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眠れぬ夜/一六◆6/pMjwqUTk




 ベッドに横たわり、両の目を閉じる。そのままの姿勢を数十秒間維持すれば、スリープモードに移行する。
 毎日当たり前に実行して来た、最もベーシックなプログラム。しかし――。
「……眠れません」
 暗闇の中でパチリと目を開け、ルールーは小さな声で呟いた。

 目を閉じても、目蓋の裏がまるでスクリーンになったように、映像が次々に浮かんでくる。こんなことは初めてだ。
 えみると二人、溢れ出した心が、赤と紫に輝いたあの瞬間。光の中から現れた、二つの未来クリスタル。そして一つしかなかったプリハートが――。
「まさか、本当にあんな奇跡が起きるなんて……」

 想定外、という言葉は浮かんでこなかった。いや、想定はしていなかったけれど、えみるの身体を抱き締めた時、奇跡を信じたいという想いが、胸の奥から確かに溢れたから。 それを思い出すと、何だか胸の中があたたかくなって、ルールーは柔らかな笑みを浮かべる。
 その時、部屋のドアを遠慮がちにノックする音が聞こえた。

「はい」
「あ、ルールーも起きてる?」
 パジャマ姿のはなが、そろりとドアを開けて入って来る。そして起き上がったルールーと目が合うと、嬉しそうにニコリと笑った。

「何だか眠れなくってさ」
「私もです」
「じゃあ、少しお喋りしよ?」
「はい。でも、いいのですか? まだ風邪が治っていないのでは……」
「もうほとんど大丈夫だよぉ。あ! でも治りかけの風邪って伝染りやすいんだったっけ。めちょっく……」

 慌てるはなを一瞬ポカンと見つめたルールーが、クスリと笑ってベッドのスペースを空ける。
「はな。私に人のウイルスは感染しません」
「あ、そっか」
 照れ笑いのはなが、隣に潜り込んで来た。

「今日は嬉しかったね、ルールー」
「はい、とても」
「本当に良かったぁ、二人一緒にプリキュアになれて。嬉しすぎて、なかなか寝付けないよね」
「……そういう、ものなのですか?」

 目の前の戸惑ったような瞳――部屋が仄暗いせいで、彼女の相棒・えみるのえんじ色の瞳と同じ色に見えるその瞳を、満面の笑みで見つめてから、はなは、うん、と大きく頷いた。
 それを見て、ルールーの頬に少し照れ臭そうな笑みが浮かぶ。だが、励ますようにかけられた次の言葉を聞いて、その瞳が再び、少し不安そうに揺らいだ。

「大丈夫。眠れないのは、きっと今夜だけだから」
「それは、こんな嬉しい気持ちで居られるのは、今夜だけということですか?」

 不意に、あの時の胸の痛みが蘇った。
 パップルに消された記憶――はなたちとこの街で過ごした時間の記憶を取り戻した途端に襲われた、胸が張り裂けそうな激しい悔い。“心”というものがどうしても理解できず、システムエラーを起こすほどに悩んだ、あの時の苦しさ。
 それらは今も、心の中にちゃんと存在しているが、あの時の衝撃そのものは、今では薄れているのを感じる。
 この、胸の中から心が飛び上がるような嬉しさも、時が経てば小さくなって、色あせてしまうのだろうか――。

 ルールーの視線が、知らず知らず、ベッドの上に落ちる。と、その時、はなの手が布団の中をごそごそと動いて、ルールーの手を優しく包んだ。

「ううん。大丈夫だよ、ルールー」
 はながそう言って、ルールーにニッと笑って見せる。
「嬉しい気持ちはね、消えたりなんかしないよ。そのまんま、心の中に溜まっていくの。そしていつでも思い出して、味わうことが出来るんだよ」

「嬉しい気持ちは、心の中に……」
 ルールーがそっと目を閉じ、小さな声で噛みしめるように呟く。その言葉は、理解しようとするとよく分からなかったけれど、波立った心をすっと静めて、あたたかく包んでくれるように感じた。

「ありがとうございま……」
 そう言いかけたルールーが、スースーと微かに響く音に、驚いて目を見開く。
「はな……寝たのですか?」
 相変わらず理解不能――でもそれが何だか心地良くて、ルールーももう一度、静かに目を閉じる。
 薄闇に沈む部屋の中、まもなく二つの寝息が、穏やかなハーモニーを奏で始めた。

~終~
最終更新:2018年11月03日 20:28