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「Comfort!」/ゾンリー




優しい月明かりが窓から差し込み、私──野乃ことりが横たわるベッドにまで届く。まだまだ冷える三月某日、通っているラヴェニール学園小等部の卒業式を明日に控えた私は毛布も被らずに憂鬱な気分で天井を見上げていた。
(このまま起きてたら卒業式来ないのかな……)
なんて子供じみた事を思いながら。
はぁ……とため息を一つついて、寝返りを打つ。しかし打った先にベッドの続きは無く、私は重力に逆らうこと出来ずに床に叩きつけられた。
「あいたたた……」
強か打った腰を摩っていると、静かに部屋のドアが開けられた。
「大丈夫?」
控えめな声でそう尋ねたのは私のお姉ちゃん。
「うん。もう痛くないよ」
私がベッドに座ると、何故かお姉ちゃんも横に座ってきた。
「そーじゃなくて」
「……?」
「最近ずっと暗い顔してるじゃん。どうしたの」
「そ、そうかな? 別に普通だけど」
流石に誤魔化しに無理があったのか、訝しげな眼差しでこちらの表情を覗き込んでくるお姉ちゃん。
「わ、分かったよ」
こうなったお姉ちゃんはてこでも動かない。私は観念して話すことにした。

「明日の卒業式、私が出ても良いのかな……って」

「どうして? ことりだって生徒なんだし出ていいじゃん!」
「確かに生徒だけど……皆とは思い出の量が違うもん。皆は六年間、私はたった一年だよ!?」
「……ごめん」
「お姉ちゃんは悪くないよ。ただ、私がそこに居ていいのかなって……」
「……」
(どうしよう……困らせちゃったかな)
月が雲隠れして、表情が読みよれない。
「ことり、ホットミルクでも飲も!」
不安げな私の手を引いて台所へ向かうお姉ちゃん。

だけど、夜だからこっそりとね。

「ことりもお砂糖入れる?」
「うん」
真っ白なマグカップに牛乳とお砂糖をスプーン一杯。それを電子レンジで温めて軽く混ぜれば、ホットミルクの完成。
「「かんぱい」」
ふーふーと一口すする。冷えた身体と心に、温かさと甘みが染み渡っていく。

「ことりはさ、優しいよね」

「……え?」

「だって、自分じゃなくて誰かのために悩んでるんでしょ?」
「そう……なのかな」
仄かなオレンジ色の明かりが私たちを優しく包む。
「そうだよ。それに、たった一年だけだったとしても、ことりが楽しかったのなら、それでいいんじゃないかな。どれだけ居たかじゃ無くて、そこで何をしたか、だよ」
「何をしたか……」
「あはは、あんまり強く言えないけどさ、ことりは小学校楽しかった?」
「うん!」
いつの間にか空になっていたマグカップをシンクで洗う。タオルで手を拭くと、私は少しだけ勇気をだしてお姉ちゃんに話しかけた。
「お姉ちゃん」
「ん?」

「えっと、その……ハグ……して」
言い終わるや否や、抱きついてくるお姉ちゃん。
その体温は、オレンジ色の明かりよりもマグカップを洗ったお湯よりもホットミルクよりも、温かかった。

「だいじょーぶ」
「うんっ……!」

不安という名の心の氷は、いつの間にか溶けて蒸発しきっていた。
   ・
迎えた卒業式当日、私は清々しい気持ちで卒業証書を受け取った。

「ことりちゃーん! こっちで写真を撮るのです!」
「はーい! 今行くねー」

沢山の友達の元へと走り出す私。
その胸には真っ白なキンカンの花のコサージュが元気に揺れていた。

(終)
最終更新:2019年03月10日 22:01