幸せの赤い翼 第7話――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(決戦! 戦いの果てに)――




『危険! 許可無き者の立ち入りを禁ず』

 赤い文字で書かれた看板を無視して、少女たちが張り巡らされたロープをくぐり抜ける。
 あちこち塗装が剥げて、サビの浮き出た鉄の塊。押し上げるようにして重たい蓋を開く。そこは、古い焼却炉だった。
 公園に備え付けられた、落ち葉を燃やすために設置されたゴミ処理装置。中には、沢山の落ち葉や枯れ枝、そして、可燃ゴミなどが捨てられていた。

 そこに、使い込まれてボロボロになった、一体のおもちゃが投げ入れられる。
 茶色い、テディベアのヌイグルミ。可愛らしいネームプレートには、クマちゃんと書かれてあった。

「バッチイ物は、燃やしちゃうのが一番だよね!」
「本当にいいんだね? 泣いて謝るなら今のうちだよ?」

「そんなわけ――ないじゃない。もう飽きたし、どうせ捨てようと思ってたんだから……」

 少女は、親の都合で転校してきたばかりだった。馴染めない土地、馴染めない言葉使い、馴染めない学校とクラスメイト。
 初めて誘われたのが、今日のイベントの、公園で開催されるバザーだった。

 とても嬉しかった。でも、なんとなく不安で、心細くて。つい、お友達のクマちゃんを連れて来てしまった。
 来年から中学生になるのに、ヌイグルミなんて子供っぽい。一緒に遊ぶだなんて気持ち悪い。
 しきりにからからわれて、捨てるつもりで持ってきたと答えてしまった。
 それが嘘であることなんて、もちろん、他の子にはお見通しで……。

 どう見ても、未練たっぷりの様子だった。そんな態度が、子供特有の嗜虐心を更に増大させる。
 持ち主の少女、自らの手で焼却炉の蓋が閉じられた。

(ごめんね、クマちゃん。後で取りに来てあげるから、少しの間だけ我慢しててね)

 心の中で謝って、バザー会場に戻る。
 それから数時間後、少女が戻るのを待たずして、焼却炉に火が点けられた。






『幸せの赤い翼――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(決戦! 戦いの果てに)――』






 轟き渡る爆音、灼熱の爆風。
 闇を切り裂く閃光と、燃え上がる炎の柱。
 落下する瓦礫と、舞い上がる粉塵。空高く立ち昇る煙。
 長い間、光も差さず、風も吹かなかった荒地が、華々しく彩られる。
 それが、ベリ-、パイン、パッションが到着して、最初に目にした光景だった。

「これは、一体なに? ピーチは無事なのっ!?」
「ひどい……」

 ベリーとパインが言葉を失う中、パッションが一人駆け出す。安否が確認できないなら、躊躇う時間すら惜しい。
 置いて行かれる形になった二人と、タルトとシフォンも、慌てて後を追った。
 やがて、積み重なった瓦礫の奥から、一体の人影が起き上がる。その太くて威圧感のあるシルエットには、三人共に覚えがあった。

「来たか、邪魔なプリキュアたち。だけど、遅かったな。キュアピーチはくたばった。もう、お前たちは四人揃わない!」
「なんですって!」
「ピーチをどうしたの?」
「ベリー、パイン、上を見てっ! あれは――!!」

 未だ、燻り続ける煙が目指す場所。空一面を覆い隠す、厚い雲が一箇所だけ穴を穿つ。
 まるで、雪が降るかのようにゆっくりと、無数のおもちゃたちがトイマジンの元へと降下していく。
 それらを呑み込んで、巨人は、一際大きな化け物へと成長した。

「あれは――私たちが倒したトイマジンよ!」
「倒したワケじゃ、なかったってことね」
「あの中に……あの子も!」

「これが、ボクの本当の力だ。今度こそお前たちを蹴散らしてやる!」

「ベリー、私と一緒にトイマジンを撹乱して! パインはその間にピーチを探すの。きっと、あの中にいるはずよ!」
「オーケー!」
「うん、わかった!」

「無駄だよ、あいつは死んだんだ」

 無造作なほどに真っ直ぐに、トイマジンの拳が襲ってくる。
 三人は、散開するようにして回避した。ベリーとパッションは、トイマジンのいる方へ。パインは大きくそれを迂回して。
 愚直なまでに、シンプルに繰り出される攻撃の数々。先ほど戦った時の狡猾さや、鋭い動きは見る影もない。単純に、標的を狙って身体の一部を叩き付けるだけ。
 大きすぎるが故の欠点。人が害虫を潰す際に技など使わないように、巨大化した敵はプリキュアの動きには反応できない。
 また、いちいち反応する必要もなかった。
 ベリーとパッションは、トイマジンの攻撃を易々と回避していく。そして、隙だらけの身体に反撃を打ち込んだ。


“ダブル・プリキュア・キック”


 四人の中でも、特に好戦的で戦いに長けた二人の渾身の蹴り技。しかし、それすら全く通用しなかった。
 文字通り、蚊に刺されたほどにも感じてない様子だった。


“一斉射撃”


 ガシャン、ガシャンと、トイマジンの鎧の継ぎ目が開く。その動きは知っている。取り込んだ戦車や、戦闘機のおもちゃたちの砲撃の予備動作だ。
 ベリーとパッションは、合図もせずに互いに距離を取る。一緒に居ては、砲撃の密度を上げてしまうだけだからだ。
 何もかもが大きくなっていた。発射されたロケット弾が、遥か上空に舞い上がる。
 天上に打ち上げられた弾丸は、標的を捉えるべく円弧を描いて降下する。
 徐々に、加速しながら――
 何度も受けたロケット弾の攻撃。しかし、規模が変われば全く別の意味を持つ。
 巨大な弾頭から放たれる破壊力は、直撃などしなくても、範囲攻撃となって周囲一帯を焼き払うのだ。

「キャアァ!」
「くっ!」

 回避したはずの二人が、爆風の余波を浴びる。予想外のダメージを受けて、地面に打ち据えられた。

「これで終わりだ、プリキュア!」

 動けなくなったベリーとパッションに、死刑宣告が下る。強大な威圧感を持って、巨大な影がゆっくりと近づく。
 虫ケラのように一息に踏み潰さんと、大きく足が振り上げられた。






(ラブ、ラブ、目を覚まして)

 心に直接響く声で、桃園ラブは目を覚ました。
 辺りは真っ暗で、なんだか埃っぽくて息苦しかった。何より、狭くて身動きが取れない。
 徐々に意識がはっきりしてくる。

「あたし……確か、トイマジンの攻撃を受けて」

 ならば、ここは崩れ落ちた城の中。瓦礫と瓦礫の隙間に挟まって助かったのだろう。
 奇跡的に、ではないような気がした。腰のリンクルンが微かに光を放っている。恐らくは変身が解除された後も、不思議な力でラブを守っていたのだろう。

「ごめん、ウサピョン。あたしのこと、恨んでるよね? あたし、友達のあなたに酷いことをしちゃった」

(ラブ、それは違うの。確かに必要とされなくなったと感じたし、ずっと一人ぼっちで寂しかったわ)

「そうだよね、ごめんね……」

 ずっとウサピョンのことを、友達だって思ってた。捨てられそうになった時、おかあさんにもそう答えた。
 だけど、友達って何だろう? 都合の良い時だけ引っ張り出して、自分勝手に遊んで、関心がなくなったら部屋の隅に追いやって忘れてしまう。
 そんな付き合い方が、友達でなんてあるはずがない。

(だけど、それでも嬉しかった。ラブは、いらなくなったあたしを、捨てずに側に置いてくれたから)

「それも、子供の頃のあたしが決めたことだよ。今のあたしに、同じことが言えたかどうかなんて……」

(ううん、ラブはあたしを捨てないわ。だって、あたしの言葉を信じて、助けに来てくれたじゃない)

 本当にそうだろうか? 自分がウサピョンを信じたのは、声が聞けたから。心があるって、それで確かめることができたからだった。
 タルトやシフォンたちと出会って、不思議なことに慣れていたせいもあった。
 だけど、裏切りたくないと思う。真実がどうあっても、ウサピョンが自分を信じているなら、今度こそ裏切りたくないと思った。

「ねえ、どこにいるの? 会いたいよ、ウサピョン。抱きしめたい。直接謝りたいの」

(それはできないわ。あたしはトイマジンの中にいるの。それよりも、お友達が大変よ。お願い、ラブ。もう一度戦って!)

「無理だよ、ウサピョン。あたしには、トイマジンと戦う資格なんて――」

(じゃあ、子供たちがどうなってもいいの? お友達を見捨てるの? あたしのせいでラブが不幸になるなら、あたしは何のために生まれてきたの!!)

「――そうだね、ウサピョンは何も悪くない。全ての命はね、幸せになるために生まれてくるんだよ」

(だったら、トイマジンを止めなきゃ!)


“お願いラブ、戦って!!”


 その叫びを最後に、ウサピョンの声が途絶える。きっと、無理をして話しかけていたんだろう。
 ラブの瞳に、決意の光が宿る。淡く光るリンクルンを握りしめる。
 手にして、開くほどのスペースはなかった。しかし、それで十分だった。
 持ち主の戦う意思を感じ取り、リンクルンは自らホイールを回転させる。身体に力が漲り、口から自然に言葉が紡がれる。


“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”


 ピルンを鍵に、幸せの扉を開く。伝えるメッセージは愛。友の幸せを願い、共に幸せを掴みたい想い。
 戦う意思を送信し、戦う力を受信する。

 想いは、光の粒子となって全身を駆け巡る。電子の世界に心を転送する。
 そこで、踊り! 走り! 飛ぶ!
 変身のプロセス。聖なる儀式。そして、生まれ変わる。

 愛に満ち溢れた心を、戦う力に変える。守りたいものがあるから強くなれる。
 精神力の物質変換。想いを貫く勇気が、可憐な闘衣となって少女を包む。
 大きな髪飾りは愛ある印。みんなで幸せになるために!

 そして、降臨する伝説の愛の戦士。

 ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて!――フレッシュ!――


“キュア・ピーチ”


 瓦礫に埋もれているはずのピーチを探して、パインの懸命な捜索が続いていた。
 突然、足元が地震のように揺れる。続いて、前方に桃色の閃光が奔る。
 地中不深くから零れる光は、どんどん強くなっていき、やがて塊となって飛び出した。

「ピーチ!」

 ピーチはパインに瞳で語りかける。
 迷惑かけてごめんなさい。遅くなってごめんなさい。心配させてごめんなさいって。
 大体の状況はウサピョンから聞いていた。もう今は声も届かないが、それでも構わないと思った。
 取り戻して、直接謝るって決めたから!

「パイン、行くよ!」
「うん!」

 ピーチとパインは、トイマジンの元へと急いだ。






“ダブル・プリキュア・キック”


 ベリーとパッションを圧殺しようと、トイマジンが足を踏み下ろす。そこに、背後から渾身の蹴りが突き刺さる。
 巨体が揺らぎ、つんのめるようにして倒れこむ。
 通常なら持ちこたえられる程度の攻撃も、片足では支えきれなかった。

「ベリー、パッション、大丈夫?」
「ピーチ、無事だったの!?」
「良かった、ラブ……」

「みんな、話は後だよ。ここで、一気に決めるから!」

「うん!」
「オーケー!」
「わかったわ!」

「クローバーボックスよ、あたしたちに力を貸して!!」

 ピーチの手が高らかに挙がる。その背後に巨大な光の柱が現れる。


“プリキュア・フォーメーション! レディ――! ゴォォ――ッ!!”


 ピーチの両手が胸を抱き、大きく左右に広げられる。
 直線状に並んだ四人が走る。勝利を目指してスタートを切る。

「ハピネスリーフ・セット! パイン!」

 パッションの想い。幸せを願う気持ちが一枚の光葉となり、空を駆けパインに届く。

「プラスワン・プレアリーフ! ベリー!」

 パインの想い。祈りの力、信じる力が光葉となり連なっていく。弧を描いてベリーに届く。

「プラスワン・エスポワールリーフ! ピーチ!」

 ベリーの想い。希望を持ち続ける強さが、三枚目の光葉となって繋がれる。虹を描いてピーチに届く。

「プラスワン・ラブリーリーフ!」

 ラブの想い。無限の愛が最後の一葉に宿る。

「幸せ」「祈り」「希望」「愛情」四つの力が集う時、「真実の力」が生まれる。四葉の伝説が今、ここに現実のものとなる。


“ラッキークローバー・グランドフィナーレ!!”


 四葉から顕現した、聖なる宝玉がトイマジンを封じ、浄化する。

「嫌だ、ボクは消えないぞ! 信じていたのに、ずっと友達だと思っていたのに!」
「ごめん、ごめんね、トイマジン。捨てられたおもちゃのみんな。帰ったら伝えるから。友達は大切にしようって! おもちゃにも心があるんだって!」


「「「「はぁぁぁぁ――!!」」」」


 光の粒子が収束していく。トイマジンの身体が崩れていく。
 そう見えた矢先だった。
 宝玉の中が黒く染まっていく。怨念に満ちた、闇の波動が浄化の光を侵食していく。
 そして、ついに宝玉に亀裂が入り――
 砕け散った。

「ダメッ、押し切られる」
「そんな! どうして?」
「グランドフィナーレも効かないなんて……」
「――ただ、通じなかっただけじゃないわ」

 トイマジンの、呪詛に満ちた声が紡がれる。それは空間を渡り、距離を無視し、おもちゃの国の全土に響き渡る。

「集え! 捨てられたおもちゃたちよ。ボクたちの怨みは、これくらいで消えはしない。みんなだって同じ気持ちだろ? 今こそ、恨みを晴らす時なんだぞ。
 立ち上がれ! 全てのおもちゃたちよ。そして力を貸してくれ。邪魔なプリキュアを倒し、ボクらを捨てた子供たちに復讐するために!」

 唯一の例外であるおもちゃの王様を除いて、この国の住人の全ては、子供から捨てられたおもちゃたちだった。
 行き場を失ったおもちゃが、最後に辿り着く場所。心の傷を癒し、生まれ変わるか、消滅の時を迎えるまで、静かに暮らすための場所。
 そのために、おもちゃの王様が神様に頼んで作り上げた場所。それがおもちゃの国だった。

「何故、今になってそんなことを言うんだ!」
「僕を捨てた子供への恨み!」
「忘れようとしたのに!」
「心の奥底にしまっていたのに!」

 次々におもちゃが現れては、トイマジンの体内に吸収されていく。
 一つ一つが、それぞれに悲しい記憶を抱いて――
 無数の人形が夜空を埋め尽くす姿は、星々の輝きにも似て、ある種の美しさすら感じさせた。
 ただの呼びかけではない。トイマジンを中心に、その身体を構築する全てのおもちゃたちの憎しみを乗せた、言霊の力が宿っていた。
 想いは集まって力となる。プリキュアの信条にして、強さの秘密。心を通わせて、繋げて輪にして、大きな力に変えていく。
 それを、今度はトイマジンがやってのけたのだ。






「こんなの、無理」
「山じゃないんだから……」

 ナケワメーケや、ソレワターセすら小人に思えるくらいの巨躯。絶望的な存在感を持って、トイマジンが立ちはだかる。

「帰ったら伝えるって、誰にだ? ボクたちは、現実に捨てられたんだ。捨てない子もいるかもしれない。やり直せる関係もあるかもしれない。
 だけどそんなのは、ボクたちには何の救いにもならないんだ!」

 トイマジンの拳が振るわれる。それは、もはやパンチなどと呼べるシロモノではなかった。
 もう、速さもない。キレもない。ただ、圧倒的な質量で落下してくるもの。
 例えるなら、巨大な隕石のようなものだった。
 天災のような“現象”を前にしては、プリキュアだって戦いようがない。
 逃げ遅れたパインを突き飛ばすようにして、先ずは、ピーチがトイマジンの拳に押し潰された。

「自分で幸せを掴めと言ったな? ボクたちは、憎しみの心で動けるようになったんだ。だったら、復讐こそが幸せなんだ!」

 トイマジンの足が持ち上がる。跳んで逃げようにも、地面が揺れてタイミングが掴めない。
 絶叫すらも呑み込んで、ベリーもその下敷きとなった。

「捨てられて悲しいのと、復讐するのは別だと言ったな? ずっと可愛がられて、大事にしかされたことのないお前に何がわかる!」

 トイマジンの掌が振り下ろされる。拳より広い面積を持つ張り手を避け切れずに、パインも叩き潰された。

「あと一人。どこだ? どこに消えた」
「ここよ」

 先ほどの戦場から少し離れた場所で、パッションが振り向いて立ち上がった。すぐ後ろには、倒したはずの三人の姿。
 圧殺される瞬間に、アカルンの力を使って、テレポートで救って回っていたのだ。

「お前――そうだったな、やっぱりお前は危険だ。今度こそ息の根を止めてやる!」

 パッションの表情に焦りが浮かぶ。三人を連れて、逃げ回るだけなら何とかなるだろう。だけど、その先がない。
 攻撃など通じるような相手じゃない。
 最悪の場合、自分たちを無視して、人間世界に乗り込む事だってできるのだ。
 とにかく、挑発しつつ、自分が攻撃を引き付けるしかない。そう決意して、パッションが駆け出そうとした時だった。
 荒廃した戦場には不似合いな、高らかなラッパの音が響き渡る。






「控えよ! 王の御前である!」

 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!

 トイマジンの足元に、威嚇射撃が掃射される。
 王国の最後の守り手。おもちゃの兵隊のガード隊と、その先頭に立つ、おもちゃの王様の到着だった。
 いくら何でも空気が読めなさ過ぎると、隠れて様子を見守っていたタルトが、慌てて駆け寄って引き止めようとする。

「あんさんら、悪いことは言わんから逃げるんや。プリキュアかて成す術ないんやで。こんなことしても援護にならへん。焼け石に水ちゅうか、火に油を注ぐだけや」
「貴様! 王に向ってなんて口の利き方だ!」

「あわわ、待つんや! わいかて、れっきとした王子なんやで」
「止めなさい、ガード。タルト殿、ここは私に任せてください。銃で制圧できると思っての行動ではありません」

 おもちゃの王様が、タルトの後ろで浮いているシフォンに深々と頭を下げた。

「神様。あなたからお預かりした宝物を破壊する非礼、この命を持って償います」
「キュア~?」

「おもちゃ王の名において命ずる。出でよ、映しの鏡よ!」

 王様が魔人城の跡地に向って手を伸ばし、声高らかに、呪文のような言葉を紡ぐ。
 瓦礫を押しのけるようにして、浮かび上がる一枚の鏡。空間を超えて、あらゆる映像を持ち主に見せる物。
 インフィニティの力によって、具現化した宝物だった。

「この鏡の真の力は、元居た世界を映し、鏡の世界(パワレルワールド)を作り上げるもの。これを砕けばこの世界は崩壊し、お前たちも消滅するのだ」
「なんだって! そんなことはさせないぞっ!!」

 トイマジンが、王様と兵隊たちを叩き潰そうと手を伸ばす。
 しかし、一斉に兵隊たちの銃口が、トイマジンではなく鏡の方に向けられた。

「動くでない! こちらが鏡を砕く方が、どう考えても速いぞ?」
「貴様ら……」

「すまんな。鏡を砕けば、お主らとて助からぬ。それでも協力してくれるか?」
「我々の命は、王様のためにあります!」

 様子を見守っていた、ピーチたちも声を上げる。

「だめだよ! そんなことしちゃ、誰も幸せになんてなれないよ!」
「こうならないために、アタシたちを呼んだんでしょ?」
「お願い、王さま。わたしたちを信じて」
「支配じゃなくて、統治。こんな国の治め方があるのね。あなたのような王は、絶対に死なせないわ!」

 おもちゃの王様は、静かにかぶりを振った。
 そして、トイマジンに向き直る。朗々と、最後の説教を語り始める。

「まだわからんのか? お主らに心を授けてくれたのが誰なのかを。子供たちじゃよ。本来なら命宿らぬ人形に、愛情を注いで心を与えてくれたのは子供たちなんじゃ。
 おまえたちの感じておる、悔しさや寂しさは、子供たちがお主らと別れる時に抱いた感情そのものじゃ。
 良くも悪くも、人は変わっていく。赤子は大人を必要とし、子供は友を必要とし、青年は伴侶を必要とし、大人は子供を必要とするのじゃ。
 我々おもちゃもまた、その過程で必要とされるものにすぎぬ。別れもまた必然じゃ。
 じゃが、別れても愛情が消えるわけではない。おもちゃを愛した記憶は大人になっても引き継がれ、やがて、子供のために新たなおもちゃを誕生させるのじゃ。
 それが、本当の意味でずっと友達でいるということじゃ」

 周囲が、しんと静まり返る。
 誰もが、おもちゃの王様の言葉を反芻し、考えているかのようだった。

 たった一体だけ、子供のために作られなかったおもちゃ。
 おもちゃを愛し、それ以上に人間の子供を愛した、おもちゃ職人の遺志を受け継いだ人形。
 その言葉には、深い愛情と、優しさと、思いやりと、
 そして――哀しさがあった。






「嫌だ……」
「嫌だ、そんなの嫌だ!」
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

 トイマジンの体中から、拒絶の言葉が紡がれる。
 確かに、子供たちに復讐しようとしていた。そこに大義はない。
 彼らは、正義を成そうとしていたのではないから。正しい言葉なんて、何の慰めにもならなかった。

「それじゃあ、それじゃ、結局ボクたちは捨てられたままじゃないか! 子供たちも、同じ目に合わせてやるんだァ――ッ!」
「止むを得まい。撃て!!」

 トイマジンの手が、おもちゃの王様たちに向って伸びる。同時におもちゃの王様も腕を振り下ろし、兵隊たちに射撃を命じた。
 銃口が、今まさに火を吹く瞬間に、高い声が響き渡る。

「待って! これ以上、誰も傷付くことなんてないわ! ラブたちにも手は出させないから!」
「なっ! ウサピョン、一体いつの間に!? 離せ! ボクを離せ!!」

 トイマジンの頭部に、白いウサギのヌイグルミが浮かび上がる。それに抱えられるようにして、茶色いクマのヌイグルミも一緒に。

「やっと見つけたの! この子がトイマジンの正体よ。あたしが押さえてるから、王様はあたしごと撃って!」

 クマのヌイグルミは懸命に暴れるが、ウサピョンを引き剥がせない。本体の腕でつまみ出そうにも、今のトイマジンの手は大きすぎた。

「なんと! ウサピョン、お主は……」
「ダメッ、そんなことしたらウサピョンが死んじゃう!」
「王様、お願い。ラブたちではあたしは攻撃できないわ。あたしは、ラブを幸せにするために生まれてきたの。
 だから、構わない! 捨てられたって、忘れられたって構わない! あたしは無くならないから。ラブの心の一部になって、ずっと生き続けるんだから!」

「そんな、そんなことは無駄だぞ! ボクを倒したって、ここにいる全てのおもちゃは子供たちを憎んでいるんだ。すぐに第二、第三のトイマジンとなって、子供たちに復讐するんだ!」

 王様が命令を下す。兵隊たちの銃口が、クマのヌイグルミ一点を狙う。ウサピョンに当てずに倒せるかどうかは、一か八かの賭けだった。
 ピーチたちは走る。王様を止めるために! 大切な友達を救うために!
 トイマジンは、我に返って手をかざそうとする。兵隊たちの銃口から、その身を隠すために。
 そんな攻防の刹那、鋭い叫びが戦場に響き渡る。


『黙れ――!!』


 声質の低い、怒りを伴った声。乱暴で、攻撃的な声だった。
 聞き慣れない声。いや――ピーチたちには、昔、聞いたことのある声だった。

「まさか、パッションはんか?」

 タルトの問いかけにも、キュアパッションは答えない。
 怒りに全身を震わせ、

 そして――変身を解除した。

「せつなっ!」
「せつな、どうして?」
「せつなちゃん、危ないよ!」

 せつなの表情に恐怖はない。生身のままで、一歩、一歩と、トイマジンとの距離を詰めて行く。
 目前まで来たところで、両手の拳を握り締め、胸の中央で合わせて――開いた!


“スイッチ・オーバー”


 全身に電流が駆け巡る。体内の細胞が、戦うための配列に切り替わる。
 黒髪の色が抜けていく。白銀の髪が宝石の如く輝く。闇の中で、月のような純白の衣が淡く光る。
 これこそが、鋼の檻を切り裂く刃。友の愛を剣に変え、イースが手にした新たな力。大空を翔ける自由なる翼。

「我が名はイース! ナケワメーケ、我に仕えよ!!」

 イースの放った赤いダイヤが、遠く離れた“映しの鏡”に突き刺さる。
 秘宝と呼ばれた映しの鏡は、ムクムクと膨れ上がり、胸に巨大な鏡を抱えた大きな化け物へと姿を変えた。



最終更新:2013年02月17日 10:02