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カップル巻きとクリスマス/一六◆6/pMjwqUTk




 出窓から表を眺めていたユキは、優雅な仕草で首を横に向けてから、ふわぁっと大きなあくびをした。
 目の前にある窓ガラスを、今は少しでも曇らせたくはない。窓の外にはユキの好きなもの――数日前に飾り付けられたクリスマス・ツリーが、午後の日差しを浴びてキラキラと輝いている。

(去年の今頃も毎日のように見ていたけど……きれいなものは、いくら眺めても飽きないものね)

 しばらくの間、色とりどりの煌めきを楽しんでから、今度はくるりと後ろを振り返る。そこにもユキの好きなもの――いや、何よりも大好きな、まゆの姿があった。

 まゆは、昼過ぎからずっと部屋に籠って集中モードに入っている。その表情は真剣そのものだが、よく見ると口元の辺りが楽しそうにほころんでいるのがわかる。
 それは、今作っている物をあげたい誰かが喜んでくれる顔を、彼女が想像しているから。そして、そんな表情のまゆを眺めるのが、最近のユキの楽しみでもあった。
 きっと今話しかけても、まゆは全く気付かないだろう。そう思った矢先に、ユキの耳がぴくりと動く。パチン、というハサミの音に続いて、まゆの嬉しそうな声が響いたのだ。

「出来たぁ! ほら見て、ユキ」
 そう言いながらまゆが広げて見せたのは、見事な模様編みが施されたエンジ色のマフラーだった。ユキは音もなく出窓から降りると、ひらりとまゆの机の上に跳び上がり、揃った網目をしげしげと眺める。
「きれいね。でもこのマフラー、ずいぶんと長いのね」
「ウフフ。それはねぇ……」

 まゆが悪戯っぽく微笑むのと同時に、ユキの背中をあたたかな毛糸の感触が覆う。まゆは笑顔でユキを抱き上げると、マフラーの半分をくるりとユキの首に回し、残りの半分を自分の首に巻き付けた。一層近くなった距離で、まゆの少し上気した顔が、何だか得意げにユキを見つめる。
「この長さなら、こ~んなことも出来ちゃうんだよ~。どう? ユキ。あったかい?」
「ええ……悪くないニャ」
 ユキが満足そうに、最大の賛辞を口にする。まゆとこんな風に繋がっていられるのが想像以上に嬉しくて、何だか体の外側も内側もポカポカとあたたかい。
「この巻き方、“カップル巻き”とか“恋人巻き”って言うんだって! 教えてあげたら、きっと喜ぶと思わない?」
「まったく……。こういう話をする時のまゆは、相変わらず楽しそうニャン」
 呆れた声でそう言ってから、ユキはまゆの肩に頬を摺り寄せて、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

   ☆

 次の週末――。

「いち、にぃ」
「ワン、ワン」
「さん、しぃ」
「ワン、ワン」
 いろはとこむぎが軽快に山道を駆け上がり、その後ろからユキを抱いたまゆと、大福を抱いた悟が続く。
 一行が目指す先は、遠吠神社。かつては落雷で鳥居が壊れ、境内も荒れ放題で誰も訪れることのなかったこの神社も、今ではすっかり修繕されて見違えるほど小ざっぱりとしている。

――スバルやオオカミたちが過ごした思い出の場所、ちゃんときれいにしたいな。

 きっかけは、いろはのこの一言だった。すぐさま悟がやるべきことを色々と調べてリストアップし、話を聞いたクラスメイトやアニマルタウンの人たちが協力を申し出て、計画が動き出したのだ。
 わんにゃん中こと湾岸第二中学の生徒たちや商店街の人たちが寄付を募ったり、悟がクラウドファンディングを立ち上げて、まゆもキュアスタで協力を呼び掛けたり。こうして資金が集まると、いろはたちにお願いされて鷲尾町長が音頭を取る形となり、鏡石神社の神主たちが中心となって、遠吠神社の修繕工事が行われた。
 新しい鳥居が建てられ、しめ縄が架け替えられる中、いろはたちも石像を磨いたり境内を掃除したりして働いた。その間、ユキはいつものように傍らでまゆを見守り、こむぎは“応援”と称して、ひたすら境内を走り回っていたものだ。

「ガオウ~! スバル~! 遊びに来たワン!」
「少し早いけど、みんなでクリスマス・パーティーしようよ!」
 こむぎが先頭で鳥居をくぐり、そのまま真っ直ぐ拝殿に駆け寄る。いろはが笑顔でそれに続き、カバンの中から可愛らしくラッピングされた包みを取り出した。
「はい、これ。みんなで作ったんだよ」
「オオカミの口にも合うといいんだけど」
「犬のこむぎが旨いって言ってるんだ、間違いないぜ」
 いろはの隣に立った悟と大福が言葉を続ける。
 それは、いろはの父・剛に教えてもらって作った、犬や猫も食べられるクッキーだった。いろはが犬、まゆが猫、悟が兎の形に型抜きして作ったものを詰め合わせたものだ。
 包みをお供えしてから全員で拝殿に向かい、ガオウとスバルに思い思いの挨拶をする。それから、いろはとまゆは顔を見合わせて頷き合うと、狛犬ならぬオオカミの石像の方へと足を向けた。

「ザクロ。これ、わたしからのプレゼント」
 本殿を背にして左側にある石像に、まゆが小さく微笑みかけ、エンジ色のマフラーを丁寧に巻いていく。並んで立っているもう一つの石像――かつてはトラメの姿だったオオカミの石像には、いろはがまゆに教わってかぎ針編みに挑戦して作った、芥子色のポンチョを着せかけていた。こむぎがその足元にちょこんと座り、千切れんばかりに尻尾を振っている。
「ねえ、ザクロ。“カップル巻き”って知ってる? 二人で一本のマフラーを一緒に巻く、とってもラブラブな巻き方なんだよ~。このマフラー凄く長いから、ガオウと一緒に巻いてみて。ねっ?」
 ユキは、石像が立っている台の上で、そんなまゆの弾んだ声を聞きながら、少し呆れた様子でハァっとため息をついて見せた。



 持って来たお菓子をみんなで食べて、人目を気にせずたくさん喋って、こむぎと大福が境内じゅうを追いかけっこして……。こうして遠吠神社のクリスマス・パーティーも、そろそろ終わりに近付いてきた。

「ねえねえ、ユキ~。ユキは、今年はいくつのクリスマス会に行くワン?」
 こむぎがユキを見上げて、嬉しそうに声を掛ける。ユキは、さっきの石像の足下――かつてはザクロの姿だった石像の台の上が何だか気に入って、再びそこに座り込んでいた。
「そんなの、その時になってみないとわからないニャン。でも……」
 そう言って、ユキが何だか楽しげにこむぎを見下ろす。
「もし今年も猫たちのクリスマス会があったら、教えてあげるニャ」
「ホント!? わーい、こむぎ、絶対行くワン!」

 はしゃいで駆け回るこむぎをもう一度見下ろしてから、ユキは鳥居の向こうに見える街の方へと目を向けた。
 冬の太陽は早くも西へと傾きつつあって、茜色の空の下、まるで星々が光り始めたかのように、街の灯りがゆっくりと増えていく。
 その光景はとてもきれいで、何だかとてもあたたかくて――。

(ねえ、ザクロ。あなたはセンスがいいから、きっともう知ってるわよね。ここからの景色も、悪くないニャン)

 こむぎが不意に走るのをやめ、遠くの山に向かって、わお~ん、と遠吠えを響かせた。その声を聞きながら、ユキは軽やかに石の台から飛び降りる。そして、まだ楽しそうにお喋りしている大好きなまゆの元へ、いそいそと向かった。

~終~
最終更新:2025年03月09日 08:45