ヒーローは誰?/kiral32
その日もいつものように、薫はPANPAKAパンを訪ねていた。ダークフォールとの戦いが終わってから半年。
満は暇があればPANPAKAパンに来てパンの焼き方を習っているし、薫も他の用事がなければ大抵満にくっついて来ている。
いつもならここに舞もいるところだが、今日は親戚の家に行く用事があるという話で来ていない。
というわけで、薫はPANPAKAパンの庭のテラス席でみのりと向かい合って座っていた。
咲と満は、パンが焼きあがるのを店の中で待っているはずである。
「ねえねえ、薫お姉さん」
みのりが満面の笑みを浮かべて薫に声をかける。テーブルの下ではぶらぶらと足を揺らしながら、今こうして薫と一緒にいるのが楽しくてたまらないという様子だった。
「ヒーローって誰だと思う?」
「え?」
薫はきょとんとした表情でみのりを見る。ヒーロー。言葉として知らないわけではない。
日本語では「英雄」だっただろうか。誰かを守ったとか、戦いの中で一番すぐれた働きをしたとか、そんな意味の言葉だ。
「あのね、図工の課題なの。『ヒーロー』を絵に描いてきなさいって。
でも、映画やテレビの番組に出てくるようなヒーローはダメで、自分にとってのヒーローでって。
絵ができたら、クラスのみんなの前で自分にとってどういうヒーローか説明するんだって」
みのりが補足する。
「ああ、それで……」
薫が頷くと、
「スポーツ選手を描くって言ってる友達もいるんだけど、なんかピンとこなくて。薫お姉さんだったら、誰がいいと思う?」
「咲と舞ね」
薫が即答すると、みのりは「へっ!?」と意外そうな表情を浮かべる。
「お姉ちゃん!? なんで!?」
「だって、」
「はーい、お待たせ」
2人の間に割り込むようにして、満がパンを載せた大皿を持ってきた。今日はクリームパンを焼いたらしい。
焼きたてのパンの香りがふんわりとあたりに広がる。
「ねえ、満お姉さんにとってヒーローって誰?」
みのりはパンを手に取ると今度は満に尋ねる。課題のことも説明すると、
「咲と舞ね」
と満は答えた。
「えっ、満お姉さんも!? なんで!?」
「だって咲と舞は」
と薫が言いかけたところに、満が言葉をかぶせる。
「ほ、ほら私も薫も転校してきたでしょ。咲や舞が話しかけてくれて友達になれたから、だからね」
と満は大急ぎで言って、余計なことは言わないでよとばかりに薫をじろっと見てからまたすました顔に戻った。
「うーん、そういうことかあ……」
みのりは納得はしたものの、自分にとっての「ヒーロー」にはまだつながらないでいた。
「ねえ、お母さん。お母さんにとってのヒーローって誰?」
その日の夕食後。みのりは一日の仕事を終えてゆったりとリラックスしているお母さんに今度は聞いてみる。
図工の課題だという説明も添えて。
「そりゃ、お父さんかしらね」
「なんで?」
「お父さんは今はああだけど若い頃はすらっとして格好良くて、すっごく優しかったんだから」
……と、いつもの昔話が始まりそうになったのでみのりはそそくさと話を打ち切って咲と一緒に使っている子供部屋に戻った。
―― 一応、お姉ちゃんにも聞いてみようかな……
これまで聞いてきた中にあまりヒントになりそうな答えはなかったが、咲が部屋で勉強していたので念のために聞いてみることにする。
ヒーローという課題のことも告げて咲に聞くと、咲は自分の宿題の手を止めてみのりに向かい合った。
「私だったら舞かなあ」
と咲は答える。
「舞おねえちゃんはヒーローって言うよりお姫さまって感じじゃない?」
みのりがそう尋ねると、「分かってないなあ」とでもいいたそうに咲はにやにやとした。
「舞ってああ見えて、すっごく強いんだよ。芯が強くて、諦めなくて。
舞がいなかったら、お姉ちゃん――」
と咲はそこで口を閉じて、ええと、と言い直した。
「舞がいなかったら、お姉ちゃんできなかったこともいろいろあったかも」
「うーん」
みのりはまだ納得がいかないような表情だったので、咲はさらに付け加える。
「先生は、『自分にとってのヒーロー』って言ったんでしょ?
だったらみのりにとって、一番格好いい人とか、一番守ってくれる人とかでいいんじゃない?」
「やっぱりヒーローって、戦隊ものとかのイメージが抜けなくて……」
「でもそれだとダメなんでしょ? いざという時にみのりが頼りたい人とか、憧れている人とか、そういう感じで考えればいいんじゃないかなあ」
みのりはまだいろいろと悩んでいるような顔だったが、「もうちょっと考えてみる」と咲に答えた。
* * *
数日後。
みのりの小学校では担任の先生が、
「みんな課題の絵は描いてきた? じゃあ、順番に一人ずつ前に出てどうしてその絵の人がヒーローだと思うのか説明してください」
と声をかける。
生徒たちが描いた絵を手に持ち、順番に説明を始める。時々みんなの間には笑い声が起きたり、感心するような声が起きた。
みのりの番が来た。みのりは自信作を手に教室の前に出ると、クラスのみんなにその絵を向けた。
「私はお姉ちゃんの友達の、薫お姉さんを描きました。薫お姉さんはいつも私の話をちゃんと聞いてくれて、……」
みのりから何度か「薫お姉さん」の話を聞いたことがあるクラスメイト達は、頷きながらみのりの話を聞いていた。
-完-
最終更新:2023年05月05日 20:20