『コラボステージ! アイドルプリキュア&クローバー!』第7話
 野外ステージの裏手にある植え込みが、ガサガサと不自然に揺れる。やがてその中から、ぴょこんと小さな二つの頭が飛び出した。
「メロロン! 大丈夫プリ?」
「姉たま。びっくりしたメロ……」
 突然現れた、チョッキリ団とクラヤミンダー。プリルンはメロロンと一緒に、いつものようにプリキュアを応援していたのだが、突然ブルッと身体が震えたかと思うと、正体不明の強い衝撃を受けて、ここまで飛ばされてしまったのだ。
 何とか植え込みから抜け出したプリルンが、メロロンの手を引っ張って助け出す。そしてステージの方に目をやって、愕然とした。
「これは何プリ……?」
 広い野外ステージの周りを、赤黒い高い壁が取り囲んでいる。いや、それは壁ではなかった。重く暗く濃厚な気が、幾重にもステージを取り囲み、天まで高く立ち昇っているのだ。
 まるでステージ全体が、暗い牢獄と化してしまったかのよう――そう感じた途端、プリルンは矢も楯もたまらなくなって飛び出した。
「アイドル~! 返事してプリ~!」
「姉たま、危ないメロ。あの壁は……ただの壁じゃないメロ!」
 メロロンが慌ててプリルンの手を掴む。彼女の言う通りだった。あの場所に近付くのは危険だと、プリルンの本能が告げている。あの禍々しい気の塊を見ているだけで身体がすくみ、ブルブルと震えてしまう。
 だが、プリルンはグッと口を引き結ぶと、メロロンの手を優しく握った。
「それでも……プリルンはアイドルたちが心配プリ!」
 そう言うと同時に、プリルンはギュッと目を閉じ、壁に向かって一直線に飛んだ。あのおぞましい壁の姿を見なければ、身体がすくんだり震えたりすることもないはず――そう自分に言い聞かせて。
(怖くないプリ……怖くないプリ……! みんなのことが心配プリ。みんなが居なくなる方が、プリルンには怖いプリ!)
「アイドル~! ウインク~! キュンキュ~ン! タナカ~ン!」
「姉たま! 危ないメロっ!」
 メロロンの、いつになく鋭い声が響いた。ハッとして目を開けたプリルンに、壁の隙間から吐き出された盛大な土埃が降りかかる。その後ろから、戦いの余波で飛ばされたのであろう照明機材が、プリルンめがけて一直線に飛んでくる。
 だが、プリルンは動けなかった。目を開けた途端、その視界に強大な気を纏った壁の姿が飛び込んできて、身体が硬直してしまったのだ。
「姉たまーッ!」
 メロロンの絶叫が辺りに響き、プリルンがギュッと目をつぶる。
 だが、恐れていた瞬間は訪れなかった。
「二人とも、怪我は無い?」
 不意に柔らかな声で問いかけられて、プリルンが恐る恐る目を開く。気が付くと、プリルンとメロロンは一人の少女の腕に抱えられていて、彼女は植え込みの根元に倒れ込んでいた。どうやらこの少女が、間一髪のところで助けてくれたらしい。
 アイタタタ……と言いながら起き上がった、黄色い衣装を着た少女。その顔に、プリルンは見覚えがあった。
(さっきステージで踊ってた、“クローバー”の祈里プリ……)
「大丈夫プリ。助けてくれて、ありがとうプリ」
 思わずそう答えてから、プリルンが慌てて付け加える。
「あわわ、プ、プリルンは、喋るマスコット、プリ……」
「心配しないで。あなたたち、プリキュアの妖精さんでしょう? やっぱりアイドルプリキュアは、本当にプリキュアだったのね」
 おっとりとした喋り方と、柔らかで優しい笑顔。それを見て、強張っていた二人の身体と心も、すっと柔らかくなった。
「祈里は、プリキュアのこと知ってるメロ?」
「ええ。プリキュアの妖精さんも、いっぱい知ってるよ」
 その言葉に、プリルンが力なく項垂れる。
「……プリルンは、プリキュアの妖精、失格プリ。みんなとはぐれちゃったプリ。みんなのところに行きたいのに、どうしても行けないプリ……」
 祈里が真剣な表情でステージの方に目をやる。赤黒い障壁の隙間から、時折巻き上がる土埃。振動や物音は感じられないが、おそらく中では激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。
 そして、見るからに怪しいこの障壁のせいで、妖精たちは戦場に近付けないでいるのだろう。さっきのプリルンの不自然な動き。あれを見れば、たくさんの動物たちを見て来た祈里には、容易に想像がつく。
「アイドルたちを信じて待ちましょう。きっと今、三人とも全力で戦っているわ」
「でも……あの中に居るんじゃ、ピンチになっててもわからないプリ。プリルンは、みんなが心配プリ。みんなを応援したいプリ!」
 プリルンが目に涙をいっぱいに溜めて、懸命に訴える。
「確かにここからじゃ何も見えないけど……でも、ここからみんなを応援しようよ。プリルンがみんなを想う気持ちは、見えなくてもきっと届くわ。わたし、信じてる」
 そう言って、指で涙を拭ってやりながら、祈里はこう付け足した。
「だからね。プリルンは、自分を信じて」
「自分を……信じるプリ?」
「ええ。わたしね、自分に自信が持てなくて、最初はダンスも無理だって思ってたの。でも、自分を信じようって思えたから、ここまでやって来られた。だからプリルンも、きっと出来るよ」
 柔らかくて、でも力強さを感じる言葉。その言葉に励まされて、プリルンの目から涙が消える。
「祈里、ありがとうプリ。プリルンはみんなを応援するプリ!」
 そう言うと、プリルンは掛けているカバンの中から勇んでキラキライトを取り出した。
「さあ、メロロンも応援するプリ!」
「メロ……」
 いつもより多い三本のキラキライトを渡されたメロロンが、少し迷ってから、そのうちの一本を、祈里に手渡す。
「祈里にも……応援してほしいメロ」
 それを聞いて、祈里は少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに頷いた。
「ありがとう! わたしも、頑張って応援するね」
「アイドル~! ウインク~! キュンキュ~ン! 頑張るプリ~!」
「頑張るメロ~!」
「みんな、頑張って~!」
 赤黒い壁を、ピンク、ブルー、パープルのキラキライトの光が照らす。障壁からは相変わらず禍々しい気が立ち昇っているが、小さな光は消えることなく、見えない戦場に向かって煌めき続ける。
 どれくらいの間、そうしていただろう――。変化は突然現れた。
最終更新:2025年05月25日 19:47