『コラボステージ! アイドルプリキュア&クローバー!』第5話
「クラヤミンダー!」
「ウインクバリア!」
 クラヤミンダーの雄叫びと、ウインクの鋭い掛け声が重なる。怪物の顔面に貼りつく水色のバリア。光の威力を殺されたクラヤミンダーは、両手を滅茶苦茶に振り回してステージを破壊しながら、ウインクに迫ろうとする。
 ウインクはジャンプで距離を取ってその攻撃を躱し、隙を見ては次のバリアを放つ。力の強いクラヤミンダーが相手では、バリアも短時間しか持たないからだ。
「けッ! さっきから何回おんなじこと繰り返してんだぁ? ザックリ言って、お前の体力が切れるのが先だぜ!」
 せせら笑うザックリーの声に、ウインクは密かに唇を噛んだ。そんなこと、言われなくてもわかっている。だけど今は、他に手立てが無い。
 ジャンプを繰り返すウインクの左右には、聳え立つ赤黒い障壁――。
(あの壁の向こうには行けないし、アイドルやキュンキュンと連絡も取れない。このクラヤミンダーは、わたし一人で倒すしかない……。でも、どうやって? あの光線をまともに浴びたら、プリキュアでもどうなるかわからないのに!)
 さっき、クラヤミンダーの光を浴びた巨大モニターが、一瞬で砂と化してザーッと一気に崩れ落ちるのを見た。あの衝撃の場面を思い出して、ウインクが小さく身震いする。と、その時。
「クラヤミンダー!」
 一際大きな雄叫びと共に、予想外の攻撃が飛んできて、ウインクはハッとする。作戦を考えるのについ没頭して、相手に隙をつかれてしまった。怪物が自らの充電ケーブルを振り回し、ウインクめがけて放ったのだ。
「キャァァァ!」
 ウインクが攻撃をまともに食らって吹き飛ばされる。落ちたところは、すでに瓦礫の山と化したステージの一角だった。痛む身体を起こそうとしたウインクが、慌てて瓦礫の上を転がり攻撃を避ける。その途端、瓦礫の一部が砂となって崩れ落ちた。
「残念ながら、リハーサル前で充電は満タンだぜ。どうした? ザックリもう降参かぁ?」
 クラヤミンダーがケーブルをブンブンと振り回しながら迫る中、調子づいたザックリーが、ウインクの顔を覗き込んで勝ち誇ったような声を上げた。いつも笑っているようなその目がすっと細められ、いつになく残忍な光を纏う。
「お前たちとのお遊びもここまでだ。今日から世界は、クラクラの真っ暗闇……」
「ウインクバリア!」
 ザックリーの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ウインクは至近距離から怪物にバリアを叩きつけた。
(今日は何だかいつもと様子が違う……。もしかしてカッティーとチョッキリーヌも? ということは……)
 ウインクの脳裏に、仲間たち二人の顔が鮮明に浮かぶ。
 今一番会いたい二人、そして今一番心配な二人。そんな彼女たちへの想いが言葉となって、ウインクの口から紡がれる。
「アイドル……キュンキュン……相手がどんなに強くても、きっと二人なら今も立ち向かっているよね。だから――わたしも諦めない!」
 声に出して叫ぶことで自分を励まし、ウインクは跳ねるように立ち上がった。
 今ならクラヤミンダーは目の前に居て、バリアを引き剥がそうとジタバタしている。そのガラ空きの胴体に、ウインクは渾身の連打を叩きこむ。そしてステージを召喚しようとしたところで、怪物が右の拳を振り上げた。
 パリーン! という乾いた音がしてバリアが割れ、青い欠片が宙を舞う。クラヤミンダーが自分の顔を殴りつけてバリアを破壊したのだ。そして巨大なライトの顔が、ウインクの方を向く。
「ウインクバリア! キャアッ!」
 ウインクが咄嗟に自分の目の前にバリアを張る。だが、頭上から充電ケーブルが鞭のように襲い掛かり、ウインクはまたも瓦礫の上に仰向けに倒れ込んだ。
「見事に引っかかったな? ライトをお見舞いするのは、これからだぜっ!」
 ザックリーの声が響き、クラヤミンダーがゆっくりとウインクに迫って来る。
 早く立たなくちゃ――そう思うのに、身体に力が入らない。瓦礫の山から転がってでも何とか身を隠そうと思った、その時。青い光がサッと横切るのが見えて、ウインクは思わず目を見張った。
 光は一つだけではなかった。小さな青い光が一つ、また一つとクラヤミンダーに向けて放たれる。クラヤミンダーは左腕で顔を庇うようにして、右手を滅茶苦茶に振り回して小さな光を叩き落としている。その激しい動きのせいで、瓦礫と砂だらけのステージの上に、盛大な土埃が上がった。
「ひょっとして、ウインクバリアと間違えてる……?」
「何してるの、走って!」
 呆然と呟くウインクの肩を誰かが掴み、鋭い声で囁く。その声に導かれるままに、ウインクは土埃に紛れてその場を離れた。そしてステージから飛び降り、階段状になった客席の裏側――通風スペースとして設けられた隙間に、腹ばいになって潜り込む。
「こいつは……バリアじゃなくてキラキライトじゃねえかよっ! 畜生っ、どこ行きやがった!」
 ようやく土埃が収まったのだろう。しばらくして、ザックリーの苛立たし気な声が響いた。
 ウインクが腹ばいになったまま、隣に居る人物――美希に、丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました。あの、今のキラキライトは……」
「あれ、キラキライトって言うの? ステージ裏に沢山置いてあったの。お客さんに配るためかしらね」
 美希はそう言って、パチリと茶目っ気たっぷりのウインクをしてみせた。
「キラキライトは囮よ。なんてね、見事に引っかかってくれて良かったわ」
 美希は物陰からウインクの戦いぶりを観察し、青いキラキライトだけを選り分けてクラヤミンダーに投げつけたのだという。こんな非常事態にさらりとそんなことを言ってのける美希を、ウインクは目を丸くして見つめてから、遠慮がちに口を開いた。
「あの……美希さんって、いったい……」
「あなたたちもプリキュアだったのね」
「えっ!?」
 驚くと同時に、そういうことだったのか、と納得しながら、ウインクがさらに問いかける。
「“も”ということは、美希さんたちもプリキュアなんですか?」
「ええ。少し前までだけどね」
 美希が少し遠くを見るような目をして、フッと柔らかく微笑む。しかしすぐに表情を引き締めると、キラリと光る目でウインクを見つめた。
「さあ、ダメージから回復したら、反撃よ。アタシのことは気にしないで、目の前の敵に集中して」
「でも、わたし一人になってしまって……」
 そう言いかけて、ウインクがハッとしたように顔を上げる。
「ひょっとして……さっきの攻撃で、クローバーの皆さんもバラバラになってしまったんですか!?」
「アタシのことは気にしないで、って言ったでしょ?」
「でも……」
 オロオロとこちらを見つめるウインクに、美希はもう一度小さく微笑んでから、すっと顔を上げ、真っすぐに前を見て言った。
「“わたしは諦めない!”」
「えっ?」
「あなた、そう言ってたわよね」
 美希に言われて、ウインクはさっき自分で自分を鼓舞した言葉を思い出す。いや、今の美希の台詞は、あの時の何倍もの力強さを持っていた。まるで背中をバシンと叩かれたような気がして、ウインクも真っすぐに美希の顔を見つめる。
「どんな時も希望を捨てない――それが一番大事なの。アタシは馬鹿の一つ覚えみたいに、そればっかり自分に言い聞かせてたわ。もちろん、今も諦めてないわよ」
「どんな時も、希望を……」
 そう呟くウインクに、美希は微笑みながらしっかりと頷いて見せる。
「そう。決して諦めずに、今すべきことをする。そうすれば、仲間とだってきっとまた会える。アタシが言うんだから、間違いないわ」
 そう言ってもう一度ウインクして見せる美希に、今度はウインクも、ウインクを返す。
「アタシのアドバイス、完璧!」
 小さくガッツポーズをしながら呟く美希を見ていると、さっきまでの不安が嘘のように消えていく。ウインクは表情を引き締めると、通風スペースの隙間から外に出た。
最終更新:2025年05月18日 19:40