ひみつ秘密ヒミツ/makiray
「あ、パピヨンだ」
すっかりいい陽気になった。アニマルタウンに足をのばした坂上あゆみは、耳の大きな犬を散歩させている、自分と同じくらいの年齢の少女とすれ違った。
「こんにちわー」
少女が朗らかに挨拶をする。
あゆみが肩にかけた小ぶりのトートバッグからはグレルとエンエンが顔を出していたが、少女と目が合いそうになったのでふたりは中に隠れた。
「こんにちわ。
パピヨンですよね。可愛い」
「こむぎって言うんです。
ごあいさつしよう、こむぎ」
少女が言うと、名前にふさわしい小麦色の犬が、同じく朗らかな声で「わん」と言った。
「すごーい。かしこいんだね。
こんにちわ」
あゆみがしゃがんで手を伸ばすとこむぎは自分の手を乗せた。
「あ、お手もできるんだ」
「こむぎの得意技はねー」
少女が同じようにしゃがむ。
「おてて。
握手。
イエーイ」
手を合わせ、掌を重ねる。
すごーい、とあゆみが拍手をすると、少女が照れくさげに頭をかき、こむぎが「わん!」と声を上げた。
「犬、飼ってるんですか?」
こむぎを連れていた少女、犬飼いろはがあゆみに尋ねる。ふたりは道のわきにあったベンチに腰かけた。
「いえ、私の家はマンションだから飼えなくて。
でも、マンションの前にあるお宅で飼ってたんです。
モモちゃんって言うんですけど」
あゆみの言葉が途切れる。悲しいことを聞いてしまったか、といろははその顔を覗き込んだ。
「そのお宅が引っ越しちゃって」
最初は見慣れない顔を警戒していたモモも、あゆみが毎日、挨拶を繰り返しているうちに心を開いてくれた。やがてあゆみは散歩についていったりするようになったのだが、家の事情ではどうしようもなかった。誰かが引っ越してきてくれないか、犬を飼っていたらいいな、と思っていたが、そこは先日、駐車場になってしまった。
「そうなんだ…」
「最初にモモちゃんのリードを持たせてもらえた時はうれしかったな…」
という話をしている間にも、こむぎはあゆみの膝に乗っていた。やさしくなでられて気持ちよさそうにしている。
「あゆみちゃん、ちょっと見ててもらえるかな。わたし、のど乾いちゃった」
「え?」
と驚いていると、いろははリードをあゆみの手に通した。
「ちょっとお願いね」
走って行ってしまう。
あゆみは呆気に取られていたが、やがて笑顔に変わった。
「いろはちゃんとこむぎちゃんには信頼関係ができてるんだね」
その背中をゆっくりなでる。
「…」
「知らない人と一緒でもいいコにしてるだろう、って信じてもらえてるから、こんなふうにリードを預けられるんだよね」
「それは違うワン」
「どうして?」
「いろははあゆみちゃんが好きになったんだワン。あゆみちゃんの優しい気持ちが伝わったんだワン」
「そんなことないよ」
「あゆみ!」
トートバッグから、グレルとエンエンがはい出してきた。
「ダメだよ、出てきちゃ。誰かに見られたら」
「そいつ、しゃべってるぞ!」
「え…。
あれ?!」
「あ!」
顔を見合わせるあゆみとこむぎ。こむぎの顔を一筋の冷や汗が伝う。
「こいつ…」
何に気づいたのか、グレルは小さな体でこむぎの体によじ登った。小さな剣でつついたりしている。いつもならそれをたしなめるエンエンもこむぎの周りをまわって観察していた。
「こいつ、プリキュアだ!」
「ばれたワン?!」
こむぎが叫ぶ。あゆみがのけぞった。
「妖精じゃなくて?」
「プリキュアみたいだよ、あゆみちゃん」
エンエンも同じことを言う。こむぎ自身も慌てているし、本当なのだろう。
軽やかな足音。いろはが戻ってきた。
「隠れて」
グレルとエンエンがトートバッグの中に引っ込む。こむぎも続こうとしたが、お前は隠れなくていいだろ、とグレルに押し返された。
「ねぇ、こむぎちゃんがプリキュアだってこと、いろはちゃんは知ってるの?」
あゆみが小声で聞いたが、ばれてしまったことに動揺しているこむぎは体を震わせて返事をしなかった。自分で聞くしかないようだ。
「お待たせー…あれ、どうしたの?」
いろははぎこちない空気に気づいたようだった。こむぎはあゆみのジャケットの中に顔を隠している。
「リード、返すね」
「あ、ありがとう」
いろはが買ってきたジュースのボトルとリードを交換する。
「あの、いろはちゃん」
「なに?」
「プリ」
「えっ」
「…ンは好き?」
「あ、プリン。プリンね。割と好きかな。ははは」
「プリ」
「ひ」
「…マドンナに憧れたりしなかった? 子供の頃」
「プリマドンナ…ね。あ、バレエ。あゆみちゃん。バレエやってたんだ」
ははは、と力の入らない笑いを繰り返すいろは。なぜだかあゆみの視線が厳しいような気がした。
「プリ」
「これ以上、いろはをいじめちゃダメワン!」
「こむぎ、しゃべっちゃダメ!」
「わかったぞ! こいつが妖精なんじゃないか?!」
「なに? 小さいガルガル?!」
「犬がプリキュアなんだ。人間の妖精がいたっておかしくない!」
「なるほど――っていうか、グレル、出て来ちゃダメ!」
「いつの間にかプリキュアのことバレてるし!」
「話したわけじゃないから大丈夫ワン!」
アニマルタウンは今日も大騒ぎだった。
最終更新:2024年05月13日 23:21