【兎山悟のわんだふるデイズ】/れいん




 兎山悟です。
 私立湾岸第二中学校2年1組。部活は生物部に所属しています。
 所属している部活で分かるように、ぼくは動物が大好きです。

 それは、公になっているぼく。
 もちろん嘘ではなくて、哺乳類だろうが爬虫類だろうが生き物は全部大好き。だって色んな動きをして、何考えてるのかなって思うし、そもそも存在がかわいい。
 でもそれ以外にも好きなものがあります。

 実は女の子が好き。
 あ、いや、語弊があるかもしれない。
 ぼくは別に女の子に囲まれたいとか、触りたいとか、そういうやましい気持ちではなくて……、なんて言ったらいいのか、うぅん……。
 そう! 壁になりたい。
 壁になって、女の子たちが仲良く語らい、微笑み合っている様子をニコニコしながら愛でていたいだけです。ほんと、本当にやましい気持ちはないんだけど、それを誰かに胸を張って言う勇気はないので、今日もこっそり犬飼さんを観察しています。
 何故犬飼さんなのかと言うと、そもそもこの嗜好に気が付いたのが、犬飼さんと、彼女のペットこむぎちゃんとのやり取りを見ていた時の、胸を締め付けるこの感情が何なのかを考えたというところがきっかけになっているから。
 きゅん、ってなる。
 最初はこむぎちゃんが犬の姿で、犬飼さんが彼女をとてもかわいがっていて、その姿がかわいいなと思っていたんだけど。そのときはただただカワイイって感じていただけで、だけど、こむぎちゃんがプリキュアになって、人の姿になって、その姿で犬飼さんときゃっきゃしている様子を見ていたらなんか、胸がぎゅってなってドキドキして、なんだかもっとずっと、ずーーーーっと観ていたいってなりました。
 ぼくって変なのかな。
 だけど、観ていたい。だって幸せだから。
 でも、なんだかそんな風に観察しているみたいなのが、犬飼さんたちに申し訳ない気持ちもあって、だから今日もこっそり観ています。
 満足でした。
 ネットで調べたら、こういうのは推しカプって言うみたいで、それじゃあぼくはこむぎちゃんの「こむ」と、犬飼いろはさんの「いろ」で、「こむいろ派」だな! なんて。
 だけど、由々しき事態が起こったのです。


「お、おはよう、兎山くん」
 席に座ると、斜め前に既に着席していた問題の彼女が声をかけてきた。いい子なんだ。分かってる。
「おはよう、猫屋敷さん」
 そう返事をすると、猫屋敷さんは安心したようにホッと息を吐いた。プリキュアやガルガル、ニコガーデンとかを知っても、それをちゃんと秘密にしてくれる、心強い協力者。
 キリっとした顔立ちに反して、性格はおとなしめ。内気な感じの子だ。
 だから今ぼくが近くにきたから安心したんでしょ? まだ犬飼さんもこむぎちゃんも来ていないから。そういう子だから、あんまり心配しなくてもいいのは分かってるけど……。
「まゆ~、おはよー!!」
 あああ、こむぎちゃんっ! そんなに猫屋敷さんにくっつかないで。
「まゆちゃん、悟くん、おっはよー!」
 猫屋敷さんに飛びついたこむぎちゃんを気にした様子もなく、犬飼さんはぼくの前の席にすわった。
「悟くん、どうしたの? なんか変な顔してるよ……」
「え? ああ、いや……別に、大丈夫……」
 気持が顔に出てしまっていたみたいだ。ぼくは意識して口の端を持ち上げた。
 猫屋敷さんに罪はない。
 こむぎちゃんは人の姿をしていても、ワンちゃんだから人懐っこいのは仕方がないんだ。頭では分かっているけど、でも、でも、こむぎちゃんと犬飼さんの間に挟まってほしくないっ。
「ねえねえ、まゆちゃん、悟くん、明日ってヒマ?」
 ペットのこむぎちゃんとそっくりな笑顔で、突然犬飼さんはぼくたちに明日の予定をきいてきた。
「うん、ヒマだよ」
 というか、プリキュアの活動に同行するため、週末じゃなくてもぼくはできるだけ予定をあけている。
「わたしも大丈夫」
 猫屋敷さんも頷いた。
「あのね、あのね、じゃあ明日はアニマルタウンの赤ちゃんツアーを行いたいと思います~!」
「「赤ちゃんツアー?」」
「あかちゃんつあー!」
 いつの間にか犬飼さんの背後に立っていたこむぎちゃんはそう言って、むぎゅーっと飼い主を後ろからバックハグ。しかも犬飼さんは慣れた様子でこちらを向いたまま、こむぎちゃんの頭をなでなでした。
 はぁぁ、尊い……。
 二人……厳密に言うと一人と一匹なんだけど、とにかくそのやりとりに心が潤う。そちらに気を取られて話はよく聞いていなかったんだけど、どうやら明日は動物の赤ちゃんを観ながらアニマルタウンを練り歩くらしい。そっか、確かに赤ちゃんが生まれる季節だもんね。それは純粋に楽しみだ。
 そうだ、お弁当を作ろう。こむぎちゃんが人の姿になって一緒に食べたくなるような、おいしそうなヤツ。そうすれば明日も二人の仲睦まじい姿を見られる。ぼくは心にそう誓い、授業を受けつつ明日の二人の様子に思いを馳せた。


 あちこちで生まれたばかりの赤ちゃん動物たちを愛でた後、川辺でカルガモの親子に出くわした。カルガモは、小ガモにたくさんご飯を食べさせないといけないために引っ越すという話をしていた時、
「ごはん……」
 その単語が出たと同時にこむぎちゃんのお腹がぎゅるると鳴いた。
 こむぎちゃんの動物的なこういう素直さがとても愛らしいと思う。
「よし、ぼくたちもご飯にしよう」
 そう言ってから、レジャーシートを敷いた。今日をたのしみにしすぎて、作りすぎたお弁当をその上に並べる。
「実は、ちょっと作りすぎちゃって……よかったら食べてくれないかな……」
 犬飼さんと、猫屋敷さんの二人は思ったような反応をしてくれたけど、肝心のこむぎちゃんの関心は、猫屋敷さんのデザートクッキーにかっさらわれてしまった。
 残念。
 でも、そうだよな。自分の為だけに作られたクッキーの方が嬉しいよね。猫屋敷さん、敵ながら……敵ではないけど完敗です。
 今日は人間の姿のこむぎちゃんと犬飼さんのやり取りは観られないかもな。よく考えたら猫屋敷さんの前ではもう人の言葉を話しても大丈夫だから、変身をする必要もないしね。犬の姿が自然なんだから仕方がない。
 独創的な犬飼さんのオニギリをなんとか飲み込み、犬であるこむぎちゃんを愛でながら、楽しいお昼ご飯は終わろうとしていた。

「ガルガルわんっ!」
 それは突然だった。
 猫屋敷さんが飼いネコのユキちゃんの話をして、つい涙が出てしまいそうになったそのとき。こむぎちゃんがレジャーシートから飛び出しそうな勢いで叫んだ。
 急ぎ靴をはき、怪獣さながらの呻き声のする方へ走る。
 やはりこむぎちゃんと犬飼さんが速くて、ぼくは猫屋敷さんと後を追い、目標を確認すると同時にプリキュアの邪魔にならないよう木立の影に隠れた。
 こむぎちゃんが人間に変化しプリキュアに変身したけれど、さすがにこの状況では、「推し」とかは言ってられない。
 もちろん、姿かたちは可愛らしいと思う。だけど、状況が状況だ。できるだけ彼女たちの力になりたいから、その場は真剣に状況の分析、判断に徹する。
「あのガルガル……大きな体とまるい耳、もしかしたらトラのガルガルかもしれない」
「トラ?」
「あの鋭いツメ、当たったらプリキュアだって無事じゃすまないはず」
 何とかならないか、戦況に思考をめぐらす。
 プリキュアの二人は速く重いガルガルの一撃をすんでのところでヒラリとかわし説得を試みているが、攻撃は止む様子がない。
 苦戦を強いられているのに、猫屋敷さんが道の方へ飛び出していった。
 どうして?
 驚いて振り返る。
「猫屋敷さんっ!?」
 彼女が駆け寄っていく方に、さっき川を泳いでいたカルガモの親子が見えた。小ガモが一匹逃げ遅れたのか、ガルガルが暴れて亀裂が入った溝に落ちそうになっていたみたいだ。
 猫屋敷さんがギリギリキャッチして助けたのは良かったけど、どう見ても安心できる状況じゃなかった。ガルガルが襲いかかろうとしている。
「まゆっ!」
「まゆちゃん!」
 プリキュアの二人ですら間に合いそうもないから、ぼくなんか出る間もない。
 猫屋敷さんはすごい。ぼくなんか、こわくて手も足も出せない。
 目をつむってしまいそうになった瞬間、視界の端を白いものが、ひらりと通り過ぎて行った。
 それは、猫屋敷さんを助けようと舞い降りた天使……じゃない、ユキちゃんっ!
「シャーーーーッッッ!」
 ガルガルと比べたら豆粒みたいに小さいのに、その威嚇は、目前の怪物の動きを封じてしまった。
 驚いたのはそれだけじゃない。
「しょうがない子ね」
 ハッキリとは聞き取れないけど、ユキちゃんはそう言ったみたいだった。
 って、ユキちゃん人間の言葉話してる……話してるよね?
 猫屋敷さんも、プリキュアの二人も、ガルガルさえもみんな目の前で起こっていることに困惑していた。
 だってユキちゃん、人の言葉話したかと思ったらその瞬間光り輝いて、瞬きした隙に人間の女の子に姿を変えていたんだもん。
 なに、なんか話してる。ユキちゃんと猫屋敷さん。なんか、めちゃくちゃ気になる。聞こえない。もう少し大きな声で話してほしい。
 そう願った瞬間、
「わたしが、あなたを守るっ!」
 って観ているこっちがトキメクことを言いながら、ユキちゃんが見たことのあるポーズをとった。
 白い吹雪のような風がユキちゃんを包み、その風が通り過ぎたあと、その姿は更に異なるものに……。
「あぁ……」
 キュアニャミー。
 そうか、だからあの時。
 よくよく思い出してみると以前ぼくらの前に現れたときも、キュアニャミーは猫屋敷さんを守ることにしか興味がなさそうだった。
 そうか、ユキちゃんだから。えー、そうか、だからか。
 意識して見ていると、確かに身の軽さ、速さ、動き、キュアニャミーは「猫」だ。
 キュアニャミーはバリアごと攻撃を跳ねかえし、ガルガルの動きを止めた。
 そうして、ふいっと背を向けてしまう。まただ。またガルガルには興味がなくなってしまったみたいだ。スタスタとこちらに歩いてきたかと思うと、この前のように猫屋敷さんを抱え上げる。
「あとは任せるわ」
 そう言ってその場を去って行ってしまった。
 そっかー、そうくるかぁ。ユキちゃんは、猫屋敷さんだけが大事なんだね?
 そっかー、猫屋敷さんにはもうパートナーがいたんだ。しかも、猫屋敷さんしか見えていないユキちゃんだなんて……。
 めちゃくちゃ推せる。
 猫屋敷さんごめんね……、もう、「こむいろ」に挟まらないでなんって言わないよ。ぼくは君たちのことも推していくからね!

 プリキュアがガルガルを救って、ニコガーデンに見送っている間、ぼくはそんな風に新しい推しカプに思いを馳せていたんだ。
 勿論、今後も「こむいろ」も推していくよ。だって推しは増えるものだから……。


 この後、猫屋敷さんに対するユキちゃんの過保護っぷりが爆発する神イベントが待っているんだけど、それはまた別の機会に。
最終更新:2024年06月01日 13:37