その歌声を、心のビートに乗せて/一六◆6/pMjwqUTk
どこまでも青く澄んだ空。緑豊かな大地。キラキラと輝く湖面・・・。
エレンは宮殿のバルコニーから、美しく蘇ったメイジャーランドの様子を眺めていた。
(こんなに美しいこの国の姿を、ここに居た頃、私はちゃんと見ていたのかな・・・。)
懐かしい風の音色に耳を傾けながら、ふとそんなことを思う。
「セイレーン?」
エレンの腕の中で同じように景色を眺めていたハミィが、いつものように、嬉しそうに彼女を呼んだ。
「セイレーンは、これからどうするニャ?」
「私?私は・・・」
エレンがそう言いかけたとき。
「セイレーンちゃん。それにハミィちゃん。お久しぶりね~。」
聞き覚えのある猫なで声に、二人は振り返る。
薄桃色の巻き毛を揺らしながら、大柄な猫が近付いてくる。いや、正確には猫ではない。ハミィと同じ、額に浮かぶ鮮やかなハートのマークは、歌姫の印。メイジャーランド随一の豊かな声量を誇る、ディーバだった。
その歌声を、心のビートに乗せて
「ディーバ!あなた、宮殿にいたの。」
「ええ。たまたま近くを歩いていたとき、ノイズに襲われてね。それで宮殿へ逃げ込んだのよ。」
エレンの問いにそう答えたディーバは、少しの間俯いて黙っていたが、やがて意を決したように、二人に向かって深々と頭を下げた。
「ハミィちゃん・・・ごめんなさい。あなたに偽物の楽譜を渡したこと、あたし、まだ謝っていなかったわ。あの後、あんなに仲良しだったあなたたちの間がおかしくなったのも、それが原因だったんじゃないかって、ずっと・・・ずっと気になっていて・・・。」
普段と違う消え入りそうな声で、ディーバは言葉を繋ぐ。
「あたし、あなたが妬ましかったの。おっちょこちょいで歌も下手な天然ボケの癖して、メイジャーランドいちの歌姫、セイレーンの親友だなんて。誰もが憧れて、近付きたいのになかなか近付けないでいる彼女に、平気で近付けるあなたが羨ましくて。それで・・・。」
「・・・え?」
エレンは驚きのあまり、口をポカンと開ける。
そんなこと、考えたこともなかった。自分は幼い頃から人付き合いが下手で、歌姫仲間たちにも、自分からなかなか溶け込めなくて・・・。だからひたすら、好きな歌の練習にばかり没頭してきた。ハミィと仲良くなれたのだって、彼女が声をかけてくれたからだ。まさかディーバやほかの歌姫たちが、こんな自分に近付きたいと思っていただなんて、今の今まで知らなかった。
エレンの驚きをよそに、ハミィはピョン、と彼女の腕の中から飛び降りる。そしてディーバの手を取って、ニコリと笑って言った。
「そ~んな悲しいこと、忘れたニャ。」
「でも・・・。」
「ハミィの言う通りよ、ディーバ。それに、ハミィと私の仲がおかしくなったのは、あなたのせいじゃない。ハミィの歌に嫉妬して、それを憎んでしまったのは、私よ。」
エレンの静かな言葉に、ディーバは驚いたように、涙で濡れた目を上げた。そんな彼女に、エレンはハミィと同じように、ニコリと屈託の無い笑顔を向ける。
「でも、教えてくれてありがとう、あなたの気持ち。あなたが教えてくれなければ、私はあの頃自分がどう思われていたかなんて、まるでわからなかった。あなたが、あのときの私の気持ちを知らなかったようにね。」
ディーバはその言葉に目をしばたいて、遠慮がちに、エレンに微笑んでみせた。
「それで、二人とも、これからはメイジャーランドで暮らすんでしょぉ?」
いつもの調子を取り戻し、さっきより粘っこさを増したディーバの言葉に、エレンは首を振る。
「いいえ。私は人間界に・・・加音町に戻るわ。」
「戻るって・・・。あなたの故郷はここじゃないの、セイレーンちゃん。」
「ええ。でも、私と心と心で繋がった仲間たちが居るのは、あそこだから。それにあの町は、メイジャーランドに負けないくらい、音楽を深く愛する町だから。私はあの町で、もう一度イチから音楽を学ぶわ。技術だけじゃない、音楽の心を。聴く人を笑顔にする音楽をね。」
そう言って、エレンはディーバに向かって、キラリとその瞳を輝かせる。
「来年の、幸せのメロディの歌い手のオーディションには戻ってくるわ。だからそのとき、また会いましょう、ディーバ。今度はただ上手さを競うだけの相手じゃない、共に幸せのメロディを歌う仲間として。そのために切磋琢磨し合う、ライバルとしてね。」
見つめるディーバの目に、静かな笑みと、エレンによく似た強い光が宿った。
去っていくディーバを見送ってから、エレンはハミィに問いかける。
「ハミィ。ハミィはこれから、どうするの?」
んー・・・と腕組みして頭を捻り、いかにも考え込んでいそうな様子を見せるハミィ。
「奏のカップケーキ、毎日食べたいしぃ~。響のピアノも、毎日聴きたいしぃ~。アコとも毎日、遊びたいしぃ~・・・。やっぱり、加音町に戻るニャ!」
「ちょっとハミィ!私は?」
「ニャプ?」
不機嫌そうにこちらを覗き込んでくるエレンに、ハミィはきょとんと首を傾げてみせる。
「もっちろん、セイレーンとは毎日一緒に歌うニャ。あったりまえニャ!」
「もう。それをちゃんと言いなさいよっ!」
心なしか頬を染めながら、エレンがいつもの調子でハミィに食ってかかる。
「あ!また素敵な風が吹いてきたニャ。セイレーン、一緒に歌うニャ。」
目を閉じて気持ちよさそうに口ずさむ、ハミィの後に付いて歌いながら、エレンは思う。
音楽を通してハミィと仲良くなり、音楽のせいでハミィを憎んだ。そして音楽のお陰で自分は救われ、ハミィも救うことができた。
これからまた改めて音楽を学んでいく中で、ハミィの類まれなる音楽の才能に、嫉妬することはあるだろう。でもこれからは、それを恐れるのはやめよう。
ハミィも自分も、心から音楽を愛していること。そしてそんなハミィが、音楽を不快に思っていたかつての自分を、最後まで信じてくれたこと。それが紛れもない真実だということを、私の心のビートは、ちゃんと知っているから。そして、全ての人がそれぞれの豊かな音楽を奏でているのだということが、この戦いを通してわかったから。
バルコニーを吹き抜ける風に黒髪をそよがせながら、エレンの左足がいつの間にか、四拍子のリズムを刻んでいた。
~終~
最終更新:2013年02月12日 12:13