笑顔のヒーロー/一六◆6/pMjwqUTk
「サイアーク!」
背中に蝶の羽を付けた巨大なサイアークが、天高く舞い上がる。その足元に広がるのは、ぴかりが丘の児童公園。お散歩に来ていた幼稚園児たちが、揃って鏡に閉じ込められている。
「やれ! サイアーク!」
オレスキーの命を受け、怪物はその巨大な羽をばさりと羽ばたかせた。
緑豊かな公園が、見る見るうちに廃墟と化していく。だが、その時――。
「はぁぁぁぁっ!!!!」
サイアークの横っ面を蹴り飛ばす四つの影。
予想通り颯爽と現れたのは、もうすっかり顔なじみになった四人のプリキュアだ。
「オレスキー! 子供たちを元に戻して!」
「フン、ヒーロー見参か……今日もカッコつけよって!」
オレスキーがグッと拳を握ると同時に、空がどんよりと掻き曇る。そして蝶の羽ばたきによって生まれた突風が、容赦なく地上に吹き付ける。プリキュアたちも、たちまち吹き飛ばされて地面に転がった。
「ふぇぇぇ! もう、さいあ~く……」
「フォーチュン・スターバースト!」
「ハニー・リボンスパイラル!」
ブランコの支柱に必死で捕まるプリンセスの隣から、フォーチュンが空高く舞い上がる。同時にハニーも、サイアークめがけてリボンを放った。
(スターバーストにリボンスパイラル……どちらもなかなか強力な技だ。だが、このサイアークなら問題はない!)
「飛べ、サイアーク!」
オレスキーの声と同時に、サイアークが素早く身を躱す。フォーチュン渾身の一撃は轟音と共に空を切り、巨大な羽をぐるぐる巻きにしようとしたハニーのリボンもするりと外れた。
「こうなったら、手っ取り早く浄化しちゃうよっ!」
プリンセスが何とか立ち上がり、左手を高々と天に掲げる。
「勇気の光を聖なる力へ! ラブプリブレス!」
(いきなり必殺技だと!? 軟弱そのものだったプリンセスだが、最近はかなり手ごわい……。だが、負けはせん!)
「プリキュア! ブルーハッピー・シュート!」
天駆ける青い光弾。だがサイアークはそれすらもひらりと躱し――。
「え~、また逃げたぁ!?」
「ハハハ……! ぜ~んぶ空振りではないか!」
プリンセスがへなへなと崩れ落ちるのを見て、勝ち誇ったような笑い声を上げるオレスキー。だが、すぐにその顔に焦りの色が浮かぶ。
「じゃあ、今度は確実に当てればいいんだね?」
棺桶型の鏡が林立する、緑を失った公園――その真ん中に仁王立ちしてサイアークを睨みつけたのは、ラブリーだった。
「ラブリー・ライジングソード!」
「いかーん!」
オレスキーが思わず声を上げるのをしり目に、ラブリーが燦然と輝く光剣を手にする。
「させるかぁっ!」
拳で止めようとするオレスキーを、今度はラブリーがするりと躱し、一気に空へと駆け上がる。
「はぁぁぁっ!」
ラブリーの手の中で、ただでさえ刀身の長いソードが、さらに倍の長さに伸びる。サイアークは逃げようとするが、巨大なソードと、何よりラブリーの気迫に押しまくられて逃げ切れない。そして――。
「たぁっ!」
気合一閃! 光剣が巨大な蝶の羽を断ち切る。二枚の羽は弾け飛び、それぞれ異なる軌道を描いて、中空でサッと交差してからはらりと地に落ちた。
「サイ? ……サイサイサイ! サイアーク!」
一瞬の後、羽を失ったサイアークが手足をジタバタさせながら地面に激突する。ラブリーはそれを見て、さっとラブプリブレスを天に掲げた――。
「愛よ! 天に帰れ!」
「ご~くら~く!」
「ええい……」
悔しそうに歯噛みしたオレスキーが、ん? と首をかしげる。サイアークを浄化したプリキュアたちが、表情を緩めることなく揃って上空へと飛んだのだ。怪訝そうに彼女たちの動きを目で追ったオレスキーは、その行く手を見て唖然とした。
すっかり元の緑を取り戻した公園の上には、こちらも元通り澄み切った青い空。だがその真ん中に、何故か十文字の黒い切れ込みが見えるのだ。その一角がまるで紙のようにはためいて、その向こうに真っ黒な闇が見え隠れしている。
「何だこれはぁぁぁ!?」
思わず大声を上げるオレスキーの視線の先で、四人のプリキュアが剥がれかけた空を押さえる。
「どうしよう! わたし、空まで斬っちゃったのかな」
「ラブリーじゃないわ。あのサイアークの羽で切れたのよ」
「うわぁ、ど、どうするの? これ、やばやばいよぉ!」
「落ち着きなさい、プリンセス。とにかく、元通りにする方法を考えるわよ!」
頷き合うプリキュアたちを嘲笑うかのように、空の切れ目は徐々に広がっていく。十文字の切れ込みの周りにさらに幾つもの亀裂が生まれ、小さな破れ目があちらこちらに生まれ始める。
懸命に腕を伸ばして全ての破れ目を押さえようとする少女たち。だが、やがてその一角がまるで紙のようにべろんと捲れ、その向こうに目が痛くなるような深い闇が覗いた。そこからさっきの蝶の羽ばたきとは比べ物にならないほどの強風が吹き出す。
「キャーーーー!!!!」
たちまちプリキュアたちは悲鳴を上げながら、四人バラバラに吹き飛ばされる。空は再びどんよりと暗くなり、辺りの景色も急速に色を失っていく。
「こ、これは……」
ゴクリと唾を飲み込もうとして、オレスキーは口の中がカラカラに乾いていることに気付いた。
荒れ果てた廃墟――それは彼にとって、誰にも騙されず誰にも貶められない、自分だけが頂点に立てる居心地のいい場所のはずだった。幻影帝国の幹部が生み出す景色は皆、その幹部だけの欲望を満たし、他の人間たちの不幸を生み出すものだから。だが今の景色は、そんなものとは受ける印象がまるで違った。
空にぱっくりと開いた闇の深淵は、ただ無造作にこの世界の全てを消し去ろうとしているように見える。幸せだの不幸だの、そんな感情に振り回される人間たちを、虫けら同然と嘲笑うかのように――。
身体の奥底から冷たい恐怖が湧き上がり、不吉な予感が止まらない。ともすれば身体が震えそうになるのを、拳をギュッと握って懸命に耐える。その時――色鮮やかな複数の影が、オレスキーの視界に飛び込んできた。
さっき吹き飛ばされて地面に激突したはずのプリキュアたちが、風の直撃を避け、大回りして再び空に集結したのだ。四方向から空の破れ目を何とか押さえようとしているせいか、今は強風が心なしか収まっている。
(さすがはヒーロー……だな)
オレスキーの目が、フッと眩しそうに細められた。このとんでもない状況を、それでも何とかしようと必死になっている少女たちの姿は、何だかとても頼もしく、痛いほどに眩しく――。
「だが、いつまで持つか……このままでは――!」
ついに意を決したオレスキーが、四人の加勢をしに飛び出そうとした、その時。自分を引き留めようとする力を感じて、彼はハッとして振り返った。
軍服のズボンに取りすがる、いくつもの小さな手――それは鏡から解放されて、怯えて泣きじゃくっている幼稚園児たちだった。
「ふぇぇぇん! おそらがまっくらだよぉ!」
「こわいよぉ……ヒック……こわいよぉ……」
「え~ん! おうち、かえる~!」
「うわぁぁぁん!」
「なぜだ……お、お前たち、なぜ俺なんぞに……」
「オレスキー!」
予想外の展開に呆然とするオレスキーに、空の彼方から鋭い声が飛ぶ。
「こっちは私たちに任せて。子供たちを頼んだわよ!」
「何っ? 俺様に……だと?」
声の主は、少し前に一対一で対峙したキュアフォーチュン。強い眼差しでオレスキーを見つめ、しっかりと頷いて見せた。他の三人のプリキュアたちも、こちらに信頼の眼差しを向ける。それを見て、オレスキーは再びグッと拳を握った。
「お……おお! 子供たちのことは、俺様に任せてオーケーだっ!」
高らかにそう叫んだオレスキーが、子供たちを滑り台の陰に避難させ、自分はその前に立ちはだかる。それを見届けてから、プリキュアたちは天女のような姿に――イノセント・フォームに変化した。
再び強さを増していく暴風に、一歩も引かじと歯を食いしばるオレスキー。その耳に、聞き慣れた軽快で美しい音楽の響きが届く。それに混じって、何だか野太い声も聞こえて来て――。
「先輩! 先輩、起きてください! 全く、こんな音楽ガンガン鳴ってる中で、よく寝てられますね……。そろそろ立番の時間ですよっ!」
スマホから大音量で流れているのは、少女たちの歌声ならぬ目覚まし代わりの賑やかな曲。若い警官に叩き起こされ、オレスキー……もとい、この交番で一番大柄な警官は、仮眠室の硬いベッドで慌てて飛び起きた。
☆
その日の午後――。
ぴかりが丘の児童公園で、大きな身体を窮屈そうに折り畳み、地べたを這うようにして何かを探している警官の姿があった。
昨夜のパトロールの時、もうすっかり暗くなったこの公園をうろうろしている幼い兄妹を見つけた。聞けば、妹の方がこの公園でお気に入りのぬいぐるみを失くして、それを探していたらしい。それで彼は、ぬいぐるみは明日必ず見つけてやると請け負って、二人を家へ帰したのだった。
「それで昨晩、この公園の夢を見たのか……? 途中まではリアルな夢だったが、途中から何だかおかしな展開だったな……」
ブツブツ言いながらベンチの上に一通り目をやって、続いて膝をついてその下をチェック。ブランコとシーソーの下を覗き込み、ジャングルジムの中を確かめ、木々の後ろの雑草の茂みに目を凝らす。
(俺様は――いや、本官はヒーローにはなれん。だが夢の中とはいえ、ヒーローに託されたのだ。子供たちの笑顔は守らねばいかん!)
ふと夢の中の光景を思い出して、滑り台の裏側を覗いてみると――。
「おお、あったぞ!」
そこには、昨日女の子に聞いた通りのウサギのぬいぐるみが落ちていた。拾い上げて丁寧に埃をはたき、破れたり汚れたりしていないかを確認する。どうやら大丈夫そうだとわかってホッと息をついたその時、すぐ近くを流れている水路の方から、賑やかな声が聞こえて来た。
「めぐみ! ダメよ、靴のまま水に入っちゃ。ちゃんと靴も靴下も脱がないと」
「そっか! ありがとう、いおなちゃん。うーん、でも裸足だと歩きにくいな……」
「めぐみぃ、ホラ! いざとなったら、わたしの手を掴んでよね!」
「ひめちゃんこそ、一緒に転ばないでよ?」
いおな、ひめ、ゆうこが見守る中、めぐみが水の中に入って何かに懸命に手を伸ばしている。
めぐみが掴もうとしているのは、逆さになって水に浮かんでいる日傘だった。どうやら岸辺のベンチに座っている老婆のもので、風にでも飛ばされたらしい。すまなそうに肩を落としている老婆に、ゆうこがニコニコとハニーキャンディを差し出している。
やがてめぐみが首尾よく日傘を掴んで岸に戻ると、老婆は四人に何度も礼を言って立ち去った。その嬉しそうな笑顔を見て、少女たちも顔を見合わせて、幸せそうに笑い合う。
物陰からその様子を眺めていた警官も、ニヤリと笑って踵を返した。そしてウサギのぬいぐるみを大事そうに胸に抱き、埃まみれの制服のまま、弾むような足取りで去って行った。
~終~
最終更新:2023年05月28日 08:07