まゆとこむぎのわんだふるな放課後/一六◆6/pMjwqUTk




 カキーン、という明るく澄んだ音と共に、ボールが空高く舞い上がる。セミロングの髪をなびかせ、悠々とダイアモンドを走る少女。力強くホームベースを踏みしめた彼女を、チームメイト全員の笑顔が取り囲んだ。

(いろはちゃんは、やっぱり凄いなぁ)

 まゆは、教室の窓からその様子を眺めて、感心したようにハァ~っと溜息をついた。
“わんにゃん中”こと湾岸第二中学に転入して一週間。初日こそ、自己紹介が上手くいかなかったり、クラスの子たちに質問攻めにされたりと色々あったものの、今は毎日楽しく学校に通えている。

(それもこれも、いろはちゃんが助けてくれたお陰だよね)

 心の中でそう呟いた時、後ろから明るい声が響いた。
「まゆ~! 何してるの? ……あっ、いろは!」
 まゆより一日遅れてこのクラスに転入してきた犬飼こむぎが、隣に駆け寄って窓から身を乗り出す。
「今ね。いろはちゃん、ホームラン打ったんだよ」
「ほーむらん? わぁ、サッカーとは別のボール遊びだぁ! わたしもやるっ!」
「あっ、こむぎちゃん、待って!」
 叫ぶが早いか教室を飛び出そうとするこむぎを、まゆが慌てて引き留める。もっとも、その言葉が終わらないうちに、こむぎはピタッとその場に静止して、ガックリと肩を落としていた。
「そうだった。『こむぎは来ちゃダメだよ』って、いろはに言われたんだった~。なんでぇ?」
「いろはちゃん、明日ソフトボール部の助っ人で試合に出るんだって。今日は試合前最後の大事な練習だから、それでじゃないかな」
「つまんないの~。いろはと一緒に遊びたかったな~」

 ブゥッと頬を膨らませながら回れ右をして、こむぎが再びまゆの隣で窓の外を眺める。まるでお出かけに連れて行ってもらえなかった子供のような、いかにも残念そうなその横顔を見て、まゆは思わずクスリと笑った。
「こむぎちゃんは、いろはちゃんのことが本当に大好きなんだね」
「うんっ!」
 思い切り頷いたこむぎの髪が、パサッと分かれて左右に広がった。声にも力が入りすぎて、「うん」が「わん」って犬が吠えたみたいに聞こえる。それが何とも可笑しくて、可愛らしくて、まゆの頬がさらに緩みかけた時、こむぎが不思議そうな声で言った。

「ねえ。まゆはここから練習を見てて、面白い?」
「うん、面白いよ。いろはちゃん大活躍だし、それに……」
「それに?」
 言い淀んだまゆが、無邪気に小首を傾げるこむぎを見て、再びおずおずと口を開く。
「それに、いろはちゃんってみんなと仲良しで、友達もたくさんいるでしょう? みんなと一緒の時のいろはちゃん、とっても楽しそうで、みんなも楽しそうだから……。だからね、私も見習いたいなぁって、そう思って見てたの」
「ふぅん……」
 こむぎが小首を傾げたまま、何か考えている様子で虚空を睨む。そして数秒後、パッと顔を輝かせた。
「わかった! それってつまり、まゆはいろはみたいに、いーっぱい友達が欲しい、ってことだねっ?」
「……え?」
「そういうことなら、わたしに任せて!」
 驚くまゆにニッと得意げに笑いかけてから、こむぎはまゆの手を引っ張って教室を飛び出した。



 最初に向かったのは、隣の二年二組の教室だった。こむぎが勢いよくドアを開けると、まだ残っていた数人の生徒たちが一斉に振り向いて二人を見つめた。
「こんにちはぁ! わたし、犬飼こむぎ。こっちはまゆ。二人とも、二年一組の転校生だよ。よろしく!」
「ちょ、ちょっと、こむぎちゃん……」
「ハイ、次はまゆの番だよっ」
 真っ赤になって慌てるまゆの肩を、こむぎが笑顔でポンポンと叩いた。生徒たちは、まだ驚いた顔で二人に注目している。まゆは観念して、ギュッと拳を握った。
「は、はじめまして、猫屋敷まゆです。先日この街に引っ越してきたばかりなので、色々と教えてください。皆さんと友達になれたら嬉しいです……」
 一週間前にさんざん練習した自己紹介が、不思議なことに、今日はすらすらと口をついて出る。
 最後まで一息で言い切って、そのことにまゆ自身が一番驚いたところで、パチパチと拍手の音がした。ポカンと口を開けたまゆに、生徒たちが口々に言葉をかける。

「そういえば、一組は二人も転校生が入ったんだよな」
「一組の子に聞いたけど、猫屋敷さんって、お家はあのプリティ・ホリックなんでしょ?」
「えっ、そうなの? この前行ったよ~」
「こちらこそ、二人ともよろしくね!」

「み、皆さん、ありがとう……」
 まゆが真っ赤な顔でお礼を言う。その後の言葉が続かずドギマギしていると、こむぎが笑顔で生徒たちに向かって手を振った。
「じゃ、まったね~」
「え? う、うわぁ~!」
 まゆは再びこむぎに手を引っ張られ、次の教室へと向かった。

 二年生の教室を全て回ったところで、こむぎは「う~ん」と腕組みをして考え込んだ。
「なんか、どの教室にもあんまり人が居ないね~」
「そりゃあ、もう放課後だからね」
「そっか。じゃあ他の教室は、明日の休み時間に行こう!」
「ええっ!?」
 無邪気にとんでもないことを言い出すこむぎに、まゆが再び真っ赤になって慌てる。
「他の教室? 休み時間って……こ、こむぎちゃん! もう、十分だから」
「え~、もういいの?」
「うん、こむぎちゃんが一緒に挨拶してくれて、嬉しかった。ありがとう!」
「エヘヘ。でも、友達いっぱいは出来なかったけど……」
「ううん。優しい友達、いっぱい居たよ。さあ、教室に戻ろう?」
 まゆに必死で止められて、こむぎは少々残念そうながら、素直に自分たちの教室へと歩き出す。だが、すぐに「あっ!」と一声叫ぶと、さっきよりさらに勢いよくまゆに迫った。
「忘れてた! もう一個、とってもワンダフルな友達がいっぱい居る場所があったんだぁ! 行こう、まゆ!」
「え? その台詞、どこかで聞いたような……って、うわぁ~、こむぎちゃあん!」
 ホッとしたのも束の間、まゆは三度こむぎに引きずられるようにして、今度は校舎の外に連れ出された。



 こむぎが先に立って校内の小道を進み始めると、まゆの表情が明るくなった。こむぎがどこに向かおうとしているのか、すぐに気付いたからだ。
「こむぎちゃん、ひょっとして飼育ゾーンに行くの?」
「しいくぞーん?」
「ほら、いろんな動物がたくさん居るところ」
「そうだけど……そっか。まゆ、もうあそこに行ったことあったんだね」
 嬉しそうなまゆに対して、こむぎの方は何だか少し残念そうに肩を落とす。そんなこむぎに、まゆは今度は慌てることなく笑顔を向けた。

「転校初日にね、いろはちゃんが連れて行ってくれたの。『ワンダフルな友達を紹介するよ』って」
「いろはが?」
「うん」
 頷いたまゆが、ウフフ、と楽しそうに笑う。
「こむぎちゃんも、いろはちゃんとおんなじこと言ってた。二人は本当に仲良しだね」
 それを聞いて、少しうつむき加減だったこむぎの顔が、ぱぁっと輝いた。
「ホントっ!? こむぎ、いろはとお揃い? やったぁ!」
 文字通り飛び上がって喜んでから、こむぎがキラキラした目でまゆを見つめる。
「まゆはユキとと~っても仲良しだから、あそこに行けば友達がいっぱい出来るって思ったんだ」
「ありがとう。私、学校でもついユキの話ばっかりしちゃってるもんね」
 まゆの顔が、さっきの慌てふためいていた時とは違う、ほんのりとした赤に染まる。少し照れ臭そうに微笑むまゆを見て、こむぎも嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ユキもまゆのこと、大好きだよねっ」
「……そうかな。好きでいてくれてるとは思うけど、引っかかれたり、ツンってされたりはしょっちゅうだよ? でも、私はユキのこと大好きだから」
 胸に両手を当てて、微笑みながらそう語るまゆ。こむぎはそれを聞いて、さらにニンマリと満面の笑顔になる。
「お店に遊びに行った時も、お店の前を通ったときも、ユキは何をしてても、どこを見てても、いっつもまゆのことを気にしてたよ?」
「えっ?」
「ユキは何にも言わないけど、見てればわかるよ。まゆのこと、だ~い好きだって!」
 上気したまゆの顔が、さらに幸せそうな赤に染まった。

 一週間前はいろはと一緒に訪れた飼育ゾーンで、今日はこむぎと並んで動物たちと触れ合う。こむぎは実に楽しそうに動物たちとじゃれ合い、まゆはそんなこむぎと動物たちを、愛おしそうに見つめた。

(帰ったら、ユキといっぱい話そう。今日も素敵な友達が出来たよって。みんなとたくさんお話したり、触れ合ったりできたよって。そして……私もユキのこと、大好きだよって)

「こむぎちゃん、今日はありがとう」
「うん! あ、言い忘れてたけど、わたしもまゆのこと、大好きだからねっ」
 こむぎの笑顔を眺めながら、まゆも笑う。ユキにもう一つ話すことができたと、心から嬉しく思いながら。

~終~
最終更新:2024年05月03日 22:36