special past episode1
◆暗殺者たちの夜 『花の名』◆
「ずるいわ。さっきのは私のなのに……これじゃ今回もまた63号に取られちゃう」
そう口を尖らせる少女をなだめるように、63号と呼ばれた、皆より頭一つ背の高い少年が言った。
「88号がせっかちすぎるんだよ。相手に気付かれてから殺してちゃ暗殺にならないだろ?」
夜闇にまぎれ、町を駆ける四人の少年少女。
彼らの黒い外套に一様に描かれた“天使の羽に包まれた短剣”――
それは、この大陸に古くから巣食う闇、暗殺組織ジグラトの紋章だった。
「仕方ないじゃない。63号達と違って私と72号は『イレイカ』だもの……
見つかり易いし絶対不利よ。72号もそう思うでしょ?」
「うん……でも、88号はすぐに武器出しちゃうから……もっと相手をひきつけてからじゃないと…」
72号と呼ばれた巻き毛の少女は困ったように笑って答える。
「そうかしら? 72号は待ちすぎだと思うわ。
今日だって結局警備の人に抵抗されて、腕を少し斬られちゃったじゃない」
63号は、食い下がる88号から話をそらすように一番背の低い少年に語りかけた。
「でも今回は84号に助けられたな。さすが噂の新人ラ・84号ってわけだ」
訓練生の二つの兵種――遠殺や静殺専門のライヒル、攪乱と近殺専門のイレイカ。
少年は今期84人目のライヒル――だから、ラ・84号。
「そうね。あの時の投剣……あんな遠くから当てるなんて」
「あぁ、助かったよ。あの猫には可哀そうなことをしたけどな」
「………」
しかし、84号は二人の言葉に返事をすることなく、じっと前を見つめたままだった。
「何よ、84号。せっかく褒められてるんだから、なにか言ったら?」
「いいさ。きっとあの時殺した猫のことを気にしてるんだよ……84号は優しいからな」
「今日殺したカンリョーは悪い人だって先生が言ってたけど、あの猫は悪くないものね……」
「仕方ないんじゃない? あそこで飛び出されてたら、私たちが隠れてるのばれてたわけだし。
それに――悪い猫じゃないならきっと『神様の国』に行けるわよ」
88号が明るく笑う。
そんな3人をよそに、84号は、夜闇の中に隠れたいとでもいうかのように、
月明かりにうっすらと反射する紫銀色の髪を外套のフードで覆い隠し、呟いた。
「……でも かわいそうだった。たくさん血が出て…」
石畳に軽く響く、四人の足音だけを残して広がる静寂――。
63号は、84号の頭をポンと叩くと、民家の軒先に積まれた短い薪を一本抜き取って差し出した。
「ほら84号、こないだ教えたろ? やってみな、少しはマシになるから」
84号は下を向いたままコクリとうなずき、そっと薪を懐にしまった。
ジグラトの地下訓練所――
居並ぶ数十名の訓練生の前に立つ赤いローブの人物が、優しげな声で皆に語りかける。
「みなさん、今日も良く頑張りましたね。あなた達のおかげで世界はまた一つ理想に近づきました。
それでは今回の優秀者を発表します」
訓練生達の顔が緊張に包まれる。
「今回は7組の63号と84号です。おめでとう」
室内に消沈のため息と称賛の声が広がる中、
やっぱりか、と顔を下に向けた88号が、ローブの人物の前に進み出る。
「先生、私も結構やれたと思うんですけど……」
「フフ 監視者はしっかり見てましたよ。あなたは焦らず周りをよく見てから行動しなければなりませんね」
「ちぇっ」
88号が口を尖らせる。
そして『先生』は、63号と84号に、うやうやしく取り出した銀色に輝くメダイユを手渡した。
ジグラトの訓練生は、メダイユを5つ集めることで一人前と認められる。
84号は初めて受け取るそれを、少し蝋燭の光にあててキラキラとさせてみたが、
特にそれ以上の興味は示さずにポケットにしまった。
一方、63号はメダイユを大事そうに両手で握り締めていた。
「……あとひとつだ」
そして、両手の中の輝きをじっと見つめる。
「あとひとつで……そうしたら……」
その夜、4人は部屋の窓の鉄格子から覗く、すでに中天を過ぎた月を眺めながら話しをした。
「あとひとつメダイユを貰ったら、63号は壁の外にいっちゃうのね」
寂しそうにつぶやく88号。
一人前と認められた訓練生は、この壁と乾いた砂漠に囲まれた町を出ることを許され、
外の世界で経験を積み、いずれ真のジグラドの戦士となる「最終試験」を受ける権利を得るのだ。
「そうだな。でもすぐに新しい子が来て、また4人に戻るさ」
憧れと寂しさを綯い混ぜた話題に沈黙が落ち、
重い空気を晴らそうとするかのように72号が新たな話題を振る。
「みんなは、壁の外に出たら何したい?」
薄暗がりの中で、63号の表情が少しだけ強張った。
しかし、すぐに普段の様子に戻り、柔らかな声で答える。
「そうだな……世界中、色んなところを見て回りたいかな」
「あ、じゃぁ私も一緒にいくわ。私もメダイユ集めてすぐにここを出て見せるから、待っててよね」
「はは、88号が一緒だったら賑やかそうだな」
「72号はどうなの?」
「あたしは……たくさんのお花を見てみたい」
「花? 花って、あのたまにちょこちょこ生えてる小さくて白いやつ?」
「うん。ここは渇いた土地だから、花っていうと町で見かけるあれしかないよね。
けれど、壁の外にはいろいろな色や香りの花があるんだって。
あたしは失敗ばかりだから、いつ出られるか分からないけどね」
「花ねぇ……84号は……さっきから何してるの?」
見ると、84号は月明かりを頼りに、63号から貰った薪で何かを彫っていた。
それは、小さな猫の人形だった。
「わっ! かわいい! それちょうだい?」
「…いやだ」
「なによ ケチ」
むくれる88号を63号がたしなめる。
「88号、それは彼の大事な“心の儀式”なんだ。
オレはここ長いからさ、そういうのも必要だって解るんだ。だからそれは彼に、な?」
「……ふーん。いいわ、63号がそういうなら」
その夜は、猫が彫りあがるまで、皆いつもより少しだけ遅くまで話をし、
84号は彫り上げた小さな木彫りの猫を抱きしめて眠った。
新たな任務の日が来た。
その日、72号は先日腕に受けた傷が悪化し、高熱を出してしまっていた。
「どうする…? 任務は絶対だし…」
「……3人で……行ってきて」
弱々しい声でそう言う72号の目を見つめ、63号が言った。
「ダメだ。一緒に行こう」
逡巡する72号に、厳しい視線を向ける63号。
「……やっぱり行けない 足手まといになっちゃうもの」
「ねぇ63号、72号ひとりくらい別にいいんじゃない?」
88号の言葉に答えず、72号を見つめ続ける63号。
しかし72号は何かを避けるようにその視線から目をそらし、黙っている84号に言った。
「…そうだ、84号。よかったら……花を摘んできてくれるかな」
その言葉に、84号は何か違和感を感じたが、その正体がはっきりとせず、ただコクリとうなずいた。
その日は、やはり3人だったせいか、他の組に後れをとり、誰も「優秀者」にはなれずに終わった。
3人が部屋に戻ると、そこに、72号の姿は無かった。
「先生、72号はどこに行ったのですか?」
訪ねる88号に『先生』は告げた。
「あの子は神の国に行きましたよ。あの子の右腕は壊疽を起こしてました。
あれでは崇高なジグラトの使命は果たせませんからね」
呆然とする3人――。
「そっか……花 摘んできたんだけどな。でも神様の国に行けたんだから72号もよかったよね」
しかし、63号は答えず、72号のベッドを見つめて立ち尽くすのみ――
84号は、そんな63号が拳を奮わせて握る、野花の束を見つめていた。
ふと84号が顔を上げ、63号に尋ねた。
「……花は、殺しても血がでないんだね。初めから死んでるのかな?」
「……どうかな。もしかしたら、花は摘まれることがわかってるから、
血が出て痛くないように初めからそうなってるのかもな」
そう言って、63号は手に持った花をそっと72号のベッドに置いた。
しばらく後、新人が補充されずにいた7組は、再び3人で新たな任務へと出ることになった。
その途中、63号がふいに立ち止まった。
ただでさえひとり足らず、急がなければ標的を見失うというのに何事かと、
残りのふたりがいぶかしげに首をかしげる。
しかし、63号の顔に浮かぶ決意の表情は、今から発せられるであろう言葉の重みをありありと表していた。
「なぁ、二人とも、このまま……壁の外まで行ってみないか?」
突然の言葉に戸惑う二人。88号が気を取り直し、笑いながら答える。
「ダメよ。訓練生は外に出れないの知ってるでしょ?」
しかし、63号の真っ直ぐな眼差しは揺らぐことなく、空気を次第に緊張に染めていく。
「……それに、63号はあとメダイユひとつで外に行けるじゃない」
かすかに震える88号の声を遮るように、短剣の柄に伸びる63号の手――
「もう限界さ……それに次まで生きていられるかなんて……」
そのまま、ゆっくりと後ろに下がる63号。
「行っちゃダメ! 行ったら……殺さなきゃいけなくなる……」
63号は、音もなく短剣を抜く――瞬間、63号の足元へ放たれる84号の投剣。
その動きは、心や理性とはかけ離れ、悲しい程に自動的で――
それを見た63号は、困ったような顔で笑った。
「そうだよな……オレ達はそういう風に作られてる。
だから、できればメダイユを集めて一人で行きたかった」
「……帰ろう、63号」
悲しげな目で訴える84号――しかし、63号はその視線を断ち切るように短剣を構え直す。
「ジグラトは…おかしい。
72号はジグラトに殺された……お前らが来る前にいた奴も、その前の奴らもみんなだ」
「63号……そんな事口にしたら神様の国に……」
「はは……72号がなんで花を摘んできて欲しかったかわかるか?
自分が殺されることがわかってたからだ。自分の死に、花を手向けて欲しかったからだ」
「でも、先生は……72号は神様の国に行ったって……」
「そんなの……行けるわけないだろ」
63号の顔が、悲しみとも笑顔ともつかない奇妙な形にゆがむ。
「……オレたちは 人を殺してるんだ」
言葉が、静寂を呼び込む。
「……仲間が死んだら悲しいだろ? 死ぬって……殺すって、そういうことだろ?」
「でも……!」
63号は哀れむような目を88号に向けた。
「なぁ、88号。なんでお前は人を殺していつも普通に笑っていられるんだ?
オレは気付いたんだよ――それはすごくおかしいことなんだぜ?」
88号の瞳が大きく見開かれ、動きが止まる。
同時に、ドゥッと仰向けに倒れる63号。
見ると、その喉には冷たく光る銀の針が――
二人が振り返ると、すぐ近くの屋根に、黒い外套に身を包んだ『監視者』が立っていた。
「それの言葉に耳をかすな。それは今、“異端”に堕ちた」
63号は何かを言おうとしたが、ヒューヒューと息が漏れるだけで声にならない。
そのまま63号は、84号に目を向け、弱々しく自分の胸に手を当てた。
命を断ってくれ――84号には、彼がそう言っていることが解った。
しかし、何度もやってきたその行為が、なぜか手が震えてできなかった。
じわりと広がる赤。63号は諦めたように地面の一点を見つめた。
視線を追う84号。
その視線の先にあったもの――風に揺れる、小さく白い、花――
あぁ、どうせなら、痛みを知らない花だったらよかったのに――。
84号は目をつむり、そっと投剣を63号の胸へと下した。
訓練所へ帰ると、『先生』が二人にメダイユをくれた。
「なんで……」
「あなた達は、異端に堕ちた友の魂を救い神の国に送りました。これはとても尊い行いです。
遥か昔……遠い土地で、私も友に同じように魂を救ってもらいました」
先生は懐かしそうに首をさすりながら言った。
その夜、二人だけになった部屋には、84号が薪を彫る音だけが響いていた。
「なんでかしら……63号が死んだだけなのに、なんだかおかしいの。
私、そんなに嫌だったのかしら……?」
抱えた膝に顔を埋める88号。ふと、木を彫る音が止み、84号が何かを差し出した。
「これ…やるよ」
それは、木彫りの猫だった。
88号は、ぼうっとそれを見ていたが、そっと人形を受け取ると、両手で抱きしめ、声を搾って泣いた。
その日から、88号は笑わなくなった。感情を表に出すことを憚るように、襟で顔を隠して――。
月日が過ぎ、二人の背があの少年と同じ程になった頃、二人は共に5つ目のメダイユを授かった。
「今期はあなた達が残りましたか……
多くの同士が神の御許に旅立った中、あなた達だけが使命を果たす事を許されました。
やはり、その紅い瞳は――」
しかし、『先生』の語る言葉を聞く二人の目には、何の感情の色も無く――。
「今日よりあなた達は獣から人へ…<アサシン>となる。
掟に従い人の証『名』を授けましょう。それはあなた達の運命とジグラトの畏怖を託すもの。
多くの者は強靭な武器や、伝説の魔獣から名を貰います。さぁ、好きなものを言いなさい」
しばらく考えた後、84号が小さな声で呟いた。
「……花がいい」
「――花?」
「私も…」
88号が下を向いたまま続いた。
「花がいいです…」
『先生』は少し首をかしげたものの、特に気にする風もなく儀式を続けた。
「いいでしょう。では――ジグラトの祖霊たる異邦の神・断罪の天使に捧げ名を授ける――
ラ・84号――其の名は、紫の花――アズーラ
イ・88号――其の名は、赤き花――イージア」
その夜、二人は初めてあてがわれたそれぞれの個室から月を見ていた。
一人で眺める月の光は、4人で眺めたあの日の月より、なんだかとても冷たく、悲しい感じがした。
最終更新:2017年02月24日 13:54