乙女の祈り/makiray
「うわぁ…」
琴爪ゆかりがキラキラパティスリーの灯りを消すと、はるかが声をあげた。
「星が…すごい。
みなみさん、見てください!」
春野はるかと海藤みなみが店に遊びに来た。閉店後、彼女たちだけでささやかなパーティを開く。テーブルを並べ替え、スイーツとお茶を整え、ろうそくを並べて、仕上げに店内の灯りを消したのだが、はるかは小さな窓の向こうに広がる苺坂の町灯りと、それに覆いかぶさる夜空に見とれていた。
どれどれ、といちかたちも窓に集まってくる。
「あ、本当だ」
「今まで気付かなかったの?!」
「うん…いつもこうだから、特別、気にしたことなかったな」
「こうしてみると、あたしたちの苺坂の夜空もなかなかじゃん」
「素敵です…」
「外に出てみませんか?」
もちろんだ。店の前のベランダに出て夜空を見上げる。
「ちょっと寒いですね」
「あまり長居はしない方がいいかも」
みなみが腕をさすると、剣城あきらが答えた。肩にかけるもの持ってこようか、と言うと、みなみは、大丈夫です、と答えた。
あれが北斗七星かな、と立神あおいが天を指さすと、有栖川ひまりが天に向けた指を滑らせた。
「と言うことは、あれが北極星の筈なので…あのあたりがカシオペア座ですね」
それで止まる。顔を見合わせて笑ういちかたち。特に星座に詳しいわけでもない彼女たちには、それがせいぜいだった。
「オリオン座くらいわかるでしょう。あの三つ星」
「あ」
「そしたら、あのベテルギウスからプロキオン、シリウスで冬の大三角」
「ゆかりさん、すごい!!」
「88 星座を全部覚えてるわけじゃないけど、このあたりまでは女の子の基本よ。アクセには星座をモチーフにしたものも多いんだから」
「う…」
「ゆかりさん、すごいんですね」
「うちの女子力担当なんでねぇ…」
はるかが目を丸くしていると、あおいが頭をかいた。
「…」
あきらはみなみを黙って見ていた。みなみは、目を閉じて手を合わせていた。やがて顔を上げる。
「願い事?」
「あ…えぇ」
「みなみさん、何をお願いしたんですか?」
はるかは無邪気に知りたがる。
「秘密」
「おうちのお仕事のこととか」
「だから、秘密よ」
はるかは、そうかぁ…、と引いたがまだ興味はあるようだった。視線が集まっていることに気付いた みなみは矛先を変えようとした。
「あきらさんも星に願い事をしたりはしませんか?」
「え」
ふいをつかれた あきらはどぎまぎと言葉をつないだ。
「私なんか、別に。
みなみちゃんみたいに仕事してるわけじゃないし、うちもお金持ちじゃないし、そんな立派な願い事なんて――」
「…。
関係ないと思います」
「…。
え?」
みなみの視線が厳しい。表情が見えていない ひまりたちにもその声音でわかった。
「“When You Wish upon a Star”っていう歌、ご存知ですか?」
「あ…うん」
When you wish upon a star
Makes no difference who you are
「…」
みなみが言おうとしていることの意味を察してあきらは口を動かそうとしたが言葉が出てこない。
「星に願いをかける時、誰であっても同じ。身分とか、家柄とか、そんなことは何の違いにもならない」
ゆかりが言った。
「ごめん、みなみちゃんの気分を害するつもりなんかなかったんだ。
ただ」
また言葉が途切れる。
「…。
私は、よく男の人と間違われる。自分の性格のせいでもあるんだけど、そういう意味で、みなみちゃんみたいな上品な雰囲気は憧れなんだ。
だから、なんていうか、どうしても、どこかが違うんだな、っていう意識があって、それで…」
「ごめんなさい、あたしがみなみさんの家のことを持ち出したせいで」
はるかが言ったが、ゆかりはそれを目で制止した。
「ごめん」
あきらは腰を折った。
「もし、この星空に願い事をするとしたら、何ですか?」
みなみが静かに言う。
「…」
「聞かせてください」
あきらはゆっくりと体を起こした。
「…。
みく。
妹のこと。
はやく元気になってほしいって」
「やっぱり同じです」
「同じ…?」
みなみはまた夜空を見上げた。
「私たちの大事な友人。
離れた土地で一生懸命にやっている きららとトワが、元気でいますように。一日も早くその夢がかないますように。
思うことは同じだと思います」
「うん…
ごめん」
あきらはまた頭を下げる。みなみがその手を取った。
「憧れと言ったら、私もそうなんですよ」
「え」
「そういう風に、すぐに謝れるところ。
私はどうしても躊躇してしまうから」
「あきらは前からそういう失言が少なくないから謝り慣れてるのかもね。
まぁ、それも、育ちのうちかな」
「ゆかり…勘弁してよ」
あきらが困った顔をすると、ゆかりが笑った。
「そろそろ入りましょう。体が冷えてしまうわ」
「お茶、淹れなおしますね」
ひまりとあおいが店に駆けこんでいく。はるかは みなみの様子が気になるようだったが、いちかに小声で、大丈夫だよ、と言われて中に入った。
みなみと あきらはかすかに苦笑しながら顔を見合わせた。
「みくちゃんのお加減はどうなんですか?」
「少しずついい方には向ってる」
「よかった。
お医者さんがしっかりしてらっしゃるんでしょうね」
「うん。随分、よくしてもらってるよ」
「海藤の方でも腕のいい先生とはお付き合いがありますから、もし必要だったら言ってください」
「みなみちゃん」
「お金持ちですから、それくらいは」
「…。
みなみちゃん、実はちょっと意地悪?」
「きららの口調がうつったのかも」
「じゃぁ、きららちゃんがここにいたら私は叱り飛ばされちゃうのかな」
「そうだと思います」
そして、いちかの言った通り、本当の笑顔になる。
暖かい店の中に入ると、淹れたてのお茶の香りがふたりを待っていた。
最終更新:2020年02月23日 11:24