special past episode2
◆暗殺者たちの夜 『月の記憶』◆
「こんばんは 騎士爵様」
戦勝を祈願しての舞踏会の夜、赤い花を髪に刺した少女が恭しく会釈をする。
少女の前に立つ壮年の男は、少し酔いの回った赤ら顔で丁寧に会釈を返した。
「これはこれはご丁寧に。お嬢さん、どうなされましたかな?」
「どうにも気分がすぐれず…
申し訳ございませんが、どこか休める部屋に案内していただけませんでしょうか」
「おや、こんな可憐なお嬢さんから付き添いの申し出とは嬉しいものですな。
この不肖の騎士めがお供つかまつりましょう」
人の良さそうな男はにこりと笑うと、少女を連れて広間を出た。
他愛のない話をしながら廊下を歩きつつ、ふと暗がりで立ち止まる男。
男はそのまま倒れ――息絶えていた。
倒れた男の後ろには、袖より針を覗かせた赤い花の少女。
その瞳は、先程と同じ人物とは思えないほどに冷たく――。
「終わったわ」
少女の声を合図に、暗がりから紫銀髪の少年が現れる。
「こちらも片づいた」
そしてさらに、栗毛の少年が一人。
「さすが『毒花のイージア』、怖ぇなぁ。そいつ、たぶん最後まで殺られたことに気付いてないぜ?」
「……ガルム、逃げ道は?」
「とーぜん確保済み。じゃ、こいつ運ぼうぜ。そっち持てよアズーラ」
三人は男を部屋に運び込むと、寝台に寝かせた。
少女は、もう何も語らなくなった男の顔をじっと見つめる。
「はは、この顔、ホント寝てるみてぇだな。これから“皇帝”と戦争するってのに、
呑気に舞踏会なんぞにうつつを抜かしてるからこういうことに――!?」
突然、軽口を叩く栗毛の少年の顔に緊張が走った。
その目線の先――窓の外に現れた影に三人はかしづき、部屋に迎え入れる。
影を纏う外套に刺繍された印は、“天使の羽に包まれた短剣”
――暗殺組織ジグラトの紋章――影は、組織の“監視者”だった。
監視者は寝台の男の顔を覗き込み、言った。
「確かに、バローナ騎士爵だ。この者は悪商による財にてウェルトリアの爵位を買い、国を堕落させた。
断罪の天使の名を持ってその罪を断ずる――祈りを」
手を合わせ、祈りをささげる三人。ほんの少しだけ、張り詰めた緊張が解けていく。
「……『最終試験』も残り二人……『聖戦』まであと僅かだ。
失敗は許されない。屍を晒すことは許されない。もしもの時は全てを――神の御元へ」
三人が頷くのを見届けると、監視者は夜闇の中へと消え去った。
『最終試験』――それは、アサシンが真のジグラトの聖戦士となるための儀式。
この試験に合格すれば、組織の精鋭として世界各地での単一任務を任されるようになり、
ジグラトの掲げる『栄誉ある聖戦』に参加することが許される。
合格の条件は、「ひと月の間に指定された7人を仕留める」こと。
「あと二人か……すげぇよな、聖典の通り『赤い瞳の救世主』が現れたんだぜ?
俺はぜってぇ聖戦に行く! この糞な世界を俺達がぶっ潰すんだ」
熱く語る栗毛の少年と、その傍らで寝台の男を見つめ続ける少女。
「――どうした?」
紫銀髪の少年が少女に話しかけるが、返事はない。
見ると、少女は震える程に両の手を握り締めていた。
「……大丈夫か?」
少年の問いかけにハッとした少女は、二人に背中を向けて懐から何かを取り出すと、
それをそっと握りしめ、背中越しに言った。
「大丈夫よ」
その手が握るものは――。
「……あとふたりね、私たちも、必ず聖戦に」
そう語る少女の目線は、吸い込まれるように、夜の闇へと向けられていた。
* * * *
数日後、三人は新たな『試験』の標的を目の前にしていた。
短剣を構え、寝室で眠る標的に近づく紫銀髪の少年――その動きが不意に止まった。
「……お迎え……かしら?」
標的の女が、目を瞑ったままそう言ったのだ。
気づかれた――廊下を見張る少女と栗毛の少年が驚いて振り向く。
「目を悪くてして、あなたの姿は見えないのだけれど……ずっと待っていたのよ?」
女はゆっくりと身を起こし、寝台から降りる。
「私は音楽家なの……よければ最後に弾かせてくれるかしら」
栗毛の少年が舌打ちをして短剣を抜くが、紫銀髪の少年がそれを制す。
意図を測りかね、紫銀髪を睨みつける栗色の少年。
女は慣れた様子で家具を伝い椅子に座ると、鍵盤を弾き始めた。
その曲を聴いた紫銀髪の少年の指がピクリと動く。
「私は、自分の道を追い求める為に、色々なものを捨ててきてしまったの……。
だから、いつかきっとこんな日がくると思ってた……やっと、罪をあがなうことができるのね」
演奏を止めた女は、全てを受け入れるという風に両手を広げた。
女の前に立つ紫銀髪の少年――しかし、なぜか少年の刃は宙に止まったままだった。
栗毛の少年が苛立ちを見せるが、やはり紫銀髪の少年は短剣を手にしたまま動こうとしない。
その様子をじっと見ていた少女が、おもむろに口を開いた。
「……早く……」
昏い部屋に響く小さな声。
「……駄目なら、私が……!」
「……あら、女の……子?」
栗毛の少年が慌てて少女の口を塞ぎ、急げと促す。それでも少年は逡巡しつづける――
が、突然何かを感じたのか、窓の外をちらりと見た少年は、静かに短剣を女の胸へと下した。
少年は、ゆっくり、祈る様な姿で崩れる女を、思いつめた表情で見つめていた。
女が床に倒れる音で我に返った少女は、「ごめんなさい」と、ひとこと残して部屋を出ていく。
「チッ、二人とも今日はどうしちまったんだよ。
冗談じゃねぇぞ……聖戦は近いんだ、しっかりしてくれよ」
文句を言う栗毛の少年をよそに、紫銀髪の少年は、もう一度窓の外へ睨むように目を向けた。
その視線の遠く先、夜闇に一際濃いふたつの影が揺れていた。
ひとつは監視者、そして、もう一つの赤い影は――。
「……少し脆いが、良い具合だな」
赤い影の言葉に、監視者が跪く。
「『大侵攻』が起こり、『教会』の目論み通り“アレ”も現れた。さて、残るあの子らは……」
小さく笑うと、赤い影は監視者と共に、闇に溶けて消えた。
* * * *
『最終試験』、最後の標的を前にして、三人は緊迫した表情を浮かべていた。
「まいったね……俺は、なんで最後の最後で……」
標的はすぐ目の前にいた。
みっともなく涙を流し立ちすくむ、ウェルトリア軍部有力貴族の男――
しかし、その両脇には屈強な衛兵が二人、三人に剣を向けて立ちはだかっていた。
全ていつものように、人知れず、何事もなく終わるはずだった。
しかし、標的の姿を目の当たりにした栗毛の少年が、急に表情を強張らせ、
その前へと飛び出してしまったのだ。
その結果は、苦痛で歪んだ栗毛の少年の顔と、
その腹部に滲むように広がる大きな赤色が雄弁に物語っていた。
赤く染まった剣を構える衛兵に守られた貴族の男は、栗毛の少年を見て酷く怯えていた。
「その髪の色……何故お前が……!」
栗毛の少年は短剣を落としつつも、傷口を押さえて立ち上がる。
「……なるほどね、お前らが変になった理由が……なんとなくわかっちまったよ」
物陰から投剣で衛兵を牽制する紫銀髪の少年。少女が声をかける。
「ガルム……!」
「わかってるさ……そうかよ、この試験で俺たちが殺して回ってたのは、てめぇらだったって訳だ……
さすがジグラト……感謝するぜ」
栗毛の少年が、ゆっくり標的の方へと近づいていく。
「……失敗は許されない……屍を晒すことは許されない……」
懐に手を入れ、何かを掴む栗毛の少年。
「ちがう…駄目よ……いいえ………でも……」
少女が呟き、物陰からふらりと出ようとする。
その表情は、とてもいびつに揺れていて――しかし、少女の肩を紫銀髪の少年が掴み制止する。
「うらやましいな……お前らは聖戦に行けるんだ。でもいっか……こいつを殺せるから――
全てを 神の御元へ……」
栗毛の少年は、歪んだ笑みを浮かべ、手に持った黒い筒を捻った。
スンと広がる火薬の臭いが漂い、凄まじい轟音と光が広がる。
数刻後、少女と紫銀髪の少年は、男の屋敷から立ち昇る黒煙を遠目に眺めていた。
「……イージア」
「大丈夫よアズーラ……彼は、神様の国に行ったの。私達は、また二人に戻っただけ……」
遠く揺れる炎が、少女の顔に浮かぶ昏い笑みを薄く照らし出す。
「――その通りだ」
ふいに、闇の底から響くような声がした。
振り向くと、二人の後ろに監視者が立っていた。
「試練は果たされた。お前達二人は真のジグラトの戦士として認められた。
じき、聖戦が始まる……次の指示を待て」
影はそれだけ告げると、闇に溶けていった。
* * * *
夜、仮屋で少女は月を眺めてた。あの日のように、あの時から変わらない月――。
「……いいか?」
部屋に現れた紫銀髪の少年が、そっと少女の側に座る。
「最終試験の標的……あれは……」
青白い光と、少しの静寂――。
「えぇ……あの人達は、私達の血縁者だったのね……中にはきっと私の両親も……」
「あぁ……ジグラトは、各地の有力者の子を買い、攫い、育てていたんだな……
そしてそいつらに子供らが手ずから“裁き”を下す事で、子供たちは世界との繋がりを断つ……
あれはそういう儀式だったんだ」
「……そうね。でも、私はそれを確信しても、何も思う事ができないの……あなたはどう?」
「……同じだ。思い知った……やはりオレ達はそういう風に作られたんだってな。
皆、ガルムのように心から組織を信じてる……ただ……」
少年もまた、月を見上げた。
「違和感があるんだ……どうしても消えない……
きっと、あいつの言葉を聞いてから――63号の……」
少女の体が、気づかぬ程にびくんと跳ねた。
63号――訓練生時代、二人と同じ班にいた少年――
ジグラトの狂気から逃げ出そうとし、二人が、命を奪った少年――。
「……オレは任務が終わる度にあいつの言葉を思い出す」
《――なぁ、二人とも、このまま……壁の外まで行ってみないか?》
「…オマエもそうじゃないのか?」
《――行っちゃダメ! 行ったら……殺さなきゃいけなくなる……》
「あの時からオマエは変わった……
けれどオレには、オマエがオマエじゃないものに壊れていってるように見える……
きっとオレ達はあの日から……」
月に顔を向けたまま、黙って少年の話を聞く少女。しかし、その目に何も映っておらず――
「ずっと、考えてた……今回の任務で決心がついた」
空気が強張る――少年は立ち上がり、少女を見つめて言った。
「今度の戦乱にまぎれて――逃げよう」
「……逃げ……る」
目を見開き、一点を凝視する少女。
「私が……ジグラトから……」
《――なんでお前は人を殺していつも普通に笑っていられるんだ?
オレは気付いたんだよ。それは――》
鈍重な沈黙がゆっくりと流れ、少女は懐から取り出した何かを握り、見つめる。
そして目を閉じ、もう一度、月を見上げて答えた。
「ええ……わかったわ」
* * * *
遂にその日が来た。
『大侵攻』――東方より赤眼の皇帝の軍勢が、西方へと進軍を開始したのだ。
西方カルヴァーニュ地方随一の勇を誇るウェルトリア軍は、全軍を上げ果敢に応戦するも、
後方より皇帝に与するジグラトの攪乱に合い、都へと押し込まれていった。
激しい市街戦の中、ジグラトの指示に従い『聖戦』に従事する二人。
次第に戦況は、ウェルトリア軍、皇帝軍、ジグラトが入り乱れる混戦となっていた。
民家の屋上で、都から脱出する機会を窺っていた少年が少女に告げた。
「……頃合いだ、行こう」
少女の方を振り向く少年――その目に、突如巨大なハサミが突き出される。
少女がハサミを蹴り上げ、間髪少年は身を屈めてそれを避ける。瞬時に距離をとる二人。
そこにいたのは、巨大なハサミをもった赤い殺戮者――
ジグラトに背いたアサシンを狩るアサシン――『処刑人』だった。
並び立つ無数の鋏刃――いつの間にか、二人は幾人もの処刑人に囲まれていた。
その中心にゆらりと赤い影が浮かぶ。
「二人とも、久しぶりですね。元気でしたか?」
「…先…生?」
驚く二人に向けられた笑顔――
その人物は、訓練生だった二人に暗殺の術を教え、「名」を与えた『先生』だった。
「二人とも良い成長を遂げているようですね。二人に話があるのですが……その前に――
おい、主人の命令を待てない猟犬になんの価値があると思うんだ?」
冷たく言い放ち、『先生』が赤い半月刀を投げる。
それは美しい弧を描き、当たり前のように、二人を襲った処刑人の首を落とした。
固唾を飲む二人。
「アズーラ、イージア、あなた達は特別な存在です。
ジグラトにとっても……私にとっても……だから、一緒に帰りましょう」
先生の合図と共に、一斉に二人に殺到する処刑人。
凶大なハサミが交互に二人に襲い掛かる。
必死に避けるものの、次第に身を削られ、二人は徐々に屋上の縁へと追いつめられていく。
その時、激しい衝撃が地面を突き上げた。
同時に、けたたましい悲鳴を上げた群衆の波が眼下の街道に押し寄せる。
「北東より巨大な化け物が……皇帝軍ごと都を飲みこみつつ近づいて来ます!」
緊迫した監視者の報告に、『先生』は「…もう来たか」と笑い、処刑人達に告げた。
「時間がなくなった。どちらか一人で構わん。バラバラにならん程度に黙らせろ――
どうせ、死にはしない」
事態の急変と先生の言葉に身構える二人。
「こっちに来い!」
叫ぶ少年に、決意の表情を浮かべた少女が背中を合わせる。
再び二人に迫りくる処刑人の刃、刃、刃――そして、衝撃。
背中からふいの衝撃を受けた少年は、少女の側から弾き飛ばされ、床に倒れていた。
顔を上げた少年の目に飛び込んできたもの――
それは、わざと処刑人の刃を一身に受け、無数の鋏刃に刺し貫かれて膝をつく少女。
少女は、弱々しく首を少年に向けた。
「アズー…ラ……無事……?」
追い打ちをかけようとする処刑人たちを『先生』が手を掲げ制する。
「待て……はは、あの成熟度で、なんとデタラメな……もう少し見てみたい」
「……イージア、なんでだ……」
這いつくばったまま戸惑う少年に、少女はゆっくりと立ち上がり、
まるで二人の他には誰もいないかのように語りかける。
「……ごめんね。私は……あなたと違うのよ……」
少年を見つめつつも、何か別の物を見ているような少女の目――。
「私は、ただ怖くて……どうしたらいいのか……どうしているべきなのか迷っていただけ……
自分の心がね、見つからないのよ。だから、どこへ逃げても……きっと私は……」
《――なんでお前は人を殺していつも普通に笑っていられるんだ?
オレは気付いたんだよ。それは――》
「63号が言ってた通りなの……」
《――それは、すごくおかしことなんだぜ》
「私は――はじめから壊れちゃってるのよ」
泣きそうな笑顔で語る少女――。
声を出せずにいる少年――。
少女は懐から取り出したものを、愛おしそうに眺めた。
「私も……63号やあなたみたいに、“可哀そう”って思えたら良かったのにね……」
それは、かつて少年が命を奪う悲しみを癒すために少女に渡した――木彫りの猫だった。
「63号や72号が死んで……こんな私が逃げて生き残ったらおかしいでしょ?
それに……今度こそちゃんと逃がしてあげたいの」
「オマエは初めから……なんでそんなに自分を縛って……」
少女は木彫りの猫を抱きしめながら、もう片方の手に持った黒い筒を咥えて捻った。
「……ダメだ………ダメだ!!!」
手を伸ばし少年が叫ぶ。
――さよなら、ごめんね。
爆発――吹き飛ぶ処刑人達――
爆風に煽られ、階下を流れる群衆の波へと投げ出される少年――。
数刻後――未だ収まらぬ喧噪の中、
地面には、積み重なる瓦礫と亡骸を押しのけ、大きな爆発の跡が空虚な口を空けていた。
その中心に横たわる傷だらけの少女――
その胸は、わずかに上下しており、そして、瓦礫の上には少女を見下ろす『先生』の姿――。
「……もう再生するか。すごいな……さて、もうすぐ“アレ”が来る。
多少劣化してもかまわん。記憶の処理をしておけ」
そう監視者達に命じ、『先生』は、「これで、あの死獣が……」とひとり笑みをこぼした。
凄惨な地上の事など知らぬかの様に、空には満天の星が巡り、運命もまた廻り始める。
その中で月だけが、焼け焦げた木彫りの猫を握り締め、涙を浮かべて横たわる少女を、優しく照らしていた。
最終更新:2017年02月24日 13:56