アットウィキロゴ

『甘さはあなたのお好みで』1/一路◆51rtpjrRzY




 白いクロスの掛けられたテーブルには、紅茶の注がれたティーカップと、ナイフとフォークの添えられた、丸い小洒落たお皿が置かれていた。
 お皿の上には料理――見た目的にはお菓子と言ったほうが良いのだろうか――が温かな湯気を立てている。程よく焼かれた直径15センチくらいの円形の表面には、一面塗られたホイップクリームの上に苺があしらわれていて、チョコレート色のソースが網の目状にかけられていた。
 サクッという手応えと共に生地にナイフを走らせると、甘いバニラエッセンスの香りと共に、トロリとしたクリームが皿の上にこぼれ出る。その中にはカットされた赤い苺だけではなく、刻まれた色とりどりの他の具材も混ぜ込まれているようで、カラフルなその眺めは、視覚的にも食べる人間を楽しませようとしている風にも思える。
 手にしたフォークで切り分けた生地を突き刺すと、その上に器用にナイフでクリームとイチゴを絡め、一旦まじまじと見つめると、唇を開いて一息に口へと放り込む。
 途端に舌の上に広がるのは、味の玉手箱というよりもビックリ箱と言った方が相応しい、甘さと香ばしさと具材の味が混じり合った、得も言われぬ複雑な味わい。それを堪能するかのように天井を仰いで瞼を閉じ、肩を震わせゆっくりと咀嚼を繰り返す。
 それからティーカップを手にして、料理を紅茶でごくりと喉の奥へと流し込む。
 そしてようやく彼女――――――星空みゆきは口を開いた。

「うげぇ……あかねちゃん、全然美味しくないよ……このお好み焼き」


 ***1***


「なんでやねん!今回の苺ショートケーキ風お好み焼きは、今までで一番の自信作やってんで!?」

 二月も半ばに迫りつつあるある日の放課後、ふしぎ図書館。憮然とした表情で腰に手をやっている日野あかねの前でテーブルを囲んでいるのは、リーダーである星空みゆきだけではなく、黄瀬やよい、緑川なお、青木れいかのおなじみスマイルメンバーの面々だった。各々の前にはみゆき同様、紅茶の入ったカップと、生クリームとイチゴをトッピングされ、バニラエッセンスが練りこまれた料理――お好み焼きが乗せられている。

「じ、自信って言っても……やっぱりお好み焼きでスイーツ作るなんて無理だったんだって……」
「む、無理やあるかい!ほ、ホラ、クレープやって生クリームやフルーツ挟んだりもすれば、ツナ挟んだりソーセージ挟んだりもするやろ!お好み焼きかて一緒やないか!」
「だからといって同時には挟まないのではありませんか?……食べてみたところ、このお好み焼きには普通に豚肉やらキャベツやらが入っているようですが……」
「あ、当たり前やん……お好み焼きやねんから……ふっくらサクサクさせる為に生地にはちゃんと長芋も――」

 ムッとしていたあかねも、みゆきだけではなく、れいかからも飛び出した否定的な言葉に押され出した……それも無理はない。あかねとてグルメとまでは言わないまでも、飲食店の娘である。ましてや味がいいと繁盛している名店で、幼い頃からその手伝いをしてきたのだから、舌も腕前も鍛え上げられてきている。
 故に、自信があるなどと強がってはいたものの、実際のところこの場にいる誰よりも分かってはいたのだ――お好み焼きをスイーツに仕立て上げる事など、不可能なのだという事を。
 しかし残念な事に、彼女が家業を手伝っているうちに一番鍛えられたのは舌でも腕でも無かったのだ。
 彼女の内に鋼よりもまだ硬く、最も鍛え上げられた物とは――……。

「あかね、いい加減に負けを認めたら?……『お好み焼きで美味しいスイーツを作れるなんて言ってゴメン』ってさ」

 あかねにそう声を掛けたのは、頬杖をつきつつ、皿の上のお好み焼きを気怠げに手にしたフォークでつついている、髪を黄色いリボンでポニーテールにまとめた活発そうな少女――緑川なおだった。
 萎れた花が水を与えられて瞬く間に回復する様に、なおの台詞を聞いて、挫けかけていたあかねの心に一気に闘志が漲る。

「はあ!?誰が負けたんや!今回はたまたまのたまたま、天変地異が起こる位の奇跡的な確率で失敗してもうただけや!」
「……あかねちゃん……それだともう一週間、毎日天変地異が起きてるって事になるけど……奇跡的のハードルが踝位まで下がってるね……」
「それに、天変地異になぞらえるなら、むしろ味の方ではないでしょうか……」

 なおの言葉にヒートアップしたあかねの耳には、最早みゆき達のツッコミも届かなくなっていた。

「うちを誰やと思ってんねん!浪花の天才お好み焼き少女あかねちゃんやで!次こそ絶対に、なおを満足させるお好み焼きスイーツ作ってきたるわ!」

 そう、あかねの内に金剛石の如くに鍛え上げられて来たのは、幼少期より慣れ親しんだ、お好み焼きに対するプライドだったのだ(――まあ最も彼女の場合、生来の負けず嫌いなのが災いして、それがなくとも同じ展開になっていただろう事は想像に難くないのだが)。
 顔を真っ赤にして熱くなっているあかねに対して、なおは静かに微笑むと、涼やかに一言。

「……楽しみにしてるよ」
「うちも楽しみや!なおが『あたしが間違ってました、神様仏様ビリケン様あかね様々』って頭を下げてくんのがな!」

 逆に噛みつかんばかりの勢いで言い放つあかね。温度差のある二人の対比は、まるで童話『北風と太陽』だ。
 他の三人はといえば、二人のやり取りを聞いて蒼ざめた顔で冷や汗を垂らすばかり。

(れいかちゃん、そ、それって、もしかして私達もまだ付き合わなくちゃいけないのかな?)
(考えたくもありませんが……なおとあかねさん、二人だけでは喧嘩になりかねませんから、わたくし達がストッパー代わりに参加する必要はあるでしょうね……)

 それにしても、とれいかは首を傾げた。
 彼女の知るいつものなおならば、もう既にあかねに負けず劣らず熱くなって、喧々囂々侃々諤々、単純明快丁丁発止のぶつかり合いを繰り広げているはずである。
 勝負事に対してこんなにも冷静ななおというのは、幼馴染の彼女ですらも一度も見た事が無い。
 しかし残念な事に、今のれいかにはそれを推測するような精神的余裕は微塵も存在しなかった。
 顔を見合わせ合うと、みゆきとれいかは、はあああ、と大きな溜息をつき、恨めしげな視線を一連のやり取りの最中ずっと無言だったやよいへと向ける。

(ふ、二人ともゴメンなさい!!ででで、でも、私もまさかこんな事になるなんて思わなかったから――!!)

 目尻に涙を浮かべ、必死に両手を擦り合わせて二人を拝み倒すやよいの傍らには、今回の騒動の元凶である、一冊の少女漫画雑誌が置かれていた。
最終更新:2018年03月10日 21:20