『絆わんだふる!春のSS祭り2024~開幕~』/夏希◆JIBDaXNP.g
「ずいぶん遠くまで来ちゃったワン。街の匂いが……アニマルタウンと全然違うワン」
真っ黒な卵を鼻先で転がしながら、こむぎは犬の姿で、知らない街をトボトボと歩いていた。
「いろは~!」
甘えた声で呼びかけてみるが、いつもならすぐそばに居る、いろはの姿はここには無い。
「お腹空いたワン。せめて水だけでも飲みたいワン」
そう呟いた途端、花と木々と土の香りを感じて顔を上げる。思った通り、そこには小さな児童公園があった。
「やったぁ! やーっと水が飲めるワン!」
こむぎは電柱の陰に卵を隠すと、人間の姿になって公園に駆け込んだ。水飲み場で蛇口を思いきり捻り、水をガブ飲みする。
「げっぷう。これでお腹もいっぱい……にはならないって! わーん、いろは~!」
泣いても叫んでも、いろははこの近くにはいない。仕方なくさっきの道路に戻ると、カラスの群れが電柱を取り囲んでいた。大きな嘴で、寄ってたかって黒い卵をつついている。
「こらー! それに悪さしちゃダメーッ!」
こむぎが拳を振り上げて駆け寄ると、カラスたちは一斉に飛び立った。
「まったく、油断も隙もないんだから。しばらくは人間のままでいよ~っと」
卵を抱えて再び街を歩き出したが、やっぱり知っている場所は一つもない。どこに行けばいいかも、まるでわからない。
行く手にさっきよりも大きな公園が見えてきた。歩き疲れたこむぎは、卵を膝に乗せて公園のブランコに座る。
「はぁ~、困ったなぁ。どこに行けばいいんだろう」
「そこのあなた! 何かお困りですかっ?」
「うわぁ!」
突然大声で話しかけられて、こむぎはびっくりしてブランコから飛び降りた。もちろん卵は両手でしっかりと抱えて。
いつの間に現れたのか、そこに居たのは青空のような色の髪と瞳を持つ少女だった。年齢は、いろはと同じくらいに見える。
「凄い! わたしが困ってるって、なんでわかったの?」
「それはですね……聞こえたのです! そこの通りを歩いていたら、公園から『困ったぁぁぁ!』っていう不思議な声が」
少女は腰に両手を当て、得意そうに胸を張る。それは単に耳がいいだけとも言えるが、こむぎはパァッと顔を輝かせて少女に駆け寄った。
「そうなの! 困ってるの! わたしね、いろはとはぐれちゃって、朝からいっぱい走ってクタクタで、気がついたら知らない場所に来てるし、ガルガルの卵は守らなきゃいけないし、きっといろはも心配してるし、それに……お腹すいた~!!」
「ちよっ、ちょっと、落ち着いてください。まずは順番に……そうだ! まずはこれ、食べますか?」
「わーい、クッキーだ! これ、もらっていいの?」
「はい。パーティーに出す予定で買ってきたんですが、食べ物は他にもたくさん用意してあるので、大丈夫です」
「やったー! いただきまーす!」
綺麗な箱に入った色とりどりのクッキーを、こむぎは箱に頭を突っ込むような勢いでガツガツと夢中で食べる。
「美味しい! とってもおい……むぐ、むぐぐ、むうー!」
「はい、これもどうぞ」
ニコニコとこむぎを見守っていた青い髪の少女が、ペットボトルのお茶を、フタを外してから差し出してくれた。
「プハーッ! ありがとう。喉が詰まって死んじゃうかと思ったよ」
「どうしたしまして。ところで、何があったのかお話を聞かせてもらえますか?」
「うん、いいよ」
こむぎは今朝からの出来事を、覚えている限り順に語った。
「ふむふむ。いろは、という方と一緒にその卵を探していて、木の上で見つけたものの、落ちた卵が丘から転がり落ちてトラックの荷台に乗ってしまって、走って追いかけて荷台に飛び乗って、卵を確保したところで力尽きて寝てしまって、その間にトラックに運ばれてこの街に着いた、と」
「うん。安心したら眠くなっちゃって……」
こむぎは、てへへ、と笑って誤魔化す。すぐにトラックから降りれば済む話だった……。
「それで、その卵は何なんですか? なんとなく禍々しい気を感じますが……」
「これはね、ガルガルの卵って言って――え?」
こむぎが卵を両手で差し出して青い髪の少女に見せた、まさにそのタイミングだった。ピシリと卵にヒビが入り、そのヒビが卵全体に広がっていく。
「わー! ダメーッ!」
こむぎが両手で卵を押さえ込もうとするが、そんなもので止められるはずもない。卵はすぐにパカッと割れて、中から真っ黒な猫型の怪物が出現した。
「ガルガル~!」
「こうなったら仕方ない。ねえ、あの子を大人しくさせるまでの間、目をつぶっててくれない?」
「私がですか?」
「うん。あのね、わたしがプリキュアだってことは、ナイショなんだって。ダメェェェ! って、メエメエがうるさいんだ」
「思いっきり言っちゃってる気がしますが……わかりました! 約束は必ず守ります。どうかご安心ください」
どういうわけか、青い髪の少女は巨大なガルガルを見てもまるで動じない。その上、怪物を目の前にして、約束通りしっかりと両目を閉じた。
「ありがとう! じゃ、すぐ終わらせるから」
そう言って、こむぎはワンダフルパクトを構える。
「プリキュア・マイ・エボリューション! スリー! ツー! ワン!!」
こむぎの身体が光に包まれ、一瞬にして姿を変える。ピンクとクリーム色のツートンカラーの長い髪に、小さな王冠付きのカチューシャをして、ピンク色のパフスリーブのワンピース姿の愛くるしいプリキュアが現れた。
「みんな大好き素敵な世界! キュアワンダフル! 一緒に遊ぼ♪」
卵が割れたのが、比較的広い公園だったのは不幸中の幸いだった。ワンダフルはガルガルの動きを封じようと、飛びついて取り押さえにかかる。
「危ない! ストップです!」
「えっ?」
青い髪の子の制止の声に、ワンダフルが反応する。そのすぐ鼻の先を、凄まじい速度でガルガルの爪が通り過ぎた。
「ひゃー、あっぶなーい。ありがとう! でも、目をつぶってるのに何でわかったの?」
「心眼です。私のことよりも――来ますよ!」
再びガルガルの右脚が一閃する。ワンダフルは今回もギリギリで回避した。
「これって猫パンチ? それにしても速い! この子……強い!」
それは恐らく、これまでワンダフルが戦ったガルガルの中でも最速の攻撃だった。パンチだけではない。身のこなしも含めた全てが尋常な速さではなかった。それも次第に速度が増している。ワンダフルはついに回避すらも追いつかなくなって、肉球バリアを駆使しての防戦一方に追い込まれる。
「ここはひとまず、引いた方がいいのではありませんか?」
「それはダメッ! 時間をかけた分だけこの子が疲れちゃうの。いろはが居ないから、ニコガーデンにも連れて行けない。だから、なるべく早く助けないと……」
「わかりました!」
「えっ?」
「いろはさんの代わりにはなれませんが、あなたを助けたいと願う人たちは他にも大勢います。私にも協力させてください。――ヒーローの出番です!」
青い髪の少女は、目を閉じたままペン型の変身アイテムを掲げ、そこにメダルのようなアイテムを装着する。
「スカイミラージュ! トーンコネクト! 広がるチェンジ、スカイ!」
少女の青い髪は明るい水色のツインテールとなり、青を基調としたワンピースドレスの肩から長いマントがたなびく。凛とした立ち姿の――しかし目は閉じたままの、新たなプリキュアが現れた。
「無限にひろがる青い空! キュアスカイ!」
「ええーっ! あなたもプリキュアだったの?」
「はい! お手伝いしますね」
言うが早いか、スカイが横っ飛びで攻撃を避ける。スカイを強敵と見なしたのか、ガルガルは標的を変更し、執拗にスカイを狙ってきた。
「キュアスカイ? すご! はや!」
スカイは相変わらず目を閉じたまま、ガルガルの攻撃を危なげなく避けていく。そしてただ避けているだけなのに、ガルガルは公園の中央に徐々に誘導されていく。
「ガルガル~!」
「いけません……ワンダフル!」
ガルガルが、すっかり観戦モードに入っていたワンダフルの後ろに回り込み、右脚を振り上げた。
振り下ろされた猫パンチを、ワンダフルが肉球バリアで受け止める。しかし、パワーで押されてすぐに潰されそうになった。
「重い……もうダメ……」
「大丈夫です! しかし……よくよく私は猫に縁がありますね」
いつの間にか、スカイが一緒にバリアを支えてくれていた。ガルガルはそのまま二人とも押し潰そうと、乗りかかるような姿勢で力を込める。しかし、二人で支えるバリアはなかなか砕けない。
「え、猫に縁があるって?」
「実は私、昨年の今頃も猫型の化け物と戦ったんです。でも敵わなくて、ある人に助けてもらいました」
「えーっ! こんなに強いのに?」
「当時の私は、強くなんてありませんでした。むしろワンダフル、あなたの方がずっと強い」
「そんなことないよ!」
「ありますよ。だって、あなたは自分に爪や牙を向けてくる相手を懸命に救おうとしている。それは……私がこの一年でようやく学べたことなんです」
「ガァルガルーッ!」
その時、業を煮やしたガルガルが、さらに左前脚で猫パンチを放ってきた。
「わわっ、どうしよう? バリアは二つも張れないよ」
「お任せください!」
スカイがバリアを支えていた手を放して、左前脚の攻撃を両手で受け止める。
「助かった……けど、わたし一人じゃバリアを支えきれない!」
威力としては、体重をかけた右前脚の攻撃の方がずっと強い。徐々にバリアに押しつぶされて、二人はついに膝を折る。だがそんな状況で、スカイはワンダフルに微笑んで見せた。
「ワンダフル、聞いてください。今から私がこの子の動きを封じます。そうすれば、この子をどうにかできそうですか?」
「うん、できるかも……。でも、乱暴なことはしちゃダメ!」
「わかっています。しっかりとバリアを張っていてください」
スカイの右拳がグッと強く握られ、地面に突いた膝に力が籠る。
「ヒーローガール・スカイ・パーンチ!」
本来なら飛翔しながら加速を付けて放つ技を、スカイはワンダフルのバリアの上から、ゼロ距離でアッパー気味に放った。
「ガルガル~!」
パンチの威力はバリアで軽減され、ダメージを与えずにガルガルを上空高くに跳ね飛ばす。
「空中ならば自慢の脚も使えない――今です!」
「わんっ!」
ワンダフルはガルガルを追って空中に飛び上がる。そして、そのもふもふの首にしっかりと抱きついた。
「どうして木の上に卵があったのか……考えてみたの。きっと心細かったんだよね? 知らない街にたった一人で、怖くて、近くにあった大きな木の上に隠れていたんでしょ? わかるよ。でも、もう大丈夫。わたしが……ううん、わたしたちが一緒にいるから!」
ワンダフルの言葉が通じたのか、二人の心が届いたのか、ガルガルは黒い霧を発しながら次第に小さくなり、やがて可愛らしい三毛猫の姿に戻った。
「禍々しい気が消えましたね……。その子は大丈夫ですか?」
「うーん、わかんない。元気はないけど……っていうか、わたしも変身解いたし、もう目を開けていいよ」
「そうでした!」
スカイも変身を解いて目を開く。
「わー、こんなに愛らしい猫ちゃんだったんですね!」
「うん。でもガルガルになった後は疲れちゃうみたいなの。早くいろはのところに戻って、この子をニコガーデンに連れていかなきゃ……」
そうは言っても、いろはの元に戻る方法がわからない。
「わぉーん、どうしよう!」
こむぎは今度こそ吠えるように叫んで、涙を振り飛ばして泣き出す。そんな彼女の肩に、青い髪の少女が優しく手を置いた。
「それなら大丈夫。いろはさんも、きっとこちらに向かっているはずです。もうすぐ会えると思いますよ」
「ホントっ? どうしてそんなことがわかるの?」
こむぎは驚いて、まだ涙に濡れた目で少女を見つめる。そんなこむぎに、少女は――ソラは、ニコリと笑って右手を差し出した。
「始まるからです。年に一度のイベントが――。こむぎさん、あなたは偶然この街に運ばれてきたんじゃありません。毎年この時期に、私たちプリキュアは時空すらも超えて同じ場所に集まります。今年は私たちが主催で、あなた方が主賓です。ようこそ、ソラシド市へ!」
最終更新:2024年04月20日 08:42