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期待してもいいですか?/そらまめ




「頑張ってね」
「期待してる」
「頑張れ」
「お前なら出来るはずだ」

そんな言葉を掛けられる度、期待と不安と焦燥が湧き上がってから、最後にいつも思う。
ああ、自分はみんなからしたらまだ頑張っていなかったのか。って。




――――

「えっ…私が…?」
「そう! 東さん足速いし、みんなも賛成っていってるし、お願い!」
「みんなが…」
「そうだよ。みんなが東さんに期待してるのっ!」
「期待…みんなが私に…なら、私、やってみる」
「ありがとうっ」

体育祭のリレーといえば花形で、点数次第では勝負を左右することもある。なにより最後に行われる競技だからみんな自然と注目するんだよ。
ラブははしゃぐようにリレーについての説明をしてくれた。学年で選抜されたこともすごいとお母さんとお父さんに報告しており、夕食時にはすごいすごいと喜ばれた。
そんなに喜んでくれるってことは、自分が走ることは自分の想像以上に重要なことなんだと認識させられた。だから。

「え、朝練するのせつな?」
「ええ。リレーって初めてだし」
「…そっか! 無理しすぎないでねっ」
「ありがとうラブ」

早起きして自主練習を始めることにした。リレーの選手は放課後に集まって練習する。でも自分はバトンを渡して走ることなんてしたことないから、みんなより慣れていない分、人よりも練習しなくちゃ。みんなの代表なんだから。
まだ陽も昇らぬうちから起き上がる。隣の部屋ではたまにラブのいびきが聞こえてくる。音をたてないようにそろりと玄関を開け、シンと静まり返る住宅街を見渡しながら軽くストレッチをする。最初はゆっくりとしたペースで走り出した。自分の息を吐く音がやけに耳に響く。動くものがいなくなったような、自分だけがこの世界にいるような、そんな不思議な気分になる。
しばらく住宅街を走ってから河川敷に足を向けると、犬の散歩やランニングをしている人が所々にいることに、何故だかほっとした。行き交う人と時折挨拶を交わしながら走っていると、知っている後ろ姿がいることに気付いた。

「おはようっ、美希っ」
「はっはっ、あらせつなっ、おはようっ、どうしたのよこんな早くにっ」
「今度、体育祭でリレーに出るのっ、それの練習っ」
「へー、凄いじゃないっ」
「美希こそっ、いつもこんな時間に走ってるのっ?」
「まあねっ、日課みたいなものだからっ」

しばらく並走しながら話をし、20分ほどしてから別れた。美希は自分で決めているルートがあるらしい。ルートを決めて走るのも自分のペースがわかるからいいわよと言っていた。
自分はどうしようかな。でも、体力作りをしたいわけでもないし、いろんな場所を走ってみたいから、いいかな。なんて思う。
初回は1時間30分くらいで切り上げた。気付いたら隣町まで来ていた時はちょっと焦ったけど。

「せつなー、どれだけ早起きしたのさー」
「ラブこそ、絶対さっきまで寝てたでしょ」
「たははー、それを言われちゃうとねー、ほら、布団が放してくれなくて」
「ラブが離さなくて、の間違いじゃない?」
「まあまあ、細かいことは気にせず学校いこー!」
「はーっ…」

そんな感じで始まった自主練習は、放課後の練習、ダンスレッスンをこなしながら続けていった。

「東さん頑張ってね! 応援してるから!!」
「ありがとう、精一杯頑張るわ」
「東さん足速いしきっと上級生にも負けなよっ!」
「頑張るわ」
「期待してるからな東」
「有難うございます先生」

グラウンドでの練習を見ている人、選抜されたことを知った人、学年をこえて色んな人から声を掛けられて、それだけで、心の中がざわざわと騒がしくなる。

「…はっはっ…くっ!」
「…あっ!」

カランとバトンが地面を弾み転がっていく。

「ストップ―!!」
「…はぁはぁ…」
「またか…」

ポツリと呟かれた先生の言葉にびくりと肩が上がった。

「東―、もうちょっと前のランナーとの息合わせろー」
「っすみませんっ! ごめんなさい伊藤さん…私のスタートが早いせいで…」
「…っ! 違うよ東さんっ! 私が遅すぎるんだと思う」
「いえ、私がもっとタイミングを合わせられれば…」
「私の方こそもっと速く走れれば…」
「おーい、もう一回やるぞお前ら―」
「「はいっ!」」

その後何度か走ったが、その日、バトンの受け渡しがスムーズにいくことはなかった。



「そっかー、せつなはアンカーだっけ?」
「ええ。だから、私がもっと速く走れるようになれば、今よりゆっくり走ったとしても挽回できると思うの。次は、もう少し遅めにスタートしてみるつもり。そうすれば伊藤さんとのバトンもきっと受け取れると思う」
「うーん、そっかあ…」

ラブなら、もうちょっと違う反応してくれるかと思ったけど、なんだか微妙そうな顔をしていた。眉は少し下がっていた。なんでそんな反応をするのか正直分からず、こちらも首を傾げる。なにかを言いたそうにしていたラブは、結局何も言わずに自分の部屋に戻って行った。

次の日の放課後の練習で、昨日考えたことをやってみる。

「…っ」

受け取ったバトンを手に走る。うまくいった。これで自分が速く走れればきっとうまくいく。そんな風に考えながら、そんな風にしか考えられなかったから、後ろの伊藤さんがどんな顔で自分を見ていたかなんて全く考えもしなかった。
ひどく傷ついたような、今にも泣きそうな顔で握りこぶしを作る姿は、目の前を走る人には映らない。



なんだか、最初に練習を始めた時よりも伊藤さんが余所余所しくなったような気がする。
というか、元気がないような。最近、話をしていても弱弱しく笑うことが増えた。他の人と話をする時も同じようで、メンバーや友達は心配している。
もしかして、自分のせいではないか? 自分が未だにみんなからの期待に十分に応えられていないから、伊藤さんも安心してバトンを渡せないのではないか。自分が未熟なばかりに。
そんなことがグルグルと頭をまわって離れない。
朝のランニングが日に日に長くなっていく。早朝が夜明けになり、夕食を食べ終わった後も走るようになった。家族はみんな揃ってそこまでやらなくてもいいんじゃないかと言ったけど、少しだけだからと理由をつけては外に出た。だって、そうしないとざわざわして落ち着かない。
そんな日々が過ぎていつもの朝、いつものように軽いストレッチをしてから走り始めた。自分は少しは速く走れるようになっただろうか。この努力には意味があるだろうか。それともまだ努力が足りないのか。誰からも認められるほど力をつけたと、どうやったらわかるのだろうか。考えれば考えるほどわからない。重くなる気持ちを抱えながらとにかく前へと進む。薄暗い住宅街を抜け、シャッターの閉まった商店街を通り、河川敷に差し掛かる頃、日差しの向こうに見たことがある後ろ姿が目に映った。
彼女は荒い息をしながら肩を上下に忙しなくしている。ペースが速すぎるのではないかと思うほど、彼女は辛そうだった。

「はぁっ、はぁっはっふっ…」
「伊藤さん…よね? ペースが速すぎて息が乱れてるわ」
「っ…はっ…あれ、東…さんっ…?」
「伊藤さんも自主練習? あまり無理なペースだと身体に負担が掛かると思うわっ」

無理な練習メニューをこなしている自分が言えたものではないが。

「っ…そう、かもね…」

吐き出す息に混じって呟くようにそう言った伊藤さんは、走る足を次第に遅くしていき、最後には歩くようなスピードでトボトボと地面を蹴る。隣に並んで歩きながら彼女を盗み見ると、額から伝った汗の粒がポツリとひとつ零れていった。なぜだか目が離せなくて地面まで追っていくと、二つの人間の影が並んで歩いている。もう少し近づけば触れてしまいそうなほど二つの距離は近い。実際にはそれ以上距離があるし、眼には見えない微妙な距離感があるような、気まずい何かが纏わりついている錯覚に襲われていく。

「東さんは、毎日やってるの?」

自主練習のことだろうか。

「ええ。走るって決まった時から」
「そっか。私は始めてまだ4日。すごいなあ…」

ちらほらと人が見え始めた。犬の鳴き声がどこからか聞こえてくる。互いに顔を見合わせることはなかった。何かから逃げるように、恐れるように、何故か隣に顔を向けられない。

「そんなことはないわ。伊藤さん以外で自主練習してる人、私見たことないもの」
「東さんがしてるじゃない。でも、そっか。今でも速い東さんが自主練習か。それはもう…」

敵わないなぁ。と聞こえた気がした。でも、すぐそばを駆け抜けていったランナーの声と風でかき消えてしまいそうなほど小さな呟きだった。

纏う空気が、変わった気がした。
昔から、人が持っている空気を感じとるのは得意な方だった。敵意があるのかないのか。自分にとって害をなす存在か。昔はそういった負の空気ばかりだったが、最近はラブ達といる時の暖かな空気も感じるようになった。
たった今隣で感じた変化はそのどちらでもないような、どこかへいってしまうような感じがした。見逃してはいけない気がして慌てて振り向くと、伊藤さんは最近見るようになった弱い笑顔で、

「私、東さんには期待してるんだ。頑張ってね」
ナニカがなくなった伊藤さんの言葉は、最近よく言われるものだけど、他の誰に言われたことより一番心の奥にずしりと圧し掛かった。

自分は一体なにを無くしたんだろう。

手を振って伊藤さんは河川敷を下りて行った。家がこの近くらしい。周りを見れば、自分の家とは随分離れた所に来てしまっていた。あの後、いつもの「ありがとう。頑張るわ」という言葉すら出ずに、喉の奥で引っ掛かったような思いをしながらようやく「ありがとう。」と言うことが出来た。それしか出なかった。家に帰るまでの間、一人で歩きながら来た道を何度も振り返った。落としものを探すように何度も振り向いて、でも何も見つからずに家に辿り着いてしまった。

「ふぅわーあ、おはようせつなー、今日も朝練? お疲れさまー」
「…ただいま。ラブ」
「…せつな? なんかあった…?」
「いえ、なんにもないわ。学校行く準備早くした方がいいわよ?」

ラブの横を通り過ぎ、トントンと階段をあがって部屋へと急ぐ。なんていうか、今人と話してしまうと、自分の弱い所を見せてしまいそうで嫌だった。
でも、そんな自分を知ってか知らずか、きっとラブのことだから無意識の行動なんだと思う。

「待ってせつな」

階段の一番上に足を掛けたところで呼び止められた。振り向くことはできなかった。

「なに、ラブ。私も早く準備しないといけないから後でにしてくれない?」
「だめ。今じゃなきゃだめ。なんかわかんないけどそんな気がする」

こういう所が、自分にないところだろうな。自分の気持ちに正直でまっすぐ。そんなところが惹かれるし、焦がれる。

「準備しながらでいいなら」
「うんっ」

自分の部屋にラブがいることはそう珍しいことでもない。お互いの部屋を行き来しているから。でも、朝のこの時間にラブがいるというのは珍しいことだった。ぎりぎりまで寝ているラブは自分の準備で手一杯だから。そんなラブが朝から真剣な表情で部屋にいる。それだけでいつもとは違った一日が始まる予感がした。

「で、話ってなに?」

準備の手を止めずに話しかける。

「あのね、なんとなくいつものせつなと違った気がして…それが気になっちゃって…」
「いつもとって…?」
「あたしにもよくわかんないんだけどさ…んー、なんだろう?」
「そういわれても…」

腕を組みうんうんと唸りだすラブにこちらも困ってしまう。直感で動くラブに理由を求めたのがいけなかったのだろうか。

「朝、いつもと違うことあった? もしくは誰かに会ったとか?」
「あー、そうね。ラブの野生の勘ってすごいわ…」
「何それ褒めてるの?」

ぷくっと頬を膨らませるラブを余所に、やっぱり今朝の話をしなければいけないのかと一つ溜息。

「少し、長くなってもいいかしら…」
「うん、もちろんっ!!」

ごまかそうと思えば何か理由をつけて話はできたと思う。でも、それでは今の自分の落とし物に気付くことはできないだろう。いつまでも失くしたものもわからないまま彷徨いたくなかった。
今朝の伊藤さんの話。言われた言葉。自分の想い。全てを言葉にして吐き出した。ラブにだからこそ、ここまで話すことが出来た。一通り話して考えたけど違和感しかわからない。失くしたものはなんだろう。

「そっか。そんなことがあったんだね。なんとなくわかるなー、伊藤さんの気持ち」
「…ほんとに?」
「もしさ、ダンス大会があったとして、あたし達四人のうちせつなだけが振りつけマスターできないって理由で踊り方を変更するってなったらどうする?」
「そんなの嫌に決まってるじゃない。なんとしても覚えてみんなで踊りたいわ」
「じゃあもしそれがあたしやブッキー、美希たんのうち誰かだったとしたら?」
「そうね…ギリギリまで変更しないように一緒に練習しようとするわきっと」
「ありがとせつなっ、あたしもきっとそうする。諦めたくないし何かあったらみんなで乗り越えたいよね。あたし達チームだもん」
「ええ、そうね」
「なら、バトンを繋いで走るリレーだって、あたしはチーム競技だと思うな」

にこりと笑うラブの言葉にはっとする。自分ひとりが頑張ればいいと思っていたけど、そうやって一人でやろうとするほど、みんなのことを信頼してないって思わせていた…?

「ラブ、私、どうしたらいいかしら」
「そんなの決まってるよ! 当たって砕けろって言うでしょ?」
「砕けたくはないんだけど…そうね。みんなと話し合おうともしてなかったわ私」
「こわい…?」
「少しだけ」
「せつななら大丈夫だよ。だって、あたしと友達になってくれた時も本気でぶつかってきてくれたじゃない。そんなせつなだから、みんな期待しちゃうんだよ。せつななら絶対大丈夫だって信頼してるんだよ」
「…そういう考え方もあるのね。私はその期待って言葉がいつも重かった。期待に応えないといけないって気がして」

メビウス様のために絶対に成功させなきゃいけないって。メビウスがいつも最後に言う言葉だから。

「せつなはせつなのやりたいことをやればいいよ。命令とかじゃなくて、自分の気持ちに正直に。せつなは今何がやりたい?」
「私は…伊藤さんと、みんなとリレーで勝ちたい」
「じゃあもうやるしかないね! ファイトだよっ!」

トンと背中を押されて動き出す身体。駆け出す足と心。ラブの期待しているという言葉が、今自分が動くための理由と勇気をくれている気がした。




「伊藤さんっ!」
「どうしたの? 東さん」

通学路を駆け抜け、いつも見上げる大木も通り過ぎ、何人もの生徒を追い抜いて教室までノンストップ。走ったまま息も整わないうちに伊藤さんに話しかけた。伊藤さんも別クラスの自分が席まできたことより、ぜーぜーと息を吐きながら呼ばれたことに驚いている。

「あ、あの…」
「う、うん…」
「提案、なんだけど…明日から、一緒に練習しない…?」
「え、練、習…?」
「そう。やっぱり私、最初のペースでスタートしてバトンを受け取りたいの。だからそのために、一緒に練習してほしくて」
「どうして、急に…?」
「私、伊藤さんと一緒に走って、一緒に頑張りたいから」
「っ…そっか。うん…! 私も、東さんと走りたいっ!」
「一緒に頑張ってくれるの?」
「うんっ、私、本当は最初のペースでバトン渡したかった。でも、私が遅いから上手くいかないんだって気付いてたから言い出せなくて。私だって頑張れば速くなるって期待してほしかったんだ」

期待してほしかった。信じて欲しかった。応援してほしかった。声援や応援を求めている人もいること、時にはその言葉たちが力になること、本来の応援とはそういう意味を持っていることを思いだした。なんで忘れていたんだろう。
言い出せなくてごめんなさいと言いながら笑う伊藤さんの笑顔は、久々に見た陰りの無いものだった。



スパルタと伊藤さんに言われながら一緒に練習を始めた。それでも伊藤さんは一度も休まなかった。そのうちだんだんと引き継ぐペースが速くなっていき、体育祭前日には最初のスタートの仕方でバトンを受け渡すことができた。
そんな日が過ぎて本番。結果は総合成績2位。三年生に優勝を譲ることになったけど、みんな来年は負けないと息巻いていた。
ちなみにリレーの結果はというと、

「すごかったよ伊藤さん! 二人も抜いててかっこよかった!」
「東さんもすごい速かった! 独走してたよね、さすが東さん!」

こんな感じのことを色んな人から言われるくらいには頑張った。逆転で一位になったのはやっぱり注目度が高かったようだ。周りを取り囲まれる自分と伊藤さんはお互いに目を合わせて笑い合う。チームって感じがして嬉しくなった。
最終更新:2019年03月05日 19:57