『直穿きイース』/Mitchell&Carroll
「そこに直りなさい、あなたたち」
落ち着きながらも怒気を孕んだ声が、軽率な行いを許さない空気をつくり出す。だがしかし、ある者はそっぽを向き、ある者は後ろ手を組みながら足をぶらぶらさせ、ある者は手に持ったぬいぐるみを凝視している。お構いなしに説教は続く。
「季節には相応の服装というものがあるわ」
今日は気温35度を越える猛暑日。その炎天下に晒された者達。
「風紀を乱すような服装は、許されないわ!」
その言葉に、さっきまでそっぽを向いていた銀髪の少女はキッと紅い目を向ける。言葉の主・かれんは、堪らず「何よ、その目は!」と、銀髪紅目の少女の頬に強烈な平手打ちを喰らわせた。「かれんさん!」と、横にいた指導役補佐のいつきが必死に取り押さえ、引き剥がす。ジイジイと蝉が鳴く中、ジワジワとした痛みが少女の左頬を襲う。ただでさえ暑い中、熱を持ったその頬の“思わぬ痛み”が、余計に鬱陶しい。かれんは更に畳み掛ける。
「その暑苦しい襟飾り……それにその胸元と太ももの露出――ふしだらだわ!」
かれんはいつきの制止を振り切り、再び少女に襲い掛かる。
「生徒会長の名に懸けてあなたを修正するわ、イース!!」
そう言ってイースの黒いホットパンツをぐいぐいと引き下げようとする。イースも必死に抵抗したが、威信を懸けた生徒会長の力は凄まじく、パンツは太ももの辺りまで下げられてしまった。パンツの中から溢れ出た蒸気が目に直撃したかれんは、思わず「ウッ」と声を上げる。おまけに少女特有の甘酸っぱい、そしていささかの恥じらいを持った匂いも、かれんの嗅覚を刺激する。恐る恐る傍観していたいつきが、イースの衣装の素材を確認する。
「これは……ラバー?」
空気の通り道など微塵も無い素材だった。かれんは、「あなた、こんなものを身に着けて……」とイースの顔を見上げて、ハッとした。イースの両の瞳に、うっすらと涙のようなものが見えたからだ。
「……い、行ってよし!」
かれんはそう促した。イースは「フン!」と強がりながら、速やかに両目の涙を拭って、何処かへ去って行った。
「さあ、次はあなた達の番よ、レジーナ、ビブリー!観念しなさい!」
かれんの視線は二人のゴスロリ衣装に突き刺さる。だがレジーナは、
「ねぇ~、さっさと終わらせてくれる?このあとマナとデ・エ・ト!なんだから!」
と駄々をこねる。かれんの怒りが上昇する。
「不純異性交遊よ!!」
熱気で歪む空気の中、砂埃を上げてかれんがレジーナに襲い掛かる。その手はレジーナの頭の上の、真っ赤なリボンに伸びた。
「ちょっと、勝手に触んないでよ!――ねえ、そこの!このリボン、可愛いと思うでしょ?」
そう言ってレジーナは、いつきの頭に自分の赤いリボンを付けてやった。「ほ~ら、可愛い!あたしほどじゃないけど!」と褒められ、いつきもまんざらではない様子だ。ビブリーも「悪くないんじゃないの」と決して嫌な顔はしていない。劣勢にまわったかれんは「キーッ」と悔しがりながら、レジーナのスカートを掴んでバサバサさせるほかなかった。
「かれんさんも、似合うと思いますよ?ほら」
うっかり、いつきはかれんの頭にその赤いリボンをつけてしまった。見てはいけないものを見てしまったようなビブリーの顔。生まれて初めて異人を目にするかのようなレジーナの表情。圧倒的後悔をほのめかすいつきのしかめっ面。唸り声を上げながら、唸りを上げるかれんの右手が今度はいつきの頬を襲う。ひときわ乾いた音に蝉も一旦鳴くのを止めるほどだった。レジーナは「ひどーい!」とかれんを批判し、すかさずいつきを慰める。ビブリーもまた、ぬいぐるみのイルをいつきに貸してやり、いつきはそれを抱きしめて必死に心を回復させている。レジーナに「冷やした方がいいわよ?水道のある所、行きましょ」と促されて、いつきはかれんのもとを去って行った。ビブリーもまた、くるっと振り返ってあかんべーをしながら去って行った。かれんの頭上の赤いリボンに蜻蛉が停まりかけたが、少しためらった後、別の休憩場所を求めて去って行った。
しばらくして、「かれん、指導は終わった?」と、こまちが訪れた。だが、かれんの、頭に赤いリボンを付けたその姿に、思わず手に持っていた水羊羹をボトリと落とした。こまちが再びかれんに声を掛けたのは、その水羊羹を蟻たちが、すっかり持ち去った後だったという――。
おしまい
最終更新:2017年08月11日 08:29