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赤の願い、綴れない想い/一六◆6/pMjwqUTk




「なぁ、サウラー。ちょっと気になることがあるんだが」
 バタン、とドアが開く音と、それと同時に聞こえて来たウエスターの声に、イースはハッと我に返った。この世界の情報収集のため、いつものようにこのリビングで本を読んでいたはずが、少しの間意識が遠のいていたらしい。
 あのカードを使うようになってから、戦闘が終わってもダメージが一向に消え去らない。こんな痛みや疲れなど早く払拭して、次こそメビウス様のご命令を果たさなくては――そう思いながら、慌ててソファの上で居住まいを正したところで、眉間に皺を寄せてこちらを見ているウエスターと目が合った。

「何? 私に何か用なの? ウエスター」
「いや……そうではないが……」
「それで? 気になることって何だい?」
 イースに切り口上に問い詰められて言い淀むウエスターに、折り良くサウラーが声をかける。ウエスターはこれ幸いとサウラーの方に向き直った。

「おお、実はだな。この館の前の森に、何やら他とは違う雰囲気の木が――ほら、緑色の細長い木が、たくさん生えている場所があるだろう? あそこに今日、やたらと人が集まっていてな」
「……一体どこのことだ?」
 サウラーが首を傾げながら、部屋に備え付けられているモニターを起動させる。館の周りの森の映像を少しずつ動かしていくと、ウエスターが「ここだ!」と言いながら画面を指差した。
 モニターに映っているのは、森の外れの一角にある竹林だった。夏でも涼し気に見えるその場所に、ウエスターの言う通り、何人もの人影がある。どうやら皆、手に手に刃物を持って、竹を切り出しているらしい。

「あんな細い木、一体何に使うんだ?」
「そう言えば、この国の歴史書で読んだことがあるよ。大昔はあの竹とか言う植物で、槍を作ることもあったらしい」
「何っ!? じゃああの人間どもは、まさかその槍でナケワメーケと戦うつもりなんじゃ……」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 我慢できなくなって、イースは読みかけの本をバタンと閉じた。吐き捨てるようにそう言って、鋭い目で二人を睨み付ける。
「プリキュアどもに頼りきりのあんな弱い者たちに、そんな度胸があるものか」
 そう言いながらイースがゆらりと立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「おや、お出かけかい?」
「おい、イース! 今日はもう休んだ方が……」
「うるさいっ! お前の指図は受けん!」
 ウエスターを大声でそう一喝してから、イースはバタンと後ろ手でドアを閉めた。



   赤の願い、綴れない想い



 東せつなの姿になって、森の中をゆっくりと歩く。
 最近は、館に居ても落ち着けないことが多くなった。ウエスターも、そしてサウラーまでもが、何かというと話しかけ、ちょっかいを出してくる。メビウス様の特命を果たすために、色々考えたいことがあるというのに……。

(貴様らにとやかく言われなくても、次こそ必ずご命令を果たす! そして……)

 心の中でそこまで呟いて、せつながブン、と頭を横に振る。

(……とにかく、黙って見ていろ!)

 一人になりたくて館を出てきたのは確かだが、別の理由もあった。ああは言ったが、やはりこの街の人間たちの行動が気になったのだ。

(まさか、サウラーが話していたようなことはないだろうが……)

 一瞬、ウエスターの話に出た竹林に行ってみようかと思ったが、街中に行った方がより彼らの様子がよく分かるだろう、と思い直す。その考えに間違いはなかったが――商店街に着いてみると、予想を見事に覆す光景が広がっていて、せつなは目を丸くした。

 商店街の店という店の軒先に、槍になるとは到底思えない、細くて柔らかい竹や笹が立て掛けられている。しかもそれらは、色とりどりの数多くの細長い紙切れで飾り立てられているのだ。中には紙切れだけでなく、丸い紙の輪を幾つも繋げたようなものや、紙で作った網のようなものも飾られている。
 色鮮やかな飾りを無数に付けた竹や笹が、風にさわさわと揺れている――その様子を、半ば怪訝そうに、半ば物珍しそうに眺めながら商店街を歩いて来たせつなは、飾られている紙にどれも文字が書いてあるのに気付いて、足を止めた。

 一枚を手に取って、その文字を読んでみる。途端にせつなの顔が、ほんの一瞬、不快そうに歪んだ。
 もう一枚。さらにもう一枚……。その笹についている全ての紙に目を通そうとするかのように、せつなは片端から手を伸ばす。そして手に取るごとに、その表情は次第に険しく、不機嫌そうなものになっていく。

――ピアノが上手になりますように。
――今年は遅刻をしませんように。
――新しいゲーム、買ってもらえますように。

(こんな紙切れに願いを書けばそれだけで願いが叶うなどと、この世界の人間たちは本気で思っているのか? こんなことまで人任せにして、能天気に笑っているのか……?)

「ふん……なんてくだらない」
 何だかモヤモヤするのが腹立たしくて、わざと声に出してせせら笑ってみる。その声がやけに掠れて、余計気分が悪くなった。
 不思議なことに、紙に書かれた言葉に少しだけ見覚えがあるような気がする。そのことが、余計せつなを苛立たせる。こんなくだらない言葉、今まで目にしたことなど無いはずなのに。

――高校に合格できますように。
――親友とずっと仲良しでいられますように。
――病気のお母さんが、元気になりますように。

 気分が苛立っているためか、鼓動が速い。何だか少し息も苦しい。大きく深呼吸すると、今読んだ紙切れたちが、せつなを嘲笑うかのように、一斉にひらひらとたなびいた。
 鮮やかな色彩が目の前で渦を巻くように溶け合って――やがて世界がゆっくりと暗い闇に染まる。
 せつなの身体はずるずると崩れ落ち、風に揺れる七夕飾りの下に力無く倒れた。



 目を開けると、薄暗い天井が見えた。頭の下には薄べったいクッションのようなものがあてがわれ、身体には薄い布団が掛けられている。
「気が付いたかい?」
 跳ね起きたせつなに、少々ぶっきら棒な声がかけられる。
「暑さにやられたんだろ。ほら、これ飲みな」
 そう言ってペットボトルを差し出したのは、不機嫌そうな顔をした一人の老婆だった。華奢な身体つきで、差し出された手も皺だらけなのに、眼鏡の奥からこちらを見つめる眼差しは鋭くて、妙に威圧感がある。
「……いただきます」
 その眼光に気圧されるように、せつなはペットボトルを受け取ると、上品な手付きで蓋を開け、中身をひと口飲んだ。どうやら無味無臭の、ただの水らしい。途端に喉が渇いていたことに気付いて、ごくごくと飲み進める。
 冷たい水が、火照った喉に心地いい。一気に飲み干して思わず大きな息をつくと、老婆の目元がほんの一瞬、フッと緩んだ。と、その時。
「すみませーん」
 幼い声が、意外にもすぐ近くから聞こえた。

 声がした方に目を移すと、向こうに商店街の通りが見える。そして、せつなが居る部屋と通りの間のスペースには、左右に造り付けられた棚があり、その中に所狭しと、何やら様々な色や形の小さなものが置かれている。その棚と棚の間に、兄妹らしい二人の子供が立っていた。
「ちょっと待ちな! ――あんたはもう少しここで休んでな」
 老婆が子供たちに声をかけてから、せつなにそう言いおいて立ち上がる。
 見るともなく見ていると、子供たちは棚に置いてあったらしい品物をそれぞれ手に持っていて、老婆に小銭を渡している。それを見てようやくせつなは、ここがお店なのだということに気付いた。
 考えてみれば、商店街にあるのだから当然のことだ。だが彼らのやり取りは、それだけでは終わらなかった。

「あんたたち、七夕の短冊はもう書いたのかい?」
 老婆にそう声をかけられ、幼い兄妹が揃って首を横に振る。すると老婆はせつなが居る部屋に取って返して平べったい箱を手にすると、それを二人に差し出した。
「なら、好きなのを一枚ずつ選びな。願い事を書いたら、店の前の笹に吊るすんだよ」
「わかった!」
「ありがとう、おばあちゃん」
 おにいちゃんは何て書くの? などと話しながら、短冊と呼ばれた細長い紙切れを大事そうに手に持って、二人が店を出ていく。その後ろ姿を見送ってから、老婆が部屋に戻ってきた。

「短冊の願い事、あんたも書くかい?」
 老婆がそう言いながら、さっきの平べったい箱をせつなの目の前に置く。箱の中には、まだ字が書かれていない沢山の短冊が入っていた。紙の色は、青、赤、黄色、白、紫の五色だ。
「良かったら一枚選びな。昔は短冊の色にも意味があったそうだけどね、今は好きな色に好きな願い事を書けばいいのさ」

「願い事……だと?」
 さっきの能天気な願いの数々を思い出して、つい冷淡な口調になってしまった。それに気付いて、せつなが慌てて笑顔を作り、箱の中に手を伸ばす。
「あ……ああ、短冊ですか。紙に書いただけで願い事が叶うなんて、不思議ですね」
 アハハ……と引きつった顔で笑いながら、せつなは箱の中から一枚の赤い紙切れを手に取った。その様子を相変わらずいかめしい顔で見つめながら、老婆がゆっくりと首を横に振る。

「書いただけで願いが叶うわけないじゃないか。願い事を叶えるのは、自分だろ?」
「え? だって、短冊にお願いするんじゃ……」
「短冊は、七夕の空への――天の川への決意表明みたいなものさ」
「決意表明……なんでわざわざ」
「願い事は、目に見えないだろう? だから目に見えるように文字にすれば、心が決まって、それに近付けるんじゃないのかね」
 思わずぼそりと呟いたせつなに、相変わらずぶっきら棒な調子でこたえた老婆が、初めて少し頬を緩めてこう付け足した。
「みんな、何かが“できますように”って短冊に書くだろ? あれにはきっと続きがあるのさ。“できますように、頑張ります”とか“できますように、応援します”とか、そういう意味じゃないのかねえ」
 その途端――耳の奥に明るい声が蘇って来て、せつなは思わずハッと息を呑んだ。何故あの短冊の言葉に覚えがあったのか、やっとわかったから。

――せつながいつか、幸せをゲットできますように!

 首から下げたペンダントに、左手でそっと触れる。それは、このペンダントをくれた時、ラブが輝くような笑顔を見せながら言った言葉だった。

(ラブが私を応援……? 馬鹿馬鹿しい。それに、あれは私の願い事なんかじゃない。私の願い事があるとすれば、それは……)

「やっぱりまだ具合が悪そうだね。横になるかい?」
 老婆の声にハッと我に返ると、右手に持った短冊が、ブルブルと小さく震えていた。まだ胸の中に渦巻いている何かを瞬時に追い出し、何でもない風を装って、短冊を箱の中に戻す。そして老婆に向かって一礼すると、せつなは素早く立ち上がり、小さな店を通って商店街の通りに出た。
「ちょっとお待ち。もう少し休んでいかなくていいのかい?」
 老婆が慌てて後を追いかける。だが、老婆が店の外に出た時には、もうどこを探しても、せつなの姿は無かった。



「何だい、あの子は。大丈夫かねえ……あんな苦しそうな目をして」
 どっこいしょ、と言いながら再び部屋に上がった老婆が、ふと短冊が入った箱に目を留める。他の短冊と混じって、少し皺の寄った赤い短冊が――さっきせつなが持っていた短冊が、箱の中にふわりと置かれている。
 赤い短冊は、昔ながらの意味では、親や目上の者を慕い敬う気持ちを表す。そして無意識に選んだ短冊の色は、不思議とその人の願い事と関係が深いことが多いのだという。この赤は、あの少女の願い事と、関係があるのだろうか――。

 老婆は、何も書かれていないその短冊を手に取ると、再び外に出た。小さな身体で精一杯背伸びして、店の前に飾られた笹の葉のなるべく高い場所に、その短冊を吊るす。
「あの子の願い、どうか叶いますように……」
 赤い短冊は夏の風に吹かれて軽やかに舞い、笹の葉は数多くの願い事にその身をしならせながら、さらさらと涼やかな音を奏でていた。


~終~
最終更新:2020年07月18日 09:26