クローバーのアイドル/一六◆6/pMjwqUTk
「ねえ、みんなは小さい頃、好きなアイドルとか……いたの?」
 ダンスレッスン終わりの、いつものドーナツカフェ。せつなの突然の質問に、ラブたち三人が揃って首を傾げた。
「なになに?」
「いきなりどうしたの? せつな」
「今日、由美たちが話してたのよ」
 昼休みの教室で、クラスメイトたちが小さい頃に好きだったアイドルの話で盛り上がっているのを、せつなは耳にしたのだという。
「私は誰それ派だったとか、あのグループの真似をしてよく踊ってた、とか。とっても楽しそうだったから、みんなはどうだったのかなって……ちょっと気になって」
 せつなが照れ臭そうにそう口にすると、うんうん、と頷いたラブが得意げに口火を切った。
「あたしはやっぱり、テレビで見ていた特撮ヒーローだなぁ。よく変身シーンを真似してたっけ」
「そういえばラブちゃん、『へんしん!』ってやってたよね。ジャングルジムのてっぺんとか、滑り台の上とかで」
 祈里も懐かしそうに口にする。だが、美希はそれを聞いてニヤリと笑った。
「でも、ラブ。それは“アイドル”じゃなくて“ヒーロー”でしょ?」
「あ、そっか」
 すかさずツッコまれて、ラブがナハハ~……と頭を掻く。
「やっぱりラブは、昔からラブなのね」
 せつなも楽しそうにクスクスと笑う。その隣から、今度は祈里が身を乗り出した。
「わたしは何と言っても、コウテイペンギンの赤ちゃん! 小さい頃、初めて孵化に成功したってニュースでやっててね。ちっちゃくて毛並みもフワフワで凄く可愛いのに、何だか気品を感じる姿なの。さすが皇帝よね~」
「ああ、それ覚えてるよ。ブッキーはたくさん動物の話をしてくれたけど、写真までいっぱい集めて見せてくれたのは、ペンギンの赤ちゃんが初めてだったよね」
「ブッキーらしいわ」
 頷くせつなの隣で、美希がやれやれ、と言った調子で言葉を繋ぐ。
「でもやっぱり、世間一般のアイドルとはちょっと違うわね」
 それを聞いて、ラブが口を尖らせた。
「もうっ、美希たんは人のアイドルに文句ばっかり。じゃあ美希たんのアイドルはどうなのよ?」
「アタシは……」
 ラブに詰め寄られ、美希が少し考え込む。だがその時、祈里が「あっ」と小さく叫んで、きらりと目を輝かせた。
「思い出したわ、美希ちゃんのアイドル。何と動物さんに関係あるのよね?」
「え? ブッキー、何言ってるの?」
 ポカンと口を開ける美希に、祈里がますます嬉しそうに言い募る。
「ほら、小さい頃よく真似してたじゃない? 公園で、わたしがお散歩の途中のワンちゃんたちと遊んでいると、美希ちゃんが隣に立ってね。『皆様、探偵ペットスクープの時間がやってまいりましたぁ』って」
「え? ペットスクープって……」
「美希のアイドルって、この前会ったアニマル吉田さんだったの?」
 ラブとせつながキョトンと首を傾げる隣で、美希の顔が見る見るうちに赤くなった。
「アニマル吉田さんもその頃から出てたけど、美希ちゃんのお目当てはぁ……」
「ブッキー! それ以上言わなくていいから!」
「思い出した! あの頃探偵役で出てた、レミおばさんだねっ?」
 慌てる美希の声を、弾んだラブの声が掻き消す。
「ああ、美希のお母さんね。そう言えばレミおばさまは人気アイドルだったって、お父さんが話してたわ」
「そうそう。お母さんが、わたしもミス四つ葉町商店街だった、なぁんて張り合ってたけど、全然敵わないよ。おばさん、すっごくカッコよかったんだから」
 せつなとラブのそんな会話を聞いた途端、ボン、と音を立てたみたいに、美希の顔が真っ赤に沸騰した。
 ラブがキラキラした目で、そんな美希の顔を覗き込む。
「ねえねえ、美希たん。レミおばさんが出てた回のDVDとか、お家に無いの?」
「そりゃあ……探せばあると思うけど」
「せつなに見せたいなぁ。ねっ? いいでしょう?」
「ま、まぁ、それはいいけど……でも、ラブ」
 ドギマギと視線を泳がせていた美希が、そこでハッとしたように、厳しい目でラブを見つめた。
「あの頃のこと、ママに言ったりしたら承知しないわよ。ブッキーもね」
「あの頃って、美希たんが“タンテイごっこ”してた小さい頃のこと? 別にいいじゃん。おばさん、喜ぶと思うけどな~」
「ダメって言ったら、絶対にダメ」
「ん~、どうしようかなぁ」
「こぉら、ラブ!」
「わー、美希たんが怒ったぁ!」
「待ちなさい!」
 ケラケラと笑いながら逃げ出すラブを、まだ赤い顔に渋い表情を作った美希が追いかける。そんな二人を眺めながら、せつながボソリと呟いた。
「美希の気持ち……少しだけわかる気がするわ」
 脳裏に浮かぶのは、今朝もラブとせつなを玄関まで見送ってくれた、優しい笑顔。そんな大人に憧れる気持ちを、今のせつなに教えてくれた人。でもその気持ちを伝えるのは、やっぱり照れ臭くて。と、いうことは……。
「私にも、好きなアイドルはいたのかも。ううん、“いた”じゃなくて“いる”が正しいわね」
「せつなちゃん? 何か言った?」
「ううん、何でもない。美希も昔から美希なのね、って思っただけ」
 せつなは、祈里に澄ましてそう答えると、小さな子供のように駆ける二人を微笑みながら見つめた。
~終~
最終更新:2025年06月14日 22:54