幸せの赤い翼 第5話――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(トイマジン急襲)――




 トイマジンの本拠地“魔人城”。その最上階にある大きな鏡が、異なる四つの空間を映し出す。
 かつて、おもちゃの城の秘宝の一つであった“映しの鏡”。空間を超えて、あらゆる映像を持ち主に見せる物。
 これを強奪したことによって、トイマジンはプリキュアの情報も事前に入手することができた。その上で準備を進めていたはずだった――
 プリキュアを分断し、精鋭をぶつけて各個撃破する。四つ葉に例えられる彼女たちは、揃うと大きな力を発揮する。その対策としては、最善と思われた戦略だった。
 しかし、戦況はどれも思わしくなかった。外見に見合わぬ幼い声で、忌々しそうに悪態をつく。

「どいつもこいつも、何をやっている! 使えない奴らだ」
「トイマジン様、ただ今戻りました」

 恭しく頭を下げて男が入室する。ここは謁見の間ではなく、トイマジンの私室。怖れずに足を踏み入れる様子からして、側近の一人と見て間違いない。
 シルクハットに紺のタキシード。左目には片眼鏡がかけられている。尖ったヒゲにとぼけた表情。
 胴体は、一から六の数字が描かれたルーレットになっており、大きなレバーが付いていた。

「ルーレット伯爵か、ウサピョンは連れてきたんだろうな?」
「はい、ここに」

「ちょっと、離して! あたしをどうするつもりなの?」
「黙れ! 質問するのはボクだ。どうしてボクたちを裏切った? ウサピョン」

 ルーレット伯爵に胴体を掴れてもがいていたウサピョンは、突然トイマジンに名前を呼ばれて身体を硬直させる。
 どうして、この強大な敵が自分を知っているのか? いや、そもそも気にかけようなどと思うのか?
 いずれにしても、馴れ馴れしく名前を呼ばれるのは、同類になった気がして嫌だった。

「裏切ったですって? あたしは始めから仲間じゃないわ」
「なら、どうしてこの国に入ることができた? お前も捨てられたおもちゃなんだぞ」

「あたしは……捨てられてないわ……」
「その小さな声が肯定の証ですな。ではトイマジン様、ワタクシはこれにて」
「そうだな、ルーレット伯爵。もうお前に用はない」

「また、御用があれば何なりとお申し付け……一体、何をなさるのですか!」
「言ったはずだ、もう用はないとな。お前もボクの一部になれ。何も壊れたりするわけじゃない」

“運命を操る者”ルーレット伯爵の顔から初めて笑みが消える。なんとか逃げようとするが、トイマジンの紅い瞳に射竦められると身体が全く動かなくなった。
 トイマジンの右手が伯爵の頭を掴む。そのまま左肩口に押し付け、ズブズブと自身の体内に押し込んでいく。

「おっ、お待ち下さい、トイマジン様……うわぁぁ!!」
「次はお前の番だ。ウサピョン!」

 ルーレット伯爵を呑み込み、トイマジンは一回り大きくなった身体でウサピョンに迫る。
 その歩みが、鏡から聞こえてくる大きな轟音で止まる。

「ラブよ! ラブたちが勝ったんだわ!」
「いいだろう! だったら今度は、ボクが直接相手をしてやる」

 トイマジンは、体の中を探ってルーレットを回す。たった今、手に入れたばかりの能力。
 巨体がグラリと揺らぎ、青白い光に包まれて輪郭がボヤける。一瞬だけ形を歪めると、大きく縮んで四体に分裂した。
 その内の一体が、呆気にとられているウサピョンを拘束する。残りの三体は、それぞれ伯爵が出現したスゴロクのマスに飛び込んだ。






『幸せの赤い翼――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(トイマジン急襲)――』






 カンフー人形を退けたキュアピーチは、直後に元居た場所に戻される。
 そこはスゴロクの森のマスの上。すぐ側でタルトとシフォンが寝ているのを見つけて、急いで駆け寄る。

「タルト、シフォン、大丈夫? 起きて!」
「んっ、あぁ~よう寝たわ」
「キュア~」

 タルトの身体を乱暴に揺らし、シフォンはさするようにして起こす。二人は同時に目を覚ました。
 ピーチは、両手で抱き寄せるようにして無事を喜んだ。

「ねえ、タルト。ウサピョンはどこ? 一緒じゃないの?」
「しもたっ! あの怪人に捕まったままや……。恐らくは――」

「トイマジンの元に連れて行かれたんだね。わかった。タルトとシフォンはここで待ってて! もうじきみんなも戻るから」
「合流してから、一緒に行った方がええんとちゃうか?」
「うん……。でも、きっと怖い思いしてるから。早く行ってあげないとね」

 タルトの言う通りだろう。それに、みんなのことも気になる。確実に勝つためには、少しくらい遅れても合流を優先させるべきだった。
 だけど、今回の戦いで見せなきゃいけないのは力じゃない。団結力でもない。愛情と勇気だった。

「わいらもすぐに追いつくから、無理せんようにな~」
「キュア~」
「わかってる!」

 とてもわかってるとは思えないような速度で、ピーチは一気に駆け去った。






「もうっ! どうやったら出られるのよ? 勝ったら戻れるのがお約束でしょ!」

 カッコよく勝利したのはいいものの、出口がどこにあるかもわからない。キュアベリーはひたすら月面のような場所を走り回っていた。
 こんなところでモタモタして、シフォンたちの身に何かあったらと思うと……。ただ、焦りばかりが募る。
 ふざけた空間を当てもなしに走る。そんな不恰好な自分が情けなくて泣きたくなる。

「出口なんてないよ。ボクが閉じているからね」
「なるほど、ボスを倒さないと出られないわけね。わかりやすいじゃない」

 背後から敵に声をかけられる。その声質には嘲りの意思も感じ取れた。
 恐怖を怒りが凌駕する。余った分だけ勇気に変わる。ベリーは振り返って不敵に笑った。
“トイマジン“声だけならば先ほど聞いている。体長はベリーの倍程度で、堅固な鎧を着たクマのようなフォルム。
 大きさならナケワメーケの方が遥かに上だろう。しかし、強靭そうな肉体から迸る威圧感は、それより遥かに上位の存在であることを感じさせた。

 しかし――
 戦いになるのは始めから覚悟の上。一番怖れるべきは、徒労に終わる時間を消費すること。
 一人で対峙するのは少々キツイが、こちらに現れてくれたなら他の三人は安全なはずだと思った。
 ならば、先手必勝ッ!


“プリキュア・キック“


「ぐああっ! お前、いきなり攻撃するなんてズルいぞ!」
「どうせ話し合いなんてする気ないんでしょ? まずはあなたの想い、確かめさせてもらうわ!」

「すぐに後悔させてやる!」
「残念でした。完璧なアタシにはそんな感傷はないのよ」

 唸りを上げて振り回されるトイマジンの豪腕。合間を縫って叩き込まれるベリーのキック。
 逃げ場のない荒地で、一対一の激闘が繰り広げられた。






 広大な密林を、一匹の恐竜が徘徊する。白亜紀の北アメリカで猛威を振るった最強の竜、ティラノサウルス。
 その模型だった。まるで獲物でも探すかのように、上を見上げたり、地面を引っかいたりする。

「見つからないね。どこかにマスのようなものあるの知らない?」
「グルルル」
「いいの、謝らないで。あなたが悪いんじゃないから」

「グルルル――」
「何か見つかった? って……ミサイル!? 危ない、伏せて!!」

 恐竜が上空を仰ぎ見る。この世界には、あまりにも似つかわしくないものが多数飛来して来た。
 正確にはミサイル弾(推進装置付の誘導弾)ではなく、ロケット弾(推進装置付きの無誘導弾)であったが、キュアパインもこの方面の知識には疎かった。

 とっさに恐竜をしゃがませ、自身は数発のロケット弾を打ち落とす。
 しかし、恐竜は身を縮めたところで、元の身体があまりにも大きすぎた。何発かの直撃を受けて倒れこむ。

「ティラノちゃん? しっかり!」
「的が大きいと当てやすいね。裏切り者には罰が必要だよ」

「あなた、トイマジンね! こんなことして、許さないから!」
「許さない? それは、ボクたちが使うべきセリフだ――ッ!」

 トイマジンの咆哮で、周囲の生き物たちが一斉に飛び立ち、あるいは走って逃げ去った。まるで、密林全体が脅えているようにも感じられる。
 向かい合っただけで伝わってくる、圧倒的な力の差。正面から戦っては勝ち目がないと判断したパインは、密林の中に戦場を移した。
 トイマジンの豪力も、数々の飛び道具も、文字通り密度の高い林の中では本来の威力を発揮しない。
 パインは奇襲に近い戦法で戦いを有利に運ぶ。しかし、表情にはまるで余裕がなかった。
 トイマジンの腕の一振りで何本もの木がなぎ倒される。ミサイルの着弾で数十本の木々が消滅する。
 全てを平地に変えられるのも、時間の問題であった。






 舞い上がった土煙が晴れていく。
 チェスの城の城壁の上に、薄紅色の長い髪がなびく。

 キュアパッションは空間に動きがないのを確認すると、アカルンを呼び出した。
 いつまでも、ここでこうしてはいられない。森には無力なタルトやシフォン、そしてウサピョンが残されている。
 それに、ラブたちのことも心配だった。

「アカルン、ここを脱出しましょう。スゴロクの森まででいいわ、跳べるわね?」
「キィ――!」

「そうはいかないよ、危ないところだった。お前は要注意だな」
「トイマジンね! ちょうどいいわ、私はあなたに会いに来たのだから」

「生憎だけど、ボクはお前にお別れを言いにきたんだ。お前は、危険だ!」

 トイマジンの全身から、数十発のロケット弾が発射される。パッションが立っていた城壁を跡形もなく粉砕する。
 再び巻き起こる爆煙。瓦礫の一つになったかのように、身体を丸めたパッションが空を翔ける。
 ロケットの爆風で加速すると、そのままトイマジンに飛び蹴りを放った。
 トイマジンは垂直に飛んでパッションの攻撃を回避する。跳んだのではなく、飛んだのだ。内蔵されたジェット噴射機が火を噴く。
 瞬発力と跳躍力。そして高い反射神経を生かして、華麗に宙を舞いながら戦うパッション。無数の推進装置で自在に空を飛び、砲撃を繰り出すトイマジン。
 主を失ったチェスの城を廃墟と変えつつ、華麗な空中バトルが繰り広げられた。






「無人の城って、なんか気持ち悪い」

 スゴロクの森を抜けた先には、乱雑な文字でゴールと書かれているゲートがあった。
 一体、何のためのゴールなのだろうと思う。少なくとも、その先に待ち構える光景に、辿り着いた者を歓迎する意図などないのは明らかだった。
 ただ大きいだけの、禍々しい暗黒の城。それは、お城というより監獄のように見えた。
 その先には何もない。ただ、見渡す限り荒野が広がっているだけだった。
 消去法で、そこがトイマジンの居場所と判断したピーチは、閉ざされた城門を蹴破って、上へ、上へと駆け昇る。
 途中、予測された罠もなければ、兵士との遭遇すらなかった。

「一人で住んでるなら、お城なんて必要ないのに」

 たくさんの家臣を召抱えるためのお城ではないのか? 守りたい領地があるからこそのお城ではないのか?
 何も無い土地。誰も居ないお城。そんな所に住んでいる、トイマジンの歪さが不気味だった。

(城内で迎え撃つつもりなら、きっとここ!)

 印象が全然違うので気付くのが遅れたが、お城の構造はおもちゃの城によく似ていた。ピーチは真っ直ぐに謁見の間を目指す。
 戦うにも十分な広さがあり、同時に君主としての威厳も見せられる場所。
 ピーチは謁見の間の巨大な扉を、さすがに丁寧に開いた。
 シンと静まり返る広間の奥に、禍々しい気が立ち込める。薄暗い室内において、そこだけは僅かな光も差さないようだった。
 その気の主は、何かを話そうと口を開く。それより早く、右手に握られた白くて小さな者が叫んだ。

「ラブ! 来ちゃダメッ! これはラブを孤立させる罠よっ!」
「…………」

「やっぱり居たね、トイマジン。ウサピョンを返して! 馬鹿な真似もやめてもらうから!」
「馬鹿な……真似だって? お前も、玩具で遊んだ子どものクセに! お前も、玩具を捨てた子供のクセに! ボクを馬鹿だって言うのかあ――ッ!」

 玉座から立ち上がったトイマジンが、ウサピョンを放り投げて突進する。
 距離を一気に縮めてピーチに襲いかかる。圧殺せんとばかりに怒りの拳を振り上げる。

 しかし――!

「はぁぁああ!」
「ぐああッ!」


“プリキュア・パンチ“


 トイマジンの攻撃をかいくぐり、キュアピーチは渾身の力で拳を叩き込む。
 敵の攻撃とて遅くはない。しかし、先ほど戦ったカンフー人形の動きに比べれば、スローモーションに等しかった。
 プリキュア中、最強の拳がカウンターで突き刺さる。そのままピーチはトイマジンの脇を駆け抜け、ウサピョンと合流して背中に隠すように構える。

「ウサピョンはなるべく離れてて。出てきちゃダメだよ」
「ラブ、気をつけて。トイマジンは――いけない、後ろっ!」

 体制を立て直したトイマジンが襲いかかる。ウサピョンの警告に頷いたピーチは、戦いに巻き込まないように自らも敵に突撃する。

「たああッ――!」
「うおおッ――!」

 圧倒的なパワーで繰り出される、トイマジンの打撃がピーチを襲う。直後に、耳をつんざくような破砕音が響き渡る。豪華な謁見の間を、たちまち廃墟へと変えていく。
 しかし、当たらない。紙一重で回避して、ピーチも力強い反撃を返す。
 どれほど威力があろうとも、当たらなければ隙を生むだけだ。攻撃を予知して、先に反撃を当てる。攻防の流れそのものを制圧する。
 それは、先ほどとは逆の立場での戦いだった。小さな体で強大な敵に立ち向かう。それこそが本来の彼女の戦い方だった。

「お願い、もうこんなことは止めて! 悲しい気持ちはわかるけど、復讐なんて間違ってるよ!」
「そうやって、ボクも壊すのか? そこのウサピョンを壊したみたいに!」

「あたしは、ウサピョンを壊してなんて……」
「じゃあ、誰が壊したんだ! 破れた生地は、はみ出たワタは誰のせいだ! 全部お前がやったんだ」

「あたしが、ウサピョンを壊した……。ごぼっ!」

 トイマジンの言葉でピーチの動きが止まる。その隙を狙われて、初めて直撃を受けてしまう。
 人の頭ほどもある拳がピーチの腹部に突き刺さる。呼吸が止まり、吐き気が襲う。しかし、そんな苦痛すら気にならないほどに、心が動揺していた。

「もうやめてっ! ラブはあたしを大切にしてくれたわ。壊れたのは、それだけたくさん遊んでくれたからよ」
「壊れたまま、クローゼットの奥に押し込んで忘れてたんだ。だから、ウサピョンは捨てられたおもちゃと同じように、この国に出入りできたんだ」

「それは……。だけど、ラブはあたしを最後まで捨てなかった。捨てられようとした時だって庇ってくれたわ」
「なら、前に遊んでもらったのはいつだ? お前はもう、いらなくなったんだ!」

「そっか……。あたし、ウサピョンを捨てたんだ。ごめんね、友達だってみんなに紹介したクセに」
「ラブ、ダメッ!」

 ピーチはヨロヨロと立ち上がった。
 自分にはもう、トイマジンを止める資格なんてないと思った。
 それでも、やっぱり彼のやろうとしてることを認めることもできなくて……。
 トイマジンの怒りの全てを受け止めようと決意する。まるで、十字架に張り付けられた罪人のように両手を広げて立ちはだかった。

「止めてっ! トイマジン、あたしはラブを恨んでなんかいないわ」
「ボクは、ボクたちは許さないぞ。みんなの怨みを思い知れ!」

 トイマジンの身体のあちこちが開く。数十の発射口から、数百のロケット弾が発射される。
 狙いを過たず、その全てがピーチを包み込んだ。
 着弾、誘爆、そして、激震。暴君の手によって、魔人城が崩れ落ちる。
 崩落の轟音に、トイマジンの嗤い声と、ウサピョンの絶叫を重ねながら――



最終更新:2013年02月17日 09:59