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プリン・ア・ラ・エール/一六◆6/pMjwqUTkg




 資料がぎっしりと詰まったショルダーバッグが肩に食い込む。頑張れ、あともう少し! と勢いよく揺すり上げた途端、左手に持っていたビニール袋が、ガサリと派手な音を立てた。
 慌てて覗き込んだ袋の中身は、さっきコンビニで買って来た焼きプリン。娘のはなの好物だ。幸い四個のうちのひとつが少し傾いた程度で、中身にダメージは無いみたい。
 ホッと息をついてから、動いたプリンを元に戻して、今度は慎重に歩き出す。角を曲がると、新しい我が家の柔らかな灯りが見えてきた。

 この町に引っ越して来て、まだ十日ほどしか経っていない。二人の娘・はなとことりも、転校生として新しい学校に通い始めたばかりだ。内心、上手くやっていけるかしらと心配しているのだが、今のところ、どうやら二人とも新しい環境に馴染みつつあるらしい。
 特にはなは、大人っぽくてかっこいい――彼女の言葉を借りれば“イケてる”友達が出来たみたいで、とても張り切っていた。

 ところがそんなはなの様子が、ここ二日ばかり、少しおかしい。相変わらず学校の話はするものの、どこか歯切れが悪かったり、夕ご飯の途中で箸を止め、口を引き結んで何かをじっと考えていたり。その上、どうかしたの? と尋ねると、慌てて首を横に振って、猛然とご飯をかき込んでみたりする。
 何というか……わかりやすい。
 でもこういう時に親に出来ることって、ちょっと情けないくらい、なんにも無い。ただ娘の頑張りを信じて応援するだけ。だからそのエールがちょっぴり形に――こういう美味しい形になっても、たまにはいいわよね?

「ただいま~」
「お帰りなさ~い!」
 玄関のドアを開けると、いつも通り元気な声が迎えてくれる。それに続いてドタバタと駆け寄って来たのは、妹のことりの方だった。
「聞いてよママ! お姉ちゃんたら今日、ドボンって川に落ちたんだって!」
「ええっ!? ドボン、って……」
 勢い込んで言い募ることりの言葉に、心臓がドキンと跳ねる。まさか病院にでも担ぎ込まれたんじゃ……と思った時、当の本人が急ぎ足でやって来た。

「大袈裟だなぁ、ことりは。こ~んな浅い川だったから、ドボン、なんて落ちてないもん。ザッパーン……いやいや、チャポン、くらいのもんだったの!」
「ホントにぃ?」
「ホント! ほら、怪我だってしてないし」
 そう言いながら、くるりとターンしてみせたはなが、勢いがつき過ぎて、あわわわ……と転びそうになる。そこで何とか踏み止まって、エヘヘ、と苦笑いしながら私のバッグを受け取ってくれた。
 ようやくホッとしたところで目に入ったのは、丸めた新聞紙を詰め込まれ、玄関の隅に置かれた中学校の革靴。あーあ、まだ買ったばかりなのに……。そっとため息をついてから、私も娘たちの後に続いた。

「お帰り。夕ご飯、出来てるよ」
 カウンターキッチンの中から、夫が穏やかな笑顔で迎えてくれる。ありがとう、と笑みを返してから、ことりと二人でお皿を並べ始めたはなの方に目を向けた。
「それで、川に落ちたってどういうこと? 一体、何してたのよ」
「いやぁ、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいまして……ごめんなさい」
 少し厳しい声でそう問い詰めると、はなが面目無さそうに頭を掻く。だが、すぐにその目がキラリと輝くと、小さな身体が、ポン、と跳ねるようにこちらを向いた。

「それよりママ! ハリーのお店、今日オープンしたんだけど、お客さんがい~っぱい来て大混雑だったんだよ!」
「ああ、ファッションのお店だって言ってたわね。今日からだったんだ」
 ハリーさん――おそらく本名じゃないと思うけど、彼はこっちに来てすぐに知り合った、関西弁を話す気さくな青年だ。かわいい赤ちゃんの、若いお父さんでもある。
 そう言えば、あのお店の傍には小川が流れていて、小さな橋がかかっていた。確かこの前も、友達と話すのに夢中になっていたはなが、足を滑らせそうになって慌ててたっけ……。
 何となく事の成り行きが見えて来たな、と思いながら、ずっと手に持ったままだったビニール袋を冷蔵庫に入れようと、キッチンの方へと向かう。その時、さっきよりさらに弾んだ、実に嬉しそうな声が耳に飛び込んできた。

「そう! お店の内装、さあやと一緒に考えたんだけど、イマイチ決まらなくて……。それでね、ほまれが手伝ってくれたら、すっごく可愛いお店になったんだ! キュアスタにも上げてくれて、それでお客さんが大勢来たの! ハリーったら、もうウハウハ言っちゃって……。そうそう、キュアスタにね、さあやとほまれとはぐたんと一緒に撮った写真も載せたんだよ!」

 さあや。ほまれ。ああ……なるほどね。
 思わず緩んだ頬を、急いで引き締めて振り向くと、頬をうっすらと赤く染めて、幸せそうに、そして誇らしげに輝く笑顔がそこにあった。

 一昨日と昨日、はなが時折見せていた固い表情が、その笑顔に重なる。
 さあやさんと、ほまれさん。はながこの町に来て最初に出来た素敵な友達。でもはなは、昨日までは彼女たちのことを、“さあやちゃん”“ほまれちゃん”と呼んでいたはず。
 三人の間に何があったのかは分からないけど、きっと何かを乗り越えて、昨日よりもっと仲良しで、ずっと“イケてる”仲間になれたんだろう。

 これは応援を形にするのが、少し遅すぎたかな。でも大丈夫ね。
 応援している相手が、大切な一歩を踏み出せたその時は、フレフレ、と振り上げた拳をいったん開いて、祝福の拍手に代えればいい。
 まあ、それならはしゃぎ過ぎたっていうのも頷けるわ、とつい思ってしまうのは、我ながら母親としてどうかと思うけど。

 もう一度頬が緩んでフフッと小さく零れた笑みを、今度は隠さず、はなの傍に歩み寄った。ん? と不思議そうに眉根を寄せたその目の前に、これ見よがしにビニール袋の中身を取り出して見せる。
「じゃあ、お店のお手伝いを頑張ったはなに……じゃーん! 今日は、お土産付き~。食後のデザートにね」
「うわぁっ! プリンだぁっ!」
 途端に大きく見開かれた瞳が、キラキラと輝いた。

「くっくっく。お姉ちゃんって、ほんっと子供」
 隣に居たことりが、何だか安心したような、いつもより子供っぽい表情で、いつものように姉をからかって笑っている。その顔を見て、ああ、もしかしたらことりも、はなのことを少し心配していたのかもしれない、とまた少し頬が緩んだ。
「何よぉ。だったらことりは食べなきゃいいじゃない」
「え~! 食べないなんて言ってないじゃん」
 思わぬ反撃に遭って口を尖らせることりと、してやったり、とニヤリと笑うはな。そんな二人を、まとめてギュッとハグしてから、私はようやくプリンを冷蔵庫に入れた。

「いただきま~す!!」
 夕ご飯のあたたかな湯気を前にして、笑顔で声を揃える二人。その様子を眺めていると、いつもながら、何だか今日の疲れがどこかに飛んでいくような気がする。そう、私もこうやって、家族に毎日応援されているのよね。
 今度の週末には、取材がてら、ハリーさんの新しいお店に行ってみようかな。そんなことを思いながら、私は夫が作ってくれたお味噌汁をひと口すすった。

~終~
最終更新:2018年03月09日 21:32