天使のはしご(下)/ゾンリー
(うっうぅ、よかった、よかったよ……)
流れ出したエンドロールを涙で滲ませながら、私は残ったジュースを一気に飲み干す。
エピローグも兼ねたそれを見終わると、「おしまい」の表示が消えるとともに場内が明るくなる。
「どうだったぁソラちゃん……? ぐすっ」
「私……行かないと」
「えっ」
泣きすぎて立ち上がれない私をヒョイと飛び越えて、ソラちゃんが劇場を後にする。
「ちょ、ちょっと」
私は慌てて荷物を纏め、ドアの方へと消えていったソラちゃんを追う。山盛りのままのポップコーンが、ちょっとだけ床に零れていった。
「ソラちゃぁん……」
辿り着いたのは、映画の前までいたゲームセンター。もうすぐ夕方だというのに、その賑わいは留まることを知らない。
「確かこっち……!」
そんな人混みを掻き分け、ソラちゃんは進んでいく。追いかける私は彼女を見失わないようにするのが精一杯。
「っ、居た……!」
ソラちゃんが立ち止まることでようやく追いついた私。「ど、どうしたのぉ」息を整えながら尋ねる。
「ベンチに座っているあの子、私たちが最初にゲームセンターに来た時からいて……」
心配そうに見つめる目線の先。歳は六つか七つくらいかな、一つ結びの女の子が、ベンチにちょこんと座ってた。
「ゲームセンターに来た時って……映画の前から!?」
「はい……気づいていたのに、苦しそうにしてないからといって声を掛けないなんて……ヒーロー失格です!」
「映画に触発されたんだね。いやいや、気付いてただけでも凄い……って、そんなこと話してる場合じゃないよね!?」
「そうでした!」
慌ててベンチまで駆け寄り女の子に話しかける私とソラちゃん。ちゃんと目線を低くしているあたり、小さい子の扱いは、弟がいるから慣れてるみたい。
「こんにちは! 私たちは決して怪しいものでは」
「十二分に怪しいよ!? あっごめんね。私は虹ヶ丘ましろ。こっちはお友達のソラちゃん。よかったらあなたのお名前も教えてくれない?」
いつものツッコミを入れつつ、何とか会話を立て直す。
「マイ……」
「マイちゃん、いい名前ですね!」
「うん。ねぇマイちゃん、マイちゃんは今日ずっとここに居たの?」
私が問いかけると、彼女はコクンと頷いて、「あのね……」と続けた。
「ママとね、いっしょにきたけどね、『すぐもどるから、ここでまってて』って。でももどってこないの……」
それで放置されちゃったってことかな……? 色んな可能性が頭の中を駆け巡るけど、ひとまずはマイちゃんの話を詳しく聞かない事には始まらない。
「それで、ママがどこに行ったかは分かる?」
「えっとねえっとね、『おそとにいってくる』っていってたから、おそと!」
外……ソラシドモールの外。なら迷子センターは意味なくて……それなら交番? それとも……。
喧しい環境音。焦りを加速させる。
どう考えてもよろしくない方向に思考が固まりつつあった、その時。マイちゃんから与えられたヒントが、凝り固まった考えをほぐした。
「おねえちゃん、わたしもうママにあえない? おなかのなかのあかちゃんにあえない?」
「そんなことありません! 私が……いえ私たちが、必ずマイちゃんのママを見つけ出して見せます!」
「そうだね。私たちが弱気になったらだめだよね。……マイちゃんママ、お腹に赤ちゃんがいるんだね?」
ソラちゃんに自販機で買ってきてもらったリンゴジュースをマイちゃんに渡す。よほど喉が渇いてたのか、いきなり半分ほど飲み干して、答えてくれた。
「マイね、もうすぐおねえちゃんになるの! ママのおなかもこぉぉぉんなにおっきいんだよ!」
「こぉぉぉんなに、ですか!」
「うん、こぉぉぉぉぉぉぉぉんなに!」
「こぉぉぉぉぉぉぉぉんなに、ですか!?」
(あはは……)
ソラちゃんがマイちゃんとじゃれてる間に、推理を進める私。脳をフル回転させて、点と点を結んでいく。
(外に出たまま戻ってこないママ……。『すぐ戻る』って言ってたから、戻ってこないつもりじゃないよね。となれば、別の要因……事故や誘拐の可能性はゼロじゃないけど……可能性が高いのは、やっぱり……陣痛や、破水? マイちゃんのいう通り、お腹が大きくなってるなら全然考えられるよね。けどどれも確証を持てる材料が……ある。エミちゃんとママが分かれたのが、私たちが昼食を食べに行った時間くらいからなら……!)
「うん、分かった、かも」
「本当ですかましろさん!」
ドクンドクンと早鐘を打つ心臓に急かされながら、スマートフォンの音声アシスタントを起動。
「ソラシド総合病院に電話をかけて!」
「「そーごーびょーいん?」」
左耳に電話の呼び出し音、右耳に二人の疑問文を聞きながら、私は上唇を噛み締めた。
『はい、こちらソラシド総合病院です』
数回目の呼び出し音の後、優しい女性の声が電話口から聞こえた。
「えっと、あの少しお尋ねしたいのですが、今日そちらに救急車で妊婦さんが運ばれてきませんでしたか!?」
『妊婦……ですか?』
「はい、えっと、ソラシドモール近くなんですけど、今その人の子供を保護してて……」
『調べてみますね。その妊婦さんのお名前は分かりますか?』
「あ、えっと」
「マイちゃん、ママのお名前、全部言えますか?」
「『しののめあいり』だよ」
ソラちゃん、ナイスアシストだよ!!
『東雲あいりさんですね。確認いたしますので、少々お待ち下さい』
電話先の女性も、マイちゃんの言葉を聞いてくれていたみたいで、すぐに保留音へ切り替わった。
数十秒経ったくらいだろうか。体感だと数倍長かったけど。
『お待たせしました。産婦人科・田中でございます』
保留の電子音が途切れて、出てきたのは男性の声。
『東雲さんは確かに、当病院へ搬送されました。安心して下さい、命に別状はなく、現在は分娩室です』
「よ、よかったぁ……」
安堵して、全身の力が抜ける私。ベンチに座ってなかったらへたり込んでたかもだよ。
『こちらとしても助かりました。東雲さんから『娘を置いてきてしまった』とは言われていたのですが、出産の対応に追われ、そこまで手が回らなかったので』
「分かりました。今からそちらにお伺いしても大丈夫ですか?」
『もちろんです。話は通しておきますので、二階の産婦人科までお越しください』
「ありがとうございます! それでは、失礼します。……ふぅ。いやふぅじゃなくて!」
自分で自分にツッコミと気合を入れて、まずはソラちゃんとマイちゃんに事情を簡単に説明。
その後は……とにかく病院に急げーっ!!
バスを乗り継ぎやってきた白い外装のソラシド総合病院。バスから降りるや否や、私たちは二階の産婦人科に向かって急ぎ足……と言うよりか猛ダッシュ、してたんだけど。
「……マイちゃん?」
私に手を引かれ走っていた、マイちゃんの足が止まる。ちなみにソラちゃんは走るの早すぎるから荷物持ち。
「わたし、ゲームセンターにもどる……」
「「え?」」
私もソラちゃんもその言葉の真意が分からず、見合わせて首を傾げる。
マイちゃんの丸いほっぺはリンゴみたいに赤くなって、息も上がっている。ここまで必死に走ってきたのに、どうして……?
「だって、マイおねえちゃんになるんだもん。ママのいうこときいて、いいこにしてなきゃ」
なるほど……そういう事かぁ。
ソラちゃんも、「お姉さん」でどこか思い当たる節があるのか、たじろいで口を紡いでしまっていて。
「……偉いっ」
私は、心で泣いてるマイちゃんの頭を撫でて、思いっきり口角を上げた。
「でもね、マイちゃん」
「?」
「たとえお姉ちゃんでも、ママが、マイちゃんのママなのは変わらない。だから少しくらいワガママ言っても、いいんじゃないかな?」
それはマイちゃんに、そしてソラちゃんに届けたい言葉。
「……うんっ」
「それじゃあ行きましょう! マイちゃんのママに、ワガママを言いにっ」
「だねっ」——
数時間後、産声を上げた赤ちゃんの傍には、ママの手を握る、カッコイイお姉ちゃんがいたのでした。
「ただいまー」
と言っても、誰も家には居ないんだけど。
「ただいま戻りましたーーーーぁぁぁ……」
ソラちゃんも流石に疲れたようで、荷物を置くや否や、ポスンとソファに深くもたれ込んだ。
「映画の後は、買い物の予定だったけど……」
「バタバタしちゃって、そのまま帰って来ちゃいましたね……」
「だねぇ……」
ソラシドモール然り、その中のゲームセンター然り。結構賑やかな場所にいることが多かったから、誰も居ない部屋がやけに静かに感じて。
「おばあちゃん居ないし、晩御飯どうしよっか?」
「ポップコーンならありますよ!」
「じゃあソラちゃんはそれでいいとして」
私はパジャマのタグをハサミで二人分切り落とす。
「うぅ……自ら課した使命を全うするのもヒーローの……」
「わーわー冗談だから! それに使命というか自分で墓穴掘っただけだよね!?」
慌ててハサミを置いてたしなめる。流石に晩御飯がポップコーンオンリーは鬼畜だよ……。
「と、とにかくポップコーンは後で食べるとして、何か晩御飯になるもの……が、何もない……」
そういえば昨日「在庫処分デーだー!」って、レトルト食品全部食べちゃったんだっけ。ついでに余っていた食材も適当に野菜炒めにした記憶。
「頑張って買いに行かなきゃだよぉ」
「お供します……」
しなしなになった身体に鞭打って、再び外に出る私たち。
太陽は完全にその姿を隠し、暗くなった街を街灯が照らしている。
(疲れちゃってるけど、こうやって夜に歩くのもたまにはいいよね。非日常感、っていうか)
まあ目指すのは行きなれたコンビニエンスストアなんだけど……。
「ソラちゃん何食べたい?」
「……鮭?」
「お昼も食べたよね!?」——
「パジャマ、凄いです……凄くリラックスできます!」
「そんなに感動してもらえて、パジャマもきっと喜んでると思うよー」
コンビニエンスストアで買ってきた晩御飯(冷凍炒飯とカップラーメンの中華コンボ)を食べ終え、交代でお風呂。湯船にちゃんと浸かったら、幾分か疲れも吹き飛んだ。
とまあ、そんなこんなで二人ともパジャマに着替えたら、いよいよパジャマパーティ~inソラちゃんの部屋~の始まり始まり。
「今更ですけどパジャマパーティって?」
「えっと、友達とパジャマでおしゃべりしたり、お菓子食べたり?」
「それっていつも私たちがしてることじゃないですか? お菓子は食べないにしろ……」
「うぐぅ!」
い、いきなり痛いところを突かれた……。
「でも、ほらどっちかの部屋でって言うのはあまりなかったでしょ?」
「む、確かに! シチュエーションが大事という事ですね!」
そうそう、シチュエーション、シチュエーション……。ソラちゃんのベッドに座って、ブンブン頷く。
二人の間に置かれたポップコーンとその他お菓子、晩御飯の買い物ついでに購入していたジュースを片手に、話題は巡り、私の小さい頃のパジャマを経て、今日のドタバタ劇へ。
「それにしても、マイちゃんのママが無事でよかったですね」
「だね。一時はどうなることやら、だったけど」
みんなで慌てふためいたことを思い出しながら、ポップコーンを一口。あ、ラッキー。キャラメルが濃い部分だ。
「ましろさんの名推理のおかげです!」
「そんなことないよー。でも本当によかった。ママと会えないのはやっぱり寂しい……し……」
あ、ヤバい、今度は私が墓穴掘っちゃった……しかも私とソラちゃん、二人分。
「うんうん。私は、友達がいてくれるからいいもののっ」
あっさり墓穴躱してくれたソラちゃん……。けど私はずっぽり嵌っちゃって。またまた寂しさが押し寄せてくる。
「……」
そしたら二人っきりなのに、急に孤独感に包み込まれて。
「ましろさん?」
「えっ」
「……もしかしてましろさん、ご両親に会えなくて寂しいんですか?」
どうしてこういう時はピッタリ当てちゃうかな!?
「そ、そんなことないよー」
「怪しい……」
うぅ。友達からの訝し気な視線に耐えられず、私は白状する。
「うん、ゴメン、やっぱり寂しい……」
そう一度認めると、溢れてきた言葉はとめどなく。
「一年前に、パパとママが海外に行って、私はこのお家に越してきて。時々ね、こんな風に『寂しい』って気持ちが止まらなくなるんだ」
「……」
ちっちゃい頃に着ていたパジャマをギュッと抱きしめ、顔を埋める。
「最近はだいぶ収まってたんだけどな……久しぶりに思い出話したら、ぶり返しちゃった。ひどいよね。ソラちゃんはいきなり離れ離れになったっていうのに、私だけ……」
「ひどくないです!!」
私の肩を掴んだソラちゃんは、泣いていて。
おろしたてのパジャマに一つ、また一つシミを作っていく。
「ましろさんがマイちゃんに言ったんじゃないですか!『ワガママになっていい』って。ならましろさんだってそうですよ! 寂しいも、悲しいもワガママも全部ぶつけてください! 友達なんですからっ!」
「ソラちゃん……っ」
その後の記憶は、はっきりしてなくて。
ただ、思いっきり泣いて、泣いて、泣きじゃくって、抱きしめてくれたソラちゃんのぬくもりは、はっきりと覚えてる。
そのまま私たちは眠ってしまったのか、気付いたらソラちゃんのベッドに二人くっつくように横になっていた。
「……」
ゆっくり覚醒する意識の中で私は「そういえば歯磨いてないなぁ」とか「朝ごはんはどうしようかな」とか、そんな呑気なことを働かない頭で考えていた。
けど一つだけぼんやりと確信したのは、心の中から寂しさが消えていた、ということ。
「もう少しだけ、こうしていようかな」
半分だけ開けた視界の、スヤスヤと眠っているソラちゃんの寝顔の奥。
窓から覗く薄明の空に、温かい光(天使のはしご)がきらきら降り注いでいた。
(終)
最終更新:2023年06月01日 01:10