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海に響け! わたしたちの歌(後編)/一六◆6/pMjwqUTk




 ローラがあおぞら市を去って、数日が過ぎた。まなつ、さんご、みのりはローラのことを気にしつつ、いつも通り部活動に精を出している。
「あの貝殻、一つ一つ確認するのは大変だろうなぁ」
「うん。凄くたくさんあったもんね」
 今日も昼休みの中庭で、三人揃ってお弁当を広げたところで、まなつが真っ先にその話題を口にした。さんごが心配そうに相槌を打つ。するとみのりは小さく頷いて、こう続けた。

「数が多すぎて気休めにしかならないかもしれないけど……一応、傾向だけはローラに伝えておいた」
「傾向って?」
「前に、みんなであの部屋の貝殻に触れたことがあったでしょう? あの時の感じからすると、部屋の真ん中にある柱――ほら、伝説のプリキュアと魔女の戦いの記憶が嵌め込まれたあの柱にあるのが、一番古い時代の記憶のようだった。それ以外は、部屋の奥に行くほど時代が古くて、同じ位置なら壁の高いところにあるものほど古い記憶みたい。だから、まずは離れた場所にある貝殻をいくつか触って、場所の見当をつけた方がいいかも、って」
「うわぁ、流石みのりん先輩!」
「それなら効率的ですね!」
 まなつとさんごが相次いで感嘆の声を上げる。

「じゃあ、みのりん先輩のアドバイスで、ローラも女王様の記憶、順調に探せてるかもね」
「だったら嬉しい。首尾は……ローラがこっちに来て報告してくれるのを待つしかないけど」
「あ、それなら月末には、きっとまたローラに会えるよ?」
 今度はさんごがニコニコしながら、まなつとみのりの会話に割って入った。
「ほら、今度プリティ・ホリックの新作コスメ発表会のイベントをやるでしょ? あれ、ローラにも手伝ってほしいってお願いしたんだ。あすか先輩も来てくれるって」
「なるほど。何かそういう理由があれば、ローラもこっちに来やすくなるしね」
 感心したように何度も頷くみのりの隣で、まなつが興奮した様子で身を乗り出す。
「さんご、偉い! じゃあその時にローラから様子が聞けるねっ!」
 まなつがそう言うと同時に、昼休み終了の予鈴が鳴る。三人は慌ててお弁当箱を片付け、それぞれの教室に向かった。



   海に響け! わたしたちの歌(後編)



 その日の放課後、まなつは一人、通学路をとぼとぼと歩いていた。
「あーあ。みのりん先輩もさんごも、ローラの役に立とうとしてて凄いなぁ。わたしはなぁんにも出来てない……」
 思わずはぁっと何度目かのため息が漏れる。
「やっぱり女王様の記憶、一緒に探したかったなぁ……」

 いつの間にか、通学路を逸れて砂浜のそばを歩いていた。ローラと再会した、あの入り江のすぐ近くだ。
「せっかくだから、ちょっと休憩して行こうっと」
 まなつがそう呟いて、砂浜に足を踏み入れた、その時。

――バッシャーン!!

 入り江の方向で、突如巨大な水しぶきが上がった。
「うわっ!」
 驚いたまなつが後ずさろうとして、砂浜に足を取られて尻もちをつく。
 頭上から砂の雨が盛大に降ってきたかと思うと、浜に乗り上げたらしい一艘のボートが、勢い余って砂を蹴散らしながら迫ってきた。

「わ、わ、わ、わーーーっ!!」
「どいてっ! どいてどいてっ、どいてぇぇぇっ!!」
 まなつの声に、幼い女の子のような声が重なる。まなつが横っ跳びに跳んで逃げると同時に、ボートは半分以上が砂に埋もれてようやく止まった。

「ちょっと! あんなところに居たら危ないじゃない。も~、心臓止まるかと思ったんだからぁ!」
 ボートの中から、さっきの女の子のような声が――それも相当の金切り声が降ってきて、まなつが思わずその場に這いつくばる。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「まったく。『子供は急に止まれない』って、人間の世界では教えないのっ?」
「それを言うなら、車は急に……って、え? 人間の世界?」
「……ヤバッ!」

 思わず顔を上げたまなつが見たものは、ボートの上であたふたとうろたえている、メイド姿でエビのような下半身を持った子供の姿――。向こうもまなつの顔を見て、驚いたように指をさす。
「あーっ! プリキュア!」
「あーっ! あなたは“後回しの魔女”の部下だった……あ、名前まだ聞いてなかった!」
 まなつは跳ねるように立ち上がると、ボートの上の彼女と向かい合った。

「こんにちは! わたしは夏海まなつ。あなたのお名前は?」
「エルダよ。“エルダちゃん”って呼んでちょーだい」
 突然名前を聞かれて一瞬目をパチクリさせたものの、エルダがすぐに高飛車な調子で自己紹介する。
「わかった! それで、エルダちゃんはここに何しに来たの?」
“後回しの魔女”は、もう居ない。魔女の部下であった彼女が、今更やる気パワーを集めにやってくるはずがないのだ。

「それは……」
 エルダは少し目を泳がせてから、ぶっきらぼうな調子で言った。
「前にこの町で食べた物が美味しかったから……それで探しに来たのよ。悪い?」
「へえ! それって、どんな食べ物だったの?」
「えっと、何とかメロンパンっていう……」
「トロピカルメロンパン!? 美味しいよね~、わたしの大好物なの! エルダちゃんも食べたことあったんだ!」

「何言ってるの? あの時……」
 お供えしてくれたじゃない、と言いかけたエルダが、慌てて口をつぐむ。以前ボートが墜落し、怪我をして廃屋の中に隠れていた時、そこに置き忘れられていた人形の声真似をして、探検に来たまなつに食べ物をお供えさせたことがあった。だが、どうやらまなつは、結局あの人形の正体には気付かず仕舞いだったらしい。

 今更正体を明かす気にもなれず、エルダはバツが悪そうに目を逸らす。だが、まなつの次の言葉を聞いて、パッとその顔が明るくなった。
「じゃあ、わたしが買って来てあげるよ!」
「ホントっ!?」
「うん。あ、仲間の人たちへのお土産もいるかな。だったらたくさん買わないとね!」
「あなた……やっぱり結構いいヤツね」
 エルダがそう言って、ぴょんとボートから飛び降りる。そして少しの間もじもじとためらってから、意を決した様子でまなつの顔を見上げた。

「だったらお礼に一つくらい、頼みを聞いてあげてもいいわ。エルダに出来ることならね」
「そんな、お礼だなんて! あ、でも……」
 首を横に振りかけたまなつが、エルダの後ろにあるボートに目をやって、キラリとその目を輝かせる。
「もし出来るなら……一つお願いがあるんだけど」
「なぁに?」
「わたしたちを、グランオーシャンに連れて行ってくれないかな。実は、どうしてもローラの手伝いをしたいことがあって、でも今のわたしたちでは、グランオーシャンまで泳いで行くことは出来なくて……。無理かな?」
 怪訝そうに首を傾げていたエルダは、まなつの話を聞いて、すぐに得意げに頷いた。

「なぁんだ、そんなこと。いいわ、連れて行ってあげる」
「ホント? でも、グランオーシャンって今は前より遠いところにあるらしいんだけど……」
「知ってる。人魚が泳いで来られるんだから、大したことないわ。こっちは舟なんだから」
 ローラが聞いたら怒り出しそうな台詞を吐いたエルダに、まなつはさらに畳みかける。
「でも、グランオーシャンに行く道って、人魚と妖精にしか作れないんじゃなかったっけ……」
「そうなの? でも前には人魚の力なんか借りなくたって、ちゃあんと行けたし。あなたたちとも向こうで会ったでしょ?」
「じゃあ……ホントにグランオーシャンに――ローラに会いに行けるんだね? やったー!!」
 まなつが砂を蹴散らしながら、ぴょんぴょんと跳びはねる。エルダはその姿を眺め、いつになく無邪気な顔で嬉しそうに笑った。


   ☆


 数日後の、土曜日の早朝。放課後よく運動部がランニングをしている、あおぞら市の広々とした海岸に、まなつ、さんご、みのり、あすかの四人が集まった。きょろきょろと辺りを見回していたまなつが、海の上の空に目をやって、ぱぁっと笑顔になる。
「おーい! ここだよ~!」
 大きく手を振るまなつの視線の先にあるのは、空を飛ぶ三艘のボート。乗っているのはエルダ、チョンギーレ、ヌメリーだ。エルダのボート一艘ではとても四人は乗れないので、二人にも応援を頼んだのだった。

「けっ! かったりぃ……。ま、あのメロンパンは旨かったから、しょうがねえか」
「エルダちゃんに頼まれたら、お願い聞かないわけにはいかないしね」
「さあ、早く乗って。出発するわよ!」
 ぶつぶつ言いながらも、まんざらでもない様子の二人を従えて、エルダが真っ先に海岸に降り立つ。

 エルダのボートにまなつが、チョンギーレのボートにあすかが、そしてヌメリーのボートにさんごとみのりが乗り込んだ。思った通り、リップがあれば水中でも呼吸ができる。舳先につけた灯りを頼りに、ボートは滑るように海中を進んでいく。
 やがて三艘の行く手に、海中に立ち昇る巨大な渦潮が立ちはだかった。グランオーシャンを守っている、魔法の渦巻きだ。すると、三艘のボートは縦に並んで、数珠つなぎのように、それぞれの船首と船尾を頑丈な鎖で繋いだ。先頭がチョンギーレ、真ん中がエルダ、最後がヌメリーの順番だ。

「よぉし、ここを通り抜ければグランオーシャンだ。お前ら、しっかりつかまってろよ」
「え……まさか、このまま渦に飛び込むのか!?」
「ああ。渦の流れに乗ってしばらく進んで、グランオーシャンの外壁が見えたら渦の外に飛び出すんだ。なぁに、前にこうやって通り抜けたことがあるから、心配するな」
 言うが早いか、三艘は相次いで渦に飛び込んだ。

 たちまちボートは激しい水流に飲み込まれる。乗っているまなつたちは、ただもう必死で船体にしがみついているだけで、目も開けていられない。
「なっ、なにこれ……どうしよう! この前より、流れがめちゃくちゃ速いんだけど!」
「チョンギーレ……だ、大丈夫なのっ?」
 エルダとヌメリーの慌てふためいた声がする。
「クソッ……前と勢いが違いすぎるぜ……。ヌメリー! エルダ! 何とかして舟のスピード、緩められねえかっ?」
 チョンギーレが渦の左側を睨みながら、大声で叫ぶ。それを聞いて、二人も負けじと叫び返した。
「仕方ないわね。やるわよ、エルダちゃん!」
「わ、わかった!」

「エビビーッ!」
 エルダが触角から放つビームが渦を切り裂く。その一瞬だけ視界が開け、渦の外にある海底の岩が見えた。すかさずヌメリーがその岩に向かって、首にかけた聴診器からロープを放つ。ロープは何重にも岩に絡みつき、ボートのスピードががくんと落ちた。ヌメリーがゆっくりとロープを伸ばして、スピードを調節する。
「よぉし!」
 チョンギーレがそう叫んだとき、斜め前方に巨大な灯りが見えてきた。
「グランオーシャンだ! 渦から飛び出すぞ。しっかり掴まってろ!」
 チョンギーレが隻眼をカッと見開いて叫ぶと同時に、左に大きく舵を切る。その時、ヌメリーのロープが別の岩に擦れてぶつりと切れ、三艘は大きく傾いて――!

「「「「キャー!!!!」」」」

 渦の中に投げ出されそうになって、四人が思わず悲鳴を上げた、その時。

「くるるん!」

 突然、場違いに能天気な声が響いたかと思うと、さっきまであんなに激しくボートを翻弄していた渦潮が消えた。まなつが恐る恐る目を開けると、ボートはいつの間にか、以前通り抜けたことがある光の通路の中にあった。そして向こうから、ふよふよと漂うようにやって来たのは――。
「「「「くるるん!!!!」」」」
 それは、グランオーシャンの女王のペットで、ローラが人間界にいる間はずっとアクアポットの住み着いていた、くるるんだった。どうやら海の妖精であるくるるんが、グランオーシャンへ行く道を開いてくれたらしい。

「くるるん、わたしたちが来ること、よくわかったね」
「くるるん! くるるん、くるるん、くるるん!」
 さんごに抱かれてすっかりご満悦の様子のくるるんが、相変わらず身振り手振りで何かを伝えようとする。
「……どうやらくるるんがここに来たのは、偶然だったみたい」
 くるるんの動きをじっと見ていたみのりが、以前と同じように、そのジェスチャーを解読してみせる。

「くるるん! くるるん!」
「ローラが最近忙しいみたいで、くるるんに全然かまってくれなくて……」
「くるるん、くるるん、くるるん!」
「退屈だから、グランオーシャンの外に散歩に出たら……」
「くるるん、くるる~ん!」
「魔法の渦にボートが飲み込まれているのを見つけた、だって」
「……相変わらず凄いな、みのりは」
 あすかが半ば呆れた様子で感心してから、隣で大きな息を吐いているチョンギーレに、丁寧に頭を下げた。

「ありがとう、わたしたちを守ってくれて」
「あぁ? よせよせ。珍しくやる気を出したら、あいつにいいところを持っていかれちまったってところだ」
 チョンギーレが楽し気な声でそう言いながら、まるでピースサインでもするように、くるるんに向かって自慢のハサミを振り上げてみせる。

 そこから先は、打って変わって穏やかにボートは進み、巨大なシャボン玉のような外壁を超えて、グランオーシャンに降り立った。


   ☆


「あら? くるるんは居ないのね」
 自室に戻って来たローラは、ちらりとソファに目をやってそう呟いた。そこは今やすっかりくるるんの定位置になっているのだが、このところ暇さえあれば『記憶の部屋』に入り浸っているローラは、そう言えばここ数日、あまりその姿を見ていない。
「ひょっとして女王様のところかしら」
 最近ちょっと、くるるんを放っておき過ぎたかもしれない。そう反省しながら机に向かおうとしたところで、ドアをノックする音がした。

「はーい」
「くるるん!」
 部屋の外から、当のくるるんの声がする。
「あら、くるるん。帰って来たのね?」
 それにしても、くるるんがわざわざノックするなんて珍しい――そう思いながらドアを開けたローラは、そのまま呆然として動きを止めた。

「ローラ! みんなでローラの手伝いに来たよ!」
 キラキラと目を輝かせるまなつを真ん中に、さんご、みのり、あすか――『記憶の部屋』で在りし日の人魚たちの記憶と触れ合いながら、ずっと思い浮かべていた仲間たちの満面の笑顔が、なんと今、目の前にある。
「一体、どうやって……」
 頬を染め、かすれた声で呟くローラの顔を見つめ、まなつは“してやったり”という表情で、んふふ~、と鼻の下をこすった。



「まったく無茶苦茶だわ。あの魔法の渦を力づくで超えようだなんて!」
「チョンギーレの話だと、前はそうやってグランオーシャンに来たらしいよ? でも、今回は渦の勢いが全然違ったんだって」
「あの時は国じゅうのやる気パワーが奪われていたから、守りの魔法も弱くなっていたのよ、きっと」
「なるほど~」
 ローラの推測に、まなつが納得してポン、と手を打ち鳴らす。
 渾身の力を出してここまで送り届けてくれたチョンギーレたち三人は、疲れ切って今は客間で休んでいる。五人はローラとまなつを先頭に、『記憶の部屋』へと続く暗い廊下を進んでいた。

 重い扉を開けて、ごつごつとした石のトンネルをくぐる。すると暗い岩肌にぼうっと青い光が無数に灯る、幻想的な空間が現れた。
「みのりに言われた通り、部屋のあちこちを調べてみたんだけど……どうやらこの真ん中の柱より奥の壁にありそうなの」
「そうか、じゃあ手分けしよう。この壁を五つに分けて分担を決めるぞ」
 あすかの号令で、五人がそれぞれ壁の前に分かれて立つ。
「ねえ、ローラ。若い頃の女王様って、何か特徴とか無いかな?」
 さんごの質問に、そうね……とローラが少し考え込む。
「……前に一度だけ、シャボンピクチャーで見たことがあるの。髪の色は今と同じ綺麗なエメラルドで、尾びれの色はパープル。それから今と同じ金色のネックレスを着けてたわ」
「それと、場所は南乃島だから、そこからも判断できる」
 ローラに続いて、みのりも人差し指をぴんと立てた。

「よーし、じゃあ改めて……。女王様の思い出の貝殻探し、トロピカって行こう!」
「「「「おー!!!!」」」」
 今度こそ全員で拳を突き上げて、五人はそれぞれ自分の持ち場に取り掛かった。

 壁に埋め込まれた貝殻にそっと手を当て、瞼の裏に広がる映像を確認する。
 並んで腰かけて仲良く語り合う二人。一台の自転車に乗って風を切って走る二人。思い思いの楽器で一つの音楽を演奏するグループ――。
 その映像はどれも楽し気で、ついつい見入ってしまいそうになるのを我慢しながら、まなつは次々と貝殻に触れていく。

――『記憶の部屋』に封じ込められた記憶は、もう思い出すことはできないのよ。

 ふと、先日のローラの言葉を思い出した。きっと多くの人魚や妖精たちは、ここに自分の記憶があることを知らないだろう。それにこの貝殻に記憶されている人間たちは、もうこの世には居ないのだろう。でもその笑顔は、今まなつが目にしている仲間たちの笑顔と同じように、胸の奥まで照らしてくれる太陽みたいにキラキラと輝いていて……。

(この記憶は忘れてしまっていても、この人たちの中にはきっと一生、仲良しの友達からもらった何かが生き続けていたんだろうな……)

 そんなことを考えたとき。
「あった……。あったわ!」
 ローラの高い声が響いて、まなつはパッと顔を上げた。

 まなつに続いて、あすかが、さんごが、みのりが、急いでローラの元に集まってくる。
「やったね、ローラ!」
 そう言って肩を叩こうとしたまなつは、ローラの肩が小刻みに震えているのに気づいて、思わずその手を引っ込めた。
 そこにあったのは、大きめの巻貝。ローラは目を閉じて、そっとその貝の表面に触れている。その目尻から涙が溢れているのが、水の中に居てもはっきりとわかった。
「これ……ねえ、これ……!」
 ローラの感極まった声に、四人は恐る恐るその貝へと手を伸ばし――そして揃って息を呑んだ。


   ☆


 グランオーシャンの女王メルジーヌは、再び訪れた四人の人間の少女たちを、あたたかく迎えた。四人が挨拶してから、ローラが少々緊張の面持ちで、一歩前に進み出る。
「女王様に、お話があります」
「何ですか? ローラ」
「『記憶の部屋』で、私……女王様の南乃島での記憶を見つけたんです」
 そう言ってローラが差し出す巻貝の貝殻を、女王は目を見開いてじっと見つめた。

「そうですか。やはり私は、あの島で人間と出会っていたのですね」
「はい」
 ローラが頷くと同時に、まなつがローラの隣に進み出る。
「南乃島では、女王様のことが“森の人魚”っていう言い伝えになってて、わたしたちも去年、島のお婆さんから聞かせてもらったんです。そのお婆さんが小さい頃に、島の長老のお婆さんから教えてもらった話だって。その長老が子供の頃に、森で跳ねる人魚の姿を見たらしいんです」
「そう……。人間にとってはとても長い時間を、今も語り継いでくれているのですね」
 女王がまなつに向かって穏やかに微笑む。が、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ローラが「女王様!」と叫んだ。

「この記憶の中にいる人に、女王様はもう会えない。でも……それでも! 私はやっぱり、女王様にもう一度この記憶を知ってほしいんです。女王様にとって、きっと大切な記憶だから。だからどうしても……もう一度見て、聞いてほしいんです!」

 まなつがギュッとローラの手を握り、さんご、みのり、あすかの三人が、揃ってローラの隣に歩み寄る。
『まずは女王様の記憶を探し出してから、どうするかは女王様に聞いてみる』
 元々はそういう計画だったはずだが、今女王に叫んだローラの気持ちは、みんなよくわかっていたから。

「ローラ」
 今にも泣きそうな顔で自分を見つめるローラに、女王は優しい目を向ける。
「私のことを心配してくれたのですね……ありがとう」
 そう言うと、女王はローラが捧げ持っている貝殻に、そっと手を伸ばした――。


   ☆


――良かったね。大事な宝物を、ちゃんと隠すことができて。
――ええ、あなたのお陰よ。ありがとう。

 海を見下ろす岩場に、着物を着た少女と人魚の少女が並んで腰かけている。
 お礼を言われてニコリと微笑む着物姿の少女。すると人魚の少女が、彼女の方に身を乗り出した。

――ねえ。さっきの歌、もう一度聴かせてくれない?
――うん! いいよ。

 着物姿の少女が目を閉じ、澄んだ声で歌い出す。隣で一心に聴き入っていた人魚の少女も、やがてたどたどしく歌い始める。
 二人の歌声は海風に乗って、のびやかに響き渡った――。


   ☆


「この歌は……」
 女王が大きく目を見開く。
「はい。グランオーシャンでみんなが歌っている『なかよしのうた』。元々は人間の世界の歌を、女王様が伝えてくれていたんですね」
 ローラが女王の顔を見上げて静かに微笑んだ。彼女に続いて、仲間たち四人も次々に口を開く。
「わたしたち、トロフェスで……えっと、学校の卒業フェスティバルで、みんなで歌ったんです」
「ローラに教えてもらったんですよ」
「南乃島にもあおぞら市にも、たぶん今はもう伝わっていない歌だと思います」
「わたしたちの世界で消えてしまった歌が、人魚の国からまた伝わったんですね」

「そうだったんですか……」
 全員の話をじっと聞いていた女王が、そう呟いて掌の上の貝殻を大事そうに見つめ、もう一度そっと触れた。何だか泣き笑いのような表情で、静かに目を閉じる。その顔は、貝殻の記憶の中に居た人魚の少女そのものだと、まなつは思った。
「ありがとう、皆さん」
 やがて目を開けた女王が、穏やかな笑顔で五人の少女を見つめる。その表情はもういつもの女王の顔に戻っていたが、最近気になっていた寂しそうな影が見えなくなっていることを、ローラは密かに嬉しく思った。

「お話は終わったかしら。これからパーティーがあるらしいわよ?」
「グランオーシャンのシェフたちが、すんごいやる気出しちゃってさ。おまけにチョンギーレまで張り切っちゃって……。やっぱりプリキュアは歓迎されてんのね~」
「もちろんですとも。あなた方も大切なお客様ですよ」
 様子を見に現れたヌメリーとエルダが、突然女王から声をかけられて、何だか照れ臭そうに顔を見合わせる。
 大広間に行ってみると、そこには巨大なテーブルと色とりどりのご馳走が用意され、数多くの人魚や妖精たちが楽しそうにパーティーの準備をしているところだった。
「うわぁ! めちゃくちゃトロピカってる~!」
 歓声を上げるまなつと、目を輝かせる仲間たちに、ローラがニコリと笑いかける。

「ねえ。せっかくのパーティーだし、みんなでもう一度歌わない?」
「あ、それ賛成!」
「わたしも歌いたい」
「じゃあ、またみんなでやるか」
「うんっ、トロピカって行こう!」

 やがて、パーティーの準備が整った大広間のステージに四人が並ぶ。
 ローラの合図で一斉に歌い出すのは、もちろん『なかよしのうた』。
 女王も人魚たちも妖精たちも、元“後回しの魔女”の部下たちも、目を輝かせて一心に聴き入っている。
 手と手を繋ぎ、心を合わせて歌う五人の歌声は、キラキラまぶしい幸せな波動を纏って、海の中に響き渡った。

~終~
最終更新:2022年04月21日 19:41