「スキン❤シップ あの頃と、今と」




「……痛ッ!」
 湯船に体を沈めようとした途端、胸の真ん中がズキンと痛んで、エレンは思わず小さな悲鳴を上げた。そろそろ~っとゆっくり湯船の中に座り、ようやくホッとして、ハ~ッと長い息を吐く。
 ネガトーンと戦ったのは今日で二度目だ。プリキュアに変身していれば体の強度は大幅に上がるし、変身を解けば傷も汚れも残らない。実際に経験してみると、それは本当にありがたい。でも今日は、ネガトーンの攻撃をまともに受けてしまった。巨大なパンチを正面からくらって吹っ飛ばされた時は、そのまま体がバラバラになって空に飛んで行ってしまうんじゃないかと思った。すぐにメロディが飛び上がって受け止めてくれたけれど。
「しっかりしなくちゃ」
 エレンは声に出して、自分に言い聞かせる。そう、今まで沢山の人を悲しませてきた分、今度は沢山の人たちを守らなきゃ。決意を新たに、またゆっくりゆっくり湯船から上がり、体を洗おうとお風呂場の椅子に腰かけた時、突然、お風呂場のドアが少しだけ開いた。

「セイレーン……」
 ドアの隙間からするりと入って来たのは、額にハートマークを持つ白い猫。いや、猫の姿をした、メイジャーランドの妖精だ。相変わらず、仲間たちは呼ばないエレンの昔の名前を呼びながら、とことこと歩いて、彼女の膝の上に飛び乗った。
「ハミィ……どうしたの?」
「セイレーン。今日、怪我したんじゃないのかニャ? 痛くないかニャ?」
 心配そうにエレンを見つめたハミィが、そのハート型の肉球を、エレンの胸の真ん中に当てる。
「だ、大丈夫よ、私はプリキュアなんだから」
「プリキュアでも痛い時は痛いって、響がよく言ってるニャ」
「……」
 円らな瞳で見つめられ、エレンが思わず言葉に詰まる。するとハミィは、ニャハ!とお気楽な笑い声を立てた。

「大丈夫ニャ。ハミィが来たから、心配いらないニャ!」
「……え?」
 不思議そうに首を傾げたエレンが、すぐに悲鳴のような声を上げる。ハミィが突然、エレンの胸に顔を寄せ、舌でぺろぺろと舐め始めたのだ。
「キャッ! ちょ、ちょっとハミィ!」
「ニャにも驚くことは無いニャ。ハミィとセイレーンは小さい頃から、お互いが怪我した時はこうしてきたニャ。ハミィが森で転んで膝を擦りむいた時も~、イガグリを掴んで指に棘を刺しちゃった時も~、セイレーンはいつもこうしてくれたニャ」
「そ、それはそうだけど……キャッ! くすぐったい~!」

 悲鳴を上げながら身をよじるエレンの顔が次第に赤くなり、声が何だか甘く艶っぽくなっていく。ハミィの舌が、胸の真ん中だけに留まらず、次第に白く柔らかな膨らみの方にまで差し掛かって来たのだ。
「あ……はぁ……は、ハミィ……」
「何ニャ? セイレーン」
 無邪気に聞き返すハミィの目が、すっと嬉しそうに細められた。
「セイレーン、ひょっとしてココ、気持ちいいニャ? セイレーンのこういう声聞くの、久しぶりだニャ。懐かしいニャ~」
「な、懐かしがってんじゃないわよっ」
 真っ赤な顔で強がるエレンが、次の瞬間に甲高い啼き声を上げる。双丘の裾野の部分を丹念に嘗め回しながら、次第に硬く尖ってきた頂を、ハミィが両手の爪でカリカリと引っ掻き始めた。
「あ、ああっ、あああ~っ!」
「やーっぱり、ニンゲンの体はここが気持ちいいんだニャ? 思った通りニャ」

 エレンの背中が椅子ごと、トン、と湯船の縁にぶつかった。ギュッと目をつぶって快楽を享受しながら、その胸の中にじわりと広がるのは淡い哀しみ。
 もう元の姿には戻れない体。メイジャーランドのあの森の中で、お互いに傷を舐め合い、毛繕いをし合い、お互いの気持ちいいところを舐め合ってきたあの日々は、もう二度と戻らない……。
 久しぶりに感じるハミィのザラザラとした舌と硬い爪の感触に酔いしれながら、切ない気持ちが胸の中で膨れ上がって、子宮がきゅんと淡い疼きを覚える。閉じた目蓋の裏に、稲妻みたいな白い光がチカチカと点滅し始める……。
 その時。

「セイレーン?」
 相変わらず無邪気な声が、今度は耳元から聞こえて、エレンを押し流そうとしていた光の波が鳴りを潜める。
「怪我が無くても、痛い時は痛いって言っていいニャ。そんな時は、ハミィがいつでもこうやって慰めてあげるニャ」

 頬に当たるつやつやとした毛並みの肌触り。そこからハミィの優しい心が胸に伝わって来るようで、エレンはハァっとため息をつく。
 あんな切ない気持ちのままで波に押し流されていたら、一体何を叫んでいたか――もしかしたら、またハミィを悲しませるようなことを言ってしまったかもしれない。
「ありがと、ハミィ」
 微笑んだエレンが、今度はハミィの首輪の辺りを細い指で丹念に掻き始める。すると今度はハミィの方がフニャ~、と蕩けそうな声を上げた。

「セイレーンの指、気持ちいいニャ~」
「当然よ。ハミィの気持ちいいところで、私が知らない場所なんて無いわ」
 金色の瞳がキラリと輝く。そうだ、舌で舐めてあげることが出来なくても、人間の体には、こんなに器用に動く指がある。今度は左手で顎の下をコチョコチョとくすぐりながら、頭の上から背中にかけて、右手でゆっくりと撫でていく。
 時折その指先がビクリと震えるのは、エレンの首筋に顔を埋めたハミィが、長い黒髪をかき分けるようにして、盆の窪から耳の後ろ辺りをペロペロと優しく愛撫しているから。

 背中を何度か撫でさすったエレンの手が、さらに下の方までおりて――そこで一旦止まる。
 目にしているのは、ぴょこぴょこ揺れる尻尾の付け根。ここは急所にも当たるので、妖精だった時にも、優しく優しく慎重に舐め合った場所。快感が大きい分、下手に触られると痛みと恐怖が大きい。しかもあの頃より遥かに大きく力の強い人間の手で触って、大丈夫だろうか。
 まずは人差し指の腹で軽く触れてみる。その間にも、ハミィの愛撫は止まらない。心地良さに半分溶けかけたような頭で、自分が妖精だった時の感触と、人間の手の力加減とを何とか結び付けようとする。
 指を二本に増やして、時折軽くトントンと叩きながら撫でてみると、ハミィの腰が、ぐぅっと持ち上がって来た。

「しぇ……しぇいれーん……しょれ、き、きもちよすぎニャぁ……」
 完全に蕩け切ったハミィの声に、エレンの頬が緩む。が、次の瞬間、今度はエレンが甘い喘ぎ声を上げた。くたりとエレンの頬に頭を付けたハミィが、小さな舌を目一杯伸ばして、エレンの耳の内側をチロチロと舐め始める。同時にさっきよりは力の無い胸への愛撫が再開して、ついにエレンがバランスを崩して椅子から転げ落ちる。
「セイレーン……」
「ハ、ハミィ……」
 柔らかく苔むした森の中ではない。出しっぱなしのシャワーに濡れた、固い浴室のタイルの上で、大きな影と小さな影が転げまわり、撫で合い、舐め合い、じゃれつき合う……。

 やがて、火照った体に気持ちいいくらいに冷めた湯船に、並んで浸かる二人の姿。
「やっぱりセイレーンの隣は、気持ちいいニャ~」
 そう言ってゴロゴロと鳴っているハミィの喉を右手で撫でながら、エレンは、いつしか痛みの代わりに愛しい喜びでいっぱいになった胸に、左の掌をそっと押し当てた。

Fin.
最終更新:2020年03月06日 19:19