『逆襲のイース』/夏希◆JIBDaXNP.g
<1>
「すべてはメビウスさまのために」
かつてツインテールがトレードマークだった長い髪の少女が、視察に来た本国ラビリンスの幹部にそう答える。
感情豊かにクルクルと動いていた瞳は、光を失い暗い色を湛えている。好奇心旺盛で天真爛漫だった少女は、全てに興味を失って指示を待つだけの人形になった。
<2>
「私を覚えているか?」
「はい、イースさま。一緒に遊べて楽しかった」
少女は少しも楽しくなさそうに、目の前の幹部に答える。
「プリキュアの力を失い、好きだったダンスも諦めて、お前はこれから何のために生きる?」
「はい、イースさま。すべてはメビウスさまのために」
「……もういい、行け」
<3>
幹部は――イースは少女に背を向ける。
「はい、イースさま」
抑揚のない平坦な声を背中で聞いて、一瞬だけ顔を歪め、すぐに元の無表情に戻った。
「もう、この世界に来ることもあるまい……」
プリキュアを倒し、インフィニティを奪取した。それでも心が晴れないのは、唯一の願いが叶わなかったから。
<4>
(こんなはずじゃなかった……)
密かに唇を嚙んで立ち去ろうとするイース。そのマントを何者かが背後から掴んだ。
「誰だッ!」
怒鳴り声を上げて振り返ると、先程の少女が手を引っ込めるところだった。
「何の用だ」
「いえ――なんでもありません」
少女の目から、ツウ――と一滴の涙が零れ落ちる。
<5>
「なぜ――泣く?」
「もうしわけ……ありません。わかりません」
イースは少女の頬に手を伸ばし、そっと涙を拭う。
その後、少女は特に変わった動きを見せず、人々の群れに戻って行った。指示されたプログラムに従うために。
だが、彼女の涙はイースの黒い手袋と心に、目に見えない小さな染みを作った。
<6>
「国民番号ES4039781。これよりあなたはイースの称号を失います」
「何故だ、クライン。私が何か失敗でもしたというのか」
「いいえ。幹部階級は廃止されるのです。ウエスターとサウラーも同じです」
「そんな……理由を説明しろッ!」
「もう必要ないからですよ」
クラインは冷たくそう言い放った。
<7>
「今や全世界はメビウス様の支配下。抵抗勢力への備えは不要になりました。あなた方の役目は終わったのです。お疲れ様でした」
イースは震える拳をギュッと握り締める。一市民になった以上、支配階級のクラインに逆らえば、処分は免れない。
何よりこの決定は、メビウス様が下されたものなのだから。
<8>
「私は死をも恐れない。名誉も要らない。ただ――メビウス様に一目お逢いしたかった。私を見ていただきたかった。ただ、それだけを願い続けてきた……」
もう、その願いが叶うことはない。インフィニティをラビリンスにもたらしたあの時ですら、メビウス様と直接お会いすることは出来なかったのだから。
<9>
「フフ、フフフ、フフフフフフ……。いや――ある。一つだけ――メビウス様に、私を見ていただく方法が!」
その夜――ラビリンスの首都は炎に包まれた。突如出現した三体のナケワメーケが、見境なく暴れ回ったために。
鎮圧に乗り出したノーザとクラインを、元・幹部のウエスターとサウラーが足止めする。
<10>
その隙に、イースは一人メビウスの塔の頂上に潜り込み、インフィニティを奪取する。
「……キュア?」
インフィニティだった幼い妖精は、巨大コンピューターとの接続を断たれて、シフォンと呼ばれていた頃の人格を取り戻す。そして自分を救い出した、かつて敵だった少女の顔を不思議そうに見上げた。
<11>
「心配要らないわ。私はもうイースじゃない。東せつな――シフォン、あなたをフォローする(助ける)者よ!」
そう言って微笑むと、イースは――いや、せつなはシフォンを抱えて、軽やかに塔から飛び降りたのだった。
最終更新:2020年10月11日 00:22