「一緒にいたいから」/ねぎぼう
「生徒会長ぉ~!」
大貝第一中学生徒会長・相田マナの元に助けを求めてやって来たのは
地元小学校での公演を控えた奇術部員達。
「ウチの部長と副部長が揃って補習と追試受けなきゃいけなくなっちゃって、
このままでは大脱出のマジックができないんです~」
「だからといって補習免除してくれというのは流石に無理だよ?」
「じゃあ、どうすれば……」
「ここは、あたしが何とかするしかないかなあ……」
いつものように助っ人を引き受けるという流れ。
それに待ったをかけたのが生徒会書記にして、
実は会長の右腕でもある菱川六花。
「マナ! またそんなこと引き受けて!? 貴方達も貴方達よ。
いつまでも生徒会長に頼っていないで自分達で何とかしなさいよ」
「菱川さん…… そんなこといわれても、このままじゃあ、
子供達が楽しみにしている大ネタを見せてあげられないです~」
困りきっている奇術部員をマナはやはりむげにできない。
「う~ん、わかった。あたしが行くから!」
「マナ~」
「ありがとうございます!早速大脱出の練習お願いします」
やっぱり……という表情の六花に、マナが両手を合わせる。
「書類はあとでまとめて決裁するから、整理お願い!」
「マナったら……わかったわ。あとで見に来てね」
「六花さま~愛してる!」
こんな時のいつもの台詞。
真琴へのちくちくするような嫉妬を越えた。
同じ心を持つ者としてレジーナにぶつけ合った。
そんな六花にとって、この言葉は改めてきゅんとする。
「では、生徒会長。お願いします」
奇術部員たちに背中を押されるように生徒会室を後にするマナを、
六花はただただ見送るしかなかった。
「ほんと、しょうがない生徒会長さんだこと」
ため息をつきながら、決裁をしやすくするため書類を
一つ一つ仕分けていく。
今日の議事録をまとめながら、マナが戻るのを待つ。
「マナ……大丈夫かなあ」
つい最近知ってしまった、マナの秘密。
まだ確信は持てないけれど。
*
「ゴメン六花! ちょっと遅くなっちゃって」
「もう下校時間ね。ねえ、マナ。今日は私の家で一緒に勉強しない?
で、残りの決裁もしてしまいましょう」
母の亮子が宿直の時は、昔から六花がマナの家にお泊まりして勉強するのが
恒例であったが、この頃は六花の家にマナがお泊まりすることもあった。
いずれは後輩に譲ることになる生徒会の仕事をよりよく引き継ぐためにも、
六花が蓄積してくれた資料を一緒に整理する必要もあったのだった。
「何だったらウチで一緒にご飯食べてく?」
「ゴメン、昨日ママが作ってくれたご飯がまだあるの」
申し訳なさそうな、嬉しそうな、そんな表情を浮かべる。
母のご飯はやっぱり特別。
「そっか……じゃあ、パパに桃まん作ってもらって持っていくね」
「ありがと、マナ」
*
「ニャーッ」
勉強の合間の六花が百人一首の本を読んでいたときに、
いつもの合図。
マナが桃まんを持ってやってきた。
もちろん、今夜は勉強するためであり、明日そのまま学校に行けるよう、
カバンも持参。
「普通に入ったらいいでしょ?」
「へへへ」
そのまま六花の部屋に向かう。
「まずは決裁だね」
ハンコを持って帰るわけにはいかないので、
マナから見ても再提出が必要なもののみ付箋を貼る。
生徒会長になった当初からすると、
再提出が必要なケースは随分少なくなった。
とりあえず、六花が事例として書き留めておく。
あとは色々な資料に目を通し、注意点を纏める。
生徒会の仕事が一段落ついて、息抜きにお茶と桃まんをいただく。
六花がお茶を淹れる間にマナは奇術部から預かった手錠を玩んでいる。
「大脱出」のときに演者を縛め、危機一髪感を演出するためのもの。
一歩扱いを間違えると事故にも繋がることもあり、大脱出の演者は
エースである部長が務めるのだ。
しかし、今回出られるのは慣れていない部員ばかり。
説明図とかがあればと思ったのだった。
「こうやったら、あっさり外れちゃうの。面白いでしょ?」
「へぇー、そうなの。こういう仕組みなのね」
「じゃあ、解るように説明図描いてくれる?」
感覚とセンスで捉えるマナとロジックで理解する。
でも、それを認め合っている二人でもある。
「そろそろ勉強もはじめようか」
「うん」
*
「この電気回路の抵抗はね……」
「なるほど、そういうことなんだ」
直観的なセンスだけではとらえにくい分野をマナは少し苦手とするが、
それだけに六花が頼もしく映る。
「今日はこの辺にしてもう寝よっか」
「うん」
マナは肩を回しながらちょっと顔をしかめる。
「マナ、大丈夫?」
「な、何でもないよ!?」
「本当? 今夜は暖かくして寝ないとね」
二人は並べた布団の中に入る。
六花と二人でいるときのマナはやたら寝つきがいい。
今夜も気が付いたら、マナは寝息をたてていた。
いつしか六花は眠っているマナはせめて自分が守っていて
あげたいという感情を覚えるようになっていた。
今夜は少し寒く、六花でも布団の中で更に毛布にくるまっていたいと
感じていた。
それなのにマナときたら……
(こんなに布団を捲って、風邪ひいちゃうじゃない!)
マナは昔からいつも豪快に布団をまくりあげて眠る癖がある。
その度に六花は布団をかけなおしていたが、
結局朝には見るからに寒そうな格好になっている。
(今日も、奇術部の助っ人のときに痛まなかったかしら?)
六花は引き出しから青縁の眼鏡を取り出した。
マジカルラブリーパッドを求めて絶海の孤島に飛んだ時に、飛行機不時着の
ショックで無くしたかと思われた「命より大切な」眼鏡。
島を離れる際にメランから思いがけず返されたものであった。
その時に言われたのが、
「この眼鏡は重いぞ。お前が医者になろうとするならな」
問い返そうとしたときには、メランの姿はなかった。
医者になる目標をなぜ知っているかと言うのも不思議であった。
その眼鏡をかけて、あらためてマナを見る。
右肩に噛撃によるまがまがしい傷痕が映っていた。
最近この眼鏡をかけてふとマナを見たときに知ってしまった秘密。
(これって、マシューに噛みつかれたときの傷?)
その傷痕は更にはっきりとしていた。
いつものように、マナが布団を捲り上げる動きをする。
寝顔も一瞬、心なしか苦しいように見えた。
かなり痛みを伴っていたのであろう。
でも、マナは自分から痛いなんて絶対言わないし、外では素振りすら見せない。
おそらく、今では傍から見える以上の痛みに耐えているに違いない。
ふと、マナが玩んでいた手錠のことが頭に浮かんだ。
(いっそあの手錠をかけてしまおう。そうすれば、マナは痛い思いを
しなくて済むかも知れない)
「ごめんね、マナ」
鞄の中を探ってみると、金属の感触。
ぴかりと銀色に光る一対の輪を取り出した。
「今夜は我慢してね」
マナの両手を体の後ろに回すとその手首に手錠をかけていく。
ガチャッ、ガチャリ……
後ろ手に拘束されたマナ。
それでも目を醒ます様子はない。
「それにしてもマナ、警戒心無さすぎじゃない?」
すーすーすー……
寝息の安らかさで罪の意識をまぎらわせる。
(これで布団をかけてあげれば大丈夫ね。目が覚める頃には
ちゃんとはずしてあげるから)
六花は改めてみるマナの姿にドキリとする。
後ろ手に拘束され胸を張るような姿勢が二つの膨らみを強調していた。
六花は頭を振る。
「いけない、いけない」
あらためて布団をしっかりかける。
(私はあんなにいつもマナのそばにいたのに、ごめんね……)
六花は、何もできなかった、何も気付けなかった自分が悔しくて
仕方がなかった。
ましてや、いけない感情まで憶えてしまう自分にも。
「う……うん」
ガチャ、ガチャッ……
「六花? これ、どうしたの」
「ずっと肩を痛そうにしてたから、腕を動かさないようにしたら
痛まないと思ったの……」
マナははっとしたが、すぐに諦めたような、安堵したような表情に変わる。
「あたしのあの傷のこと、わかってたんだ……やっぱり六花には隠せないなあ」
六花の心はちくりとする。
私も本当は気付けなかったのに……あの力が無ければずっと。
「マナ、ごめん。やっぱりすぐはずすわ」
六花は手錠を外そうとしたが、予想に反して外れない。
(さっきは簡単に外れたし、構造も解ったはずなのに)
焦れば焦るほど外れない。
「マナぁ……」
取り乱し、泣き出しそうになる六花。
「心配しなくていいよ、六花。これすぐ外れるから……」
そう言うと手錠をあっさり外してしまった。
「さすが……」
「あたしを誰だって思ってるの? 大貝中学生徒会長……」
「そこ、あんまし関係ないから」
いつもの六花に、少しほっとする。
「マナは……一人で痛みに耐えていたの?」
「うん、そうしようと思ってた。あくまであたしのわがまま。
亜久里ちゃんには王冠の力で隠せなくなってたけど、
皆には内緒にしてってお願いしたの。これも……わがままかな」
「そんなわがまま、ないわよ……」
「でも、六花にもとうとうわかっちゃった……」
「本当はね、この眼鏡の力なの」
孤島で無くしたと言っていた、青縁の眼鏡。
「これでマナを見ると、右肩にあのマシューの牙の痕が見えるの」
「そう。これはマロが生きてた証。
二度も……あたしの目の前で命を落としたんだよ。
だから、あたしのこの肩にずうっといて欲しい。そうお願いしたんだ」
メランの言葉の意味が少しわかったように思えた。
この眼鏡は人の痛みが、心の痛みが見えるもの。
でも、この世には治せない痛みもある。
医者としてそれに対峙する覚悟がお前にあるか?
やはり、この眼鏡は重い。
「今夜は……私に償わせて。マナに何もできなかった、
そしてマナを苦しめてしまった私に」
そういって手錠に視線を合わせた。
これからも一緒にいたいから……自分なりのけじめ。
マナが罰するというなら……私は何をされてもかまわない。
「やだ」
マナは悪戯っぽく笑った。
「だって、六花にこんなのかけちゃったら、こうしてもらえないもん」
マナは六花をぎゅっとした。
王子さまの温もりをツバメは体一杯に受ける。
「マナ……」
「六花はあたしの最高の相棒で……奥さんだから。
奥さん孝行しないと罰があたっちゃうもんね」
「やだっ、マナったら……」
マナの思わぬ台詞に六花は真っ赤になった。
(ラケル、しゃべっちゃったのかしら?今度お仕置き……
ううん、今度何でも好きなものつくってあげようかな)
「明日、説明図書き直すね。焦って使えないんじゃしょうがないから」
「よろしくお頼みします」
「肩は楽にしてて。今夜はずうっと幸せの王子のこと
温めて差し上げます」
「うん、ありがとう。おやすみ、あたしの大切なツバメさん」
そうして、マナは六花の胸で再び寝息を立てる。
六花は外した眼鏡をそっと枕元に置いた。
(今はこの眼鏡は重い。でも、もっと強くなって、眼鏡の重みに
負けない医者になるから。見ていて、メラン)
六花は二人してしっかり毛布にくるまり、自分の体温が
少しでもマナの元に伝わるようにしながら、マナを抱きしめた。
「マナ、私も……愛してる」
*
翌朝
「ふわぁ~あ、おはよう」
「おはよう。マナ」
マナが目覚めると、焼けたトーストとエプロン姿の六花。
「よく眠れた、ようね。今朝は痛まない?」
「うん、おかげさまで昨日はぬくぬくでした。でもおでこはひんやり気持ちよくて、
ほっぺはふんわり柔らかくて、もうキュンキュンだよ~」
「もう、マナ! 何したの?」
「あっ、新しい説明図だね。うん、バッチリだよ!」
サムズアップで応えるマナ。
「これで皆安心してマジックが出来るよ」
「きっと、公演うまくいくわよね」
「モチのロン!」
*
翌年の夏。
マナと六花は例年のように一緒に夏の流星群を観る約束をしていたが、
生憎この日は昼間からどんよりとした天気。
「はあ、今年は無理かな」
「また来年を楽しみにしましょ?」
ところが、夜になると嘘みたいに晴れた。
「ニャーッ」
桃まんを持ったマナが現れた。
「すごい星空だよ。行こう!」
六花は家を抜け出て、特に星がきれいに見えるいつもの丘にマナと向かった。
星空の下でマナと六花は寝そべる。
「昼間あんなに曇っていたのに?」
「何かのマジックみたい……マナ、何かした?」
「いくらあたしでも、それはムリ!」
「一緒に見たかったのかしら?」
六花はあの眼鏡をかけた。すると、マナの右肩の傷跡はマロに姿を変えると
天上を駆け廻るのだった。
(マロ。マナと一緒に流星群を見られてよかったね)
「あ、きたよ」
無数の流星が降り始めた。
「さ、お願いしなきゃ!」
(ずっと一緒にいられますように)
マナの願い。
六花の願い。
そしてマロの願い。
三つの願いはずっとそばに。
最終更新:2015年02月13日 01:34