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『反逆のイース! ~序章~ 黒き破滅のプレリュード』/夏希◆JIBDaXNP.g




――ねえ、せつなは幸せ? せつなの幸せは、なぁに?

(私はメビウス様のしもべ。メビウス様のために存在し、メビウス様の命令を成し遂げるだけ……)

――今度はせつなにも幸せになってもらいたいんだ。だからどうしても欲しかったの。

(私は幸せなんて要らない――欲しいのは……欲しい?)

 ガバッとベッドから起き上がって、イースは荒い息を吐く。繰り返される――同じ夢。もう何度見たのかもわからない。
 立ち上がって窓から外を覗くと、空はうっすらと明るくなりつつあった。もうじき日が昇るのだろう。
 また不快な一日が始まるのだ。人々が馬鹿みたいに笑い、くだらないことに夢中になって、それをこれみよがしに見せ付けてくる、五月蠅くて煩わしい時間が……。

「私はメビウス様のしもべ。メビウス様のために存在し、メビウス様の命令を成し遂げるだけ」

 夢の中では心に思い浮かべた言葉を、今度は声に出してつぶやいてみる。すると少しだけ、気分が落ち着いたような気がした。

 あの日、桃園ラブから投げかけられた言葉。自分の幸せは何なのか――その問いが抜けない棘となって、チクチクとイースの胸に小さな痛みを与え続けていた。
 イースは机の上に置かれた『幸せの素』のペンダントを手に取る。
 ズキンと、また小さな痛みが走った。こんなもの、いっそ砕いてしまえばこの痛みからも逃れられるのかもしれないが、これは敗戦続きのイースにとって、ほとんど唯一の戦果と呼べるものだ。

(あろうはずがない。メビウス様のしもべである私が、自分の幸せを願うなど……)

 一刻も早く、任務を果たさなければならないと思った。これ以上、この地に長く留まれば、自分がおかしくなってしまう気がした。

 イースは空中に端末を呼び出すと、ラビリンス本国との通信回線を開いた。ほどなくして神経質そうな中年男性の姿が映し出される。
 口調こそ丁寧だが、常に人を見下したような顔――慇懃無礼を絵に描いたようなその男に、イースは簡潔に用件だけを伝えた。つい先日、あと少しのところで作戦に失敗した時から、考えていた対策だった。

――なるほど。リンクルンの自己防衛機能を封じるアイテムを用意しろと?

「そうだ。あれに触れた瞬間、強く光ったかと思うと得体のしれない衝撃が襲って来て、手を放してしまった。私ではあれに触れることはできない。だから――」

――いいでしょう。そのくらいはお安い御用です。数日の内にリンクルンの力を抑え込むアイテムを用意します。

「頼んだぞ、クライン」

 翌朝、イースの私室に白い手袋が一組届いていた。一見すると、薄手のレース生地でできたお洒落な手袋だ。試しに付けてみると、イースの手にぴったりとフィットする。
 それはもちろん当然なのだが、ウエスターやサウラーに一歩先んじた実感があって、思わず顔が綻んでしまう。若者向けの可愛らしいデザインで、これなら付けていても怪しまれることはないだろう。見た目によらず丈夫で、戦闘にも耐えられそうだった。もちろんリンクルンを含め、触れた対象の神秘的な力を封じる効果があるという。

「フフフ、これさえあれば――今度こそ、奴の変身アイテムを奪うことができる……。ようやくメビウス様に認めていただけるチャンスが訪れたのだ!」

 イースはそう口にすると、東せつなの姿になって占いの館を後にする。キュアピーチ――桃園ラブと連絡を取るために。



『反逆のイース! ~序章~ 黒き破滅のプレリュード』



 一陣の風を纏って、東せつなはクローバータウンストリートの天使の像の前に姿を現す。
 約束の時間より五分ほど早いが、桃園ラブは既に到着していて、ソワソワした様子で待っていた。ギリギリに来ることが多い彼女にしては珍しいことだ。

「お待たせ、ラブ」
「せつな! あたしも今来たところだよ」
「本当に?」
「ごめん、ホントは三十分くらい早く着いちゃった……」

 照れ隠しのように、ラブはナハハ……と笑って頭を掻く。せつなは苦笑しながらも、注意深く周囲に視線を走らせた。それに気付いたラブが、せつなの腕を掴んで微笑みかける。

「今日はあたし一人なんだ。美希たんは撮影があって来られないし、ブッキーも動物病院のお手伝いがあるって」
「そう――そうなの。……残念ね」
「残念って……せつな、ホントにそう思ってくれてるの?」
「えっ? ええ、もちろんよ。私達みんなお友達でしょ?」

 ラブはせつなの顔をじっと覗き込んでから、良かったと言って微笑んだ。

「実はね。あたし、ワザと美希たんとブッキーに用事がある日を選んだの。この前あんなことになっちゃったし、本当はせつな、あたしと二人で会いたかったんじゃないかと思って」
「そうだったの……。否定はしないわ。気を使わせてごめんなさい」
「ううん。あたしこそ、せつなにお友達が増えたらいいな、なんて余計なことを考えちゃった」

 今度は二人で、ゆっくりとクローバータウンストリートを巡る。それは前回と全く同じルートだった。もちろん偶然ではなくて、ラブなりに考えた末のお詫びなんだろう。それに気付いたせつなが、ボーリング場が見えてきたところでピタリと足を止める。

「この前あそこで、私は二人に許せないと言われたわ」
「あ、うん。本当にごめん! 美希たんもブッキーも、悪気は無かったの。ただ、あたしのことを心配してくれただけで」
「ええ、それはわかってるつもりよ。でもどうして? ラブが二人と同じように思わないのは、なぜ?」
「なぜって、そんなの当たり前じゃない! せつなも美希たんやブッキーと同じで、あたしのこと心配して言ってくれたんだもの」

 一瞬の迷いもなく、ラブが明るく言い放つ。ラブの瞳を見つめてその言葉を聞きながら、せつなはじっと考え込んでいた。
 まっすぐなその眼差しは、どこからどう見ても演技をしているようには見えない。まだ数えるほどしか会っていないし、何か特別の恩を売ったわけでもない自分を、この子はどうしてここまで信じることができるのか。
 もちろん信頼を得るために近づいたのだから、狙い通りの結果ではある。それにしても拍子抜けするほど簡単で、自分の作戦の成果だという喜びすら湧いてこない。むしろその疑いの欠片もない眼差しを見ていると、何だか胸の中に黒いもやが湧き上がっているような、重苦しい気分になってくる。

「だから、あたしもせつなのことが心配なんだ。せつなの幸せって何だろう……あたしにできること、何かないかな?」
「幸せって、どうしても必要なものなの?」
「もちろんだよ、せつな。人はね、みんな幸せになるために生まれてくるんだよ」
「……ッ!」

 せつなは大きく目を見開き、全身を硬直させた。ラブの言葉がせつなの暗い胸の中の、その中心を貫いたのだ。揺さぶりをかけるつもりで、逆に揺さぶられてしまっては元も子もない。しかし今のラブの言葉は、せつなの――イースの常識や価値観を、完全に否定するものだった。
 突然、足を止めるどころか身じろぎひとつしなくなったせつなを心配して、ラブが抱き付くようにして、その背中に手を回す。

「どうしたの? せつな。また具合が悪いの?」
「ごめんなさい、そんなんじゃないの。それよりも……」

 そう言いながら、せつなはラブの手を振り払った。
 やはり一刻も早くこの街を離れなければならない。これ以上この街に――ラブの傍に居続けたら、自分が自分でなくなってしまうかもしれない。

(そのためにも――まずは一刻も早く、任務を果たす!)

「ねえ、ラブ」

 せつなは思いつめたような表情でラブの目を見据え、ひとつのお願いを口にする。

「ラブの携帯――リンクルンと言ったわね。それ、私に見せてくれない? 何度かお願いしたけど、これまでは邪魔が入ってばかりだったでしょ?」
「あ、ああ、そうだったね。うん、いいよ!」

 ラブはリンクルンを取り出して、無造作にせつなに手渡す。一瞬だけせつなの腕が緊張したように硬直したが、それは何事もなくせつなの掌の上に――白いオシャレな手袋の上に収まった。
 せつなが恐る恐る指を動かしてリンクルンを掴み――次の瞬間、不敵に笑う。

「ふふっ、フフフ……ついに手に入れたぞ! プリキュアの変身アイテム――リンクルンを!」
「えっ? せつながどうしてそれを……プリキュアのことを知ってるの?」

 ラブが驚きに目を見開いて、リンクルンを返してもらおうと手を伸ばす。だがすぐに、わっ、と叫んでその場に尻餅をついた。不安定な体勢のところを、せつなに肩をドンと押されたのだ。
 ラブが信じられないといった表情で見上げる中、せつなは両手を胸の中心で合わせると、それを大きく左右に開いた。

“スイッチ・オーバー”

「我が名はイース! ラビリンス総統、メビウス様がしもべ!」

 そのシンプルな動作とキーワードがもたらした劇的な変化に、ラブはもちろん、周囲の人々も息を呑んだ。
 東せつなの艶やかな黒髪が、一瞬のうちに白銀の輝きを放つ。赤と白のカジュアルなパンツルックは、黒と赤を基調とした戦闘服に姿を変える。その見知った姿を目の当たりにして、ラブの表情は更なる驚愕に染まった。

「うそ……せつなが――イースになるなんて。そんな……どうして!?」
「まだわからないのか? 東せつななど存在しない! 私は最初から、この変身アイテムを奪うつもりでお前に近づいたのだ」
「そんな……うそだよ。そんなの、絶対に信じない!」

 イースは馬鹿にしたようにフン、と鼻で笑うと、ラブに背を向けて立ち去ろうとする。
 その時だった――二人の少女が疾風の勢いで駆け付け、同時に跳躍し、青と黄の閃光となってイースを貫く。

“ダブル・プリキュア・キック”

 イースはとっさに上体を捻って直撃だけは免れたが、その衝撃でリンクルンを手放してしまう。道端に転がったラブのリンクルンを、駆け付けた二人のプリキュアのうちの一人、キュアベリーが拾ってラブへ投げてよこした。

「ラブ、変身よ!」
「ベリー……パイン……嘘でしょ? せつながイースだなんて、あたし……」
「ラブちゃん、しっかりして!」

 リンクルンを手にしたまま呆然と突っ立っているラブの瞳が、小刻みに揺れている。ベリーとパインが声をかけている間に、イースは体勢を立て直し、鋭い目でラブと二人のプリキュアを睨み付けた。 

「おのれ……仲間を伏せていたとはな。そうとも知らずに泳がされて、まんまと罠に嵌められたというわけか? ならばこれももはや不要! 力づくで奪い取るのみ!」

“ナケワメーケ! 我に仕えよ!”

 イースは幸せの素のペンダントを空中に放り投げ、それに赤いダイヤを突き刺した。衝撃音と共に竜巻が巻き起こり、緑色に煌めくナケワメーケが出現する。一見、まるで亀のような短い手足を持つ怪物は、思いもよらぬ速さで回転し、ベリーとパインに襲いかかった。

「きゃあ!」
「きゃあああ!」

 四つ葉の中心にある十字型の突起を軸に、ケワメーケは回転しながら強襲する。
 ベリーとパインは回転力の弱い中心が弱点と見て、ダブルキックでその軸を狙う。しかし軸に届く前に、高速回転に巻き込まれて大きく弾き飛ばされてしまった。コンクリートに叩きつけられる仲間達を見て、ようやくラブも戦う覚悟を決める。

“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”

「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて! フレッシュ!」

“キュア・ピーチ”

「はああああ――ッ!」

 ピーチはナケワメーケに駆け寄って大きく屈むと、回転方向に廻し蹴りを放った。ナケワメーケの回転が更に加速して、重心が安定して前進が止まる。

「ベリー! パイン!」

 二人も体勢を立て直して、ピーチに続いて回転方向への蹴りを放つ。

「はああ――ッ!」
「やああ――ッ!」

“プリキュア・コンビネーション・キック”

 三重に加速した回転力に耐え切れず、ナケワメーケの支点が欠けてしまう。ナケワメーケはよれよれの軌道で滅茶苦茶に転がりながら、ボーリング場の建物に激突しそうになって――その寸前でピタリと動きを止めた。
 キュアピーチが跳躍して進行方向に回り込み、怪物の身体を押し止めたのだ。

「ベリー、パイン、あとはお願い! あたしはイースと!」
「わかったわ!」
「アイツは任せて!」
「私と――どうしようというのだッ!? キュアピーチ!」

 イースが飛び込んで来て右のストレートパンチを放つ。ピーチはその拳を左の掌で受け止め、右手でイースの腕を掴んで力いっぱいに投げ飛ばした。

「はああああッ!」
「なにッ!?」

 ピーチの投げによって距離を取る形になった二組は、そのまま別々に激しい戦いを繰り広げる。
 ベリーとパインは二人でナケワメーケ相手に優勢に戦いを進めていた。もともとイースの召喚するそれは、ウエスターやサウラーの生み出す怪物に比べたらずっと弱い。
 一方、イース対キュアピーチでは、ピーチが押され気味の戦いになっていた。単純に戦闘経験の差もあるが、ピーチはまだ衝撃と戸惑いの真っただ中にあった。

「全部ウソだったの? ドーナツを半分こしてくれたことも? 幸せの素を一緒に選んでくれたことも? 全部……全部演技だったって言うの!?」
「だからッ! そう言っている! 騙されたお前が愚かなのだ!」

 感情を叩き付けるかのような、キュアピーチのパンチとキック。その大振りの攻撃を全て躱して、イースは小さく鋭く、確実な攻撃でピーチを追い詰めていく。
 そしてピーチがついに膝をつく。そのチャンスを逃がすまいと、イースは両手に力を溜めてトドメの一撃を放とうとした。

「だああああぁぁ――ッ!」
「なにッ!?」

 起死回生、ピーチが座り込んだ状態からイースにタックルを仕掛ける。大技に集中していたイースは虚を突かれ、そのまま仰向けに倒れた。
 すかさず馬乗りになったピーチが、渾身の力でイースの顔面にパンチを打とうとして――その動きが、途中で止まった。

「どうした? 貴様の勝ちだ――やれ!」
「でき……ないよ……」

 険しい顔でそう言い放ったイースに対して、ピーチはパンチを打とうと振りかぶった姿勢のまま、固まったように動かない。そして動かない身体の代りのように、その大きな瞳から大粒の涙が後から後から零れ出した。
 イースの顔にピーチの涙が落ちて、頬を滑って地面に吸い込まれていく。
 そんな無言の睨み合いがしばらく続いた後、ピーチが突然、イースに覆いかぶさるように崩れ落ちた。

「がふっ……」

 ピーチの鳩尾には、イースの左拳が深々と突き刺さっていた。
 イースは動かなくなったピーチを足で蹴飛ばすと、ピーチの腰に付けたリンクルンをガシっと掴んだ。

「これはもらっておくぞ」

 そう言って、イースが力づくでピーチのリンクルンケースを引き千切る。その途端、ピーチの変身は解けて桃園ラブの姿に戻った。

「「ピーチっ!!」」

 ちょうどナケワメーケを浄化したところだったベリーとパインが、慌ててピーチの元へと駆けつける。

「イース! ピーチのリンクルンをどうするつもり?」
「お願い! ピーチのリンクルンを返して!」

 意識を失ったラブを介抱しながら、二人はイースを鋭く睨みつける。ピーチと違って、ベリーとパインの目は、イースを倒すべき敵と見定めている。

「断わる!」

 イースもまた望むところとばかりに、その敵意を真っ向から受け止めた。

「だったら奪い返すまでよ!」
「絶対に返してもらうから!」

 ベリーとパインがイースを取り囲む。不敵に笑いつつも、実のところイースには余裕が無かった。
 一対一ならイースに分があるかもしれないが、プリキュア相手に二対一だと、まず勝ち目はないからだ。もう一体ナケワメーケを召喚しようにも、手持ちのダイヤは使い切ってしまっている。

 ベリーのキックとパインのパンチが左右から同時にイースに襲いかかる。言うまでもなく隙は無い。この二人のコンビネーションは阿吽の呼吸で、常に互いの動きをフォローし合うのだから。
 回避を諦めたイースが、ガードを固めて打撃に備える。だが、インパクトの瞬間は訪れなかった。逆に二人の悲鳴が、戦場と化した街に大きくこだまする。

「きゃあああ!」
「きゃあ!」

 いつの間にか、ベリーの前にはサウラーが、パインの前にはウエスターが、それぞれイースを庇うように立ちふさがっていた。

「悪いけど、君達の相手は僕達だよ」
「ふん、イースだけに手柄を立てられるとこっちの都合が悪いんでな」

「サウラー! ウエスター! 何を勝手な真似をしている!?」

 ウエスターとサウラーの乱入に助けられた格好になったイースは、しかし、二人に猛然と食ってかかった。

「なに、君がヤケに自信ありげだったから、後を付けさせてもらったのさ」
「そう怒るな、イース。お前が一番の手柄であることは報告してやる。どうせ一人で、この二人を相手にできるわけでもあるまい?」
「ふん……」

 ウエスターの指摘はまさに事実であったため、イースは悔しそうに引き下がった。いくらピーチのリンクルンを奪ったところで、持ち帰れなければ意味が無い。

「くっ……三対二ってわけね」
「それでも――負けられない」

 カウンターでウエスターとサウラーの攻撃を受けて、まだダメージが抜けないのだろう。そう答えた二人の声には、しかし力が入っていなかった。

「何を勘違いしてるのか知らないが……」
「もちろん一対一で相手をしてやるぞ!」

 今のダメージを抜きにしても、たった二人でナケワメーケを浄化した直後だ。疲労は大きいし、ピーチを欠いていることで動揺も大きかった。今のベリーとパインでは、無傷の幹部二人の相手は到底務まらない。
 もはや戦いにすらならず、数分の後には、ベリーとパインもまた力尽きて倒れ伏した。

「ふん、これが変身アイテムというわけかい?」
「悪いが頂いていくぞ!」

「待て! それに触れると……」

 イースが止めるのも聞かず、サウラーとウエスターが、ベリーとパインのリンクルンに手を伸ばす。だが触れた瞬間、リンクルンは眩い光を放って、二人を弾き飛ばした。
 痛む手を押さえる二人に、イースの勝ち誇ったような声がかかる。

「だから言ったのだ。事前に対策をした者でなくては、これには触れられん。この私のようにな――」

 そう言って、イースはベリーとパインのリンクルンも奪い取る。二人もラブと同じくたちまち変身が解けて、蒼乃美希と山吹祈里の姿に戻った。

「やれやれ、また君に手柄を立てられてしまったようだね」
「一人で三つも手に入れるとは……。ズルいぞ、イース!」
「……いや、お前達に助けられたのも事実だ。私一人の手柄にはせん。それよりも、まだ獲物は残っているようだぞ?」

 イースが建物の陰にチラリと目をやる。それと同時に小さな動物が慌てて物陰に身を隠したが、尻尾が丸見えだった。

「ほほう……確かプリキュアの仲間の妖精だったな? お前も小娘どもと一緒に来てもらうぞ」

 ウエスターが両手を広げてその動物を――タルトを捕獲しようと迫る。タルトは思わず逃げ出そうとしたが、倒れているラブ達三人に目をやって踏みとどまった。
 そしてウエスターの股の間を抜けて、ラブ達の元へとひた走る。そこにはもちろん、イースとサウラーが待ち構えていた。

「逃げへん! こいつらはピーチはんらを連れて行く言うとった。せやからワイは逃げへん……けど、助ける力も無いんや。――シフォン! 頼む! 力を貸して欲しいんや~!」

「ぷうりぃ!」

 タルトの声に応えて、シフォンが突然全員の頭上に姿を現す。

“きゅあ・きゅあ・ぷりっぷ~!”

 タルトとラブ、美希、祈里の身体が宙に浮かぶ。そして一瞬の後には、全員の姿がかき消えた。

「なにぃ!?」
「消えた……だと?」
「くっ、逃げられたか……。まあいい。まずはこれをメビウス様へ届けるのが先だ。帰るぞ!」

 三つのリンクルンを抱えて、イースはウエスターやサウラーと共に占いの館に帰還する。クラインからは、リンクルンを入手したらすぐに本国に送るようにと念を押されていた。
 プリキュアを無力化しても任務は終わらない。イース達の本来の使命はインフィニティの奪取であったからだ。そしてプリキュアの変身アイテムは、インフィニティ捜索の有力な手掛かりになるとクラインは考えているらしかった。



「キュア~……」

 ラブの部屋のベッドの上で、シフォンがぐったりと横になっている。
 考えてみれば、シフォンが他人を、それも三人とタルトという大人数を抱えてテレポートしたのはこれが初めてだった。パワー的にはまだまだ余裕がありそうだが、コントロールはさぞ大変だったことだろう。

「ご苦労やったなぁ、シフォン。おかげで助かったで」
「そうね。ありがとう、シフォン。これで一安心ってわけにはいかないけど……」
「うん、わたしたちのリンクルン、みんな奪われちゃったものね。どうにかして取り返さないと……」

 そう言ってから、祈里が心配そうな表情で部屋の隅にチラリと目をやる。そこには、何も言わず膝を抱えてうずくまっているラブの姿があった。
 見かねたタルトが、ラブに駆け寄って声をかける。

「ピーチはん、元気出しいや。無事に帰れただけでも良かったやんか」
「落ち込むなって言っても無理だろうけど……ラブは悪くないわ。私達こそせつなを怪しいと思っていたんだから、もっと気を付けておくべきだった」
「ごめんね、ラブちゃん。用事があるなんて嘘を付いて。実は美希ちゃんと相談して、こっそり後を付けていたの」

 祈里が懺悔するように、そう続けた。もともと二人は用事なんて無くて、申し合わせて一芝居打ったのだと。

「二人はせつなが……イースだって思ってたの?」
「ううん、何となく裏がありそうだなってくらいしか。でもせつなさんのこと悪く言って、ラブちゃんと喧嘩になるのが嫌だったの」
「アタシもはっきりとそう思ってたわけじゃないけど、怪しいとは感じていたわ」

 それからまたしばらく無言の状態が続いて、やがてポツリと一言、ラブが「……ごめん」と言った。

「まあ反省よりも、これからどうするのかを考えんとな」
「そうね。リンクルンを取り返すと言っても、一体どうすればいいのか……」
「ラビリンスがまた襲ってくるのを待つにしても、その時にリンクルンを持って来るとは思えないわ。ならば、方法はひとつしかないでしょ?」
「そうだね――行こう! 占いの館に忍び込んで、リンクルンを取り戻そう!」

 ラブが立ち上がり、そう宣言する。その言葉の意味と、危険性を感じながらも、美希と祈里も頷いた。他に方法は無いのだから――
 しかし数十分後、記憶を頼りに占い館へとやってきたラブ達が見たのは――何も無い、だだっぴろい草むらだけだった。

「確かにここで間違いないのよね?」
「そのはずだよ。ここに大きな洋館があって、あたしとせつなはそこで出会ったの」
「待って、ラブちゃん、美希ちゃん。草の生え方がこの辺りだけ他の場所と違うみたい。占いの館は確かにあったのよ。多分、つい最近まで!」

 その後もあちこち調べて回ったけれど、結局、占いの館はどこにも無かった。
 これ以上、どうすることもできない。日がとっぷりと暮れた街外れの森の中から、三人は力なくうなだれて、帰路に着いた。



 ラブ達がリンクルンを失って、二週間が過ぎた。相変わらず得体のしれない怪物が出没し、しかも守ってくれるプリキュアが居なくなってしまった四つ葉町で、人々は希望を失いつつあった。人通りはめっきり少なくなり、人々の会話も減っていき、やがて笑顔も見られなくなっていく。
 そんな中、イース、ウエスター、サウラーは、まさに思いのままに不幸のエネルギーを集めていた。

「ナーケワメーケ!」

 怪獣のおもちゃが変化したナケワメーケが、建物を次々と破壊していく。そのおもちゃの持ち主である小学生くらいの男の子は、妹の腕を引っ張って懸命に逃げ続けていた。おもちゃを買いにデパートにやってきて、母親とはぐれてしまったのだろう。
 妹の方は大きなぬいぐるみを抱えていたが、片手で持っていたために落っことしてしまう。慌てて拾おうとするが、もうすぐ近くまでナケワメーケが迫っていた。男の子は「もうあきらめろ」と言って、再び妹の手を引いて走り出そうとする。そこに――一人の少女が駆け付けた。

「はい、これ。早く逃げて。ここはあたしが食い止めるから」
「ありがとう、お姉ちゃん。でも――」
「早く行くぞ! ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げる男の子と、ベソをかきながらも自分を心配してくれる女の子に手を振りながら、少女――桃園ラブはナケワメーケに向き合った。
 その傍らにはイースが立っていた。
 リンクルンを奪われてからのラブ達は、街の人達の避難誘導に専念していた。直接対峙するのはあまりにも危険だと、タルトが強く主張したためだ。
 だからあの日以来、初めてのラブとイースとの邂逅だった。

「久しぶりだね――せつな」
「まだ私をその名で呼ぶとはな……。そうすれば手心を加えてもらえるとでも思ったか?」

「そんなんじゃないの。あれから色々考えたけど、あたしにとって、やっぱりせつなはせつなだから!」
「何をわけのわからないことを。東せつななど居ないと――そう言ったはずだ!」

 思わず声を荒げるイースを、ラブはあの時と同じ眼差しで、真っ直ぐに見つめる。

「居るよ! あたしはせつなを信じてる! だから――あなたがやってることを認めない!」
「認めなければどうするのだ? もうリンクルンは全てラビリンス本国に渡っている。今のお前に、一体何ができる?」

「それでも、話すことはできるよ。だから答えて! 何のためにこんなことをするの? みんなを苦しめて――悲しい顔をさせて、それであなたは何がしたいの?」
「……それを、あるお方が望んでいるからだ。その望みを叶えることが私の願い。お前の言葉で言うなら――私の幸せだ!」

 そう口にした途端、その言葉を聞いたラブよりも、むしろイースの方が驚いた表情になった。

(私の……幸せ? 違う――私が望んでいるのは……私が求めているのは……)

「それが……せつなの幸せなの?」

 心の中の自問自答を、そのままラブに突き付けられる形になって、イースはギュッと拳を握る。

「もういい! 黙れ! 今から十数える。その間に姿を消さなければ、お前を捕えてラビリンスに連れて行く」
「待って! あたし、せつなとまだ話したいことがあるの!」
「十、九……」

 ラブはなおも食い下がろうとしたが、もうイースは取り合わなかった。なんだか哀しそうにも、思いつめているようにも見える表情で、カウントダウンを開始する。

「ねえ、せつな!」
「八、七……」
「せつなってば!」
「六……」
「お姉ちゃん! まだここに居たの? 危ないよ!」

 不意に、後ろから小さな手がラブの手を掴んで引っ張った。さっきラブにぬいぐるみを拾ってもらった女の子が、ラブが戻って来ないのを心配して様子を見に来たらしい。

「ねえ、お姉ちゃん!」
「五、四……」
「……行こう。せつな、またね!」

 女の子を危険な目に遭わせるわけにはいかない。ラブはグッと唇を噛むと、イースに背を向けて走り去った。
 イースはそんなラブの背中に一瞬だけ手を伸ばしかけて、すぐに降ろした。そしてそのままゼロまで数えてから、ナケワメーケに破壊活動の再開を命じたのだった。



 その日から何日も経たない内に、ついに異空間にある占いの館の不幸のゲージがいっぱいになった。これでインフィニティが現れるはず。その見込み通りに、異変はすぐに起きた――

 それは、三人がラブの部屋に集まっていた時に起こった。
 いつになく大泣きしていたシフォンの表情が消え、目の光も消えて、その身体がすぅっと天井近くに浮かび上がったのだ。

「ワガナハ、インフィニティ……ムゲンノ、メモリーナリ……」

 無機質な声でそう唱えると、シフォンはまるで空気に溶けるかのように姿を消した。

「シフォン!」
「シフォンちゃん!」
「わわっ、一体なにがあったんや? おーい、シフォ~ン!」
「みんな、探しに行くよ!」

 全員が一斉に街に飛び出す。探すこと数時間、シフォンは見つからない。その代わりに、ナケワメーケの出現に遭遇してしまった。
 仕方なく捜索を中断して、全員で手分けして街の人の避難誘導を始める。ところが、その最中に――

「ワガナハ、インフィニティ……ムゲンノ、メモリーナリ……」

 あろうことか、シフォンがテレポートでナケワメーケのすぐ近くに姿を現したのだ。

「シフォン! 待ってて、今行くから!」

 ラブが危険も顧みずにナケワメーケに駆け寄る。猫が素体らしいナケワメーケの太い足に飛びつくと、体毛を掴みながら上へ上へとよじ登り、最後は渾身のジャンプでシフォンの身体をキャッチした。

「良かった……シフォン……」
「ワガナハ、インフィニティ……」
「違うよ! シフォンは――シフォンだよ! 思い出して。あたしのこと、美希たんやブッキーのこと!」

 ほんの一瞬、インフィニティの瞳に微かな輝きが戻る――と同時にラブはシフォンもろとも上空から落下した。

「っ、きゃあああああ――ッ」

 シフォンを強く胸に抱きかかえて、ラブがギュッと目をつぶる。高さは十メートルもなかったが、下がアスファルトなので大怪我は免れない。だが、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。
 恐る恐る目蓋を持ち上げてみると、目の前にはイースの姿があった。どうやら落下する直前で助けられたらしい。いや――正確には、助けられたのではなかった。
 イースはラブを地面に降ろすと、その腕の中からシフォンを強引に取り上げる。

「なるほど――コイツがインフィニティだったとはな……」
「ダメッ! 返して、せつな! シフォンはインフィニティなんかじゃないの! みんなの笑顔を見るのが大好きな優しい子なの」

「お前がなんと言おうが、コイツはインフィニティと名乗ったではないか。それはメビウス様が所望しておられるものだ」
「渡さない! あたしはシフォンだけは、絶対に渡さないからっ!」

 ラブがそう言って、シフォンを奪い返すべくイースに飛びつく。しかし身体能力が違い過ぎた。ラブが全力で引っ張っても、イースの腕はビクともしない。
 それでも離れないラブを、イースが煩わしそうに振り払った。それだけでラブは車に撥ねられたような勢いで地面に叩き付けられそうになって――駆けつけてきた美希と祈里に受け止められる。

「せつな――お願い。シフォンを連れて行かないで。お願い、せつな――せつな……」
「メビウス様のご命令は絶対だ。あきらめろ……」

 地面にへたり込んだまま、哀し気な声で訴えるラブに、片手でシフォンを抱えたイースは、そう言って背を向ける。
 しかし立ち去ろうとしたところで、イースの足に、まだ立ち上がることもできないラブがしがみついた。

「ダメッ……返して! シフォンを返して! お願いだから、連れて行かないで……」
「しつこいぞ、離せっ!」

 イースが再びラブを突き飛ばす。二度、三度、地面をバウンドしながら転がったラブは、それでもまた地面に手をつき、必死で起き上がろうとする。
 すぐに美希や祈里が駆けつけてラブに手を貸した。二人もイースを睨みつけて何かを口にしていたが、それはもうイースの耳には入っていなかった。

 イースの視線は、ただラブの瞳だけを捉えていた。真っ直ぐにこちらを見つめる、その強い意志と輝きを受け止め、イースもまた強い意志を込めて見つめ返す。

「メビウスの望みを叶えるのが、せつなの幸せだと言ったよね? それでせつなは本当に幸せになれるの? 笑顔になれるの?」
「笑顔になど――なる必要は無い!」

「だったら行かせない! 人は嬉しければ笑顔になるの。せつなが居なかったなんて、あたしは絶対に認めない! あれが全部演技だったなんて信じない。でも、笑顔が嘘だったのはわかるよ。だからあたしは、幸せの素が欲しかったんだもの!」
「ふん、残念だったな。あれはナケワメーケの素体に使って、今はもう――」
「あるよ!」

 ラブは力強くそう言うと、ポケットの中から緑色の小さな物を取り出した。少し欠けてしまってはいるが、それは紛れもなく『幸せの素』――地面に落ちていたのを、ラブが拾っていたのだ。
 そのペンダントを手に、ふらつく足を踏みしめながら、ラブが一歩、また一歩とイースに近づく。
 イースは気圧されるように、一歩後ろに下がる。ラブが二歩進み、イースがまた一歩下がり――そんなことが数回繰り返されて、二人はついに向き合った。ラブは少し寂しそうに笑いかけると、イースの手に、緑色に輝くペンダントを握らせた。

「……何のつもりだ?」
「言ったでしょ? せつなに幸せになってもらいたいって。せつなに、本当の幸せを見つけてほしいんだ」

 イースの手が微かに震えている。それを誤魔化すようにギュッとペンダントを握り締めると、イースはさっきより憎々し気な目つきでラブを睨み付けた。

「この期に及んで何を言っている! 私が憎くはないのか? 己の愚かさを嘆きはしないのか? 私を信用さえしなければ、お前は今もプリキュアで、ダンスだって踊っていられたかもしれないのに」
「憎いわけないじゃない! ただ――哀しいだけだよ! あたしはせつなと友達になったことを後悔なんて絶対にしないし、シフォンだって渡さないから!」

「せつななどどこにも居ないと――言ったはずだ!」

 会話を打ち切るようにイースが三度ラブを突き飛ばす。ほんの軽く押しただけなのに、ラブの身体は宙に浮き、そのまま高速で後ろに飛んだ。
 飛んだ先には美希と祈里が居たため、ラブは地面に頭を打つことだけは回避できた。もちろん、イースもそれを狙ってのことだったのだろう。
 そしてイースは、今度こそ背を向けて立ち去った。
 シフォンを取り戻すべく後を追おうとするラブ、美希、祈里の前に、猫のナケワメーケが立ちはだかる。
 仕方なく、美希と祈里は小さく頷き合うと、ラブを両側から支えてその場を去った。二人に促されて歩き出そうとする直前、ラブはくるりと振り返り、もう見えなくなったイースに向かって叫んだ。

「せつな――せつなぁあああ――ッ! あたしはあきらめないから! リンクルンを奪い返して、シフォンを取り戻して、せつなをラビリンスから抜けさせる! 絶対に――絶対に成し遂げてみせるから!」

 そして、それが四つ葉町で確認された最後のナケワメーケとなった。
 ラブ達はシフォンを取り戻すべく街中を駆けずり回ったが、この日を境に、シフォンはおろか、ラビリンスの姿もぱったりと見かけなくなった。



 インフィニティを確保したイース達は、異空間に移した占いの館の座標を、今度はラビリンス本国に戻した。四つ葉町郊外の森は、最初からそんな建物など無かったかのように元の姿を取り戻した。
 休暇と言う名目の三日間の待機の後、イース、ウエスター、サウラーはメビウスの塔に呼び出される。

 イース達は謁見の間で膝をつき、メビウスの降臨を待った。しばらくすると、目前にホログラフのメビウスが姿を現す。イースは一瞬だけガッカリした表情を浮かべたが、すぐに平伏した。
 メビウスは、さして大きくもないが部屋中に響く、重々しい声で三人に語りかける。

――皆、ご苦労であったな。

「恐悦至極でございます」
「なあに、俺達にかかればざっとこんなものですよ」
「はっ! もったいないお言葉です、メビウス様」

――特にイースの働きは見事であった。

「ありがとうございます。つきましては――!」

――なんだ?

“それが……せつなの幸せなの?”

 不意に、ラブの声が脳裏に蘇った。メビウスに促され、イースはゴクリと唾を飲み込む。もっとも口の中はカラカラに乾いていて、飲み込めるものなど何もなかったけれど。

「つきましては……一度だけでいいのです。どうか私の前にご尊顔を――直にお目通り願えないでしょうか?」

――必要ない。

「ですが! 私の働きは見事だとおっしゃってくださいました……」

――それは私のためではなかったのか?

 いつもと同じ、何の感情も感じられない声で、メビウスがイースに問いかける。それを聞いて、イースは小さく息を吐き出した。

(そうだ……。私の幸せは、メビウス様の望みを叶えること。これでいい――これ以上何を望む? だが、私は――もう、私は……)

 いつかと同じ、胸の中に湧き上がって来る黒いもやのようなものを押さえ込んで、イースが再び平伏する。

「はっ、申し訳ございません、メビウス様」

――もうよい。下がって次の指示を待て!

「「「はっ、全てはメビウス様のために!」」」

 イース、ウエスター、サウラーはそれぞれに複雑な想いを抱きつつ、深く頭を下げる。すぐにホログラフのメビウスは消えて、部屋は元の姿を取り戻した。

「むう、この扱いはあんまりじゃないか?」
「聞かれているかもしれないよ、ウエスター。まあ、死にたいのなら好きなことを言えばいいさ」

 メビウスが消えて、謁見の間に三人が残された。ウエスターが不満そうに声を上げると、サウラーがあからさまに嫌そうな顔をする。

「しかしだな、任務を無事に達成したんだぞ? もう少し……こう! なあイースはどう思う?」
「どうもこうもあるまい。メビウス様のご意思は全てにおいて優先する。――それだけのことだ」

 そう言い捨てると、イースは二人を残して一足先に塔を出た。もともと真っ白な顔色が、蒼白になっているのを見せないために――
 メビウスは、イース達に「次の指示を待て」と命じた。ならばラビリンスに用意された私室で待機するべきだったが、イースはそれには従わず、塔から最寄りの転移ゲートへと向かった。
 それは――彼女にとって、初めての命令違反だった。



 イースは一人、変わり果てた四つ葉町の地に降り立った。
 シフォンと呼ばれるぬいぐるみがインフィニティであると発覚し、それを本国のコンピューターと接続することで、ラビリンスは全パラレルの完全支配に成功したと聞く。
 それが真実であることを、目の前の光景が証明していた。
 騒がしいほどの活気と笑顔で溢れていた街の人々は、表情ひとつ変えることなく黙々と作業をこなしている。誕生と同時に寿命を管理され、生まれながらに教育を受けた本国ラビリンスの国民と違って、このような辺境の国の民は施される洗脳の度合いも高いのだろう。
 まるで自分の意思など存在しないかのように、機械のように命じられた通りに行動していた。

 やがて通りの向こうから、学校帰りと思われる中学生の少女が歩いて来た。ピンクのブレザーに赤いスカート、そして緑のネクタイからして、地元の四つ葉中学の生徒だと分かる。
 イースが少女の進路を遮るように、その前に立った。肩までかかる黄金色の髪が、イースの纏った風に揺れる。少女はイースを見ると、無表情のまま軽く頭を下げた。そして一言だけハッキリとした言葉を口にする。

「全てはメビウス様のために――」

 イースこと東せつなと、キュアピーチこと桃園ラブの、それはわずか一週間ぶりの再会だった――
最終更新:2021年02月21日 17:29