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『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>9




「 ―― くしゅんっ!」

 のどかが顔を背けて、可愛らしいくしゃみをした。
 笑みに変わりかけていたツナグの表情は、一瞬で凍りついたみたいにこわばった。
 瞳に浮かべる色は、恐怖。
 ……皆の目はのどかへと向いていて、誰も気づかない。

「ふふふ……、ごめんなさい」と少し恥ずかしげに微笑むのどかが、長袖インナーに包まれた左の二の腕を右手でさすった。日の光の暖かさでまぎれてしまうが、ほんの少しだけ寒気が肌を這っている。

「そろそろ朝晩も涼しくなってきたものね」
 と、ちゆが、もうすっかり秋だと苦笑しつつ、のどかの体調を気にして隣にしゃがみ込む。腕をさする手をとめて、大丈夫だよ、と微笑みで返すのどか。その背中に、パサッとスーツのジャケットが掛けられる。

「羽織ってたら、ちょっとは温かいやろ。……ほら、お姉ちゃんが心配してるで」
「なっ…!」

 思わず顔を赤らめて、ちゆがミナを見返す。事情を知らない他の者たちが、何事かと興味津々に見つめてくるのが恥ずかしい。同じく、のどかも顔を赤らめているけれど、こっちは照れているのと嬉しいのが半々だ。

「ちゆちーがお姉ちゃんかー……」

 いいなぁ…という思いを込めて感慨深そうにつぶやくひなたに、すかさずニャトランが、

「学校から帰るなり『遊ぶ前に宿題しろーっ』とか言われるぞ、絶対」
 と、ツッコんだ。
 ひなた、何とも言えぬ顔で「あー」と洩らしてから、のどかに向かってパタパタと手を振った。

「ちゆお姉ちゃんのこと、末永くヨロシクねー」
「あ、押し付けやがった」

 ちゆが「どういう意味よっ」と軽く気色ばんで立ち上がろうとするのを、のどかが笑いながら引き止める。

「まあまあ……ちゆお姉ちゃん、落ち着いて」
「のどかまで……、もおっ!」

 そんな二人を囲んで皆が明るく笑う。 ―― ツナグを除いて。
 みんなと一緒に笑っていたのどかの目に、不意にツナグのうしろ姿が映った。

「……ツナグ?」

 きょとんとした顔になって、呼びかける。
 ツナグは自分のリュックを背負いつつ、背中を向けたまま言った。

「ごめん。ボク、今日はもう帰らないと」

 皆の笑い声は、いつのまにか消えていた。
 しん……とした空気にガマンできなくなったひなたが、残っていたお菓子をサッと手に取って、あえて明るい調子で話しかけた。

「ねえ、ツナグ、もうちょっとだけお菓子食べていかない? これなんて美味しいよ? 
 ……えーと、お腹いっぱいなんだったら、包んであげるから、持って帰って食べてもいいし」

 ひなたに続いて、ニャトランも声を張り上げる。

「急すぎるだろっ。なあ、そんなに今すぐ帰らなくてもいいだろっ!」

 ニャトランはツナグを責めているのではない。ただ、彼ともっと一緒にいたいだけだ。
 二人の声に振り向くことなく首を横に振ったツナグに、今度はアスミが問いかけた。

「もしかして、気に障ることでもあったのですか?」

 やっぱりツナグは静かに首を横に振った。
 彼のうしろ姿を見つめて、ラテが心配そうに「くーん」と小さく啼く。
 ……ツナグの様子のおかしい。それは全員が感じている。けれど、なぜそうなっているのかが全く分からない。
 戸惑いを表情に広げているペギタンが、ちゆと顔を見合わせた。
 ちゆはペギタンにうなずき返してから、優しい声でツナグにたずねてみる。

「ツナグ、どうしたの? 何か事情があるのなら教えてもらってもいい? もし、困っているのなら、わたしたちがチカラになるわ」
「ツナグは、ぼくたちの大切な友だちペエ。なんでも相談してほしいペエ」

 一瞬振り向きそうになったツナグが、ぐっとこらえて、強めの語調で返した。

「ゴメンっ、ボク……急いでるからッ!」

 拒絶の背中。
 ラビリンがバルコニーに立ちすくむ。ツナグが心配で声をかけようとしたが、結局、何も言えなかった。
 代わりにミナを見上げて、すがるように声を洩らした。

「ミナ、なんとかならないラビ……?」

 ラビリンの傍らにしゃがみ込んだミナが、その背を優しく撫でて謝る。

「ごめんな、ラビリン。ツナグの行動が誰かに命令されたり脅されたりしてるんやったらともかく、自分の意志で動いとる以上はなぁ。
 理由も分からんのに、相手の意志を無視して、こっちの感情だけで無理に引きとめるコトは出来へんねん」

 しかし、ミナは「それでも……」とつぶやいて立ち上がる。

「ツナグ、つらかったり、しんどかったりしたら、誰かに助けを求めるんが当たり前なんやで。それでな、逆に誰かがつらかったり、しんどかったりしたら当たり前に助けてやったらええねん。
 ―― もちろん、それを嫌がる人も当然におる。でもな、私は、助け合うのが人間の本当の姿なんやって、世界を取材しまくって気付いたんや」

 ミナはいったん言葉を切って、「だから ―― 」と右手を伸ばして、手のひらを上向けて大きく開いた。

「苦しいことを一人でかかえ込んだらアカン。……約束する。理由を話してくれたら、みんなで絶対に助けたる」

 ツナグの背中が小さく揺らいだ。
 ……泣いてしまいそうだった。
 ここにいるみんなが大切で、みんなと巡り合えたことが幸せで、だからこそ、立ち去ろうとする決意を強めて、前に一歩踏み出す。

「本当に心配しないで。ありがとう、みんな」

 ツナグの前方の空間が青く透き通った幾つもの立方体へと変化し、フワッとバラけて、虚空の入り口を開いた。

「ツナグっ」と、もう一度呼びかけたのどかが、立ち去ろうとする背に切なく微笑んだ。

「……また、あしたね」

 さようならとは言えない彼女の気持ち、痛いほどわかる。
 足をとめ、ツナグは黙ってうなずき返した。嘘の返事。 ―― また、あした。もう二度とみんなと会えないあした。
 再び進み始めたツナグの姿は、すぐに虚空の中に消え、元の状態を取り戻した空間が、彼のいた痕跡を消した。

 ……しばらく全員がツナグのいた場所を見つめて佇んでいたが、やがてミナがパンッ!と両手を叩いて、みんなを見渡して言った。

「ほら、いつまでもここを私らで占拠しとくワケにもいかん。さっ、手分けして片付けよか」

 明るめの口調で空気を切り替えようとする。 ―― レンズの奥の瞳は、最後に見たツナグの背中を忘れてはいない。しかし、この先、何をやるにしても、まずは目の前の事からだ。

「そうですね」
 と、ちゆが率先して動く。
 言いだしっぺであるミナも動こうとするが、ふと急に気になって上を向いた。
 透明なシリコンゴムシートを貼り付けたような、視覚的に違和感のある空。
 彼女の瞳が鋭さを帯びた。すこやか市を訪れた時から気にはなっていたが、今はそれを通り越して、明確な不愉快さをあらわにしていた。

「こいつ、まるで笑っとるみたいや」
「ミナ、どうかしましたか?」

 隣に並んだアスミも、共に空を見上げていた。

「わたくしも、ここ数日、気になっていましたが、ビョーゲンズ ―― さきほどの怪物の属する勢力とは関係ないようですね」
「そうか。でも、なんかこう……高いところから、得体のしれんモノに見下ろされてる感じがして、腹が立つねん」
「この空、ツナグと何か関係がありますか?」
「わからん。まずは情報収集やな。 ―― あっ、そうや」

 いったん話を切って、ちゆに呼びかける。

「ちゆちゃんのウチって旅館やってるって言うてたな。納屋でええから泊めてくれへん? まだ今日泊まるとこ決めてなかったんよ」

 片付けの手をとめて、ちゆが笑いながら振り返った。

「納屋じゃなくて、ちゃんとした部屋を案内しますよ」

 そして、今度は片づけを手伝おうとしていたのどかのほうを向いて、ニコッと笑った。

「のどかはいいわ。あなたの分まで、わたしがやっといてあげる」
「けど……」
「お姉ちゃんがいいって言ってるんだから、素直に聞きなさい。体調が本当に悪くなったらどうするの?」
「うぅ…」

 しぶしぶといった感じで従うが、のどかの表情はちょっと嬉しそう。優しいお姉ちゃんに甘える妹そのものだ。
 二人の様子を微笑ましく視界に収めていたミナとアスミが話を再開する。

「とは言っても、本格的なオカルト方面には、あまり頼れるツテがないからな。どこまで情報を集められるか……」
「なるほど、お笑いとオカルトは相性が悪いのですね」
「オイ、こらオマエ。
 ―― まあ、ええわ。念のため、NASAの知り合いが開発した超々小型のGPSトラッカーをツナグのリュックにこっそり貼り付けといて正解やったわ。とりあえず、ツナグの居場所は追えるな」

 アスミがふむふむとうなずく。詳しい技術のコトは理解できないが、現在の状況を考えると、ツナグを居場所を特定できる手段があるのは頼もしい。

「一体いつ貼り付けたのですか?」と素朴に口にしたアスミに、ミナが気さくに答える。

「ツナグがお菓子もらったりジュース飲ませてもらったりしてた時やね」

 それを聞いて、アスミの表情に、パアッ、と感心の色が広がった。

「すごいですね、ミナは! そんなに早くから、ツナグが何か問題をかかえていると気づいていたのですね!」
「えっ」
「……えっ?」

 アスミが真顔になって聞き返す。
 そして眉間にシワを寄せて、ミナを睨んだ。

「よもやとは思いますが、歓迎会が終わってからツナグを追跡して、わたくしたちがいないところで独占取材を決行しようとしていたのではないでしょうね?」

 ―― 図星。
 ミナが慌てふためいて釈明を試みる。

「あ…、いや、待って。確かにあの時はそんなこと考えてたけど……っ!
 落ち着いて、アスミちゃん、今はちゃうねん。今はホンマにツナグをしんぱ ―― 」
「 ―― 問答無用っ!」

 最後まで言わせず、アスミ、無慈悲に『メガネメガネ』を執行。 ―― と同時に、ひなたが両目を押さえて悲鳴を上げつつバルコニーの上を転げ回る。もはや阿吽の呼吸である。
 一足早く、転がってくる軌道上から逃げるラテ。とっさにラビリンを抱き上げたのどかがパッと飛びのく。ペギタンとニャトランはあわてて空中へと浮かび上がって回避。しゃがんで作業していたちゆの腰に、転がるひなたがドン!と後ろからぶつかった。

「きゃっ!」

 短い悲鳴を上げてつんのめったちゆが、すぐに振り向いて、ミナでもアスミでもなく、ひなたを叱った。ひなたにとっては理不尽の極みだ。
 のどかは、涙目になっているひなたへ同情の視線を送ってから、一人静かに、ツナグが消えたあたりの空間を見つめた。あのうしろ姿を思い出すと、理由の分からない不安がこみ上げてくる。

(ツナグ……)

 ぎゅっ、と小さくコブシを握る。
 今はただ、胸が苦しい。



最終更新:2022年01月15日 12:17