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【ジャスト ア リトル】/れいん




 海岸で、彼女を見かけたとき、とてもかわいい子だと思った。
 楽しそうに、風きって走る姿は、さながら、夢に向かって突き進むよう。
 横を走っているのはペットの犬だろうか?
 小鳥までもが傍に寄ってきて飛んでいる。
 きっと、朗らかな性格なのだろう。
 友達も、たくさんいるのだろう。
 もしも、自分があんな風だったなら……。
 少し、憧れてしまう。
 みなみは、たった今拾ったばかりの、不思議な形のそれをギュッと握りしめ、小さくなっていく彼女の後姿を、ずっと見つめていた。


【ジャスト ア リトル】


「うらない?」
「そうですわ、みなみ様。最近Cタウンのショッピングモールで、当学園の生徒も複数名通い詰めていると言う噂です」
 生徒会室の中、みなみはゆっくりと書類から顔を上げる。
 報告をしに来た生徒と目が合うと、彼女は困ったように視線を逸らせた。
(……また)
 みなみはため息をついて、目を伏せ、
「分かりました。では確認しておきます」
 そう言うと、女子生徒は深々と頭を下げて部屋を後にした。
 立ち上がって窓の傍に寄ると、外には生徒たちが楽しげに語らっている様子が見える。
 ――――自分には、届かない場所。
 学友と他愛もない話をして、笑い合うなど、みなみには経験のない事だった。
 特に他者に嫌われていないことは理解している。
 先ほどの彼女だって、自分の事を慕ってくれているのは分かる。
 けれど、対等ではないのだ。
 常に壁がある。
 自分は部屋の中に居て、窓から他の人たちをぼんやりと眺めているのだ。
 本当は、ここから外へ踏み出して、大切な誰かを得たいと思っているのに……。


 Cタウン、そこはノーブル学園から左程遠くない比較的大きな町だ。
 電車を乗り継いで1時間弱。
 春休みのせいか、車内は自分と同じ年頃の少女たちであふれている。
 皆、みなみの目的地でもある、大きなショッピングモールへショッピングにでも行くのだろう。
 雑誌を開いて語り合ったり、隣り合わせに座ってお菓子を分け合ったり。
 羨ましい光景だ。
 出自のせいで、昔から一目置かれていた。
 その視線に恥じないよう、行動をしてきたと言う自負はある。
 けれど、その行動のため、他人と深く関われなく過ごしてきたのも事実だ。

 電車が止まりプシューッと扉が開いた。
 一歩踏み出して、伝え聞いた場所へと向かう。
 何故だか少しだけ心臓がドキドキした。
 初めての町だからか、初めての占いだからか、少し浮かれているのだろうか?
 みなみはコホンと咳払いをして、歩みを速めた。
(気を引き締めなくちゃ……)
 占い師は3人で、うち2人は美丈夫だと聞く。
 もし、学園の生徒たちが占いではなく、そちらに興味を持ち通い詰めているなどと言う事にでもなれば、それは由由しい事態なのだ。
 警戒の気持ちを強めながら占いの店舗へと向かう。
 けれど、到着したその場所は、拍子抜けするほどシンプルで事務所のような佇まいだ。
 完全予約制のためか行列などは無く、「本当にこの場所?」と、扉を開くのにも勇気がいる。

 どうしようかと躊躇っていると、内側から勝手に扉が開かれた。
「……ご予約の方?」
 そう言ったのは、女性。
 小柄で、派手ではないけれど美しい容姿だ。年齢は同じくらいにも見えるし、少し年上のような感じもする。
「あ、はい……」
 答えると、
「こちらへどうぞ……」
 彼女は親し気に微笑んで、みなみを室内に招き入れた。

 柔らかい簡素な布張りのソファに座り、辺りを見渡す。
 想像していたよりも室内は明るく、まるでリビングルームのような気安さだ。
 占いらしいと言えば、コーヒーテーブルに何気なく置かれている水晶玉くらい。
「どうかしたの?」
 そう問われて、みなみは答えに困った。
「占いをやる場所に見えない?」
 図星をつかれ、苦笑いを浮かべる。
「良く言われるわ。以前は森の中の洋館で、それらしく暗い部屋で占っていたのだけど……」
 占い師は向かい側に座ると、入れたての紅茶をみなみに勧めた。
 受け取ったそれは柔らかく蒸気を上げて、香りも爽やかだ。
「それこそ黒いローブとか着てね」
 彼女は可笑しそうに笑いながら話す。
 そう、彼女の出で立ちも、本当に普段着のようにラフな格好で、学友と向かい合わせて座っている感覚。
「……どうして、そうしないんですか?」
 占いなのだから、そう言う形をとっても良いと思うのだけれど。みなみは首を傾げた。
「占いって……神秘的な物でもないのよ。ただ可能性を見つけて、後は本人次第なのだから、万能ってわけでもないし」
 説明に、ますます首を傾げる。
 そんなの、「当たるか当たらないか、わかりません。本人の心の持ち様次第です」って曖昧さを売りにしているみたいだ。
「どうする、それでも占う?」
 彼女は悪びれもせず、みなみに問いかけた。
(どうするもなにも……)
 どんな場所なのかを確認するために来たのに。
 やはり、占い師の容姿目当ての客が多いのだろうか?
 けれど彼女は、お客に媚びる様子もない。
「……お願いします」
 みなみは答え、けれど何を占ってもらえばいいのか考えあぐねる。
「あなたは……もう少し素直に言いたいことを言ってみても良いと思うわ」
「……え?」
 心の中をのぞかれたようで、少しギクリとして占い師の方を見た。
「そう言う事、聞きに来たんじゃないの?」
 小豆色の瞳が、陽の光を反射して赤く輝く。
 全てを見透かされているような、そんな心持になった。
「……私は」
 口を開きかけて、けれど喋るのを止めた。

 “心を許せる人が……ほしい”

 そんなことを口に出してしまうのは、やはり恥ずかしくて、情けなくて……。

「貴女、少しだけ昔の私に似ているの」
 占い師は、みなみの気持ちを知っているのか、そうではないのか、柔らかい声で続ける。
「殻に閉じこもって、外の世界にあこがれを抱いているのに、なかなか一歩を踏み出せないでいた」
 図星をつかれたら、普通はもっと腹が立つのではないかと思う。
 けれど、何故かそうはならなかった。みなみは彼女に言われた通り、思ったことを素直に口に出してみる。
「それで、貴女はどうしたんですか?」
 その問いに、占い師の眼差しは、どこか懐かしい物を見ているように輝いた。
「殻を……壊してくれる人に出会ったの。手を差し出して、私を迷宮から引っ張りだしてくれた人に」
「私……にも、そんな出会いが訪れるかしら……」
 うっかりそう言って、みなみは慌てて口を噤んだ。
 これが占いというモノなのだろうか? 
 先ほどから、ポロポロと普段は口に出さないことを言わされているような気がする。
「もうすぐ、出会うわ。ううん、きっともう出会っている」
 占い師はそう言って、真っ直ぐにみなみを見つめた。
「もう……出会っている?」
「ええ。そのうち、彼女の方から壁を壊して貴女に近づいてくるわ」
 占い師の言葉を、みなみはうのみにすることはできなかった。
 そんな人間、今までいなかったから……。
「信じなくても良いの。私、占い、実は本業じゃないし」
 彼女はけろりとした顏でそう言う。
「は?」
「駆け出しのダンサーなのよ。そちらでは全然儲からないから、昔取った杵柄で占いをしているの」
 昔は、本業だったと言う事だろうか?
 みなみが一人困惑していると、
「でも、もしも……、貴女がそう言う人と出会ったら、恐れずにその人の手を取って」
「……」
「素直な気持ちを、少しだけでも見せることができればきっと、その人は貴女の大切な人になるわ」
 みなみは彼女の顔を見た。

(……この人は)
 魔法使いかもしれない。
 ちょっと馬鹿げた発想だけれど、そう思う。
 何故、占い師っぽくない彼女の元に客が集うのか、みなみは少しだけ分かった気がした。
 きっと彼女は一つもウソをついていないのだ。
 素直に思ったことを言っている。
 駆け出しのダンサーだと言うのも本当の事なのだろう。
 きっと、昔、殻に閉じこもっていた場所から、誰かに救い上げられた事も――――。
 ウソを言っていないから、彼女の言葉の可能性を信じられる気がした。
 ほんの少しなのだけれど、背中を押してもらえた気持ちになったのだ。
 だから、他の人もそうなのだろう。
 彼女に一握りの勇気を貰いにここに訪れるのだ。
「……私、そう言う人に出会ったら、ちょっと勇気を出せそうなきがします」
「そう? 良かった」
 みなみの言葉に、占い師は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございました……」
 そう言って席を立つ。
「じゃあ、また……」と言いそうになって、みなみは自分が可笑しくて吹き出しそうになった。
 だって、別に友達と言う訳じゃないし、おそらくもうここには訪れないだろう。
「また……ね」
 占い師がそう言って、みなみは驚いて彼女の顔を見る。
「何故かしら、貴女にはまた、何処かで会えそうな気がするわ」
 そう言って優しげな微笑を浮かべ、彼女はみなみを見送った。



「とっても、とーっても、嬉しかったんですっ」
 こんな私にバレエを教えてくれて……なんて。
 緊張して声が上ずっているのに、目の前の少女は自分に歩み寄って来てくれている。
(こんな私……それは、私の方なのに)
 みなみは器用に包帯を巻き終え、用具を救急箱に片付けた。
 トクトクと心臓が騒いで落ち着かない。でも、口に出して言おうと心に決めていた。
 だって、自分からも勇気をだしたら、手に入るかもしれない。

 ――――ずっと欲しかった大切な人が。

 そして、それは目の前のはるかが良いのだ。
 緊張して、顔がこわばる。
 そんな表情は見せられなくて、みなみはクルリとはるかに背を向けた。
 緊張を解すように、フッと息を吐き、慎重に言葉を紡ぐ。

「私も……貴女がバレエを教えてほしいって頼みに来たとき、少し、嬉しかったのよ」

 そういう子、今までいなかったから……。
 無事に言い終えて、ホッとして振り返る。
 そうしてみなみは理解した。
 占い師に背を押され、自分は勇気を出しきれたこと。
 そして、今まで出ることのできなかった壁を、取り払うことができたということ。

 ――――だってほら、はるかの顔が、嬉しそうにほころんだ。
最終更新:2015年02月17日 00:58