『人魚の食感』2
足をとめたみのりがオシャレな西洋造りの家を指差した。
大きなドアの脇には、『西洋スイーツ店 恋猫軒』という金属表札が壁に埋め込まれている。
さらにドアのプレートには金文字でこう書かれていた。
『女の子であれば、どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません』
「へえ、客は女の子限定なのね。こういうところなら気軽でいいかも」
「はらペコってきた。早く入ろう」
二人がドアを開けて中に入ると、まっすぐ廊下が続いていた。ふとローラがドアの裏側を見ると、プレートに金文字でこう書かれていた。
『ことに美少女や体型のキレイな子は、大歓迎いたします』
「ふふっ、わたしは間違いなく大歓迎にあたっているわね」
「……自分で言う」
廊下の先には、またドアがあった。
「変な店ね。どうして、こんなにドアがあるのよ」
「これはロシア式。寒いとこや山の中はみんなこう」
「寒くもないし、山の中でもないけど?」
ドアのプレートにはこう書かれていた。
『当軒は注文のうるさい料理店ですから、どうかそこはご承知ください』
「……みのり、これ、どういう意味?」
「たぶん声の大きなお客が多く来るから、注文の際、うるさく感じてしまうかもしれないってコトだと思う」
気にせずドアを開けて、みのりが奥へと進む。
ローラがドアの裏を覗き込むと、やっぱり文字の書いたプレートがあった。
『注文はずいぶんうるさいでしょうが、どうか一々こらえて下さい』
「…うわっ、本当にうるさそうね。できれば、普通に食事したいんだけど」
二人が進んだ先には、再びドアがあった。そしてドアの脇の台に、爪切りと爪やすりが置かれてあった。
ドアのプレートには、
『大切な部分を傷つけないためにも、ここで爪をきちんと整えて、清潔にしておきましょう』
と、書かれていた。
「みのり、どういう意味か分かる?」
「……意味はよく分からないけど、爪を清潔にしておくのは道理にかなってる。たぶんメニューには、手でつまんで食べるスイーツもあるんだと思う」
とりあえず二人はお互いの手をチェックしあった。「みのり、手、貸して」と、ローラがみのりの手を取り、爪やすりでツメの形を軽く整えてやる。
ドアを開けて進んだ先には、古タイヤを抱き寄せながら、だらん…と壁際に沿って寝そべっているジャイアントパンダがいた。
ローラたちは顔を見合わせたあと、振り返ってドアの裏側のプレートを見た。
『拳銃ならびに弾薬はここに置いていってください』
「なるほど。鉄砲を持ってスイーツを食べるという法はない」
「いやいや、そもそも銃とか持ってないし。 ―― っていうか、このパンダ、なんなの?」
ローラと視線が合うと、ジャイアントパンダは渋々といった感じで、めんどくさそうに片手を差し出してきた。
……もしかして、預かってくれるのだろうか?
「いや、だから持ってないんだってば……」
パンダの存在に気を取られていたせいか、二人とも次のドアのプレートを読まずに開けて中へと進んでしまった。
こじんまりした部屋の床に直接置かれた、幾つもの脱衣かご。
二人は何も言わず、ドアの裏側のプレートを確認した。
『どうか服と靴をお脱ぎください』
「よし、脱ごう」
「ちょっと待ちなさいよ! これ、どう考えたっておかしいでしょ! なんでスイーツ食べるために服を脱がなきゃならないのよ!」
「……おそらく、汁が跳ねるスイーツがあるんだと思う。服を着ていると汁まみれになってしまうから、ここで脱いでいくのが合理的」
「本当に? もしかして、みのり、おなか空きすぎて判断力に影響出てるんじゃない?」
「大丈夫。判断力は、名刀の刃のごとく冴え渡ってる」
そう言って、みのりが服を脱ぎ始めたので、仕方なくローラも床にトートバッグを置いて服を脱ぎ、丁寧にたたんで脱衣かごに入れる。
靴下も脱いで、下着だけの姿になった二人が、素足のままペタペタと次のドアの前まで進んで止まった。
『ちゃんと下着もお脱ぎになられましたか?』
「あぶなく下着を汁まみれにしてしまうところだった。ここの店主は実に用心堅固」
「あー、ハイハイ、こまかいところまでよく気がつくわねー。……脱げばいいんでしょ、もうっ!」
いったん脱衣かごのところまで戻り、今度こそ何一つ身に付けていない状態になってから、二人はドアを開けた。
「はいっ! ホラ、おかしいっ!」
ローラが、予想してたとばかりにキレ気味に叫んだ。
こじんまりとした部屋の照明は落ち着きのある電球色で、対面に店の奥へと通じるドア、樹脂製の床には大きなエアマットが敷かれている。部屋の隅には簡単なシャワー設備と排水溝、エアマットの横には両手で持てるぐらいの大きさのプラスチックのツボが置かれており、何かの液体がなみなみと入っていた。
ローラとみのりが振り返る。ドアの裏側のほぼ一面がプレートとなっており、そこにびっしりと文字が並べられていた。
『スイーツはもうすぐ完成します。
延長しても150分とお待たせしません。
すぐ食べられます。
早くあなたのお体をツボの中のオイルで入念にマッサージしてください。
なお、最初は普通のマッサージから始めてください。お願いします。
そして徐々に気分が高まってきて(中略)、
という感じにしてください。
さらに、(中略)、
「やだ……お店の中で…こんなコトしちゃイケナイのに」と(中略)。
(中略)という過程を経て、だんだん派手に(中略)、
もし、今、他のお客さんが入ってきちゃったら…と(中略)、
ここで重要視されるのは、背徳感から生じる感情ですので、
それを踏まえたうえで、よろしくお願いします。
二人以上でのお越しで、かつ仲の良い友達以上恋人未満の場合は、
「ねえねえ、エッチな気分になっちゃったりとかしたらどうする?」
「……ぷっ。何言ってんのよ、わたしたち、女の子同士だよ」
―― という感じでスタートしてください。
互いにマッサージし合っているうちに(中略)、
(中略)、
(中略)、
「……どうする、最後までしちゃう?」となった場合でも、
すぐには頷かずに、揺れる乙女心に翻弄されながら(中略)、
(中略)でお願いします。
なお、すでに恋人同士である場合は(中略)、
(中略)ですので、(中略)、
……という展開にしていただけませんでしょうか?
(中略)、
(中略)、―― という流れで、最後は必ず貝合わせで終えてください。
以上、くれぐれもよろしくお願いします』
「注文がうるさいっ!」
やたらと『してください』や『お願いします』という言葉が多用された文章を最後まで読み終えたローラがドアに向かって叫ぶ。
一方、先に読み終えていたみのりは、マットの上にぺたんと座って、ツボに貼り付けられた原材料表示のシールをチェックしていた。
(原材料はブドウ糖、蜂蜜……その他。これ、中身はオイルというよりもジュース……。
―― まちがえたんだ。バイトが風邪でも引いてまちがえて入れたんだ)
それでもツボの中に軽く指先を浸してみると分かる。このヌメリ具合なら、オイルとしても使えそうだ。
「……うん。よし、いける」
「え、ちょっと、みのり、なんでやる気になってんのよ……」
完全に引いた表情で、ローラがみのりを見つめる。
「あなた、まだこの状況がおかしいって思わないのっ?」
「マッサージで心身ともにリラックスしてからのほうが、スイーツを美味しく食べられる。
……名刀の刃のごとく冴え渡った私の判断力によれば、この店は何もおかしくない」
「ああああっ、もおおっ! わかったわよ! 本当におかしくないのね!?
人間界のお店って、こういうのが普通なのね!? いい? 信じるわよ!?」
最終更新:2022年06月08日 21:14