きらら星またたく/makairay
パリ7区のシャン・ド・マルス公園に店を構えたキラキラパティスリー。
そのドアがバタンと開く。次には、カツカツカツ、とヒールの高い音が響いた。
「あの、今日の営業はもう…」
「Des bonbons ou un sort」
「え?」
その少女が言ったフランス語を宇佐美いちかたちは理解できなかった。
なにせ世界パティシエコンテストへの参加は急に決まったもので、フランス語を勉強する時間などほとんどなかった。“Bonjour”と“Merci”、あとは自分たちが提供するスイーツの名前くらいがせいぜいである。
「Des bonbons ou un sort!」
「Pardon...」
有栖川ひまりがやっと思い出した言葉で、もう一度、と言う。年は彼女たちと同じくらいだろうが、姿勢もスタイルもよいその少女は、その外見に似つかわしくもなく、小さく舌打ちをしたように聞こえた。
「ったく。
じゃ、Trick or Treat!」
「あ、それはわかる」
立神あおいが言った。だが、別にハロウィンのフェアはやっていない。顔を見合わせているばかりだが、琴爪ゆかりが、あ、と口を開いた。何か思い出したらしい。
「シエルは? いるんでしょ?」
「シエルのお友達かな」
「パリに来て、このあたしをおもてなししないで済むと思ってるの? 大人しく出さないと、いたずらしちゃうわよ?!」
悪い人には見えないのだが、言っていることが物騒である。なんとかして帰ったもらった方がいいだろうか、と思っていると、キッチンからキラ星シエルが顔を出した。
「いた!」
「あ…」
ふたりは、お互いを認めると笑顔になった。
「シエル!」
「きらら!」
「きらら、って…あっ!」
いちかたちもそれが誰であるかを思い出した。五人一斉に指をさす。
少女は、からかうように笑った。
「ごきげんよう」
「そうか。
シエルが MON TRESOR にいたころ、きららちゃんと会ってたんだ」
その少女は、天ノ川きららだった。
「そ。駆け出し同士、傷をなめ合っていたわけ」
「わたしはちゃんと一人前のパティシエになってたわよ」
「えー、オーナーにダメ出しされてしょげちゃってたのは見間違いかなぁ」
「記憶にないわ」
「それは失礼」
きららは、にひ、と笑った。
「ところで」
剣城あきらが言う。視線は、きららといちかから、ひまり、あおい、ゆかり、と移動する。
「なに?」
シエルがそれぞれの顔を見た。どれも、困っている表情。このふたりは、お互いのことをどこまで知っているのだろう。
「どうしたの?」
「あ、きららちゃん」
いちかが立ち上がった。
「改めて紹介するね。
こちらは、キラ星シエル」
「知ってる」
「またの名を、キュアパルフェ」
「ふうん、どっかで聞いたような――え?」
シエルがいちかに駆け寄った。
「ちょっと、いちか、そんなこと、一般の人に」
「大丈夫。きららちゃんは――」
シエルはきららを見た。きららの唇が震えている。それはつまり、「キュアパルフェ」という名前が何を意味するかを知っている、ということだ。シエルの視線は、きららから、あきら、ゆかり、あおい、ひまり、いちか、と移動した。
「…」
「…」
「シエルがプリキュア?!」
「きららがプリキュア?!」
さらに、シエルが実はキラリンという妖精である、という事実もきららに伝えられる。きららはしばらく頭を抱えていた。
「ていうか、いちかちゃんたちが言ってたキラキラルってそういうパワーも持ってるんだ」
「えぇ、まぁ」
「了解」
「わかったの?」
「理屈考えてもしょうがないからね。あたしたちだって似たようなもんだし」
「つまり、きららとは、駆け出し仲間であると同時に、プリキュア仲間でもあるわけね」
「さっきは違うって言ってなかったっけ」
「認めてあげたのよ」
「って言うか、違うよ」
きっぱりとした言い方に、一瞬、皆の表情が曇る。
「あたし、もう駆け出しじゃないし」
「…」
「シエルは知らないけどね」
また、にし、と笑う。またからかわれたのだ。シエルの顔が赤くなる。
「私の店の『スイーツのセーヌ川』は何度も見たでしょ?
また私のスイーツを食べられなかった、ってがっかりしてたじゃない」
「うーん、そしたら別の店にいけばいいだけだし」
「なんですって?」
「ここは花のパリ。おいしいお店はいくらでも」
「きららちゃん」
ヒートアップしそうな言い合いを いちかの言葉が止めた。
「ん?」
「きららちゃんって、そんな言い方する人だった…っけ」
きららの目がわずかに開いた。
「私、きららちゃんとシエルがどんな関係だったかは知らない。
きららちゃんだって、今年の春に会ったっきりだし。
でも、きららちゃんがそんな意地悪を言う人だなんて…思ってなかった」
一度落ちた視線を上げるきらら。どうやら、ひまりたちも同じことを考えているようだ。
「…。
ごめん」
きららは小さく頭を下げた。
「スイーツだけじゃない。モデルも一緒でさ。
スタイルが良くて、クールなウォーキングができるモデルなんて、パリにはいくらでもいるんだ。認めてもらって抜け出すんだ、ってみんな言ってるけど、そもそも見てもらう機会が少ない。
だから、ことあるごとに、『あたしの方がきれい』『あたしの方が上手い』ってアピールしていかないといけないんだよね。
あたし、もともと根性悪いけど、それが強くなってる、って日本のモデル友達にも言われた」
「根性悪くなんかないよ」
「いや、それは」
「根性悪い人が、プリキュアになれるはずないもん」
「…」
またきららの視線が落ちる。シエルは、次の言葉が出ないきららを見ていた。
「そんなときは、スイーツね」
シエルが立ち上がった。
「何か食べたいものある? 簡単なものなら作るよ」
「…。
ミルフィーユ」
シエルは、簡単なものって言ったのに、と笑いながらキッチンに向かった。
「そんなすぐ帰っちゃうの?」
「学校、そんなに長く休めないし」
「そっか」
きららは笑っていたが、瞳の奥に寂しさが見えた。
「冬休みにでもまた――」
「ノーブル学園の近くに店、出せるかな」
「出せると思う…けど」
「はるはるとみなみんにさっきのミルフィーユ、食べさせてあげてよ」
「きらら」
「あたしがいなくなってすっごい寂しいらしいからさぁ。ちょっとはまぎれるんじゃないの?」
「…。
それは保証するわ」
「よろしく」
寂しいのは自分も同じだろうに、自分の事より、友達の方が先。
同じなのだな。
シエルは、自分を支えてくれる いちかたちのことを思った。
隠し事も一つなくなり、シエルときららの間もさらに近くなった。駆け出し仲間であり、プリキュア仲間であり。
「ね、日持ちのするスイーツなら日本から――」
「あぁ、久しぶりにマーブルドーナツ食べたいなぁ。シエル、日本から送ってくれない?」
「絶対にいや」
きららは、まぁまぁ、とシエルの肩をたたいて笑った。
「しばらくは、パリの No.2 のスイーツで我慢するよ」
「今頃おだてたって」
「どこが No.1 かなんて言ってないよ」
「…!」
そのやりとりを見ていた あおいが肩をすくめた。
「どこで入ったらいいかわかんないよ、あのふたり」
「でも素敵だよね」
「いい関係だと思います」
いちかの言葉にひまりが頷いた。
「こっちにも似た感じの人がいるけど」
「誰のことかしら」
あきらが苦笑する。
「ね、写真撮ろう。
ミルフィーユと一緒に、はるかちゃんたちに届けよう!」
いちかがカメラを取り出した。
きららが、写真は事務所通してほしいなぁ、と言ったが、もう誰も戸惑わない。気にしなくていい関係がまた一つ出来上がった。
最終更新:2017年11月03日 08:48