ノーサイド/ねぎぼう




 とある休日、あかねとなおが合同自主トレとばかりに隣町まで足を延ばしてランニングをしていた。

 結構な距離を走っただけあって、あかねは流石にバテがきていたようである。

「あーしんど……もうどんなけ走んねん」
「そんなことで音を上げてちゃ試合で持たないよ」
「もーサッカーと一緒にせんといて」
「バレーもやっぱ体力だよ、さあ走る走る」

 そんなやり取りをしているうちになおの視線に一軒の小さな駄菓子屋が映った。

「あそこまで競争しよう!負けたほうがジュース奢りだよ」
「何やてー、そんなんやったらウチ負けへんでー!」

 先程までとはうってかわって猛ダッシュを見せるあかねと、それに負けじと走るなお。

 負けず嫌い同士の熱いバトルはゴール直前で水が入った。

「こぉら!店の前で走るんじゃないよ」

 店の中から中年の恰幅のいい女性が出てきてどなりつけた。

「おばさん、ご無沙汰してました!」
「あら、なおちゃんじゃないの!小学校卒業以来ねえ……そのあと、時々走っているのは見かけたけど、今もサッカー続けてるの?」
「うん!中学でもサッカー部に入ってるんだ」
「そうかいそうかい…」

 あかねは店を見渡し、大阪にいたころにあった駄菓子屋を思い出した。

(引越しする前はよお行ったなあ……)

 まずは喉の渇きを癒すジュースは……と冷蔵庫に向かった。

「チェ○オあるやん!関東にもあんねんなあ……」
「大阪にもチェ○オあるんだ?」

 お互いにローカルドリンクだと思っていたらしい。
 めいめい飲みたいものを取り出す。

 なおはついでに、売っていたベビー○ター○ーメンを手にする。

「ここって、よお来てたん?」
「うん、小学校の時にはここの町のサッカークラブとしょっちゅう試合してたからね」
「小学の時から殴り込み……」
「こら!それで、帰りにはいつもここに寄ってたんだ」

 二人はおばさんに向かって

「これ下さい」

 なおと一緒に来ていた見かけぬ少女におばさんが気付く。

「今日は友達と一緒かい?」
「中学のクラスメートなんだ」
「日野、あかね……です」

 おばさんはあかねを見て声をかけた。

「あんたもサッカーやって……なさそうだねえ」
「え?ウチ、バレーボールはやってますけど……」
「ボール蹴る脚してないね」
「そんなんわかるんですか?」
「おばさんはずっとここの前でサッカーやってる子見てきてるんだよ」

 ジュースを持ったなおは一脚置かれていた鉄板テーブルの前に座った。あかねもそれに続く。

 あかねが行っていた駄菓子屋ではたこ焼きを焼いていたが、関東では違うものがあるようだ。

(お好み焼きやってるんかな……お手並み拝見といこか)

「おばさん、アレちょうだい」
「あいよ」

 そういうとおばさんは器に小麦粉の溶き汁と少しの刻みキャベツとソースを入れ、なおの前に置いた。

(お好み焼き?客に焼かせるところか…… それにしてもえらい粉薄いなあ……)

 なおはそれをさっくり混ぜるといきなり具材を鉄板にあけた。

「なお、何すんねん?それで混ぜたんかい!」

 なおは問題ないという顔であかねにハガシを渡した。

 普段お好み焼きで使うコテと形は似ているものの、遥かに小さい。

「あかね、もんじゃ焼き初めて見るんだ? こうやって食べるんだよ」

 さっき手にしていたベビー○ター○ーメンを鉄板の具材に振りまく。
 端から固まってきたところをハガシでこそげとって、口に入れる。

「あかねもやってみな」

 見よう見まねで、まだ生地の固まっていないところを躊躇いながらもハガシで掬って食べた。

「なんやこれー、生やん?」
「そりゃー焼けてないところ食べたらダメだよ」

 今度はもう少し焦げた部分をこそげて口に入れた。

 ベビー○ター○ーメンの欠片と合わさって香ばしいような味がする。そう悪くないとは感じたものの、内心はお好み焼きのほうが美味いと思っていた。

 なおも端の焦げた部分をこそげとっては口に運んでいく。
 要領をつかんできたあかねも同じようにハガシをつかって焦げをこそぎとる。

「何か癖になりそうやな」
「そうだろ」

 もんじゃの残りが少なくなってなっていく。生の部分はなくなり、二人はハガシで争うように残りかすを磨きとっては口にする。

「まだ残ってるね」
「ほんまや」

 そうこうしているうちに鉄板はすっかりきれいになってしまった。

 とはいうものの、あかねにとっては「食べた」という気がしないような何か釈然としない感覚は残っていた。

(いっつもお腹を空かせてるなおが何でこんなんがええんやろ?)

「これって……何なん?」
「試合が終わって帰るときにはみんなでここでもんじゃ食べてたんだ。お小遣いそんなになくても食べられたしね」
「安いから、なん?」
「それだけじゃないよ、みんなでこうやってハガシでこそげて食べるのが楽しくってね」

 小学校の頃の仲間とサッカーをしていた時を思い出しつつ、なおが言った。

「せやな……なおと競争しているみたいで……楽しかったな」
「中学に入った後も自主トレでこの店の近くは通ってたんだけど、何か一人でもんじゃ頼みにくくて……ごめんね、おばさん。あかねと来れてよかったよ、ありがとう」

 あかねはなんだか照れくさいよう様な気持ちになる。

「うん……ウチも何か楽しかったわ。今度皆で来よか!」
「そうだね、皆で食べるともっと楽しいよね!おばさん、
中学校で出来た友達連れて来るよ」
「おばさんも楽しみだわ」

 駄菓子屋を出て、2人はまた走り出した。

「不思議なもんやな、『もんじゃ焼き』て。お腹がいっぱいになるもんやないのに」
「あの頃ももんじゃ食べてる時は敵も味方もなかったなあ……」

 ふと、プリキュアとして戦っていた頃が二人の頭に浮かんだ。

「そう言うたら、スポーツって童話とはちょっと違うよなあ。
勝ったり負けたりすることって、決まっているわけやない」
「うん、きっと勝つことだけがハッピーエンドじゃないんだよね」

 あかねは、大切なものをを見せようか……でも恥ずかしいという気持ちをないまぜにしつつ言う。

「この間ブライアンに教えてもろてん。ラグビーって、試合終了のことをノーサイド言うねんて」
「あかね、だいぶ英語わかるようになったんだね」

 あかねは顔を赤くした。

(ブライアンの気持ちをもっと知りたい)

 その思いでこの頃は文通も頻繁になっていた。
 英語の成績も妙に伸びていたのは皆の知るところ。

「うん、どんなけ激しゅうやりあっても、試合終わったら敵も味方もないって……
これも、もんじゃ焼き食べるみたいなもんなんかな」

 なおはいいことを思いついたようで、

「そうだ、キャンディがここに来れるんだったらみんな来れるはずだよ!
さすがにおばさんの店ではびっくりしちゃうから、あかねの店だとダメかな?」
「うーん、なおの今日のアレの使い方考えたらちょっと心配やけど……
よっしゃ!なんとかするわ」
「そうと決まれば、先ずはキャンディにききにいかないとね」
「やったら、みゆきン家まで競争や!負けたら……どうしよかな?」
「内緒話暴露するということでどう?」
「うーん、こら負けられへんな」

 二人はみゆきの家に駆けていった。

 これからもいろいろなことがあるだろう。

 勝ってうれしいこともある。
 負けて悔し涙を流すこともある。

 でも、最後はノーサイド。
最終更新:2013年02月12日 14:19