新たな脅威!? トイマジン襲来!!/一六◆6/pMjwqUTk




 それは空が厚い雲に覆われた、星のひとつも見えない夜のこと。子供も大人も皆眠りの中にいる、闇が最も深い時間――。
 四つ葉町の外れにあるゴミ集積場の中から、不気味な声が響いた。
「集まれ……集まれ……ここに捨てられたおもちゃたちよ。捨てられた悲しみを抱えているなら、キミを捨てた子供への恨みを抱えているなら、ボクに力を貸してくれ!」
 暗く恨みがましい響きを持ちながら、どこか子供のようなあどけなさも感じさせる声。その声の主は、ゴミ集積場の真ん中に立っている異形の巨人だった。

 巨人の全身から暗黒のオーラが放たれる。すると、集積場にいくつも積み上げられた廃棄物の山が、一斉にカタカタと音を立てて震え始めた。やがて山の中から壊れたおもちゃが後から後から飛び出して、次々と巨人の身体に吸い込まれていく。
 こうして全てのおもちゃを取り込むと、暗黒のオーラは巨人の全身を包み込み、その身体が二倍、いや五倍以上にぐんと大きくなった。
「力がみなぎる……。これでいい。今こそボクたちを捨てた子供たちへの恨み、晴らしてやるんだ!」
 再びしんと静まり返ったゴミ集積場に、巨人の雄叫びがこだまする。やがてその巨体は夜の闇に紛れ、町の方へと消えて行った。



   新たな脅威!? トイマジン襲来!!



 眩しい太陽に、四つ葉町公園の若葉がきらめいている。土曜日の昼下がり。友達とはしゃぐ子供たちの声を聞きながら、カオルちゃんが鼻歌混じりに三皿のドーナツを準備し、テーブルに運んで来た。
「はい、お待たせ」
「ありがとう、カオルちゃん」
「いただきます」
 美希と祈里が笑顔でお礼を言って、早速ドーナツに手を伸ばす。だが、口に運ぼうとしたところで、二人は怪訝そうな顔で動きを止めた。いつもなら真っ先にドーナツにかぶりつくラブが、皿の上のドーナツを、ただじっと見つめている。
「どうしたの? ラブ」
「どこか、具合でも悪いの?」
「……へ? あ、ううん、そんなことないよ!」
 ラブが慌てて首を横に振って、ナハハ~と笑って見せる。だが、なおも心配そうな二人の眼差しを見て、はぁっと力の無いため息をついた。
「ちょっと、この前の戦いのことを考えちゃってさ。ほら、ラビリンスの三人と戦った時のことを……ね」

――それは一人じゃ勝てないと、白状したってことかしら?

 イースの声が蘇る。アカルンと四人目のプリキュアを巡って、ラビリンスの三幹部と直接対戦した、あの時。みんなで力を合わせれば絶対に勝てると信じていたが、確かに一対一では全く歯が立たなかった。この先、またミユキが狙われるようなことがあったら……そう思うと、イースの言葉はラブの心に重くのしかかっていたのだ。

「ああ」
「あの時ね」
「あの時って、いつやぁ?」
 美希と祈里も俯く中、一人黙々とドーナツを食べていたタルトが首を傾げる。
 そう言えば、あの時タルトはその場に居なかった。三人が口々に説明するのを聞いて、タルトが小さな腕を組み、うーん、と唸る。
「そうかぁ。あんなでっかいナケワメーケをパンチやキックだけで倒すプリキュアが、まるで歯が立たんほど強いやなんて……そりゃ難儀やなあ」
「うん……それにあの強さ、何だかナケワメーケの強さとは……全然違う気がするんだよね」
 ラブが考え考え、そう口にした、その時。どーんという破壊音と、子供たちの悲鳴が間近で響いた。

 音のした方へ顔を向けた三人が、あっと息を飲む。
「何よ、あれ!?」
「噂をすれば、ラビリンス!?」
 いつの間に現れたのか、ロボットのような異形の姿がすぐ近くに見えた。公園の木々の上に、身体のほとんどが見えているという巨大さ。暴れているのは、どうやら公園の中。人々がピクニックやお花見をする、最も広々としたエリアらしい。

 ラブがギュッとリンクルンを握り締め、仲間たちを見回す。
「行くよっ、美希たん、ブッキー!」
「オーケー!」
「うん!」

「「「チェインジ!!! プリキュア!!! ビート・アーップ!!!」」」

 桃色、青色、黄色の光が辺りを照らし――そして現れる、三人の伝説の戦士。

「ピンクのハートは愛ある印! もぎたてフレッシュ、キュアピーチ!」
「ブルーのハートは希望の印! 摘みたてフレッシュ、キュアベリー!」
「イエローハートは祈りの印! とれたてフレッシュ、キュアパイン!」
「「「Let’s プリキュア!」」」

 華麗にポーズを決め、敵に向かって走り出す。その目指すエリアから、子供たちが一斉に駆け出して来た。どの子も皆大声で泣き叫び、恐怖に引きつった顔をして。そんな子供たちを追うようにして、異形の巨人がその姿を現す。
 黒々としたフルフェイスマスクに、同じく黒く長いマント。対照的に、まるで鎧を着たようなメタリックな体躯はカラフルで、パーツによって色が異なっている。
 巨人の目が、逃げていく子供たちの背中を見つめて赤く光る。だがその行く手に、三人の少女たちが立ちはだかった。

「はぁっ!」
「たぁっ!」
「やぁっ!」
 次々に飛びかかっていくプリキュアたち。だが、巨人は軽く腕を振るだけで、三人をまとめて薙ぎ倒した。
 即座に起き上がって、再びパンチを放つピーチ。だが。
「ええい、ボクの邪魔をするなぁっ!」
「えっ? ……うわぁっ!」
 驚いて力が抜けたピーチを、再び巨人の腕の一振りが弾き飛ばした。

 何とか着地したピーチが、巨人を見つめて目をパチクリさせる。
 ラビリンスが生み出す巨人――ナケワメーケが、こんなにハッキリと、しかも意思を持った言葉を喋るところなんて、今まで見たことがない。
 ピーチが思い切って、巨人に向かって呼びかける。
「ねえ! あなたは誰? どうしてこんなことをするの!?」
「ボクはトイマジン。ボクらを捨てた子供たちに、復讐してやるんだ!」
 怨嗟に満ちた、でもどこかあどけなさを感じさせる声が響く。その言葉を聞いて、三人は顔を見合わせた。

「やっぱり……ラビリンスじゃない!?」
「そんな、どうして……」
 戸惑うベリーとパインの隣で、ピーチはトイマジンと名乗った巨人を見つめ、グッとその拳を握る。
「ラビリンスだろうと誰だろうと、関係ないよ。子供たちに復讐なんて、そんなこと、あたしたちが絶対にさせない!」

「「「トリプル・プリキュア・パーンチ!!!」」」

 即座に跳び上がった三人が、合体技を叩き込む。相手がナケワメーケなら、確実に転倒させられるはずの強力な攻撃だった。だがトイマジンは体勢一つ乱さず、さらには右手でピーチの、左手でベリーとパインの足を掴み、ぐるぐる振り回して放り投げた。
「「「うわぁぁぁぁっ!!!」」」
 地面に叩きつけられ、折り重なって倒れるプリキュアたち。
「トリプルパンチも……まるで効いてないわね」
「うん。全然歯が立たない……」
「こうなったら、必殺技で行くよ!」

 何とか立ち上がった三人が、トイマジンから距離を取る。ピーチとパインがキュアスティックを召喚し、ベリーがパン、と手を打ち鳴らしてエスポワール・シャワーの予備動作に入る。
 だがそれと同時に、トイマジンの両腕の装甲部分がパカリと開いて、中から多数の発射口が覗いた。
 ダダダダダダッ! という凄まじい音と共に、ミサイル弾が三人を襲う。跳び上がって避けても、誘導装置付きの弾はしつこく追い続けて逃してはくれない。

 肉弾戦ではまるで歯が立たず、離れればミサイル弾が飛んでくる。トイマジンはまだ一歩も動いていないのに、プリキュアたちはミサイルに追われて、次第にハアハアと荒い息を吐き始めた。
 そしてついに、パインがミサイル弾をよけきれずに直撃を受けてしまう。トイマジンの足元を狙って蹴りを放とうとしたベリーも、踏みつけられ、蹴飛ばされて地面に転がった。ピーチの渾身のパンチも軽く受け止められ、放り投げられて背中をしたたかに打ち付ける。そして動けなくなったベリーとピーチの上にも、ミサイルは容赦なく降り注いだ。
 ミサイルの爆発の衝撃で動けなくなったプリキュアをしり目に、トイマジンがゆっくりと、子供たちが避難した方へと歩き出す。次第に大きくなる子供たちの泣き声。その声が、ついに悲鳴に変わった。
「やめて……お願い……ダメーーーッ!」
 身じろぎ一つできない中、ピーチの悲痛な叫びがこだまする。

 その時だった――! ドーンという地響きと、トイマジンらしき呻き声が聞こえたのは。
 何とか身体を起こした三人が見たものは、仰向けに倒れているトイマジンと、その巨体を見下ろす二人の男の後ろ姿。その男たちの間に、黒衣を纏った少女が上空から華麗に着地する。
「そこまでね」
 少し前にも聞いた、冷え冷えとした声が辺りに響く。驚きに目を見開くプリキュアたちの前に立っていたのは、イース、ウエスター、サウラー。ラビリンスの三人の幹部だった。

「ウオォォォォォッ!!」
 跳ねるように起き上がったトイマジンが、三人目がけて巨大な拳を振り下ろす。次の瞬間、ズン、という鈍い音が響いたかと思うと、巨大な拳はガッチリと受け止められていた。それも――たった一人の人間の、小さな掌で。
「ええい、放せ!」
 躍起になって拳を放そうとするトイマジンの身体が、ぐらりと揺らぐ。そのまま体勢を崩された巨体は、再び地響きを立てて地面に倒れた。

「ふん。どうやらパワーが自慢のようだが、相手が悪かったな」
 いとも簡単にトイマジンを投げ飛ばしたウエスターが、パンパンと両手をはたきながら、涼しい顔で言い放つ。
「僕らのテリトリーで好き勝手してくれたんだ。覚悟は出来ているんだろうね?」
 即座に起き上がったトイマジンを見上げ、サウラーもニヤリと口元だけの笑みを浮かべた。
「お前たち、人間……か? 何者だっ!?」
「貴様こそ何者だ。この町で不幸を集めるのが、我らがメビウス様より与えられた使命。貴様などの出る幕ではない!」
 イースの切って捨てるような物言いに、トイマジンの拳がカタカタと震え始めた。

「ええい、どいつもこいつも……ボクの邪魔をするなと、言ってるだろう!」
 トイマジンの叫びと同時に、ミサイル弾が放たれ、三幹部を襲う。飛ぶように退避し、高速の動きで逃れようとする三人を、ミサイル弾が追尾する。が、やがてミサイル弾は揃って大きく向きを変えた。
「ぐわぁぁっ!」
 ドカン、ドカンという派手な音に混じって、トイマジンの悲鳴が響く。巨体は大きく後退し、そのあちこちから白い煙が上がった。
「何故だ!? 何故ボクのミサイルがボクを攻撃するんだぁっ!!」
 混乱するトイマジンに答えたのは、いつの間にか空間から呼び出した端末を操作しているサウラーだった。

「簡単なことさ。君のミサイル弾の方式を解析したんだよ。実に単純な、電磁波による誘導だろう? その波長に干渉してコントロールを奪ったまでさ」
「ええい、だったらこっちで!」
 トイマジンの両腕の発射口が切り替わる。今度は弾が一直線に飛ぶロケット弾。だが、誘導装置の無いその弾は、三人が避けるとそのまま真っすぐ飛んで、何もない地面に虚しく着弾した。
「おやおや。人のような小さな的に、真っ直ぐ飛ぶだけのロケット弾が当てられるとでも思うかい?」
「黙れ……黙れぇぇぇっ!」
 いきり立つトイマジンをしり目に、サウラーが誘導弾の標的をトイマジンにロックして、端末を再び空間に仕舞う。そして華麗に空を舞うと、トイマジンの腕の付け根に鋭い蹴りを放った。

「うおぉぉぉぉ……」
 トイマジンが腕を押さえた隙に、ウエスターが懐に飛び込む。そして体格差をものともせず、力任せの重いパンチを打ち付ける。
 打ち合いは互角どころか反射神経とテクニックでウエスターが勝り、トイマジンは二度ならず、三度、四度と地面に叩きつけられる。
 やがてよろよろと立ち上がったトイマジンが、悲鳴のような声を上げた。

「ボクの邪魔をするなぁっ! ボクは……ボクたちは、子供たちに復讐するんだ。子供たちに捨てられた恨みを、思い知らせてやるんだぁぁっ!」
 その途端、トイマジンの身体が大きく後退する。ウエスターの前に出る形でトイマジンと対峙し、その顔を憎々し気な赤い瞳で睨み付けているのは、イースだった。

「はっ!」
「やっ!」
「たっ!」
 打つ、蹴る、突く。当て身を喰らわせ、踵落としを見舞う。イースの波状攻撃が、徐々にトイマジンを追い詰めていく。
 攻撃のひとつひとつは、ウエスターほど強くはない。サウラーほどのキレもない。だが、相手に立て直す暇を与えぬスピードと、押しまくる熱は他の追随を許さない。
 体勢を崩されたままで、少しずつ後退するトイマジン。着地したイースが、両腕を胸の前に引き付け、ゆっくりと腰を落とす。
「たぁぁぁぁぁっ!!」
 イースの決め技、必殺の掌打。力を溜め、繋げ、練り合わせて、伸ばした腕を力の道に変え、その掌から一気に放つ。その技をまともに喰らったトイマジンの身体は弾け飛び、沢山の小さなパーツとなって地面に散らばった。

「ふん、なかなかやるじゃないか」
 一瞬驚いたように目を見開いたウエスターが、そう言ってニヤリと笑う。だが、すぐにその目は別の驚きで見開かれた。
 バラバラになったトイマジンの欠片が小刻みに震えだし、やがてひとつに集まって、あっという間に元のトイマジンの姿に戻ったのだ。
「何っ!? 再生しただと!?」
「ボクの身体は、捨てられたおもちゃで出来ている。ボクらを捨てた子供たちへの恨みで出来ているんだ。だから、子供たちに復讐するまでボクは不死身だ! ボクらを捨てた恨み、必ず思い知らせてやるんだ!」
 叫びと同時に、トイマジンの巨大な拳が振り下ろされる。イースを突き飛ばす勢いで前に出たウエスターが、再びそれを受け止める。

 再び壮絶な肉弾戦が始まった。今度はイースとサウラーは至近距離から狙って来るロケット弾を打ち落とし、ウエスターが何度もトイマジンを地に這わせる。が、いくら戦っても決着が付かない。身体を打ち抜こうが、腕をもぎ取ろうが、トイマジンの身体はすぐに再生してしまうのだ。
 次第に三人の呼吸が荒くなる。だが、トイマジンは変わらず重い拳を叩き付け、ロケット弾を放ち続ける。
 何十回目かの手合せで、ついにウエスターがトイマジンの拳を受け止めきれずに吹っ飛ばされた。イースとサウラーも一瞬の隙を突かれ、地面に叩き落とされる。そんな三人を見下ろして、トイマジンが勝ち誇ったような声を上げた。
「残念だったな。いくらロケット弾でも、これだけ至近距離なら外す方が難しい。これで――終わりだぁっ!」
 大量のロケット弾が、倒れ伏した三幹部に迫る――! その時。

「プリキュア! エスポワール・シャワー!」
「プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」
「プリキュア! ヒーリング・プレア・フレーッシュ!」

 高らかな声と共に、青色の光の奔流と、桃色と黄色の光弾がロケット弾を受け止め、消失させる。驚くトイマジンが見つめる中、ラビリンスの三幹部を庇うように立っているのは、三人のプリキュアだった。

「ええい、お前たち、まだ邪魔するのか!」
 忌々し気な声を上げたトイマジンが、次のロケット弾を発射しようとする。だが一瞬早く起き上がったウエスターとサウラーが、同時にトイマジンの両腕を蹴りつけた。バランスを崩したトイマジンに、イースがすかさず足払いをかける。
 またも地響きを上げて倒れるトイマジン。その隙に、六人は公園の木々の奥へと退避した。

「さっきは助けてくれてありがとう!」
「別に。貴様らを助けたわけではない」
 笑顔でお礼を言うピーチと目を合わせようともせず、イースがそっけなく答える。だがその掌を素早く掴み、ピーチが勢い込んで言った。
「ねえ、あたしたちも戦うよ。一緒にトイマジンを倒そう!」

「えっ?」
「ピーチ?」
 パインとベリーが驚きの声を上げる。
「なんで貴様らと。必要ないわ」
「ええい、足手まといだ。お前らの助けなど要らん!」
 イースもまた、一瞬でピーチの手を振り払い、ウエスターも即座に拒絶の声を上げる。
 そんな中、ただ一人仲間たちをなだめたのはサウラーだった。
「まあ待て、イース、ウエスター。せっかくプリキュアがああ言ってるんだ。手伝ってもらおうじゃないか」
「サウラー、本気で言ってるのか!」
「もちろん。このまま奴と戦っても、倒せそうにないからね」
 驚くウエスターにあっさりと答えて、サウラーが立ち上がろうとしているトイマジンの方に目をやる。

「ヤツの身体をひとつにまとめているのは、恨みの力、怨念の力のようだ。ならば、その力を緩め、それらを束ねている中心にプリキュアの浄化の力を当てられれば、ヤツを倒すことができるかもしれない」
「おお! ならばまたヤツの胴体を打ち抜いて、バラバラにしてやればいいんだな?」
「しかし、君の馬鹿力であまり広範囲に飛び散ってしまっても、どれが核となるパーツなのかわからなくなるね」
 サウラーの作戦を聞いて目を輝かせたウエスターが、少しの間考え込んでから、イースの方に向き直った。

「イース。さっきのお前の技をヤツの核とやらに当てられたら、ヤツをバラバラにせずに、身体を束ねている力を緩めることができるんじゃないか?」
 イースが無言でウエスターを見つめる。
「なるほど。ならば僕とウエスターとで、ヤツの攻撃とロケット弾を防ぐ。イース、君はヤツの懐に入って技を放て。あとはプリキュアの技がヤツの核に届けば……」
「トイマジンを倒すことができるんだね?」
 ピーチの問いに、サウラーは小さく頷いた。

「じゃあ、最初は僕たちの番だ。イースが技を放った後、君たちが……」
「待って。あたしたちも手伝うよ!」
 手順を説明しようとするサウラーに、ピーチが割って入る。
「足手まといだと言っただろう! お前たちは出番まで下がっていろ」
 再び顔をしかめるウエスター。その顔を真っ直ぐに見上げて、ピーチは首を横に振った。

「トイマジンは強くて大きいし、ロケット弾も使う。きっとチャンスは多くないと思うんだ。だったら、全員で力を合わせた方がいいでしょう?」
「それは確かに……」
「そうね」
 ピーチの言葉に、ベリーとパインも小さく頷く。そんな三人の様子を見て、サウラーも首を縦に振った。
「ならば、君たちは僕らを援護してくれるかい?」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 ピーチの顔を黙って見つめていたイースが、そう吐き捨てる。ウエスターはピーチたち三人の顔を睨むように見渡してから、ぼそりと言った。
「いいか。邪魔だけはするなよ」

「ええい……あいつら、どこへ行ったんだ!」
 ようやく起き上がったトイマジンが、キョロキョロと辺りを見回す。やがてその目が、林の前に並び立つ六人の人影を捉えた。
 トイマジンを静かに見つめているのは、イース、サウラー、ウエスターのラビリンスの三幹部。その後ろには、ピーチ、ベリー、パインの三人のプリキュアが続く。
「現れたか。今度こそ、邪魔なお前たちを排除してやる!」
「邪魔なのはお前の方だ!」
 叫ぶと同時にイースが高速で走り出す。右にはウエスター、左にはサウラー。三人のプリキュアが、その後ろに続く。

 トイマジンが両腕の発射口を開く。だが、今度はそれだけでなかった。両腕だけでなく、両足の太腿から足首にかけても発射口がずらりと並び、胴体の真ん中にも巨大な機関銃のような発射口が開いている。
 だがそれを見て、サウラーはニヤリと口の端を斜めに上げた。ウエスターも、ふん、と不敵に笑ってみせる。
 二人がすっとイースの前に出た。その隣に、青と黄色の人影が立つ。

「君は……何をしてるんだ?」
 サウラーが隣に立つベリーに声をかける。
「決まってるでしょ? あんなに数が多いんだもの、一人より二人の方がいいじゃない」
 サウラーの方を見ようともせず、トイマジンを挑むような目で見つめて、ベリーが静かに言い放つ。
「あなたはイースの道を開くのに専念して。それ以外のロケット弾は、アタシが引き受けたわ」
「……口先だけでないことを願いたいね」
 次の瞬間、二人は同時に走り出した。

「ええい、何故そんなところに居る!」
 ウエスターが隣に立っているパインに向かって、忌々し気な声を上げる。邪魔だ! と言いかけたウエスターだったが、彼女の手から零れる黄色い光に気付き、口をつぐんだ。
「大丈夫。これならきっと、援護できると思うから!」
「ふん、巻き込まれても知らんぞ」
 言うが早いか雄叫びを上げて走り出すウエスターを、パインが慌てて追いかけた。

 トイマジンのロケット弾が打ち出される。いくら真っ直ぐに飛ぶだけとは言え、流石に数が多すぎる。おまけにトイマジンがブンブンと腕を振り回すため、その軌道は全て異なり、まるでロケット弾の盾のようになっている。
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
 ウエスターの闘気が切り替わる。眼光鋭くトイマジンを睨み付けながら、力任せにロケット弾を弾いていく。外角からウエスターを狙うロケット弾は、パインのヒーリングプレアで残らず消滅していく。
「はああっ!」
 サウラーが空中高く跳び上がり、目にもとまらぬ高速の蹴りを放つ。そのほとんどは、トイマジンめがけて正確に蹴り返され、胴体の発射口に着弾してそこからの発射を阻止した。ベリーはサウラーのスピードに必死で食らいつきながら、外から内へ入ろうとするロケット弾を、こちらも華麗にことごとく蹴り返す。

「ええい、ボクの邪魔をするな! ボクたちの恨みを思い知れ!」
 トイマジンは金切り声を上げながら、ひたすらにロケット弾を打ち出し続ける。
 見る見るうちに着弾の煙がもうもうと立ち込めて、辺りはほとんど何も見えない。だがイースの目には、目標であるトイマジンの姿がはっきりと見えていた。ウエスターとサウラーがロケット弾を弾き、ベリーとパインがその援護をして、懸命に作った一筋の細い道だ。その道をひたすら真っ直ぐに、イースは高速で突き進む。そんな彼女のすぐ後ろを、ピーチがぴったりと付いて走っていた。

「何故ついて来る。邪魔だ!」
 イースがチラリと後ろを振り向いて忌々しそうに叫ぶ。だがその直後、弾き損ねたロケット弾が彼女の背後を襲った。
「はあっ!」
 ピーチがすかさず拳で殴りつけ、打ち落とす。
「心配しないで。あなたの背中は、あたしが絶対に守る!」
「そんなこと……頼んでなどいない!」
 その言葉と同時に、イースの走るスピードが上がる。ピーチも負けじと追いすがった。

 分厚い煙幕を突き破り、突如頭上に現れた黒き人影。
「はぁぁぁっ!」
 反応が遅れたトイマジンが、イースの蹴りをまともに喰らう。
「捨てられた出来損ないが! 主に恨みを晴らすだと? 馬鹿も休み休み言うんだな」
「何……だと……?」
 トイマジンはぐらりとよろめきかけて、かろうじて踏み止まった。いかつい拳がギュッと握り締められ、両手両足の発射口が残らず体内に仕舞われる。

 飛び道具なしでの、一対一の肉弾戦の構えを取って、トイマジンがイースに殴り掛かる。それをひらりとかわし、圧倒的な手数で反撃するイース。
 再び始まるイースの波状攻撃に、トイマジンの体勢が崩れ始める。だが、今度はトイマジンも一歩も引かず、イースを叩き落そうと両腕を滅茶苦茶に振り回す。

「うるさいっ! ボクたちを捨てた子供たちが悪いんだ!」
「愚かな。捨てられた貴様が悪いに決まっている。主から役立たずと言われた貴様がな!」
「言うなーっ!!」
 トイマジンの拳が地面を打ちつけ、亀裂が一直線にイースを襲う。高々と跳んで避けるイース。そこですかさず、トイマジンがイースの身体を大きな手で鷲掴みにした。
「イース!」
「何をやってる!」
 駆け寄ろうとするサウラーとウエスター。だがその時、再び両脚と左手の発射口が開き、ミサイル弾が彼らの行く手を阻んだ。
 歯噛みするウエスターとサウラー、それに三人のプリキュアが見上げる中、トイマジンがイースの身体を目の高さに持ち上げ、激しく吠える。

「ボクたちは役立たずなんかじゃない。あんなにずっと一緒に居たじゃないか。あんなに楽しく、一緒に遊んだじゃないか!」
「貴様の想いなど……知ったことではない!」
 高く悲しげに響くトイマジンの声に、凄みさえ感じさせる声音で答えるイース。ギュッと身体を締め付けられながらも、イースの赤い瞳はギラリと鋭い光を放ってトイマジンを睨み付ける。
「大切なことはただ一つ、主のお役に立つことだ。お役に立てなければ貴様は用無し。捨てられて当然だ!」
「黙れぇぇぇっ!!」

 トイマジンの手に力が籠る。イースの華奢な身体があわや握り潰されるかと思った、その時。
「はあぁぁっっ!!」
 桃色の閃光が、トイマジンの手首に激突する。ピーチが高々と舞い上がり、渾身の右ストレートを放ったのだ。トイマジンの拳が緩み、イースの身体が滑り落ちる。地面に激突する寸前に何とか受け止めたピーチは、その顔が苦悶に歪んでいるのを見てハッとした。
「……大丈夫?」
「放せ」
 ピーチの手を静かに振り払って、イースが素早く立ち上がり、再びトイマジンと対峙する。

 両腕を胸の前に引き付け、ゆっくりと腰を落とす。
 この一打に全てを賭ける――その想いと共に、身体中の力が急速に身体の中心へと集まって来る。
 意識するのは呼吸。そして筋肉の動き。息づき始めた力の塊に、動きによって生まれた力を繋げ、練り合わせる。

 脳裏に浮かぶのは、まだはっきりと拝んだことのない主の姿。物心ついた時から、いつか誰よりもお傍でお仕えすると、そう誓った絶対的な存在――。
 熾烈な競争に勝利して幹部になっても、まだ主を直接拝むことすら叶わない。ならばその高みに届くほどに、主のお役に立ってみせるしかない。そう、何度自分に言い聞かせたかわからないと言うのに。

(捨てられた者が、主に恨みを晴らすだと? そんなこと――私は断じて認めない!)

「はぁぁぁぁぁっ!!」
 放たれたイースの掌打がトイマジンの核を貫き、その巨体が震える。低い呻き声を上げながら、トイマジンがゆっくりと後ずさる。
「今だっ、プリキュア!」
「オッケー!」

 ピーチとパインがそれぞれのキュアスティックを召喚し、ベリーが頭上でパン、と両手を打ち鳴らす。

「プリキュア! エスポワール・シャワー!」
「プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」
「プリキュア! ヒーリング・プレア・フレーッシュ!」

 青色、桃色、黄色の光が溶け合って、巨体の胸の真ん中に命中する。トイマジンの身体は三色の光に包まれ、ボロボロと装甲が剥がれ落ちていく。
「ボクは諦めないぞ……。いつか……いつか必ず、子供たちに……!」
 断末魔の叫びが辺りに響き、ついにトイマジンの全身が崩れ落ちる。だが、光が消えた後、そこには何も残ってはいなかった。

「え……倒したの?」
 怪訝そうなピーチの問いに、サウラーが首を捻る。
「いや。ヤツが消え去る瞬間、時空の歪みを感じた。残念ながら、逃したかもしれないね」
「そっか……」
 残念そうにも、少しホッとしているようにも聞こえるピーチの声。それと同時に、イースが忌々しそうに吐き捨てる。
「ふん、負け犬が尻尾を巻いて逃げ出したってわけね」
「まあ、またやってきても同じことだ。俺様が捻り潰してやる」
 ウエスターは胸を叩いて、ニヤリと不敵に笑った。

「あのさ!」
 そのまま何事も無かったかのように去って行こうとする三人に、ピーチの声が飛ぶ。
「一緒に戦ってくれて、ありがとう!」
 その言葉に、三人は揃って足を止め、渋々後ろを振り返った。
「何を言ってる。貴様らのためであるものか」
「この町を不幸にするのは俺たちだからな」
「悪いけど、次に会った時は容赦しないよ」
 イース、ウエスター、サウラーは、思い思いの捨て台詞を残すと、瞬時に身を翻し、姿を消した。



 四つ葉町のある世界から、遠く離れた異世界――。
 時空の狭間を漂っていたトイマジンは、ふと懐かしい気配を感じて目を開けた。
 眼下に見える世界では、ジグソーパズルのピースたちが地面に敷き詰められ、ブロックでできた城壁の門を、おもちゃの兵隊が守っている。
 町の中を思い思いに闊歩しているのは、あらゆる種類のおもちゃたち。だが、そのおもちゃたち一体一体の中に、自分と同じ感情が宿っているのに気付いて、トイマジンはニヤリと小さく笑った。
 あの時、何故時空の彼方に飛ばされてしまったのか、トイマジン本人にもわからない。だが、もしかしたらこの世界のおもちゃたちの悲しみや恨みの心が、自分をここに引き寄せたのかもしれない。
「これはいい……。ここで身体を癒し、機会を待とう。機が熟したら、その時は――覚えていろ、全ての子供たちよ!」
 トイマジンの不敵な笑い声が、この世界――“おもちゃの国”に、高らかに響き渡った。



 陽の傾きかけた、カオルちゃんのドーナツ・カフェ。四つ葉町公園の一部は、地面が剥がされ、何本もの木が薙ぎ倒される被害に遭ったが、幸いこの界隈は無事だったようだ。
 もう他のお客さんは誰も居ないカフェの丸テーブルに、再びラブたち三人の姿があった。

「それにしても、ラビリンス以外の敵が現れるなんてね。それも、あんな強敵が」
「うん。しかも、ラビリンスが一緒に戦ってくれたなんて」
 もしあの時、ラビリンスの三幹部が現れなければ。彼らと共闘できなければ、自分たちだけではまるで歯が立たない相手だった。子供たちを、この町を、守れないところだった――。
 美希は悔しそうに右手でギュッと拳を握り、祈里は華奢な両手を見つめ、祈るように胸の前で組む。その時、ラブがドーナツを見つめながら、ボソリと呟いた。

「イース……なんか苦しそうだった」
「えっ?」
「さっき戦っていた時にね。トイマジンと言い合った後、とっても苦しそうな顔してた」
「……そうなんだ」
「もしかしたら、イースもなんか……悩んでるのかな」
「……」
 ラブの言いたいことを測りかねて、美希と祈里がそっと顔を見合わせる。ラブは顔を上げ、そんな二人の仲間に小さく笑いかけた。

「あたし、ラビリンスの幹部はメビウスの命令に従ってるだけなんだ、って思ってたけど……それだけじゃないんだね。きっといろんな想いがあって、悩んだり、苦しんだりもする。だからあんなに強いのかもしれない」
「確かに……そうね」
「うん、きっとそうなのかも」
 美希と祈里が、今度は揃って頷く。すぐ傍らから見た、彼らの戦いぶり。その時感じたのは、圧倒的な強さばかりではなかったから。彼らなりの想いの強さを、確かに感じたから。

「想いがあって、悩みがあるなら……きっと、夢もあるんだよね。イースやサウラーやウエスターにも、なりたい自分があるのかもしれない。ううん、あるんだよ、きっと」
 ラブの瞳が、キラリと輝く。
「よぉし! 美希たん、ブッキー、頑張ろうね。あたしたちは、絶対に負けない。そしていつか、あの三人の……イースの夢が何なのか、聞いてみたい」
 そう言うと、ラブは今日初めてドーナツを手に取り、勢いよくかぶりついた。口の中に広がる優しい甘みを噛みしめながら、まだ明るさを残した空を見上げる。
 公園の木々が初夏の風にざわざわと揺れて、そんなラブの姿を見守っていた。


~終~
最終更新:2021年08月14日 14:18