むむぅ……!?」

 男の手にあるものを目にしたボルボザが唸り声をあげ、周囲の床を見渡す――
確かに、“それ”は無くなっていた。
頭巾の男は、指先で手に持つ“黒く光る球体”をコロコロと転がして見せつける。

「これな、『忌み種』だけは返してもらうぜ……
って、何だこれ!? 浄化されかかってんじゃねぇか! ばっちぃな……
きったねぇ炎なんかで清めようとしやがってよぉ……
もし効能無くなってたらべんしょーしろよ、べんしょー! ……しっかしこれどうすっかな……
あ、“あいつ”で試してみっかな……やっぱオレって天才だわ……」

 既に目の前の四人には興味を失ったように、
頭巾の男はそんなことを一人ぶつぶつと呟きながら紋章の中へと体を滑り込ませて消え去った。

 一同は固唾を飲んで宙に浮かぶ紋様の残光を見守っていたが、
それがすっかり空間に溶けきるのを見届けると、ニールが気が抜けた様にドシャッと座り込む。
次いでアルフォスもゆっくりとその場に腰を下ろすと、ふぅ、と二人同時に息をついた。
思わず目を合わせた二人に、何とも気まずい空気が流れる。

「あ~、その……なんだ……」

「はは……うん……なんだか、照れ臭いね……」

 その様子を腕を組み、何かを考えこむように見ていたボルボザが、
ミネルバの職棒を見つつ三度唸った。

「むぅ~“導きの炎”……なるほど……女神よ、その火をちょいと拝借できますかな?」

「いいけれど……何をするのかしら?」

「ふふ、拙僧がその炎により、この二人の絆をより高みへと導いて差し上げようと思いましてな」

「何だよおっさん……何するつもりだ?」

「ふふん、わかりませぬか? このような時は“温かな食事”に限ります!
共に火を囲み、食を取れば皆気持ちよう腹の内をさらけ出す。
これ古今東西、もつれた人の和を取り成す最良の法なり!
さぁ、私が腕をふるって秘伝の鍋料理をごちそういたしましょう!」

「おい、待てよおっさん……オレぁ片腕すっ飛んだんだぞ!? 食欲とかねぇって!」

「……すみません……言えた義理ではないのですが…僕も……」

「な~に若いものが情けないことを!」

「ふふ、いいと思うわ。ではアルフォス、準備ができるまで話をしましょう――
あなたの、混沌の企みに抗する『13の剣』の役割についてね」

「『剣』……僕が……?」

「へぇ~、なんか凄そうじゃねぇか。さすが色男、闇だの光だのとモテモテじゃねぇの」

 ミネルバの言葉に、ニールが後ろ手をついてニヤニヤと笑い、
アルフォスがうつむいて目を逸らす。

「はっはっは! まぁまぁ女神よ、難しい話は食いながらでも、食ってからでもできますぞ!
さぁ早く宿にもどり鍋と食材を取ってこねば!
二人はしばらく動けないでしょうから、女神にも手伝って頂きましょう!」

 ボルボザが、「へ……まだ話が……ちょっと、何を!? 私これでも神ですよ!?」
と口をパクパクさせるミネルバの腕を引っ掴み、
「な~に、我が神は私の中におわします、なのでまったく問題ありません!」
と強引に連れ去っていく。

 残された二人は茫然とそれを見送り、空を仰いだ。


 再び重い沈黙が落ちる。

 たまりかねたように、アルフォスがおずおずと口を開いた。

「あの……さ……」

「……なんだよ」

 ぶっきらぼうにニールが返す。アルフォスは下を向いたまま、

「……『帰ってくんな』とか言って、ごめん」

 と言った。

「ハッ、何だそりゃ! 古ぃ話だな」

 表情を見られたくないのか、ニールがそっとアルフォスに背を向ける。

「それと――」

 アルフォスはその背を見て微笑を浮かべると、目を閉じてゆっくりと後ろを向き、
自分の背を兄の背に合わせた。

「――ただいま」

 背に弟の重さを感じ、兄もまた弟に寄りかかり重さを預ける。

「おっせぇよ――」


 日が昇り、落ちた廃墟の影の中で背を合わせて下を向く二人の表情はうかがい知れない――。

 やがて少年のような小さな寝息が二つ立ち、中天を過ぎて幾分かやわらかくなった光が、
戦い終えた二人の騎士を労うように優しく包み込んでいった。


――fin
友だち ブリジット、アストレイア
ブリジットは… 花をいっぱいくれるわ
アストレイアは… お菓子をたくさんくれるわ
性格 断れない
悩み 家が花とお菓子で一杯
発散法 ファイヤーダンス
イラストレーター クレタ
最終更新:2017年05月29日 01:12