ハグプリ49.5話『ただいま』/猫塚◆GKWyxD2gYE




<1>
さて、未来に帰ったルールーとトラウムさんと、そして…

「ルールー? そのバナナの皮は?」
「はい、わたしの計算では、これを地面に置くことで、100%、この時代の愛崎えみるに出会えます」
「……??」

<2>
「極端に心配性のえみるならきっと、私がバナナの皮で滑って転んで故障して全パーツバラバラの大惨事になる…などと叫びながら、私のほうへ突っ込んでくるはずです」
「あはは、そんなバナナ……」
「……。別居しましょうか?」
「ごめんっ! 怒らないでっ、ルールーちゃぁぁん!」

<3>
しかし、この日、えみるは現れなかった。
翌日……。

「地面に置くバナナの皮を10枚に増やしてみようかと思います」
「いや、ルールー…」
「では30枚!」
「そうじゃなくてだな…」
「私はえみるに会いたいのです!」
「なら、その気持ちを歌えばいい。この時代の彼女に届くように」

<4>
ルールーは歌った。この時代の人々に、愛と笑顔を届けるために。
そして、愛崎えみるに出会うために。

しかし、えみるは現れなかった。
もしかして、この時代に愛崎えみるは存在していないのだろうか?

「そんな事はありません。えみるはいます。絶対に、わたしの歌に応えてくれます……」

<5>
トラウムと共に、ルールーは幾つもの街を渡り歩いて歌い続けた。

やがて、途絶えていた『歌う』という行為が、この時代にも少しずつ復活し始めた。

ルールーの真似をしているのだろうか。
荒廃した街の隅に、時折、誰かの歌声が響くようにもなった。

けど、まだ、えみるには出会えない。

<6>
「ふむ、この街には居ない…か」
「では、次の街へ」
「それは明日だ。最近無理が続いているだろう? 今日は軽くメンテナンスを…」
「必要ありません。それよりも次の街へ」
「いい加減にしなさいッ! ルールー!」
「いい加減ではありません! 私の、えみるに会いたいという気持ちは!」

<7>
喧嘩して、トラウムのもとを飛び出してきてしまった。
でも、行く当てはない。
次の街へ向かう元気も、歌う気力も、何故か湧いてこない。

トラウムへの態度を後悔しながら、ただ、うつむいて街を歩く。
…………。
…………。
彼女の聴覚センサーに、優しいメロディが引っかかった。

<8>
(ここから30メートル! 右の角を曲がった先!)

人間の耳では拾えないレベルの小さな音量から、位置を特定。
反射的にダッシュ。

人のまばらな通りの端を歩きながら、蚊の鳴くような小声で、だが楽しげに口ずさむ女性を発見。

髪型も、体格も、身長も、全然一致しない。
けれど……。

<9>
その女性はルールーと目が合うと、一瞬、硬直。
だが、すぐに後ろを向いて、来た道を逆に走り出した。

「待ってください!」
「ごごご……ごめんなさいなのです!」
優しく背後から捕まえたルールーの腕の中で、女性がバタバタと必死にもがいて逃げ出そうとする。

<10>
「なぜ逃げるのですか」
「下手くそな私が真似をしたから、あなたはきっと怒っているのです! 捕まったら最後、身ぐるみ剥がされて街から放り出されてしまうのです!」
「しません。というか、もう捕まってますよ?」
「ひーっ! そうなのですっ!」
「とにかく、落ち着いて私の話を ―― 」

<11>
あれ ―― ?
私の話を ―― 。エラー。何を話せばいいのか分からない。
出会ったら話そうと思っていた事は、たくさんあったはずなのに。
エラー。
何も思い出せない。

ルールーが捕まえている女性が、振り返って尋ねてきた。
「ケガをしているのですか?」
「えっ?」
「泣いているのです…」

<12>
気が付けば、涙が頬を伝っていた。

「やっぱり、ちゃんとメンテナンスを受けておくべきでした。こんな大事な瞬間なのに、エラーのせいでうまく話せません」

女性を捕まえている腕で、そのまま愛しく彼女を抱きしめる。
そして、ただ心から湧き上がる言葉を口にした。

「ただいま、えみる」

(終)
最終更新:2021年01月02日 20:13