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キラキラ/一六◆6/pMjwqUTk




 昨日から降り続いた雨が、昼過ぎになってようやく上がった。肩越しに射し込んだ光に驚いて、せつなが窓の方へと目を向ける。
 そこにあったのは、何だか久しぶりに感じられる青い空。思わず頬を緩めるのと同時に、せつなに宿題を教えてもらっていたラブが、勢いよく立ち上がった。
「やったぁ! やーっと雨が上がったぁ」
「もう、ラブったら。問題、まだ解きかけでしょ?」
 たしなめるせつなの声など聞こえないかのように、ラブがガラス戸をカラリと開ける。そのままサンダルをつっかけてベランダに出ると、隣の部屋の前から、せつなのサンダルを持って来た。

「ほら、せつなもおいでよ。すっごくいいお天気になったよ」
 しょうがないわね、と言いながらベランダに出たせつなが、予想以上の眩しさに目を細める。そしてラブと一緒に辺りを見回して、小さく息を呑んだ。
 真下に見える日よけ棚の木の葉は、どれもコロンと丸い水滴をつけていて、それらがまるで光の粒のようにきらめいている。
 目を上げれば、商店街の並木もお隣の屋根も、雨というよりまるで光に洗われたように、いつもより艶やかで明るい。

(この街に来た頃にはちっとも気が付かなかったけど、この世界は本当に素敵ね)

「綺麗……。キラキラしてる」
 そう呟くせつなの横顔を嬉しそうに見つめてから、ラブがテンション高く声を上げた。
「ねえ、せつな。雨も上がったことだし、これからスーパーにお買い物に行こうよ! 今日は、あたしたちが夕食当番だよ?」
「ええ。でもラブ、出かけるのは宿題が終わってからよ」
「トホホ……はぁい」
 しょぼん、と萎むラブの顔を、せつなが微笑みながら覗き込む。
「早く終わらせて、お買い物に行きましょ。私も精一杯、頑張るわ」
「うん! ありがとう、せつな。なんかそう言ってもらっただけで、宿題、すぐに出来ちゃいそうだよぉ」
 途端に元気になったラブが、そう言ってニコニコと笑う。その屈託のない笑顔に、せつなは思わずクスリと笑った。

(そう言えばラブの笑顔だけは、初めて見た時からキラキラして見えたっけ)

 そこでまた何か思いついた様子で、ラブがポンと手を叩く。だがその提案を聞いて、せつなの表情は微妙に変わった。

「そうだ、せつな。お買い物に行く時、この前お母さんにもらったブレスレット、一緒に着けて行こうよ!」
「え……あのブレスレットを?」
「そう!」
 満面の笑みで頷くラブの隣で、せつなが心なしか頬を赤く染めて、ドギマギと目を泳がせる。

 つい先日、せつなはあゆみから、手作りのブレスレットをプレゼントされた。赤が好きなせつなのために、あゆみがラブと色違いで作ってくれたものだ。
 それがキッカケになって、せつなはずっと心のどこかで言いたいと思っていた言葉を――“お母さん”という言葉を、初めて口に出すことが出来たのだ。

 少し赤くなった頬を隠すように、せつながチラチラとラブの方を見ながら問いかける。
「ブレスレットって、そんな普段の日に着けてもいいものなの?」
「もっちろん! え~っと、『女の子は、どんな時もオシャレを忘れちゃダメ!』って、美希たんがよく言ってるじゃん」
 パチリと片目をつぶって、美希の真似をしてみせるラブ。だが、それに小さく微笑んだせつなの顔を見て、心配そうにほんの少し眉根を寄せた。

 いつものせつななら、右手を口に当てて、クスクスと楽しそうに笑ってくれる場面だ。でも今のせつなの笑顔はいつもとは違った。何だか不安を隠そうとしているようにも、何かを恐れているようにも見えて……。
 ラブがせつなに気付かれないように、ギュッと右の拳を握る。そして次の瞬間、せつなにニコリと笑いかけると、パッとその左手を掴んで、それを両手で包み込んだ。

「だって、せつな。ブレスレットは、身に着けるためにあるんだよ?」
「それは……そうだけど」
「あのブレスレット、すっごくせつなに似合ってたし!」
「……ありがとう」
「それに、お揃いで着けて行ったらね」
 そこで突然、ラブが言葉を切った。せつなの顔を覗き込んで、んふふ~、と楽しそうに笑う。それを見て、せつなの表情が怪訝そうなものに変わった。

「着けて行ったら、何?」
「それは……まだヒミツ!」
「え? 秘密、って……」
「そうだなぁ。もっとキラキラした、素敵なモノが見られるかもしれないよ?」
 ますます怪訝そうに小首を傾げるせつなに向かって、ラブが今度はニヤリと笑う。そしてくるりと回れ右をすると、せつなの手を引っ張って、部屋の中に取って返した。
「よぉし。宿題、頑張って早く終わらせるぞ~!」
「もう、ラブったら。それだけじゃ、よく分からないわよ」
 困った顔でラブに手を引かれながら、今度はせつながラブに気付かれないように、フーっと小さなため息をついた。



 一時間ほど後、無事に宿題を片付けたラブとせつなは、連れ立ってクローバータウン・ストリートを歩いていた。
 宿題が終わった解放感からか、いつも以上に上機嫌なラブ。一方のせつなは、左手首のブレスレットに、ひっきりなしに手をやっている。
 何だかちょっぴり不安そうで、でも嬉しそうにうっすらと頬をそめて――そんなせつなの様子を、自分も嬉しそうに眺めてから、ラブは左手を自分の目の前にかざすと、ブレスレットを揺らすように、手首を小さく動かして見せた。

「ほら、せつな。こうやってお日様に当てて見ると、すっごく綺麗に見えるでしょ?」
 言われてせつなもラブの真似をして、でもラブよりは恐る恐る、左手首を動かしてみる。ブレスレットは日の光を反射して、まるで瞬いているような、優しい光を放った。

 せつなの顔に、ほんの一瞬、影が差し込む。淡く儚げなその輝きは、今は無き、別の宝物の輝きを思い起こさせた。そう――かつてラブからもらって、最後は自分自身が踏み壊した、あの“幸せの素”のペンダントの。
 だが、せつなはすぐに元の笑顔に戻ると、その笑顔をラブの方へと向けた。

(もう二度と、失ったりしない。必ず守るわ。この世界の美しいもの、全てを)

「ホント、とってもキラキラしてる。あ、もしかして、さっきラブが言ってたのって……」
 せつながそう言いかけた時、二人はちょうどスーパーの入り口に差し掛かった。

「さぁ着いた。せつな、早く!」
 ラブがせつなの問いに答えようともせず、その手を取って、足早にスーパーの中へと入っていく。そして、店内で商品のチェックをしているあゆみの姿を見つけると、せつなと繋いだままの手を、大きく上げてみせた。

「お母さ~ん!」
 ラブの大声に、店内に居たお客さんたち数人の視線が二人に注がれる。
「ちょ、ちょっと、ラブったら……」
 恥ずかしそうにラブをたしなめようとするせつな。だが、その言葉はそこで止まった。

 目に飛び込んできたのは、二人に気付いて立ち上がった、あゆみの姿だった。
 微笑みを浮かべたその目が、上げられた左手首に留まって大きく見開かれる。そしてその顔が、パァッと花が開いたような、嬉しそうな笑顔に変わっていく。
 優しくて、あたたかくて、室内に居るのに、まるでそこだけ太陽に照らされているかのように輝いていて……。

 ラブがせつなの耳元に口を寄せて、得意そうに囁く。
「ほらねっ? キラキラしたもの、ちゃあんと見られたでしょ?」
 上気した頬を隠すように、コクンと頷くせつな。その横顔を、ラブは実に嬉しそうな笑顔で見つめた。

(良かった……。せつなの顔も、今、すっごくキラキラしてる)

 そして二人は手を繋いだまま、あゆみの元へと向かった。
「ふふ~ん。お母さんから貰ったブレスレット、着けて来ちゃった。ほら、せつなもちゃんと見せて」
 ラブに促され、ブレスレットにも負けないくらい真っ赤な顔になったせつなが、左手を自分の顔の横にかざして見せる。
「よく似合ってるわ、せっちゃん」
 黒髪を優しく撫でられて、せつなはあゆみに負けず劣らず嬉しそうな笑顔で、真っ直ぐにあゆみの顔を見つめて言った。
「ありがとう、お母さん」

~終~
最終更新:2018年05月28日 21:23