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赤い翼の輪舞曲 第20話――最終話 帰るべき場所――




 チッ、チッ、チッ、
 耳元で、小鳥のさえずりが聞こえる。
 サワサワとそよ風が吹いて、森の葉が揺れる。

 穏やかな陽気の、春の昼下がり。太陽がわずかにオレンジ色を帯びて、西の空に傾いている。
 こちらの世界が、まだ冬だった四つ葉町とは季節が違っていたことに、せつなは今になってようやく気が付いた。

 激しかった一日が、無事に終わりを告げようとしている。
 せつなは爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んで、もうじき別れる、この世界の優しい自然の調べに耳を傾ける。

 あれから数時間――街は大騒ぎだった。
 ボロボロになった広場や道路。そして、いくつもの建物。街が元の様相を取り戻すには、それなりの月日がかかることだろう。
 メイジャーランドの住人たちは、メフィストとアフロディテ、それに三銃士たちの働きによって、次々と帰還しつつある。あの国を立て直すのも、並大抵のことではないだろう。

 それでも――
 双方の世界が得た交流と絆は、きっといつか、そんな被害の何倍もの恩恵を伴って、みんなを幸せへと導くに違いない。
 今のせつなには、そう信じることができるのだった。






『赤い翼の輪舞曲――最終話 帰るべき場所――』






「どうしたの? せつな。こんなところでポツンとして」
「そうよ。一人でしょんぼりしてると、こっちまで楽しくなくなっちゃうじゃない」

「響、奏。相変わらず、ハッキリと言うのね。私はしょんぼりしてるんじゃなくて、ちょっと考え事をしていたのよ」

 何日か泊まって行けと勧める響たちの誘いを断って、せつなたちはすぐに元の世界に帰ることを望んだ。
 もともと、外泊の準備など何もしていないのだ。きっと、おとうさんやおかあさんたちは、死に物狂いで自分たちを探していることだろう。

「え~っ、ズル~イ! あたしたちは必死になって探し回ってたのに、せつなったらケーキなんて食べてたんだ!」
「そうニャ! ハミィだってメイジャーランドに行ってたから、カップケーキ食べ損なったんだニャ!」
「あんさんらの頭ん中は、オヤツのことばっかりかいな……」
「ピィー! ピィー!」
「そうだそうだって……」
「もう! ピーちゃんはみんなの分まで食べてたでしょ?」

 少し離れた所から、ラブとハミィの不満そうな声が聞こえてくる。
 タルトがツッコミ、ピーちゃんが更にボケる。エレンとアコが呆れて、美希と祈里は楽しそうに笑う。シフォンは、ピルンが出したカップケーキを食べるのに忙しいようだった。
 ラブ、美希、祈里は、こちらの世界に来たばかりで、これまでの経緯をほとんど知らない。
 せつながこの世界に来てからのこと。それ以前の響たちの戦いや、ピーちゃんのことなんかを、色々と詳しく聞いているらしい。

「響たちこそ、大丈夫なの? プリキュアのこと、街中の人にバレちゃったんでしょ?」
「あ~、うん。表向きは災害とか、集団幻覚だとか、適当な言い訳をつけて誤魔化してくれるみたいなの。パパが心配いらないって笑ってたし」
「でも、これからはもっと、加音町とメイジャーランドの行き来が盛んになると思うわ」

「それは素敵ね」

 せつなが静かに微笑む。その顔を見て、奏が心配そうに口を開いた。
 せつなの悩み。せつなの夢。どうしても確かめておきたかった。今を逃せば、またいつ会えるかもわからないのだ。

「せつなは、答えが見つかったの?」
「答えって?」
「ほら、前に言ったでしょ? せつなは、どうやってラビリンスを幸せにするつもりなの、って」
「あぁ……」

 せつなは納得したように頷いて、そのまま口をつぐむ。先ほどの続きとばかりに思索に耽り、ここ数日の出来事に想いを馳せる。
 奏が言っているのは、ラッキースプーンの厨房での会話のことだった。

 あの時、自分はラビリンスを、四つ葉町のような笑顔と幸せに溢れる国にしたいと言った。
 それが自分の夢なんだと思った。でも、たとえそれが本当の夢であったとしても――

(じゃあ、みんなの幸せってなに?)

 奏の言葉が、脳裏に蘇る。
 自分は、まるで己の目に映る四つ葉町を、唯一絶対の幸せであるかのように考えていたんじゃないのか?
 この世界で見てきた、加音町やメイジャーランドの住人たち。彼らの幸せの在り方は、四つ葉町とはまた違っていたように思う。
 共通するのは、みんなが自分の意思で、自由に生きているということ。自由であることが幸せなんだとしたら、それは一体、何をするための自由なんだろう?

(私は、手段こそ夢だと思うな。響が好きなのはケーキだけじゃないし、響を笑顔にする方法なら他にもたくさんあると思う。でも、私は自分の焼くケーキで笑顔になってもらいたいの)

 自分は、間違っていたのかもしれない。どれほどみんなの幸せを願おうと、自分が描いた幸せは、自分が夢見る幸せでしかない。
 人はひとりひとり違うから、それぞれの人生があるのだから。
 だとしたら――
 ラビリンスが得た自由とは、「みんなが自分だけの幸せ」を、追い求めるための自由なんじゃないのか?

 光が見えてくる。答えは、すぐそこにある気がした。
 イースとしてではなく、キュアパッションとしてでもなく、東せつなとして、自分がやらなければならないことは――

 せつなは、奏と響の顔を見つめて、少し照れ臭そうに笑う。そして、口を開きかけた瞬間、目の前が真っ暗になる。

「だーれだっ!」
「きゃ! もう、ラブったら! 今、大事なことを考えてたのに!」

 突然後ろから、ラブが目隠しついでに抱きついてくる。
 全く――誰だも何も、ないものだと思う。自分に一切の警戒を抱かせずに、背後を取れるのはラブしかいない。
 ごめ~ん……としょぼくれるラブに、せつなはクスリと笑った後、真剣な表情で向き合った。

「まぁいいわ。私のこれからのことを考えていたんだけど、今、ハッキリと答えが出たから」

「えっ! なになに? わたしにも聞かせて、せつな!」
「私も聞きたい。このまま別れたら、心配で仕方ないもの」

 ラブに続いて、響と奏も身を乗り出して聞き入る。せつなは想いを整理するかのように、ポツポツと語り始めた。

「この世界に来る前、四つ葉町の広場で、ラブはこう言ったわよね?」

(うん、そうだね。美希たんとブッキーには、夢があるもんね。でもさ、せつなはずっと一緒だよね!)

「本当を言うと、私はダンスを辞めてラビリンスに戻るつもりだったの。あの国を、四つ葉町のような幸せな世界にしようって」
「そう――なんだ……。うん、そうじゃないかって、思ってたんだ」

「聞いて! でも、やっぱり私、四つ葉町に残ることにする。私ね、この世界に来て、元の世界に帰りたいって思った。そして、その世界はラビリンスじゃなかったの」
「えっ? それって……」

「それに、フュージョンと戦ってわかったことがあるの。幸せは、一人一人が、自分で見つけていくものなんだって。
 みんなを笑顔にする方法なら、きっとたくさんあると思う。でも、私はラブと一緒にダンスを踊って、みんなに笑顔になってもらいたい」
「じゃあ! じゃあ、本当に!?」

「ええ! 私はラブと一緒に、プロのダンサーになるわ。団おじさまにも負けないくらいの、“本物”になってみせる。そして、いつかラビリンスにこの喜びを伝えたいの」

 無数にある幸せのカタチの中の、その一つとして――
 と、せつなは締めくくった。

「それなら、帰ったらさっそく練習ね!」
「ダンス大会決勝戦は、また延期になっちゃったみたいだけど」
「美希っ!? ブッキーも! いいの? クローバーは解散するんじゃ……」

「ノンノン! 完璧なアタシが、優勝もしないで投げ出すワケないでしょ?」
「わたしも一緒にやらせて。ラブちゃんとせつなちゃんなら、きっと夢が叶うって信じてる」
「また……クローバーでダンスが踊れるんだね? やったぁ~、幸せゲットだよ!」

 いつの間にか話を聞いていた、美希と祈里が会話に加わる。
 ダンスユニット・クローバーの活動再開――それが、四人のとびきりの笑顔と共に決定した。

「おめでとう、せつな。素敵な答えね! なんだか安心しちゃった」
「わたしも、四つ葉町に行ってみたいな。そこでピアノを弾いてみたい。クローバーのダンスを観てみたい。いつか――必ず!」

「ええ、約束しましょう! 世界は交わり、人は繋がり、そこから音楽は生まれるのよね。だったら――!」
「ここで決めなきゃ、女がすたる!」
「精一杯、頑張るわ!」

 せつなと響は、決めゼリフを言い合ってクスリと笑う。
 遠い遠い世界だから、簡単には会えないかもしれない。でも、これっきりにするつもりなんてない。
 いつか二つの次元が交わって、助け合って、より大きな幸せを導くと信じたいから。

「ところで、エレンとアコは?」

 響が、この場に居ない二人の名前を口にする。

「私なら、ここよ」
「ホラッ、奏太も早く。またしばらく会えなくなっちゃうのよ?」

 二人はせつなたちとの別れが近いことを感じて、奏太を探しに行ってくれていたようだった。
 アコに手を引っ張られ、エレンに肩を押されるようにしてやって来た奏太は、せつなに向かって、大事そうに握りしめていた右手を開いた。
 掌の上にあったのは、銀の鎖が付いた、緑色の小さなハート型のペンダント。あの日、せつなが奏太の机の上に置き去りにした、幸せの素だった。

「せつな姉ちゃん。恥ずかしいから会うのやめようかと思ったんだけど、これ、返してなかったからさ」
「奏太君……。それは、あなたにあげたつもりだったのよ」

「無理すんなよ。大事な物だってことくらい、見ればわかるって」
「ありがとう。私は他に、あなたにあげられるようなものが何もないけれど……」

「なら、今度会う時は、俺がとっておきのプレゼントを用意するよ。だから、さよならは言わないぜ!」
「ええ、約束ね。こんな歌が、私たちの世界にはあるの。指切りげんまん、嘘ついたら~」

「針千本、の~ます! だろ? 俺たちの世界にもあるよ。じゃ、元気でな!」

 奏太はそれだけ言うと、せつなに背を向けて走り去った。その頬から、幾滴かのしずくを振り落としながら。
 せつなも、クルリとみんなから背を向ける。同じように頬を濡らすものが流れたのかどうかを、確かめられた者はいなかったけれど。

「アカルン、帰りましょう! 私たちの街――四つ葉町の広場へ!」






 弾けるような加速によって、瞳に映る景色が溶けていく。太陽の光も、星々の輝きも、全てが一つに交じり合う。
 加音町を発った一行は、数多の世界を渡り、故郷へと帰還する。
 混沌の闇を越えて、光の門を潜り抜ける。その先には、七色に彩られた不思議な空間が広がる。
 世界を繋ぐ奇跡の花、プリズムフラワーの力が作り出す虹の回廊。果てしない道のりを、アカルンの力で一気に翔け抜ける。

 再び、真っ白な光に包まれる。あまりの眩しさに目を閉じる。一呼吸してから、そっとまぶたを持ち上げた。
 大好きな街、四つ葉町の公園の景色が映る。瞳が潤み、わずかに視界が歪む。
 冬の夜の、澄んだ空気が胸いっぱいに広がる。

 大気の綺麗な世界なら、他にもあった。景観の美しい世界なら、他にもあった。
 でも、心が安らぐようで、それでいてときめくような、こんな不思議な気持ちにさせられる場所はここしかない。

「帰って――来たね。せつなっ!」
「ええ!」
「お父さんとお母さん、心配してるだろうなぁ……」
「早く帰って、安心させてあげなきゃね」

 全力で走っているのに、意地悪なくらいにゆっくりと景色が流れる。
 早く――早く――帰りたい。

 やがて見えてくる、優しい肌色の壁に、ピンクの屋根。赤い色のひさし。
 手入れの行き届いた広めの庭。二階には、植物を這わせてあるバルコニー。大きくはないけれど、温かみを感じさせる家。
 ノックなんて必要ない。だって、自分の家なんだから。
 もどかしい気持ちをぶつけるように、やや乱暴にドアを開ける。
 パタパタと、転がるように出て来る二人。たまらなく会いたかった、大切な家族だった。






「それで、なんであんたたちがこの世界で暮らしてるのよ!?」

 ダンスレッスンの帰り、せつなたちがカオルちゃんのドーナツカフェで休憩していた時のこと。
 彼女たちのドーナツを運んできたのは、あろうことかウエスターだった。

「なぜって、そりゃあ、カオルちゃんに弟子入りしたからに決まってるじゃないか」

 いかにも、「当然だろ?」と言わんばかりに、ウエスターは不思議そうな顔をする。
 あれだけ、自分をラビリンスに誘ったのは何だったのか? せつなの肩が怒りでワナワナと震えだす。

「答えになってないわ、ウエスター! あなたラビリンスに帰ったんじゃなかったの? どうしてドーナツ揚げてるのよ?」
「ああ、あれから色々考えたんだが、幸せなんて、結局人それぞれだからな。俺は美味いドーナツを作れるようになって、あいつらに食わせてやりたくなったんだ」

「………………」
「落ち着いて、せつな。口調がイースになってるわよ?」

 見かねた美希が口を挟む。せつなはもう、二の句も告げない有様だった。
 自分が遥か遠い異世界、いや異次元の加音町にまで行って、命がけでフュージョンと戦って得た教訓を、いともあっさりと……。
 なんとか気持ちを持ち直して、今のやり取りの間、ひたすら沈黙を守っていたもう一人の方に向き直る。

「余計に疲れそうだけど、一応聞かせて……。サウラーは、どうしてここに居るの?」
「僕かい? 僕は、個性のないラビリンスに、この世界のファッションを学んで広めようかと思ってね」

「続きはアタシが説明するわ。この人、ママの美容院でアルバイトしてるの。しかも……しかもよ!? いきなりアタシの所属する事務所に、アタシと同じモデルとしてスカウトされちゃったの!」
「違うよ。いいかい? 君は読者モデル、僕は専属モデルだ。一緒にされては困るね」

「キィ――ッ! これなのよ、腹が立つでしょ!?」
「美希こそ、言葉使いが壊れてるわよ。落ち付いて……」

 それでも彼らは、週に一度はラビリンスに戻っているらしい。ただし、政治や統治に、一定の距離を置くことにしたのだとか。
 同じように、ラビリンスで訓練を受けていた一部の者は、各パラレルに散って失われた文化を学んでいるらしい。

 もっとも、せつなの目には、二人は自分のために楽しんでやってるようにしか見えなかったのだが……。
 それはそれで、きっと正しいことなのだろう。

「そうだっ! 今夜、あたしの家でせつなの『お帰り』パーティーをやるの。良かったら、隼人さんと瞬さんも来ない?」
「うん、賑やかな方が楽しいもんね」
「アタシは構わないわよ。どーせ、ママが誘うだろうし……」

 ラブは気にした風もなく、自宅のパーティーに二人を誘う。まるで知り合いがこの街に留まってくれたのを、喜んでいるかのようだった。
 祈里もニコニコと笑って、ラブの提案に賛成する。美希は諦めたという風を装って、それでも賛同の意を表した。
 せつなはやれやれといった感じで、ため息を一つ吐く。しかし、その表情はどことなく嬉しそうだった。

「ラッキー! お祭りは大好物だ。ぜひ行かせてもらおう。俺の特製ドーナツを持って行くぞ!」
「僕も寄らせてもらうよ。ウエスター君の焦げたドーナツはいらないけどね」

「よかった! せつなの焼いた、とっておきのカップケーキもあるんだよ!」
「奏から教わったっていう、アレね?」
「わたしも楽しみ」

「ええ! 気合のレシピ、見せてあげるわ!」

 せつなは自信たっぷりにそう言って、幸せそうに微笑んだ。






 ~~ La fin ~~
最終更新:2013年02月17日 10:59