トゥインクル、イマジネーション/makiray




「30 分、休憩しよう」
 ボワンヌが手を打つ。ランウェイでポーズを決めていたモデルたちは楽屋に戻り、スタッフたちは今見つかった問題点を解決するため、それぞれに走り出した。
「今のはどうでした、ムシュ・ボワンヌ」
 天ノ川きららはランウェイの上からやや厳しい表情で言った。
「きららはもっと輝けると思うよ」
 きららの顔を何秒が見つめた後、笑顔を作って答えるボワンヌ。
 ボワンヌはきららに反論の隙を与えず、踵を返した。
(まだ足りないって言うの?)
「きららちゃん」
 誰だ。口に出さなくてよかった。きららは静かに息を吐きながら声の方を見た。
「ももかさん…美希タン」
「見学に来ちゃった」
 来海ももかは無邪気に言ったが、蒼乃美希はやや緊張しているようだった。
「わざわざパリまで」
 きららは、お疲れ様です、と付け加えた。
「番組収録なんだけどねー」
 そう言えば、今回のショーは日本のテレビ局の取材が入る、と言っていたような気がする。ももかがレポーターだとは思わなかったが。
「美希タンも?」
「あたしは、ももかさんの荷物持ちって言うか」
「勉強だもんねー」
「色々ありすぎて熱が出そうです…」
「じゃぁ、少し排熱しといて。
 私は、スタッフと一緒にムシュ・ボワンヌに挨拶してくるから」
 ももかは同じように言葉をつなぐ隙を与えずに行ってしまった。
「あ…」
 見習いであるため、どうすればいいかわからない美希が残される。きららは大きく息をついた。

 楽屋で着替え、美希と一緒に外に出る。きららは、途中でテーブルから取ってきたミネラルウォーターのボトルを美希に渡した。自分でも半分ほどを一気に流し込み、ベンチに座る。
「排熱しないの?」
「え?」
「ももかさんにきびしく仕込まれてるんでしょ? たまってそうだなぁ」
 きららが意地悪く笑った。
「あぁ…。
 さっきのあれはそういうことじゃなくて」
「ん?」
 美希は言いにくそうにきららをチラチラと見ていた。
「…。
 なに、あたしのこと?」
「…」
 きららは美希をしばらく見返していたが、そのまま立ち上がった。
「後にして」
「きららちゃん、調子悪い?」
 背中から美希が言った。
「後にして」
「申し訳ないけど、あたしとももかさんの共通見解…」
 手に持ったボトルで自分の首筋をたたいているきらら。やがて、さらに踵を返すとさっきのベンチに座った。しばらく険しい顔をしていたが、大きな息を吐いた。
「なんでそう思ったか教えて…ください」
 美希が隣に座る。
「ウォーキングとか、ターンとか、決まり過ぎてた」
「それの何が――」
 きららは口をつぐんだ。心当たりがある。ただし、それは不調の原因ではなく結果だが。
「ロボットみたいっていうか、正確すぎるっていうか」
 きららは、美希とは視線を合わせずに言葉を待った。
「ももかさんは、メトロを新幹線が走ってるって…」
「何言ってるのかわかんない」
「ごめん、なんて言ったらいんだろう」
「…。
 浮いてる?」
「うん…きららちゃんのドレスだけがきれいすぎる」
 きららはボトルをぶらぶらと振っていた。
 不調を感じはじめたのは一カ月ほど前だ。
 ジタバタすると悪化することはわかっている。そういうときは基本に戻るべきだ。時間を取ってウォーキングをやり直した。パリに来て最初についた先生のもとに顔を出したりもしたのだが、それが悪影響をもたらしたらしい。あるいは、基本に忠実すぎる、優等生のウォーキングになっているのかもしれない。それならボワンヌの「もっと輝けるはず」という言いまわしとも符合する。
 美希は、きららのドレスだけがきれいすぎる、と言う。ドレスを素敵に見せるのがモデルの仕事なのだからそれは必ずしも間違いではないはずだが、ドレスだけが目立って「人間がそれを着る」という実感を観客が持てず、「自分も着たい」と夢を見るようにならなかったら意味がない。それでいいのならハンガーにかけておけばいい。モデルはいらない。
「何がいけないんでございましょうかねぇ」
 きららは何度目かでため息をつくと、自分の膝で頬杖を突いた。
「物語がない、って…あたしは、思った」
 やっと美希の顔を見る。
「…。
 あたしがショーのテーマを理解してない、ってこと?」
「そういう意味じゃなくて。
 全体の流れが。
 実を言えば、きららちゃんだけじゃなくて、ほかのモデルさんもそんな感じ。凸凹してるっていうか」
「…」
 なにか見えそうな気がする。
 実は、美希が言ったように今一つなステップのモデルも目に入っている。自分は一番の若手だから指摘するわけにもいかず、きららはややイライラしていた。ももかの例えを借りれば、あれでは蒸気機関車だ。
「違う違う」
 きららが叫んだ。
「な…なに?」
「いてもいいんだよ、機関車!」
 それなりの時間を取って行われるショーだ。緩急はつく。特急だったモデルが次の出番では各駅停車になることもある。しかし、「急に速くなってついていけない」「今度はどんくさい」と思わせないような配慮は当然なされる。美希の言う「物語」だ。
「それがわかってないんだ」
 きららのように不調を感じたか、大舞台だからと慎重になったか、逆に気合が入り過ぎたか――モデルだけではないかもしれない、あるいはスタッフも含め、それを共有できていないのではないか。
「『物語』を自分の中に落とし込めてない。自分の事で手一杯で想像力が足りないんだよ」
「あ…うん」
「いろいろ考えて、たくさん想像しないと。想像の翼を広げないと!
 さっすが、美希たん!」
 きららは、思わずつかんでいた美希の両腕をパンと叩いて手を離した。美希が控えめに、痛いよ、と言う。
「ごめん、美希たん。あたしちょっとボワンヌのところに行ってくる。大急ぎで修正しないと」
「わかった」
 駆け出し始めたきららが振り向いた。
「そうだ、ショーの翌日、開いてる?」
「夕方の便で日本に帰るけど、昼は多分、大丈夫」
「じゃ、ご飯行こう。っていうか、お礼にスイーツ攻めにしたげるから、その時まで節制しといてね」
「あ…覚悟しとく」
 あたしのイマジネーション見ててね、と言いながらきららは走って行った。
(役に立てたのかな…)
 美希はなぜか赤くなっている頬をさすった。
「楽しみだなー、キュアトゥインクルのイマジネーション」
 ももかさんを探して合流しないと。美希はきららの後を追った。
最終更新:2020年03月02日 20:34