『じぶん色ファンファーレ』10 じぶん色




「ことりちゃん」
「なーにー?」
 帰りの会が終わって、放課後。早速レッスンに向かおうとした私を、えみるちゃんが呼び止めた。
「おーいサッカーしようぜー」「じゃあねー」
 クラスのみんなもそれぞれに教室を後にして、残ったのは早くも私たちだけ。
(……あれ)
 えみるちゃんが座る席に近付いて、違和感を覚える私。
 目の前まで来て、やっと気づいた。
「松葉杖は……?」
 えみるちゃんの松葉杖が、無い。
 そういえば今日は登校タイミング合わなかったし、移動教室も無かった。
 着てきた服も脱ぎ着しやすいタイプのワンピースだから気づかなかったや。
「実は……」
 えみるちゃんはそう切り出して、目線を机にそっと伏せた。
「昨日、お医者様に『あと数日もあれば動けるようになるだろう』と言われたのです。愛崎えみる、完全復活なのです!」
「そうなの? よかっ……」
 あ、ということは。
「よかった。本当に」
 何とか言えたけど、私、ちゃんと笑えてるかな。
 ちょっと自信無いや……。
「…………」
「な、なに?」
 机の前に立つ私を見上げるえみるちゃんは、とても「どうもありがとう」なんて言いそうな表情には見えなくて。
「ことりちゃんは、どうしたいのです?」
 そんな質問を、真正面から私に問いかけた。
「私、がどうしたいか……?」
 そんなの、間違いなくツインラブが出るべき。
 って、分かってるのに……。
「私が蒔いた種ではあるのですが、ツインラブかことりちゃんか、どちらがステージに出るか、ことりちゃんに決めて欲しいのです」

 なんてえみるちゃんに言われて、私は言葉が出なかった。

   ・
『あくまで、もしえみるちゃんの足が治らなかった場合の、代役』
 私は、いつまでそのつもりだったんだろう。
 その感覚を忘れたのは、随分前の様な気もする。
 さあやさんとの、ほまれさんとのレッスンが始まって、えみるちゃんに曲も作ってもらって。
 てっきり自分が出るものだと、勝手に確信しちゃっていた。……ううん、確信したっていう自覚も無いくらい、当たり前のことにまでなっていたんだと思う。
 だから、急に『どっちか選んで』って言われても。
「……そんなの、分かんないよ」
 一人の帰り道。力強い西日からぽつんと生まれた自分の影を見つめながら、私はボソッと呟いた。
 レッスンは楽しい。できることがどんどん増えていくし、それを実感できるのが、特に。
 けれどやっぱり、そのきっかけは『えみるちゃんを助けたい』だし、彼女の足が治るのなら、ステージ経験の豊富なツインラブに出てもらった方がライブも盛り上がるよね。

「ことりはどうしたいのですか?」
「へっ?」
 頭上から聞こえた声に、私は反射的に顔を上げた。
「ルールーちゃん」
 私を、待っててくれたのかな。
 曲がり角で私に向けられた微笑みが、逆光でもないのになんだか目に染みた。

「少し、寄り道しませんか?」
   ・
 ルールーちゃんに連れられ、やってきたのは近所の公園。
 平日&夕方だけど、いくつか屋台が出ているとあって結構な賑わいだ。
 その中の一つにルールーちゃんと並ぶ。たこ焼き……って、お姉ちゃんがお手伝いしてる所だ。
「らっしゃい!」
「こんにちは。マヨソース六個入りを二つください。……ふふふ、ルールーお姉ちゃんの奢りです」
 もしかして、この前のお泊り会でルールーちゃんだけ「お姉ちゃん」て呼ばなかったの気にしてるのかな……。
「別に割り勘でいいのに~」
「はいよっ二つお待ちどう……ッ?」
 裏返った店主さんの声が聞こえて、慌てて振り返る。
 目に映ったのは、綺麗な放物線を描くパック入りのたこ焼き。
「――っ」
 ルールーちゃんが一つキャッチ。もう一つは……私の目の前に。
(届け……!)
 1㎝でも、1㎜でも遠く、遠く手を伸ばしたくて、つま先立ちに。
 パックはぎりぎり、私の掌に吸い込まれた。
「ほっ……」
「助かったよー。これでいいならお代は結構だ。よかったら貰ってくれい」
「「ありがとうございます!」」
   ・
「それにしてもナイスキャッチでした。ほまれとのレッスンにより体幹が15%上昇した成果ですね」
「えへへ」
 屋台のおじさんから貰っちゃったたこ焼きを、近くのベンチに座って輪ゴムを外す。
 既にルールーちゃんは半分を食べ終えそうな勢いで……。私も一つ、口の中に放り込む。じんわりとした優しい甘さとあたたかさが、内側から広がっていった。
「ねぇルールーちゃん」
「はい」
「……私ね、ステージに出たい……んだと思う」
 切り出したのは、ルールーちゃんに投げかけられた問いの答え。
 まだ上手く纏められてなくて、このたこ焼きのソースとマヨネーズみたいにぐちゃぐちゃなんだけど。でもっきっと、これが「私がやりたいこと」なんだ。
「最初はね、仕方なくとか、えみるちゃんのために、って感じだったんだけど。レッスンしていく内にね、楽しくなってきちゃって。それで、だんだん……」
「自分がステージに立ちたくなった、と」
 こくんと頷く。膝の上で作った握りこぶしが、小さく震えていた。
「でしたら、何も迷う必要はありません。ことりのソウルをシャウトさせればいいだけです」
 ふっ、と微笑むルールーちゃん。
 私はそんなお姉ちゃんに励まされながら、魂を叫ばせる覚悟を決めた。

(まずはちゃんと、えみるちゃんに話さなきゃ)



最終更新:2025年05月20日 20:07